2人の聖霊

 人族と魔族は同じ種族……。

 それなら確かに、様々な事柄の辻褄は合う。

 しかしそれなら、色々と新しい疑問って奴が湧いて来る。


「……リリア、お前の言う事は恐らく……間違っちゃいない。でもそれなら、何で同じ種族だった人族と魔族おれたちが別れる事になったんだ? それに何で、今更2つの世界が繋がったりする?」


 想像すれば、そんな理由は幾つか思い浮かぶ。


 ―――天変地異で元は1つだった世界が分かたれていたが、今になって戻ろうとしている……とか。


 ―――古の人々が魔界を見つけて探査行を試みたが、その途中で「異界洞」が閉じちまっただとか。


 だが、そのどれもありそうで無さそうだ。

 そして真実は、俺のちゃちな妄想の中になど無いかも知れない。

 そんな事よりも、その「真実」って奴を知っていそうな人物が俺の目の前にいるんだから、そいつに聞いた方が早いってもんだ。


「……勇者……それは……」


 タップリと間を空けたリリアが、ゆっくりと話し出そうとした。

 その時。


「その理由の一つは、私達にあります」


「……です」


 不意に俺の背後から眩い光が放たれ、その中から美しい女性の声が聞こえたんだ。

 俺は……一瞬、焦りを覚えた。

 リリアの話に集中するあまり、ここが敵地だって事を完全に失念していたからな。

 もしもその光が魔王の……若しくは四天王達の差し金だったなら、俺は即座に絶命していたかもしれない。

 しかし幸いにも、無防備だった俺に不測の一撃が齎される事は無かった。


 ……いや……これはある意味、最高の不意打ちだったかもしれないな。


「聖霊ヴィス様、お久しぶりです」


「……です」


 声の主を見たリリアは、わざわざ席を立って挨拶をすると深々と頭を下げた。

 そしてそれに、収まって来た光の中より現れた女性が言葉少なくそう答えたんだ。


 って、少なすぎるだろ!


 もっともそれが、彼女の性格から来ている事を俺も知っていた。

 光と共に現れた2人の女性は、俺も良く知る御方たちだった。


 ―――それは、光の聖霊様と闇の聖霊様だったんだ。


 リリアと相対している闇の聖霊様は、以前俺と対した時のようにどこかオドオドと落ち着きなく恥ずかしがっているようだった。

 闇の聖霊様が恥ずかしがり屋なのは男の俺と話しているからなのかと思っていたが、リリアにもあのように恥ずかしそうな態度を取っている処を見ればきっと彼女の性格なんだろうな。


 そんな性格にも関わらず、彼女の姿はリリアに負けず劣らず……扇情的だ。

 いや、リリアの装備は闇の聖霊様から賜ったものなんだから、リリアの装備が闇の聖霊様の影響を受けているというべきか。

 光の聖霊様と同等に美しく神々しい衣装なんだが、元々露出部分が多い上に大きく肩と胸元がはだける様に着崩している。

 美しい面立ちは勿論だが、僅かに垂れ下がった目元がどうにも悩ましい。

 紅く艶のある長い髪が、彼女の紅玉の瞳と相まって目を奪われる程だった。

 そしてその玉のような肌も薄っすらと赤く、まるで火照っている様で彼女を見ているだけでドキドキさせられるんだ。


「あ……あの……。そ……そんなに見ないで欲しい……です」


 思わず魅入っていた俺の目に気付いたのか、俺の視線から体を隠すように身を捩りながら彼女は消え入りそうな声でそう言った。


「あ……ああ、すまない」


 俺も女性を凝視すると言う失礼な事をしていた事に気付いて、思わず目をそらして謝罪した。

 まぁ、神の如き美しさと、目を奪う様な艶姿をしているんだから、これは俺のせいじゃないよな?


「こんにちは、勇者君。ご機嫌如何かしら?」


「……どうも」


 そんな俺に、今度は光の聖霊様が話しかけて来たんだ。

 確かに久しぶりだ。

 こうやって面と向かって会うのは……15年ぶりくらいだろうか?

 俺の返事がぎこちなくどこかぶっきら棒になったって、そりゃー仕方ないよな?


「いやねぇ―――そんな他人行儀に。まるで疎遠だった親戚と久しぶりに会う様な態度なんて水臭いじゃない」


 んん? 聖霊様ってこんなキャラだったか?

 俺の記憶では、もう少し話し方も丁寧だった気がするんだが。

 少なくとも、これほど砕けた話し方をする御方では無かった気がする。

 そんな俺の疑問が顔に出ていたんだろう、その考えに聖霊様が先んじて応えてくれた。


「あら? もしかして忘れちゃったのかしら? 私とあなたは、つい最近あなたの夢の中で顔を合わせているのよ?」


 聖霊様が微笑みながら……と言うには些かに意地の悪い笑みを浮かべながらそう言った。

 その時。

 俺の頭の中にはある記憶……聖霊様が言っていた夢の中の記憶が一気に蘇ったんだ。


 ああ……あの時か……。

 クリーク達の面倒を見ると決め、彼等を「グルタの洞窟」へと送り出したその後。

 俺は芝生へと横になって、一眠りを決め込んだんだ。

 そこで見た、不思議な夢。

 未来の出来事なのか、そこでは成長したクリーク達が見も知らぬ怪人と戦っていた。

 そんな俺の隣に歩み出てきたのは、光の聖霊様だったんだ。


「思い出したかしら? それなら、改まった態度や言葉遣いも不要よ。ちょ―――っと空白期間もあるけど、私とあなたは長い付き合いなんですから」


「……はぁ」


 ちょ―――っとの空白期間が十数年ってのもどうかとは思うけれど、それはこの際どうでもいい。

 ただ俺には、どうにも衝撃的な事があったんだ。


「それならそんな聖霊様に少し聞きたいんだが……」


 だから俺は、まずはその驚いた事を聖霊様に問い質す事で解消する事を優先したんだ。


「あら、何かしら?」


 改まって切り出した俺の言葉に、聖霊様は余裕のある微笑みでそう答えた。


「聖霊様って……名前があったんだな」


 そう……。

 先程リリアは、闇の聖霊様に向かって確かにこういったんだ……。


 ―――ヴィス様……ってな。


 そこから分かる処は、少なくとも聖霊様には呼称があって、リリアは闇の聖霊様をその名で呼んでいると言う事だった。

 別に、聖霊様の名前を知っておかなければならないという事は無い。

 人界では俗に「聖霊様」と言えば、目の前にいる光の聖霊様しかおらず他の者と間違え様が無いんだ。

 それは、俺が「勇者」と呼ばれる事と同義だ。

 この世にたった一人しかいなければ、例え名前ではなく俗称で呼ばれたってなんら不便が生じる訳では無い。


 ただ、呼ぶかどうかは置いておいて、名を知っていると言う事は互いの親密度に関係している。


 実際先程リリアとヴィス様の挨拶を目の当たりにした俺は、彼女達が随分と親しいんだな……と思ったものだ。

 ことさらに光の聖霊様と親しくなりたいなんて考えてはいないけれど、やはり信頼関係を築くには名を知っているのとそうで無いのでは随分と違う。


 あれ―――?

 そう考えたら、俺って聖霊様に信頼されてなかったのかな―――?


「ええ、あるわよ。私には『アレティ』って名前がね」


 そんな俺の問い掛けに悪びれた様子も見せず、聖霊様はアッサリと自身の名を俺に告げたんだ。


「……因みに、その名を聞くのを俺は初めてなんだが、何で今まで教えてくれなかったんだ?」


 聖霊アレティの答えは何となく想像出来ていたんだけど、俺はあえてその質問をした。

 よくよく考えれば、最初に現れた時に自己紹介くらいするよな?

 もっとも、浮かれまくっていた若かりし俺は、そんな事なんて気づきもしなかったけどな。その後も不便な事なんて無かったし。


「ん―――……。聞かれなかったから?」


 何で疑問形での返答だったのかは分からないけれど、聖霊アレティの答えは俺の想像通りだった。

 そうなんだよ……光の聖霊様って、そう言う所があったんだよな……。

 ただその答えを以て、俺の蟠りにも一旦終止符を打つ事にした。

 今は聖霊アレティの名前を知っていたかどうかなんて、些細な事でしかない。

 そんな事よりも俺には、更に知らなければならない事が増えてしまったんだ。


「今更だけどな……聖霊アレティ、何であんたと聖霊ヴィスはここに現れたんだ? って言うか、光の聖霊の力はこの魔界には届かないんじゃなかったのか?」


 そう……まずはそこを解消しない事には話が進まないだろう。


 いきなり現れた聖霊アレティと聖霊ヴィス。

 勇者である俺と魔王であるリリアが会談しているこの時に、2人同時に現れた事には訳がある筈だ。

 それに、光の聖霊はこの魔界で影響力を与えられない筈だ。少なくとも俺は彼女からそう聞いていたんだからな。


「ええ、その通りよ。私の力はこの魔界には及ばない……影響を与える事は出来ないの。でも私が魔界に来る事は、全然まったくこれっぽっちも問題ないのよ」


 ……完全にキャラが変わった……と言うか、これが元々の素なのか?

 俺の質問に聖霊アレティは、ゼスチャーを交えつつ陽気にそう答えたんだ。

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