続・俺勇者、39歳

綾部 響

そして勇者は先生に……

 魔王城


    照らす太陽


         秋近し


            by俺




『先生……先生っ!? 聞いていますかっ!?』


 おっと……またまた思わず一句読んじまった。

 やや現実逃避気味な俺をこの世界へと引き戻したのは、「通信石」から聞こえる少女の声と映し出された姿だった。


「ああ……悪い、イルマ。それで、なんだっけ?」


 ハッキリ言って、今までの話は殆ど右から左へ受け流していた状態だった。

 俺は通信石に映る少女……僧侶のイルマに向かい合うと、だるさの抜けきらない声でそう問い返した。


『もう……。しっかり聞いていただかないと困ります』


 幼いながらも美しいその表情を曇らせ、眉根を寄せたイルマが大変もっともな事を口にする。

 いや、全くその通り。

「先生」なんて呼ばれているからには、俺はイルマたちを指導する立場にある。

 そんな俺が、生徒からの報告を蔑ろにして言い訳は無いんだ。

 でもそれは、俺が望んだ事……ではない。


 何と言っても俺は、現役バリバリの勇者なんだからな。

 比喩でも誇張でさえない、世界の為に俺は単身魔界へと乗り込み、魔王城攻略をソロで行っているのだ。

 今この時も、俺は魔界の魔王城前でイルマの報告を聞いていたのだ。

 そんな重要な使命を果たす為日夜頑張ってるって言うのに、この上冒険初心者達にレクチャーしている暇なんかないと言うのが本音だった。


 ……まぁ、暇はない事も無いが、身体が持たないと言うのが本音なんだけどな。





『先生―――……せんせーい……。また意識が何処かへ行ってますよ―――』


「いや、ちゃんと聞いてるって……」


 再びイルマから注意されてしまった。

 今俺は、先にも述べた通り魔界に居る。

 それでもこうして、人界に居るイルマと会話をする事が出来ているのだ。

 これは偏に、超レアアイテム「通信石」のお蔭であった。


 通信石は、元々はこぶし大の大きさを持つ1つの鉱石だ。

 勿論、このままでは離れた場所の相手と通話する事なんて出来やしない。

 この鉱石を「天界」のある技術で2つに割る。

 そうする事でこの鉱石は互いに引き合い、呼び合い、通話することが可能となるのだ。

 では何故、今まで俺がこれを使わなかったのか?

 これまでに一度も「通信石」の話が出なかったのか?

 そんな事は、聞くまでもなく言うまでもない。


 ―――相手が……居なかったからな……。


 おっと、やばい。

 秋を思わせる日差しが眩しいぜ。

 思わず目じりに、涙が溜まっちまった。


『もう……通信を切りますよ? 先生には大した事が無いかも知れませんが、私には維持するのが結構大変なんですからね』


 むぅ……また思いを馳せてしまっていたか。

 確かに、通信石の使用には魔力が必要となる。

 それが長距離ともなれば、その消費量は少なくない。

 駆け出しと言っても過言じゃないイルマには、この距離の通話を長時間保つのは一苦労だろう。

 それにしても……。

 こんな調子じゃあ、何時まで経ってもイルマの小言が収まらないな。

 それどころかこれじゃあ、どっちが生徒で先生か分かったもんじゃない。


「……それで? ドルフの村の様子はどうなんだ?」


 気を取り直した俺は、改めてイルマにそう質問した。

 画面の中のイルマは、一つ小さなため息をついてもう一度説明を繰り返してくれたんだった。

 出会ったばかりの頃とは違い、今のイルマは随分としっかりしている。

 その発言も、そしてその立ち居振る舞いも。


 戦士のクリーク、魔女のソルシエ、武闘家のダレン……そして僧侶のイルマ。

 このメンバーが、今俺が受け持っている新米冒険者の面々だ。

 その中でもこのイルマは、本当に言葉数が少なく臆病で、引っ込み思案だという印象がぬぐえなかったし実際にそうだった。

 それが今では、このパーティの中核にして纏め役……。いや―――……人って変われば変わるものだな。


 俺がある事を切っ掛けに彼女達と出会って、既に3ヶ月が経っていた。

 この期間、俺はイルマ達に付きっきりで、冒険における初歩中の初歩を懇切丁寧に教え込んでいたんだ。

 ……もっとも、クリークやソルシエがそれを聞けば「どこがっ!」と猛反論を喰らいそうだがな。

 それでも本来なら自分達で試行錯誤して、苦労しながら……若しくは傷つきながら知るべき事を教えてやったんだ。

 それは彼女達にとって、随分と冒険の助けになった筈だった。


 そのせいで……と言う程、俺も迷惑だったわけでは無いんだが、魔王城の攻略が疎かになってしまったのは仕方の無い事だった。

 それまでは大体、2ヶ月に1度の割合で魔界に赴いては魔王城の攻略に取り組んでいた。

 それは単純に、ソロ攻略である俺の回復に時間が掛かったからなんだけどな。

 だから、正味3ヶ月という期間を空けた事は、今回が初めてだった。

 当然、体調は万全だし気力も充実している。


「……なるほど、それじゃあ当分は、ドルフ村周辺で怪物モンスターを相手にするって事なんだな?」


 報告を聞き終えた俺は、イルマにそう確認した。


『はい。……でも、クリーク達は早く先に進みたいみたいで、もう「シュロス城」に行きたいなんて言ってるんですけど……』


 肯定を返して来たイルマだったが、最後に気になる事を付け足して不安気にその顔を曇らせた。


「はぁ―――……。まーたあいつは、そんな事を言ってるのか? 懲りない奴だな―――……。俺の出した条件をクリア出来るまで、先に進むのは無しだ。そうクリークに釘を刺しておいてくれよ」


『はい、わかりました』


 俺の心底呆れたという溜息と台詞に、画面の向こうでイルマがクスリと笑いながら了承した。

 クリークの探求心と向上心は大したものなんだが、それで命の危機に見舞われるようじゃあ本末転倒だ。

 いや、本来冒険と言うのは、そう言ったものかも知れない。

 僅かな好奇心が、自身の……そして仲間の命を奪う。

 取り返しのつかない事態に陥ってこそ、初めて経験となるのかもしれないな。

 けれど、もう俺が関わっちまってる。

 危険な状況になると言う事が分かっているんだから、それに注意を喚起するのも年長者の役目だからな。


 今現在のレベルはと言えば、クリークがLv12、イルマがLv13、ソルシエがLv14、ダレンがLv15だ。

 僅か3ヶ月でここまでレベルを上げる事が出来ていれば上等と言って良い。

 一度は死にかけた「トーへの塔」の攻略も難なくこなした彼等に、俺は次の拠点へと向かう事を許可した。

 大喜びの彼等は始まりの街「プリメロ」を早々に発って、次なる拠点である「ドルフの村」にやって来ていたのだった。


 拠点が変われば、怪物の種類もその強さも変わる。

 ドルフの村はプリメロの街に比べれば何もない村だから、クリークが先に進みたいという気持ちを持つのも無理はないだろう。

 でもだからこそ……だ。

 しっかりと準備を整えなければ、先に進んでも行き詰って挙句命を落とすと言う事になり兼ねない。


 俺が彼女達に出した条件は、ドルフ村の北に広がる「霧の沼地」で手強い怪物「キリング・スネーク」を倒し、そのドロップアイテムである「巨蛇の牙」を10本集めろと言うもの。

 キリング・スネーク自体は特に懸念する様な処は無い。

 巨大な体躯に似合わぬ素早さと、敵に巻き付いて締め上げるその強さが強力だが、特に毒や特殊攻撃を持っている訳でも無い。

 ただ沼地と言う特殊な状況で、地の利は相手にある。

 こちらは足を取られて普段通り動く事が出来ないから、予想以上に苦戦する事は想像に難くなかった。

 でもそう言った様々な状況で、色んな経験を積めば後々にそれらは活きて来る。

 こればっかりは、口で教えても身に付かないからな。





『……あの……それで先生? ちゃんと……食事は摂れてますか? 掃除や洗濯はまめにしてるんでしょうか?』


 少し考え込んでいた俺に、イルマがどこか恥ずかしそうにそう聞いて来た。

 だがこの質問は、年長者である俺に対して礼を失していると言っても過言ではない。


「なんだ、イルマ。ちゃんと飯は食ってるし掃除や洗濯も問題ないぞ。大体俺は、お前達に出会う前から一人でちゃんと暮らして来たんだ。心配なんか無用だぞ」


 そう……俺は今までたった一人で……そう……たった一人で……。

 いかん、ネガティブな気分になって来た。

 ともかく、一人でちゃんと生活して来たんだ。

 今更遥か年下のイルマに心配される様な事は無い。


『でも先生、雑貨屋「コンビニ」で買った物ばかりじゃなく、栄養のバランスも考えて自炊しなきゃだめですよ? それに掃除や洗濯も纏めてじゃ無くてちゃんとまめに行わないといけないんですからね』


 むぅ……イルマの言う事も指摘も、もっともであり図星を突いていた。

 そもそも男所帯で、そんなに家事をまめに行う奴なんかいるもんか。


「仕方ないんだよ。俺にも色々やらなきゃいけない事があるし、だからって家事をしてくれる奴なんて今までイルマくらいしかいなかったからな」


 やや捨て鉢にそう言い切った俺に、当のイルマは怒るどころか僅かに頬を赤らめて反論してきた。


『それは自業自得です。先生も良いお年なんですから、家事をしてくれそうなその……奥さんや……恋人ぐらい作らないんですか?』


 まぁ! なんてことを聞くんでしょう、この娘は!

 俺が39歳で独身、彼女いない歴も年齢通りと言う事を知らないのか!?


 ……いや、知らないか……。言ってないからな……。


「……そんな暇無かったからな。勇者は何かと忙しいし、色々と犠牲にしなきゃならない事があるんだよ」


 やべ……言ってて悲しくなって来た……。

 そんな俺を嘲笑う様に……かどうかは定かではないが、画面の向こうではイルマが妙にウキウキした表情をしていた。

 そんなに独身アラフォー勇者の生態が面白いのかねぇ……。


『それじゃあ仕方ないから、また部屋の掃除をしてあげます。すぐには無理ですけど……近々また、プリメロの街に戻りますから』


 そしてそれだけを嬉しそうに言うと、いそいそと通信石を切ってしまったのだった。

 何が楽しくて男所帯のあんな「汚部屋」に来るのか分からないけど、実際イルマに掃除や洗濯をして貰えるのは有難い。

 まぁ……強要している訳じゃないから良いよな?

 ただし、余り頻繁に来られると困る事情もある。


 それは……周囲の眼……と言う奴だ。


 独身男の部屋……それも、随分と年の離れた女の子が足しげく出入りしていると、在らぬ噂を流されてしまうのだ。

 もっともそれに関して俺は問題ないんだが、嫁入り前のイルマなんかは大問題だろう。

 特に大家さんの奥さんなんかに目を付けられようものなら、どんなある事無い事が広められるか分かったもんじゃない。

 それにマルシャンだ。

 面白いネタに飢えているあのに知れでもしたら、どんな冷やかしを合うのか考えただけでも面倒臭い。

 俺はそれ等を想像しただけで、要らぬ気苦労から盛大に溜息を吐いてしまったのだった。


 おっと、こんな所でテンションを下げている場合じゃないな。

 目の前には勇壮な魔王城。

 今から俺は、此処に入り「魔神将」と戦わなきゃならない。

 今回はどんな戦いが待っているのか……考えただけで憂鬱になるけど、これも勇者の使命だ。


 俺は意を決して、魔王城の門を開け放った。

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