魔王城の異変

 大きな軋み音を上げて、魔王城の門が両開きに全開する。

 そしてその直後、俺の頬が濃密な魔素を含んだ空気になぶられる。

 もう何度も体感している事ではあるが、やはりこればっかりは慣れそうもないな。

 俺はそんな事を考えながら一歩、魔王城の中へと足を踏み入れた。


「……ん?」


 何回も見ている風景の中で、今までにない違和感に俺はそう漏らして足を止めてしまった。

 周囲に立ち込める空気はいつもの物。

 でも、そこで感じられる雰囲気がいつもとは違っていたんだ。


「……敵意が……感じられないだと……?」


 そうだ……。いつもなら、招かれざる客である俺に向けて至る所から……いや、魔王城全体から俺に向けて、威圧される程の敵意が向けられていた。

 それが今回に限っては、全くと言って良い程それを感じる事は無かったんだ。


「……やべぇな……。こりゃー、本格的に……あれか?」


 俺はある考えを思い浮かべて、ゲンナリするそのセリフを口ずさんだ。


 感覚が鈍る……感受性の低下って奴の原因、その一番手は……年齢に依るものだ。

 俺がこの状況で真っ先に思い浮かんだのは、自分の年齢からくる能力の低下って奴だった。


 ……つまり……老いだ……。


 そこまで明確な言葉を思い描いて、俺はかぶりを振ってそれを否定した。

 確かに俺は、この間39歳になった紛う事無き見事なアラフォーだ。

 若いとは到底言える事無く、それを実感させる多数の症状が俺にも現れている。


 ……例えば、朝が辛くて起きられないとか。


 ……例えば、疲労の抜け具合が以前よりも遅くなっているだとか。


 ……例えば、ベッドに敷いてある布団からは独特の臭いを感じるであるとか。


 くっ……。

 普段は見て見ぬ様に、気付いても考えない様にして来た事を改めて思い描き、俺は自傷行為的ダメージを心に負っていた。

 もしもこれが、今回魔王城に仕組まれた罠だとしたら……やるな、魔王!

 単純な攻撃力では敵わないと見て、搦手からめてで攻撃して来たという訳だ。


 ―――なんてな。


 そんな姑息な精神攻撃、今までにはされなかった。

 今まで使われなかった作戦だからと言ってこれからも使われないとは限らないが、それでも今まではそう言った間接的な攻撃は無かった。

 そこに俺はこの魔王城の……魔王や魔神将たちの矜持と言ったものを感じていたんだ。

 もっともそれは、俺が勝手に都合よく思い描いているものに他ならないんだけどな。

 兎も角、今更この魔王城に潜む住人達が、正攻法では敵わないからと卑屈な攻撃に方針転換して来るとは思えなかった。

 ただしだからと言って、今の状況にどういった意味があるのかは分からない。

 それでも分からないからと言って、このまま魔王城を後にする……と言う事も出来ない。

 俺は改めて、意を決して魔王城内を進んでいった。





「……まったく……どうなってるんだ……?」


 進めば進むほど、俺はこの状況が「異常」であると思わざるを得なかった。

 何せ、進めど進めど城内を闊歩しているであろう魔物と遭遇するどころか、その姿を見る事も無かったからだ。


 では何らかの理由で、この魔王城から魔物が居なくなったのか?


 例えば魔王城を引っ越しするとかの理由で、既に城内はもぬけの殻……と言う事も考えられる。

 何処に行ったかは想像もつかないけれど、そうなったらまた魔王城を探す処からやり直さないといけない。

 再び魔界全土を飛び回り、情報収集をしなければならないんだ。


 ……やだな……面倒臭いな……。


 こうなって来ると、この魔王城攻略を面倒だとか疲れるなんて愚痴っていた自分を窘めたい気分になって来た。

 ただそうは言っても、もしも魔王城移転計画が実行されてしまっていたなら後の祭りだ。

 他に打つ手も無い俺は、兎に角先へと歩を進めたんだ。




「ここも……か……」


 魔神将の守護する部屋の入口。

 ここには今まで「巨石の門番ドゥーロ・ゴーレム」が鎮座していて、何度倒しても俺が来る度に復活していた。

 そして俺は毎回、その石の門番を倒さなければならなかったんだが……。

 今は何処にも、その姿を見る事が出来ない。

 先を進む分には有難い事この上ないんだが、此処まで来ると不気味と言っても過言じゃない。

 俺は一切の抵抗を受ける事も無く、かつて「白魔神将ヴァイス」が守護していた扉を開けた。


 やはりと言おうか当然なのか、魔神将の部屋にも人影は無かった。

 さらにその先の部屋……「黒魔神将ニゲル」「赤魔神将ベリメルオ」「青魔神将アズゥ」「緑魔神将アクダル」「黄魔神将アマレオ」「土魔神将ゼムリャ」「水魔神将ヴェッダー」「火魔神将フエゴ」の部屋にも誰もおらず、何の仕掛けもされていなかったんだ。

 此処まで来れば、流石に「魔王城移転説」が俺の脳裏で思考の大半を占める様になっていた。

 ここまで来るのに、ほんの2時間程度しかかかっていない。今までは半日以上掛かっていたにも拘らずだ。

 今までは戦闘に費やしていた時間を、そのまま移動だけに使用出来たんだ。

 当然、疲労と呼べるほどの消耗も無い。

 これは本当に、今までに無かった事だった。


 ほんと……毎回こうだったら、どれ程良かった事か……。


 何だかやるせない気分に囚われた俺は、トボトボと何の気配もしない魔王城通路を先へと進んでいた。

 油断している……と言えば、正しく今はその通りだろう。

 このタイミングで襲われたなら、俺は間違いなく苦戦を免れなかっただろうし、もしかすれば大きなダメージを負っていたかもしれない。

 回復手段が限られ、それもおいそれと使う事が出来ない俺には、何よりも大きな負傷を負う事が痛手なのに他ならないんだ。

 それもまぁ……ソロの宿命って奴なんだけどな。


 でも俺には、このタイミングで仕掛けられる事は無いという変な確信もあった。

 想像でしかないが、此処まで来れば次の部屋か……最期の部屋か……それとも魔王の部屋か。

 もしも襲われるとすれば、そのどれかであろうと考えていたんだ。

 そしてそれは、次なる新たに訪れる部屋で事実として明確になった。




「……これはこれは……お揃いで……」


 俺は凄まじい殺気を漲らせて此方を睨みつけるに、わざと不敵な笑みを浮かべてそう話しかけた。

 前回は、水魔神将ヴァッダーと火魔神将フエゴが、付け焼刃と言って良い共闘で俺に襲い掛かって来た。

 それを教訓にした……って訳じゃないんだろうが、今回俺の眼前で仁王立ちしているのは、3人の魔神将だった。


 そして恐らくは……残る全ての魔神将でもある。


 彼等は事ある毎に言っていた……俺達は12魔神将だと。

 そんなナイスな情報提供もあり、魔神将が12人で構成されている事を俺は随分と前から知っていた。

 そしてこれまでに9人の魔神将を屠っている。

 目の前に3人の魔神将が要るんだから、これで全部だよな。


 ―――勿論、それで全員だったなら……だったんだけどな。


 俺を睨んでいた魔神将たちが、不意に俺から視線を外して背後を見やる。

 そして彼等の背後で閉まっていた扉が開き、そこからは……。


 4人の、只者ではないとすぐに分かる魔族が現れたんだ!


 くっそ―――っ!

 あの時土魔神将ゼムリャが言っていた「俺達の背後には」ってのは、奴らの事だったのか―――……。

 まぁ、24元帥とか36戦隊って訳じゃなさそうなのが救いだけどな。

 ……それも、彼等の口から聞かないと分からない事ではあるんだが。


 俺は重くなった足を引き摺って、部屋の中央……奴らの正面へと対峙する形に移動した。

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