類は友を呼ぶ。
「お茶でもどうぞ」
「こりゃどーも」
コトン、卓袱台程度の高さのテーブルに、湯呑みが置かれる。
湯呑みの中からゆらゆらと浮かんでは消える湯気を眺めながら、俺は目の前の友人に「で?」と会話を促した。
「話って何だよ。『話したい事があるからボクの家に来て』なんて言い出したから来たけどよ。そんなに見詰められても、俺からお前に話を振れるのは世間話くらいだぜ?」
左手をヒラヒラさせながら、今に至るまでの経緯を振り返る。
放課後、さっさと帰ってゲームでもするかと帰り支度をしていると、コイツが話し掛けてきて、そう言ったのだ。
学校内外を問わず話したり遊んだりする仲。所謂友人──水月(みづき)からの、突然の誘い。いつも遊ぶのも、出掛けた先での事が多かったので、何故家に呼び出したのかは疑問に思ったものだが、余裕が感じられないその表情を見て、俺は水月家(と言っても、水月は一人暮らしらしいが)への来訪を決意したのだ。
「ご、ごめんね。なんて言ったら良いのか、自分の中でも中々纏まらなくて」
「別に、上手く話せなくても構わねぇよ。取り敢えず話してくれよ。勿体振ってるみたいで、何だか内容が気になってきた」
出された茶を、一口。口に含む。喉を潤す為じゃなく、唇を湿らす為の一口だ。
俺が湯呑みをテーブルに置いた所で、水月はようやく話し始めた。
「最近、〝あの人達が〟……」
「……あの人達って言うと、高橋達か」
「そう。高橋(たかはし)さんと遠藤(えんどう)さんと対馬(つしま)さんと南雲(なぐも)さん。あの人達の行動が、最近エスカレートしてきてて……」
「……あー、何だか読めてきた」
高橋。
遠藤。
対馬。
南雲。
あの人達──彼女達は、水月を好いているという点で共通している。
あと、揃いも揃って美少女だってのも共通してんのか。
そんな美少女四人から好かれている水月。普通だったらクラスの(そして学年中の)男子からの妬み嫉みを買いそうなものだが、水月は例外だった。
水月の人柄が為せる技なのか、羨ましがる声は上がれど、水月に対するマイナスな意見は聞こえてこないのだ。
まぁ、その人柄故に四人もの美少女から好意を寄せられているのかも知れないが。
水月の人柄もそうだが、もう一つ、水月が人から嫌われず、誰からも好かれる理由がある。
可愛いのだ。
男なのに。
俗に言う、男の娘。
俺だって、初対面の時は美少女だと錯覚した。だが、実は美少年だったのだ。
水月本人は男子だと公言しているが、それでも周囲からの目は変わらず、可愛いの一言。
水月が可愛いから、男子からは優しくされる。女子よりも距離が近くいられるのも、優しくされる理由の一つかも知れない。
水月が可愛いから、美少女四人と一緒にいる所は良い。何がってそりゃ、百合が嫌いな男の子はいないでしょうよ。
知らんけど。
兎に角、男の娘的な見た目と人が寄ってくる人柄を併せ持った水月は、男女問わず好かれ、学校を代表する程の美少女からも言い寄られるような奴なのだ。
そんな、友人からのお悩み相談。
実を言うと、今回に至るまでの──水月が俺に相談するまでに、予兆的なものはあった。
やれ、アプローチが激しい。
やれ、やたらと一緒に居たがる。
等。その時の水月は苦笑いで済ませていたが、今は違う。本気で困っているのだ。
「困ってるんだよね。あの人達からのアプローチ」
「倒置法で言われても。……まぁ、一人ずつ話してみろよ。俺も一緒に対策を考えてやるから」
「あ、ありがとう!日川(ひかわ)君!じゃあ、まずは高橋さんの事なんだけど──」
「水月君」
「な、何かな。高橋さん」
「さっき、誰と話してたの」
「日川君だよ。友達の、日川君。今度の土曜日、映画を観に行こうって話をしてたんだ」
「行っちゃ駄目」
「え?」
「断って」
「そ、そんな。急に言われても」
「断って!!」
「……分かった」
「水月君。何でそんな酷い事をするの?」
「酷い事してるのはそっt……酷い事?何の事を言ってるのかさっぱり分からないんだけど」
「とぼけないで。土曜日は、私とデートするって約束したじゃない」
「何の事を言ってるのかさっぱり分からないんだけど?」
「あと、その日川って人とも話しちゃ駄目。どうせ水月君の身体目当てよ、そんな奴」
「ボク、男なんだけど」
「兎に角、土曜日は私とデートなんだから。もう忘れちゃ駄目よ。……忘れたら私、何するか分からないから」
「だからメールで映画断ったのか」
「ごめんなさい!本当にごめんなさい!」
「まぁ良いけどさ。高橋とのデート?を断った方がヤバい展開になってただろうしな」
「そもそも、ボクそんな約束してないんだよ?」
「知ってる。お前あの四人苦手だもんな」
哀れ、水月大好き四天王。水月はグイグイ来られると引いちまうタイプだぞ。
因(ちな)みに、四天王と言っても、その上に更なる水月大好き美少女がいる訳ではない。居てたまるか。
「……目が、怖いんだよね。光が無いって言うか」
「怖いのは目だけじゃないぞ。って、今は冗談言ってる場合じゃねぇよな」
頭を掻きながら軽めの自戒。それから続きを促した。
放課後から夜まで、時間は限られている。
ただの談話に興じていては、水月の悩みは解決しないのだ。
「じゃあ、次頼む。奴等への対策は、四人話終わってからでも構わんだろ」
「う、うん。じゃあ、次は遠藤さんだね──」
「み、水月さんっ!」
「な、何かな。遠藤さん」
「昨日は、何をされていたんですか……?」
「昨日?えーっと、日川君とゲームセンターで遊んでたかな。それがどうかしたの?」
「い、いえ。駅前の書店ではなかったんですね」
「あー、うん。日川君に誘われたんだ。日川君って、格ゲー凄い強いんだよ?知ってた?」
「い、いえ、ご存知ありませんでした。……毎週水曜日は、書店に寄る日の筈なのに。アイツが居る所為で水月さんと私の予定に狂いが生じた。やっぱり、邪魔者は消した方が良いのかも」
「何か言った?」
「いえ!何も!では、」
「あぁ、うん。じゃあね」
「……あっ、水月さん。明日は牛乳が安い日なので、買い足しておいた方が良さそうです」
「何で、ボクが毎週水曜日に駅前の書店に行く事を知ってるんだろうね」
「……やめろ」
「何で遠藤さんは、ボクの家の冷蔵庫の牛乳が残り少ない事と、ボクが贔屓にしてるスーパーのセールの情報を知ってるんだろうね」
「……やめてくれ」
「どうしてボクは、遠藤さんの呟きが聞こえちゃったんだろうね」
「怖ぇよ!徹頭徹尾全て怖ぇよ!」
まだ半分のエピソードしか聞いていないが、早くも俺の心が限界を迎えそうだった。
てか、遠藤が恐ろし過ぎる。あれだけ水月の事を調べているんだったら、今この瞬間もどこか近くで見ているんじゃなかろうか。
見渡す。
あるのは部屋に元々あった家具と、俺の傍らに俺の鞄。水月の傍らに水月の鞄。それと、テーブルの上の湯呑みが二つあるだけ。
それらしき姿も、物も見当たらない。
「どうかした?」
「……いや、何でも」
水月だって、遠藤のストーキング云々については自分の中で一応の結論は付けているのだろう。恐らくは、自分で見られないように色々試行錯誤を繰り返したのだろう。
だが、水月にこれといった変化は見受けられない。
多分、無駄だったのだ。
「……あー、結構心にクるなこれ」
精神的な口直しに、お茶を一口。もう温
ぬる
くなってしまっていたが、それでも口に入れると入れないとでは違う。お茶が食道を伝って下に流れ落ちていくのを感じながら、頭を横に振る。
「さて、次に行くか」
「無理してない?」
「大丈夫だ。続けてくれ」
「ありがとう。じゃあ、次は対馬さんだね──」
「水月!」
「ど、どうしたんですか。対馬先輩」
「ハァ……ハァ……。これを渡そうと思って。走って探してたんだ」
「これ、お弁当ですか?」
「そうだ。水月の事を想って、愛情込めて作った」
「で、でもボク、自分でお弁当作っちゃ」
「……」
「い、いや、何でもないです。ありがとうございます。後で教室でいただきますね」
「ここで食べてくれないか」
「え?でも、今はお昼休みじゃなくてただの十分休みですし」
「ここで、全部、食べてくれないか」
「……い、いただきます」
「対馬先輩の長い髪の毛がのり弁みたいにご飯の上に乗ってた話聞く?」
「うわあああああああ!」
「ケチャップがやたらと液体だった話聞く?」
「ぎゃあああああああ!」
「死に物狂いで食べ切ったと思ったら、デザートのチョコレートが出てきた話聞く?」
「何が望みだぁぁぁぁ!」
どんな美少女でも、それは駄目だろ。
きったねぇな。
想像しただけで押し寄せてくる喉奥のじんわりとした吐き気を堪えながら、水月の部屋のカーペットをのたうち回る。
閑話休題。
「落ち着いた?」
「あ、あぁ……」
今更、水月の現状ってマジで危ないんじゃないかと実感する。まだ直接的な接触があまり無いから良いものの、いつ奴等が強引な手に出るか分かったものじゃない。
「……次、頼む」
「今の日川君の姿ってアレだね。未知の新薬を投与されている実験体みたいだね」
「可愛い顔でとんでもねぇ事言いやがるな」
「じゃあ、最後は南雲さん──」
「ミヅキ先輩!」
「な、南雲さん。こんにちは」
「今のご自分の状況、分かりますか?」
「ここがどこだか分からないっていうのは分かるよ。ここはどこ?」
「えへへっ、アタシの部屋です!」
「何で?」
「だってぇ、ミヅキ先輩っていっつも誰かと一緒にいるじゃないですか。アタシ、こう見えて嫉妬深いんですよ?」
「そう見えてるよ」
「だから、今日はミヅキ先輩を一日独占する事にしました!どうです?動けませんよね?動けませんよねぇ?」
「うん。まさか四肢をベッドに拘束されるとは。え、大丈夫だよね。女の子としての節度とか弁えてるよね?」
「大丈夫です。今日は何もしません。ただ、夜までアタシとイチャイチャするだけです」
「地味にキツいよ」
「本当は、ミヅキ先輩とこの部屋で一生を終えたかったんですけど、ミヅキ先輩だって今はご自分の人生が大切ですもんね。アタシ分かってます」
「今もこれからも大事だよ」
「いずれは、アタシの魅力を存っ分に分からせて、ミヅキ先輩の口から『ずっと一緒にいよう』って言ってもらって……!あぁいけないいけない。考えただけでシャワーを浴びなきゃいけなくなります」
「って、監禁じゃねぇか!」
「と言っても、日曜日の間だけだったからプチ監禁だけどね」
「物騒な単語に可愛げな付属品を付けるな!」
事も無さげに南雲とのエピソードを語り終えた水月。その瞳は、何かの境地に達しているようだった。
「だから日曜日に電話しても出なかったのか」
「うん。土曜日の夜に寝て、起きたら南雲さんの部屋だったからね。着の身着のままだよ」
「土曜日は高橋とデートして、日曜日は南雲に監禁されて──お前の週末散々だな」
「その週末の前には、月曜日と木曜日に対馬さんと遠藤さんにエンカウントしてるからね」
「心の底からお前を気の毒に思うぜ」
「そう思うなら、一緒に対策を考えてほしいな」
そうだった。
本来は、水月から四人のエピソードを聞いてそれに対する策を考えようという話だった。イかれたエピソードにやられてこのまま帰る所だった。
「……と言ってもだな。今のエピソードを聞くと、もう何をしても意味が無いような気がするんだが」
「奇遇だね。ボクも同じ事考えてた」
だが、『結論:諦めよう』では俺に相談してくれた水月に申し訳無さ過ぎる。そんなダサい真似だけは、何としても避けたい。
「……あー、そうだなぁ。よし、決めた」
「どうしたの?」
「これから毎日、俺と一緒に居よう」
「えっ、それって──」
「と言っても、毎日俺の家に泊まらせる訳にはいかないから、日中の間だけって事になるけどな」
「あぁ、そういう事ね」
「だが、話を聞く限りだと、それだけでも遠藤と対馬との接触は避けられる」
「遠藤さんはまだしも、対馬さんは大丈夫なの?日川君が一緒にいても、構わず話し掛けてきそうだけど」
「任せろ、俺が追い払ってやる。んで、高橋は、何を言われてもキッパリ断れ。ヒステリーを起こすかも知れないが、日中なら俺が守ってやる」
「夜も守ってよ」
ジト目の水月からの、鋭い指摘。
「そこなんだよな。これからの事はどうなるか分からないからまだ何とも言えないんだが、三人との接触はどうにか防げても、南雲がいるんだよな。寝ている水月を気付かずに自宅に運べるのは、正直厄介だ。水月が一人になった瞬間狙われる」
「……どうしよう」
俺の言葉で自分の身の危うさを再認識したのか、水月の瞳が潤む。男だと分かっていても、何だか不思議な気持ちだ。
「あの人達の気持ちも、分からないでもないんだけどね」
「よせ、余計な同情は身を滅ぼすぞ」
「違うよ。好きな人と一緒に居たいだとか、知りたいだとかは、多分普通の事なんだよ。あの人達はただ、ほんの少しそっち方面に積極的になり過ぎちゃっただけで」
「まぁ、そういう考え方もあるのか」
流石は水月。自分に害を与える人間にも肯定的な意見を出せるとは。
俺には死んでも真似出来ない。生まれ変わっても真似出来ない。
「そろそろ夜だね」
言われて気付く。時刻は十八時半。外はとっくのとうに真っ暗になっていて、外の暗さを確認したからか、俺の口から気の抜けた欠伸
あくび
が洩れた。
「……どうするか」
「今日は帰りなよ。あまり遅くなると、日川君の身も危ないかも知れないし」
その言葉に、即座に遠藤の顔が思い浮かぶ。
いや、多分他の三人も俺を疎ましく思っている筈だから、実質俺は四人に命を狙われている事になる。
絶望だ。
「でもよ、まだ水月の問題が解決してないじゃねぇかよ。もしかしたら、今日の夜にでも南雲辺りがお前の枕元に立たないとも限らないんだぞ?」
「大丈夫だよ。いざそういう事態になったら、日川君が気付いてくれるから」
「だが」
「大丈夫。所詮は高校生の犯行だよ?警察が本気になって探せば、すぐに見つかってあの人達の今までの行いもバレる」
「まぁ、そうなるな」
「更に言えば、あの人達もそんな事を理解していない訳がないし、少なくとも高校在学中はこれ以上過激な事は──警察沙汰になるような事は出来ないんじゃないかな」
「確かに。……って、結論それで良いじゃねぇか!俺が真面目に考えてた時間は何だったんだよ!」
「あはははっ。本当はね?問題の解決は最初から出来てたんだよね。ただ、日川君とお家で話したかっただけなんだ」
「何だお前。可愛い事言うじゃねぇか」
「もうっ、よく僕の事可愛いって言うけどさ。そういうのは恋人に言ってあげた方が良いんじゃないの?」
「俺に恋人がいないのは水月が一番良く知ってるだろ」
「そうだった。日川君は非モテだったね」
「あぁ。お前と違ってな」
水月からのディスを最高級の皮肉で返すと、水月は眉間に皺を寄せた。ザマァ見やがれ。
「念の為、防犯ブザーとか持って行く?帰り道危なくないかな」
「要らねぇよ」
「もし襲われたらどうするの?」
「ぶっ飛ばす」
「女の子相手に」
「殴(や)らなきゃ殺(や)られるんだ。抵抗はねぇよ」
別れ際にそうキメつつも、やはり玄関を開ける時にはドアの向こうの人影を恐れてしまう。
開けた瞬間に四人の内の誰かが狂気を以って凶器を持っているんじゃないかとか色々考えて、一応覗き穴で外玄関を確認する。
人影無し。大丈夫そうだ。
「じゃあな」
「うん。また明日、学校で」
暖房の効いた屋内から、凍える屋外へ。一歩踏み出した瞬間、先程飲んだお茶を彷彿とさせる白い息が宙を霧散した。
「……やっぱり、ひとくちふたくち飲んだくらいじゃ睡眠薬は効かないか。あとちょっとだったんだけどなぁ」
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