「人」という存在

 この会談は、魔王城にある魔王リヴェリア……愛称リリアの私室よりお送りしております。


 どうも、俺です。


 などと思わず現実逃避したくなるような話が、目の前のリリアから紡ぎ出されていた。

 そもそも、俺なんかは考えるよりも体を動かす方が得意とするタイプなんだ。

 そう……考えるよりも動くタイプ。

 つまり、脳筋なんだ。

 そんな俺に、矢鱈と難しい話を持ち掛けられた所で、理解するのに時間が掛かるってもんだ。


 それでもこの話は、「せんせ―――い、わっかりませ―――ん」で済む事ではない。

 多少理解に手間取ろうとも、出来る限り咀嚼して要点だけでも覚え、後日にでもしっかりと考察しなければならないだろう。


 と、そんな馬鹿な考えは横に置いておいて。


「……その理由とは……何だ?」


 リリアの話では、理由は一つでは無いという。

 正直、俺の精神が耐えられるかどうか分からない。

 なんせこんな衝撃は、実に十数年ぶりだからな。


 十数年前……まだ仲間達と旅をしていた頃は、それこそ毎日が衝撃と感動の連続だった。

 その後もそれなりに驚きや感激等はあったが、やはり仲間達と分かつものほどの事は無かったな……。

 でもリリアの話は、俺の干からびた心を揺り動かす程の力を秘めていたんだ!

 悪かったなっ! 干からびていてっ!


「……そ……その前に勇者よ……」


 俺の問い掛けに何故だか照れだしたリリアは、そう前置きをしてゆっくりと椅子から立ち上がった。

 そして。


「わた……私の事を見て……どう思う……?」


「……なっ!?」


 間違い様も無く顔を真っ赤にしたリリアは、俯き加減ながらも俺から視線を外し、わざわざ全身が見える位置まで移動してそう問いかけて来たんだ。

 当然、俺は絶句するしかなかった。


 照れまくっているリリアを表現するならば……誰が見ても「可愛い」と言うだろう。

 彼女の装備は「聖霊の鎧」のままなんだが、首から下腹部までがはだけている。何とも「色っぽい」衣装とも言える。

 そこから見える首と言わず胸元と言わず、全身が火照っているのか彼女の白い肌が薄ピンク色に染まっていた。

 俺に見られているのが分かるのだろう、何やらモジモジとした仕草さえ普通の女の子と見紛う程だ。

 客観的に見て、間違いなく彼女は美しくそして……可愛い。


「……可愛らしいと思うぞ」


 だから俺は、素直にそう感想を述べたんだ。

 本当ならば? なのかどうかは分からないが、もう少し気のきいたセリフでもした方が良いのだろうが、残念ながら俺にはこれ以上の言葉を持ち合わせていなかった。


「そ……そうか!?」


 それでもリリアは、何だか少し嬉しそうに上気した顔を持ち上げて俺を見た。

 まぁ、褒められて嬉しくない女の子と言うのも稀だろう。

 だから俺は、彼女の顔を真面目に見つめ返して頷き返したんだ。

 それを見たリリアは何故だか頻りに頷きながら、そしてウキウキした様子で再び椅子に腰を掛けた。

 そして。


「……と言う事だ」


 軽く咳払いの後、平静に見せかけたリリアが、殊更改まってそう切り出して来たんだが。


「……は?」


 俺の口からは、やはり素直なこの言葉しか出なかった。

 もっともこの時口から洩れ出た台詞は、考えた末に出したものじゃ無い。

 彼女が何を言っているのか、俺には本当に分からなかったんだ。


「つ……つまりだな、勇者から見て私は、か……かわ……可愛らしい女性である……と、そう言う事なのだ」


「……は?」


 リリアの言いたい事は分かる。いや、確かにその通りだ。

 確かにリリアは俺から見て……いや、世の男性から見ても十分に魅力的な女性である事は間違いない。


 しかし……だ。


 それと先ほどの話に関する答えは、全く関係ないように思われて仕方がない。

 いや……どう考えても、これって関係ないだろ?

 俺の思考に……先程リリアから貰ったペンダントを使うという選択肢が頭をもたげたんだ……。


「つ……つまりだな。異種他界の完全なる別種族同士であるにも拘らず、私達は互いに魅力を感じる事が出来ると言う事なのだ」


「何を今さ……ら?」


 だが俺の考えは、些か早計だった様だ。

 俺は呆れた物言いをリリアに返そうとして、彼女の言葉の中に妙な違和感を覚えたんだ。


 ―――……?


 俺はその言葉の意味を、必死で考えた。

 確かに、人界と魔界は別の世界……つまりは異界に存在する世界だと考えていた。そして今も、その考えが間違っているとは思っていない。


 では完全に隔絶されていた世界で、それぞれがそれぞれに過ごしてきた種族に……があるものだろうか?

 確かに、魔界は人界と全く変わらない世界のように見える。

 しかしそれでも、全く交わらず接点の無い世界で過ごして来た者達が、殆ど同じ様な存在に成り立つと言う事が有り得るのだろうか?

 そりゃあ、魔族には角のある者、翼のある者、巨大な物、小さき者……様々な者が存在している。

 ただそれを言うならば、人界にも肌の白い者や黒い者、言葉の通じない者や文化の違う者など、やはり多種多様と言って良いだろう。外見の違いが少ないというだけでしかない。

 その部分を除けば、殆ど人界と魔界で人種的な違いは……ない。


「人界には人族が居り、野獣や魔獣が生息しているであろうが、人族の様な魔獣、魔獣の様な人族は居らぬであろう? それは魔界とて同じなのだ。魔獣や野獣を愛でる者は居ろうが、同格の者として愛すると言う者は流石に居らぬ。人は……人にしか惹かれぬのだ……」


 そうだ……人は人、獣は獣として、完全に分かれて生息している処は人界も魔界でも違いはない。

 そしてその形態は、どちらも本質的に同じだと言える。

 全く違う異界にある世界であるにも拘らず、全く同じ様な世界が存在する……そんな偶然があるものだろうか?


「つ……つまりリリア……。お前はこう言いたいのか……? 『人族と魔族は、本質的には同じ種族である』……と……?」


 少し突飛かも知れないとも思ったが、俺はこの短時間で考えだした答えを彼女へとぶつけた。

 それを受けたリリアは、満足そうな笑顔を湛えて頷いたんだ。


「この際“本質的”などと言う言葉は不要だと思う。人族と魔族は、元々同じ人種だったと考えるのが自然であろう」


 そして彼女は、ハッキリと俺の言葉を肯定したんだ。

 だが……俄かには信じがたいのも事実だ。

 そんな俺の苦悩が顔に出ていたのか、リリアは更に畳み掛けて来たんだ。


「……勇者よ。そなたの世界には、人族と魔族の混血児は居らぬのか?」


 ……いる!

 俺はその言葉が、正しく決定打と感じたんだ。

 考えてみれば、そんな当たり前の答えは目の前に転がっていた。

 それに目を瞑り見ない様にして、現実から目をそらしていたんだ。


 人界には「悪魔の子イヴリス・ベティ」と呼ばれる、魔族と人族の混血が少数だが確認されていた。

 悪魔や悪霊に魅入られた女性がその子供を身籠った……と言われており、その女性は子供共々迫害に近い差別を受けていたのを思い出した。

 でも実際は人界に何らかの理由で迷い込んだ魔族との混血児であり、その事は俺達勇者一行を含めて、ごく一部の者のみが知っている事実だった。


 そう……その時は、あまり深くは考えていなかったんだ……。


 魔族を悪魔か悪霊程度に考えて、その母子に対しては気の毒だったとしか思っていなかった……。


 でもそれが、人が子を産むのと同じように接しての結果だったならば……。


 ―――人族と魔族は、体の構造からして同じだと言えるだろう。


 これが魔獣や野獣だったなら、そうはいかない。

 例えば人の姿を持つ魔獣がいるが、あれは“人の姿に近い容姿”を持っているか、若しくは“人の死骸を利用してる”魔物に他ならない。

 生来からして人と同じ容姿を持ち、人と同じ思考を持つ魔獣など存在しないのだ。

 当然、魔獣と人の子、野獣と人の混血児など、見た事も聞いた事さえない。


「人族と魔族が交わり子を成す……これが偶然の産物だと、そなたは思えるだろうか?」


 リリアから念を押す様にそう聞かれたが、そんな事は正に聞かれるまでもない事だ。

 俺の中ではもう、彼女に反論する言葉なんか1つも浮かんでこないどころか、彼女の考えに同意している事を自覚させられていたんだ。

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