不良。上


 

 

 

 

 自分で言うのはとんでもなく恥ずかしい事なのだが、オレは不良だ。

 授業をサボり、課題を出さず、定期テストをすっぽかし、学校の規則も守らない。理不尽な暴力こそ振るわないが、オレは不良だ。

 しかし、それと同時に、自分を不良と名乗る事をとんでもなく恥ずかしい事だと自覚しているくらいには、〝目が覚めている〟のだ。

 不良良くはないが、オレの姿を見て誰もが震え上がるかと言われると決してそうでもない。精々、クラスメイトと教師陣からやっかまれている程度の、ちゃちな不良なのだ。

 

 

 

 ÷

 

 

 

 ムカつく程の暑さの中、学園の屋上にて。

 身体に当たった所で欠片も涼しくならない風を浴びながら、何かの兵器の如く地球を照らす太陽光に目を細める。こんな天気の中、外でスマホを弄ろうものならば、太陽光に負けじとスマホの画面の明るさが限界突破して充電が瞬時に消し飛ぶので、スマホは制服のポケットにて待機。

 オレはただ、青色の濃い空をぼーっと眺める事に努める。

 オレが在籍するこの〝学園〟は、いわゆるお坊っちゃまお嬢様が通う私立高校だ。正式名称を、私立雲母坂きららさか学園。オレみたいな年頃の奴は絶対口にしたくないようなふわふわした名前の学園の中で、オレは退屈は日々を送っている。

 何故なにゆえ、こんなオレみたいのがリアルでウフフオホホで笑いやがる金持ち共と同じ敷地で日々を過ごしているのかと言うと、実家が太いからに他ならない。しかも親は放任主義なので、オレがどんなに授業をサボろうが、成績が悪かろうが、『学生のうちにしか出来ない事もあるだろう』の一言で全て許しちまう。

 馬鹿か。

 まぁこれも、金があるが故の余裕というか──ある種金持ちの遊びみたいなもんでもある。オレが犯罪に手を染めたりしない限りは、親はにこにこと笑いながら、オレの生活を見守るのだろう。

 そんなこんなでこの現状。ぶっちゃけ、学園自体サボってしまっても構わない訳だが、家に居ると親父の書斎に連れて行かれてこの本を読んでくれとかこの本良いぞとか、こんなの好きなんだろうとか、瞳を燃やしながら本の良さとやらを熱弁してくるし(しかも、オレと話を合わせようと不良漫画の話とかしてきやがる。不良が全員不良漫画を読み込んでると思うな)、母ちゃんは母ちゃんで虎鉄こてつ(オレの名前兼母親が名付けた花の名前)が綺麗に成長したから見て〜! とかわざわざ呼びに来たりして──つまり、家に居るとダルいので、こうして学園には登校し、屋上だったりテラス(という名の食堂)だったりで下校時刻まで時間を潰しているのだ。

 馬鹿みたいな時間の使い方だろ。

 心配すんな。

 オレが一番そう思ってるから。

 寝転がる。そうなると太陽光がオレの全身を照らしちまう訳だが、この暑さによってオレは何かを考える余裕すら無くなってしまうので、今みたいな時間帯には、この暑さが丁度良かった。

 

「もう、三朝みささ君。こんな所でお昼寝してたんですか?」

 

 鉄製のドアを開ける音。それから、三朝君──オレに掛ける声が聞こえてきた。昼寝するのび太のような姿勢のまま、目線だけ声の主に向ける。

 美化ちゃん。

 オレの知り合いその1。

 茶髪を肩のところでキチッと揃え、表情は常に凛々しく──本人曰くそうらしいが、オレからすれば美化ちゃんの優しさが滲み出てしまっていると思う──馬鹿が付く程に真面目であるが、自分が正しいと思った事と物事を上手く混ぜ合わせて考えられる人間で、所謂いわゆる柔軟な思考の持ち主ってヤツだ。

 美化ちゃんとの出会いは話せば長くなるので、割愛。

 彼女との関係性を表しつつ、彼女の行動を褒め称えるように紹介するならば。

 オレがこうしてサボっていると、どこからともなく──どこから音も無くこうして現れて、授業に出るように促してくる。それを、出会った当初から変わらずやってくるような。サボる場所を点々と変えても探し当ててみせるような、凛々しく真面目で、オレみたいな不良(何回言っても恥ずかしいぜ)にも分け隔て無く話し掛けられる。

 そんな、素晴らしい人間なのだ。

 どうだ。

 こんな良いように紹介してやったのだから、オレに構わず早く帰ってはくれまいか。

 え、嫌ですって? 

 はい。

 

「ンだよ、美化みかちゃんか」

「私の名前は美香みかちゃんです。って、そうじゃなくて。三朝君、教室に戻りますよ? 三朝君が居ないと、三朝君の進路を嘆く先生の声が10分毎に中庭まで聞こえてくるんですから」

 

 五月蝿くて集中出来ません。美化ちゃんは、両手を腰にあてながら「もうっ」とぷりぷり怒っている。

 

「知らねぇよ。家を継ぐから単位を取る必要は無いとか、適当な事言っておいてくれ」

「三朝君のおとうさんかおかあさんって、何かなさってるんですか?」

「知らねぇ」

「……」

 

 呆れられてしまった。

 

「話は変わりますが」

「おう」

「何で三朝君って、授業をこんなにもサボってるんですか?」

「美化ちゃんだって授業出てねぇじゃんか」

 

 私の名前は美香ちゃんです。そう訂正してから、

 

「私は〝あの一件〟で、もう卒業までの単位は取れているので。今は授業よりも、校内の美化運動の方が大切ですから」

 

〝あの一件〟。

 長期休暇中に草花を鑑賞しに各地を練り歩いていた美化ちゃんが、行く先々で新種の花を見つけてしまったりと、その界隈に激震が走る程の功績を立ててしまったので、ニュースで海外にも取り上げられたのは一年くらい前の話。そんな事を成し遂げたので、学園からは表彰され、卒業といくつもの大企業で上から数えた方が早い程の地位で、自分のやりたいように草花の研究が出来るとかなんとかの内定(以前美化ちゃん本人に具体的な会社名を聞いたのだが、オレがひっくり返る程の大企業の数々)をもらっていて、現時点で人生あがっているような状態らしい。

 だから、授業よりも学園内の美化運動。彼女は、彼女が正しいと思った事を、物事の現状と自らの行動を照らし合わせて良しと判断し、実行しているのだ。

 素晴らしい。美化ちゃんみたいな考えの子好きだぜ。

 そんな彼女の心の美しさを称え、オレは彼女の事を美化みかちゃんと呼んでいる。

 こんなにも彼女の事を知っているのに、授業出てねぇじゃんかと言ってしまうのはつまり、オレなりのじゃれあいというか何と言うか、理由を知りつつもその言葉を放ってしまうくらいには、美化ちゃんとの会話を億劫に思っていないのかも知れない。

 

「これで、授業出なくても良いくらい頭も良いんだから反則だよな」

「授業についていけないから、こんな所でお昼寝してたんですか? でしたら、私が直々に勉強を──」

「違ぇー」

「だったら、どうしてですか?」

 

 オレを真っ直ぐに見つめる純粋な双眸。その二つに向けて、ただダルいからとか、そんな事を言える度胸はオレには無く。

 

「パンツ丸見えの美化ちゃんに話す理由は無ぇな」

「なっ!? ──もう! 三朝君!」

 

 オレは寝転がっていて、美化ちゃんは立ってオレを見下ろしている状態。しかもここは、当たった所で欠片も涼しくならない風が吹く屋上。つまり、美化ちゃんのパンツなんて目を瞑っていても見える(矛盾)。

 ここで美化ちゃんに長々とお説教されるよりは、教室に戻った方が良い。そう確信したオレは、くどくどとオレに向かって説教の言葉を投げかけながら顔を赤らめている美化ちゃんを引き連れ、教室へと戻るのだった。

 

 

 

 ÷

 

 

 

「成る程。虎鉄様が珍しく教室にお目見えになったと思ったら、そんな理由がありましたとは。虎鉄様も大変ですね」

「人様の机に座りながら、理解者みたいな台詞セリフを吐くんじゃねぇ。降りろ」

「正論ですね。正論ですが、それに従う理由はわたくしにはありませんので」

「正論だな」

「正論なんですか?」

「知らん」

 

 項垂れる美化ちゃん。オレを教室まで無事に連れてきたと思えば、こんな訳分からん会話に巻き込まれたのだから、そんな気持ちになるのも分からんでもない。

 話を変えよう。

 視線を美化ちゃんから、コイツへ。右から、正面へと移す。

 机の上に座り片膝を抱え、蠱惑的な黄色の瞳でオレを見下ろす、化野あだしの。オレの知り合いその2。

 コイツの腰まで届きそうな黒髪が、今日も不思議な光沢を放っている。

 背はオレよりも少しだけ(ほんの少しだけ)高く、何かあるとオレの席までぬるりとやってくる、不思議なクラスメイト。いつの間にこんな奴に目を付けられたのか、その具体的な時期は定かではないが、不快ではないので放っておいている。

 美化ちゃんと同じく顔は良い。

 二人に共通して言えるのは、顔が良くてスタイルも優れているという事だ。

 端的に言えば、目の保養にしている。

 

「もっと可愛らしく紹介していただきたいのですが」

「オレの心を読むような奴が可愛らしい訳無ぇだろうが」

 

 それもそうです。クスクスと口元を押さえて笑いながら、目を細める化野。オレとしては先程の蠱惑的な瞳よりも、この糸目の方が見慣れている訳だが。

 よくよく考えると、笑われているのかも知れない。

 

「化野、パンツ見えてるぞ」

「クイズに致しましょうか?」

「黒」

「本当に見えていたのですね」

「オレが、自分の机の上に乗られるのが嫌で適当な嘘を吐く奴だとでも思ったか。オレは正直な人間なんだ。机の上から降りて欲しければ降りろと言うし、パンツが見えていれば見えているとはっきりと言える。この学園内で一番清らかな人間だと言っても過言ではないだろう」

「過言ですよ」

「み、美化ちゃん」

 

 真っ当にツッコミを入れられてしまうと中々恥ずかしいもので。その恥ずかしさを隠すように咎めると、美化ちゃんもオレの気持ちを読んだのか舌をペロッと出してから教室を出て行った。どうやら、中庭の美化運動を再開するらしい。

 視線を戻す。

 パンツが見えている事を指摘しても姿勢を直さない化野に、化野のパンツに、視線を戻す。

 これで、オレが複数回化野のパンツに視線をやっている事がバレてしまった。

 

「で、パンツ丸見え化野ちゃん」

「あら、私にも敬称を付けて下さるのですか?」

「語呂が良いから付けたんだ。今回だけ」

「私は、健気な乙女の如く虎鉄〝様〟と呼んで慕っているといいますのに。よよよ……」

 

 手を制服の袖の中に引っ込め、〝和〟に泣く化野。それを鼻で笑う。

 

「馬鹿言うな。そんな目してる奴が乙女な訳が無ぇだろ。良くて肉食系ってヤツだぜ。……それともあれか? オレも化野様って呼んだら解決する話か」

「──敬称よりも」

 

 蕊ずいっと。オレの目の前まで顔を近付け、黄色の瞳を見開きながら。

 

「私、名前で呼んでいただきたいです」

 

 反応も出来なかった。速度的な問題ではなく、あまりにも自然な仕草で顔を近付けてきたので、それが異常な行動だと理解するのに、時間が掛かったのだ。だからこその、今のこの沈黙の時間。化野と、こんな距離で接する事なんて、初めての経験──いや、いつもオレの膝の上に乗ってきたり、背中にしなだれてきたり、元からコイツの距離感はバグっているのを忘れていた。

 指の腹で、化野の額を押す。うぅ、と呻きながら、元の位置。即ち、机の上へと重心を戻していった。

 

「空気の読めないお方ですね。ここは、接吻の一つでもする場面だと思うのですが」

「オレが空気の読めない人間だと言うのは認めるが、それは化野。お前も同じだと言う事も忘れるな」

「?」

 

 化野にしては──普段は飄々とした態度で、底を見せない笑みでオレに絡んでくる化野にしては、可愛らしく首を傾げてみせる。しかし、これも化野の策略の内だとオレは知っているので、冷静に返した。

 

「授業中だぜ。……話に付き合ってるオレも悪ぃけどな」

 

 化野を机の上にから降りるよう指示したのも、こういった理由もあったりする。

 ふと授業中ならば見るべき場所黒板の方へと視線を流せば、そこには「そうですよね。先生の授業なんて聞きたくないからサボってたんですもんね」と半泣きでブツブツと呟いている教師(今年で26歳)がいた。

 これは悪い事をした。

 オレみたいな不良が、授業の進行の邪魔をしては迷惑だ。そうだ、迷惑に違いない。迷惑に違いないから、オレは退出させてもらうとしよう。

 教室から出る。ドアを閉めると同時に教師の泣き声がびえーんと聞こえてきたが、放って置いて廊下を歩く。

 何故か化野がニコニコ笑顔で隣を歩いていたので、全力ダッシュで振り切った。

 

 

 

 

 

 

 

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