魔王の私室より

 麗しい魔王からの申し出を受けて、俺達は場所を移動して会談する事となった。

 4人の魔族……魔王の話では親衛隊四天王と言う話だが、彼等の案内で俺と魔王は肩を並べて魔王城内を進んでいった。


「こ……ここは……」


「ここは、私の私室だ」


 そして案内された先が……魔王の私室だった。


 魔王の間ではない。

 当然魔王の寝室でもない。


 いや、寝室と同等にプライベート空間である私室へと案内されたんだ。


 部屋の中は何とも魔王らし……からぬ空間であった。

 魔王城の外観は、それはそれは美しい。

 しかし、中に放たれている多くの魔獣や野獣……そして、侵入者を阻害する罠の数々が魔王城自体をおどろおどろしい雰囲気へと変容させていた。


 だがこの魔王の私室の何とも……女の子らしさはどうだ?


 カーテンやカーペットは、如何にも女の子が好みそうなピンク色をしている。救いなのは、それ程どぎつくない優しい色合いだと言う事だろうか?

 置いてある調度品……テーブルや椅子、ソファーも普通に可愛らしい。

 そのソファーに置いてあるのは……ぬいぐるみか?

 大きな鏡台の前には、多くの化粧品が置かれている。

 そして何よりも……この匂いだ。

 俺の部屋では……いや、男の部屋では到底嗅ぐ事の出来ない、何とも女性部屋らしい優しく良い香りが充満していたんだ。


「とりあえず、そちらへ腰かけてくれ。お前達は、部屋の前で待機しておくように。良いな?」


 俺へは椅子へと座る様に、そして従って来た四天王には部屋の外へ行くように指示する魔王。

 それに異論を唱えたいナダ達四天王だったが、半ば魔王から押される様に部屋の外へと追いやられようとしている。

 随分印象と違う魔王たちのやり取りを見て、俺も何だか拍子抜けしてしまっていた。

 少なくとも、さっきまでは緊張感を少なからず持っていた筈だ。


「いいから! お前達は、部屋の外で待機していてくれればよい! 何かあれば、すぐに声を掛けるゆえ!」


「いいえ、何かあっては遅すぎるのであります! 奴の強さは、危険と言って差し障りございません! みすみす魔王様を危険に晒すなどと……!」


 しかしそれも、あのやり取りを見ている限りでは持続させるのが難しいと言うものだ。

 ただそのお蔭と言おうか……俺も少なからず平静を取り戻す事が出来ていた。

 なんせ、魔王の強さを肌で感じて精神的に追い込まれた挙句、それまでとはギャップのある空間に投げ込まれたんだ。冷静になれって方がおかしいからな。


「待たせて済まなかったな、勇者よ」


 用意されていたティーポットとカップ一式を持って、そう言いながら魔王も同じテーブルの席へと付いた。

 そして魔王は、まずは魔法でポットを温めると、慣れた手つきで俺と自分のお茶を入れ、一方を俺へと差し出したんだ。


「……美味いな」


 魔王の煎れたお茶を口にして、俺は素直にそう思い口に出していた。

 お世辞でも何でもなく、そのお茶は何処か優しく体を癒してくれる感じがしたんだ。


「……驚いたな……。そなたは私の事を疑わぬのか?」


 そんな俺を、目を丸くした魔王が見つめながらそう呟いた。

 考えてみれば不用意だったかな?

 此処は敵の本拠地魔王城、そして目の前にいるのは宿敵魔王なんだ。

 もう少し警戒した様な素振りを見せるべきだったかもしれないな。


 それでも、先程の一幕を目にしただけで、魔王の為人ひととなりが分かろうと言うものだった。

 勿論、それも含めてすべてが演技だという可能性もあるんだが。


「だが、それでこそ話も進もうと言うものだ。改めて挨拶が必要だな。私はこの魔界を統べる魔王、名をリヴェリア=ソシエル=カサルティリオと言う」


 にこやかに自己紹介をする魔王リヴェリア。そうなればこちらも、名を名乗らない訳にはいかない。


「俺の名は……」


 俺は魔王に、俺の名を告げた。

 余りにも平凡で、農家の息子には普通に当たり前な名前……。

 良くライアン達には「特徴が無い」とからかわれたっけ。


「ふむ……。どうにも発音しにくいな。私の事はどうとでも呼んでくれて構わない。魔王でもリヴェリアでも、愛称のリリアでもな。私はこれまで通り、勇者と呼ばせていただく」


 でもどうやら俺の名前は、魔族には言いづらい発音をしていたらしい。

 まぁ、名前なんてどうでもいい事だ。お互いの事が分かれば、それで問題は無いんだからな。

 そしてこれで取りあえず、互いの挨拶は済んだと言う事だ。





「さて、勇者よ。そなたの目的は何だ?」


 そして魔王リヴェリア……リリアは、単刀直入に俺の目的を聞いて来た。

 如何にもリリアらしい、何とも歯に衣着せぬ言葉だと思った。


「……俺の最終的な目的は、人界の平和だ。魔族が人界へと攻めてこないならば、俺もこれ以上魔界に攻め込む様な事はしない。もう人界と魔界を繫ぐ『異界洞』の殆どは封印したが、お前の力を以てすれば再び開通する事も出来るだろう。そうしない事を俺は望んでいる」


 だから俺も、嘘偽りない言葉で応えたんだ。


 そりゃあこの魔界へと来るまでの目的は「真の魔王」を倒して、人界に永遠の平和を齎す事だった。

 それまでの俺は、悪いのは一方的に魔王だって思って疑ってなかったからな。


 そう……若かったんだよ……俺も。


 それから色んな事があって、魔界で魔族と触れ合う機会も訪れた。

 魔界が聞いていた様な場所でなく、何ら人界と変わらないと言う事。

 そしてそこに住む「魔族」も、やっぱり何ら人族と違わない事を俺は知ってしまった。

 そうなったらもう、無条件に魔王を倒すなんて言い続ける事など出来ない。

 魔王がこの申し出を受けてくれるなら、俺は生涯を掛けて人界側が魔界にちょっかいを掛けない様尽力するつもりだった。

 ……んだが。


「ふむ……。悪いが勇者よ。その申し出は恐らく受ける事が出来ない。いや……私が承諾した所で、いずれは魔界と人界を繫ぐ『異界洞』は出現するだろう。そうなったならば、私とそなただけではどうしようもないと思う」


 魔王から返ってきた言葉は、何とも愕然とさせるものだった。

 魔王の容姿、そしてその性格から考えれば、俺の提案に賛成してくれるものだと思っていただけに、その答えには言葉を奪う力があったんだ。

 ……いや、容姿はこの際関係ないんだけどな。


「……何故……『異界洞』が再び出現して2つの世界が繋がると断言出来るんだ? そもそも『異界洞』は、それ程簡単に出現する物なのか? お前達魔族が……延いてはリリア、お前が開通させていたのではないのか?」


 そう返答した俺の顔を見て、リリアは何だか頬を赤らめて怯んでいた。

 ううむ……彼女の事をどう呼んでも良いという話だったので愛称を使ったんだが、これは少し早計だったか?

 ただリリアの方に怒った様子は伺われない。どうやら問題ないと思われたんだ。


「そ……そうだな……。勇者よ、そなた達はどうして『異界洞』なる2つの異界を繫ぐ空間が出現したと考えているのだ?」


 少し早口ながら、リリアは俺に質問で返して来た。

 まるで問答の様相を呈して来たけど、これはこれで必要な事なのだろう。


 それよりも……何故……だと?


 そんな事は考えた事も無いな……。


 何故、2つの世界が繋がったのか……?


 それも……リリアの言い様では、自然発生的に「異界洞」が出現したという……。


 誰も望んだ事ではなく……自然にだと……?


 何故……なんて、今まで考えた事も無かった。

 ただその「異界洞」を通って、魔族が攻め入って来たから応戦した。

 このままではいかないと考えたから、封印して通れなくしたんだ。

 そうする事で、人界に……延いては双方の世界に平穏が訪れると疑っていなかった。

 それ以外の理由があるなんて、思いもよらなかったんだ。


「勇者よ。残念ながら、2つの世界が繋がった事には……意味があるのだ。それも1つではなく幾つもの……因果と呼び変えても良い理由がな」


 俺の注意は、もうリリアの発する言葉だけに向けられており、思考はリリアの口にする話を理解しようとするだけで精一杯だったんだ。


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