夢心地。
「──そっち行ったよ!」
「了解!」
数回交わる、僕の剣と敵モンスターの鉤爪。このまま迫り合っても埒があかないと思ったのか、モンスターは視線(標的)を移して彼女の方へ跳躍。その見た目の通り人間離れした速度での接近だったにも関わらず、彼女は怯む事無く魔法で応戦する。会話で使うソレとは全く違う言語を数言唱えるだけで、モンスターの鋭い鉤爪が彼女の肌を切り裂く前に、彼女の手から出た火の玉で標的を火だるまにする事が出来る。
彼女の魔法攻撃が決定打となったのか、モンスターは醜い断末魔をあげながら地面に溶けて消えていった。
これが、この世界での死だ。
無事に戦闘を終え、敵を火だるまにした僕のパーティーメンバー──ルナが、こちらに近寄ってきた。
「お疲れ様。今回はドロップ無しだったみたいだね」
「まぁ、そんな時もあるよ」
あのモンスターから超低確率で取れる素材が今回の目的だったのだけれど、ドロップしなかったのなら仕方がない。また明日来よう。
空を見上げると、もうほとんど日が沈んでいた。まずい。夜になってしまうと、モンスターの出現率が上がる。更には、ほとんどのモンスターは夜行性の為、昼間よりも機敏で厄介なのだ。戦闘は出来る限り避けたい。
「お腹も減ったし、そろそろ帰ろう」
「そうだね。ねぇ、夜は何が食べたい?」
「じゃあ、ルナのオススメで」
「もうっ、トシアキ君ったらそればっかり!」
ぷくぅ、と頬を膨らませたルナに、ごめんごめんとその頬を突いて謝る。
「もうっ」
そう言って外方(そっぽ)を向きながらも、何だかんだ言ってルナは優しい。決して僕を置いて先に帰ったりはしないからだ。今もこうして、チラチラと横目で僕の様子を伺いながら器用に怒っている。
「行こうか」
右手を差し出すと、先程までの怒りはどこへ行ったのか、ルナは表情を反転。笑顔で僕の手を取ったのだった。
この世界において、僕とルナは英雄である。
驕りではない。
勘違いでもない。
歴然とした、事実だ。
幼い頃の僕は、絵本の物語に出てくる勇者が大好きだった。恐ろしい敵を痛快にやっつける勇者という存在は、僕の憧れだった。
格好良い。
僕も勇者になりたい。
憧れは願望に変わり、願望は行動力に代わる。
年の桁が二つになった時にはもう、棒切れで僕にしか見えない敵を相手取っていた気がする。しかも、いつの間にか一緒に居た(始まりが分からないくらい昔から一緒だったという事だ)ルナにも強要して。
大抵、そう言った行動は年を重ねるに連れて恥を覚えてくるものだけれど、僕は違った。棒を振り回す事が、単なるごっこ遊びじゃなかったからだ。
それでも、あの時のルナには感謝しているのだ。ルナが、棒切れを振り回す僕を見て一言でも「格好悪い」とか「危ない」だとかの否定的な言葉を投げかけていたならば、僕は勇者になる夢を諦めていただろうから。
それだけ軽い覚悟だからではない。
それだけルナという存在が、僕の中では大きかったのだ。
兎に角。
初めは棒切れ、年齢が上がる毎に鉄の棒、鉄の剣──と、重さと形を変えながら。単なる振り回しから剣技に型を変えながら、僕は勇者という存在を目指し続けた。
ルナの家は魔法師の家系だった。
にも関わらず、ルナは僕の修行に付き合ってくれた。腕力こそ男女で差が出るので木製の剣を使用していたが、彼女は技のセンスが凄まじかったのだ。従来からある技の我流アレンジ。そして、オリジナルの(ルナしか繰り出せないという意味での)剣技。隣で修行しているからこそ分かる、ルナのトンデモなさだ。
やがて、十六歳になった時。僕は国内で一、二を争う程の剣士に成り、ルナは魔法と剣技を巧みに操る魔法剣士に成っていた。
それからは冒険の日々だった。今回は、先程相手取ったモンスターからでしか手に入れられない素材があったから──しかも、それが希少な素材だったから、一週間弱の期間で宿屋を借りただけで。
徒歩だったり商人が運転する馬車に乗せてもらったりの、移動しながらの冒険が主だ。
結局、今日は目当てのレア素材を手に入れる事は出来なかった。
いくら僕とルナに力が有ろうと、無かろうと。こればっかりは仕方がない。運だ。
場所は変わり、僕達が現在寝床を借りている宿屋。僕のお財布事情的には優しいけれど、心持ち的には全く優しくない相部屋にて、ベッドに寝転んだままの姿勢でルナが口を開いた。
「身体、どこか変なところは無い?」
可笑しな質問だった。そういう質問は普通、戦闘中や戦闘終了後に言うべきじゃないだろうか。
なのに、ルナは今思い出したかのように問うてくる。
僕は形式を重んじて、一応自身の身体を見渡してから「全然。至って健康だよ」と返した。するとルナは、ホッと安堵の表情を浮かべてみせたので、堪らず僕は問い返した。
「どういう意味?」
と。
何故、このタイミングでの発言なのか。
何故、僕の答えに安堵の表情を浮かべたのか。
問い掛けるが、ルナからの返答は有耶無耶
うやむや
な物だった。
「特にこれといった意味は無いよ」
「じゃあ何で聞いたのさ」
「さぁ?」
疑問である。
だけれども、このまま問い掛けを続けても、僕の満足のいく解答は得られない事は確かだ。
ここは話題を変えるしかない。
僕は、明日の予定についてルナに意見を求めようと言葉を選んだのだが、ここで、ふと思い出した。
「……そう言えば、さ」
「どうしたの?」
「身体に変なところは無いけれど、最近見る夢は何だか変なんだ」
「変?一体どんな風に?」
「うん。えーっと、その夢では、僕はとある女の子と一緒にご飯を食べているんだ。周りには見たことも無い家具や素材、そして料理があって、僕はそれを疑問に思うことなく、女の子に食事を口に運んでもらっているんだ。それでね?僕の対面に座って楽しそうにしている女の子が、ルナにそっくりっていう──そんな、夢」
最近は毎日のように見る夢。
夢は現実で体験したことのあるモノしか見ないとは聞いたことがあるが、僕の場合は全くと言って良い程にそれが当てはまらない。
見覚えの無い物だらけの部屋。夢の中の僕はそれを当たり前のように受け入れ、ルナそっくりの女の子から差し出されたスプーンに乗った少量の料理を、繰り返し口に入れる。ルナそっくりの女の子に真透明な水を飲ませてもらい、ルナそっくりの女の子が楽しそうに笑う。僕は何故、自分でスプーンを握らないのだろう。夢の中の出来事だからあまりどうこうは言えないかも知れないけれど、毎日同じ内容の夢を見ているのだ。ルナからの問いかけをきっかけに初めて言葉にしてみて、あまり無碍にも出来ない状況なのではないかと自覚する。
話し終えてから、ルナの顔色を伺う。というのも、ルナには少々嫉妬深い気があるからだ。宿屋の看板娘と情報交換をしている際に、背後で不穏なオーラを醸し出していたのは記憶に新しい。
だから、僕は一瞬不安になったのだ。
夢とはいえ、名も見も知らぬ女の子の話題を挙げた事に機嫌を悪くしたのではないかと(戦闘終了時のような、可愛さが残る怒りかどうかは知らないけど)、僕は一瞬不安に駆られてしまったのだ。
そんな自分が恥ずかしい。
何故なら、ルナは笑顔を崩さずに「そうなんだ」と笑っていたからだ。
無性に感動した。
「ルナは良い子だね」
僕がそう言うとルナは、
「どうしたの急に」
と、はにかんだ。僕もつられて笑い出す。
ルナが、どうしてあんな質問をしたのかは明確には出来なかったけれど、そんな些細な事は記憶の隅に忘れ去ってしまうくらい、どうでもよくなっていた。
今日も、件の夢を見た。
ルナに似た知らない女の子と向かい合っての食事。その女の子は笑顔で僕の口に食事を運び、僕はそれを当然のように、何も意識せず受け入れ、ゆっくりと咀嚼する。
数十分と続く食事風景。
「──起きて、トシアキ君。ご飯の時間だよ」
目が覚めた。生憎僕は、低血圧だとか寝覚めが悪いだとかの単語とは無縁の男なので、すぐさま上体を起こすことが出来る。冴えてないこともない頭を働かせて、僕を起こしてくれたルナに朝の挨拶をした。
「おはよう。ご飯を食べたら、その後はすぐ出発しちゃう?」
そう問われて、昨晩は結局、翌日の予定もロクに決めずに寝てしまったのだと気付く。
「そうだね。ドロップする確率的にも、数多く倒すに越した事はないだろうしね。ご飯を食べたら出発しようか」
「りょーかい。じゃあ、ご飯にしよっ?」
着席。この部屋にはベッドだけでなく、自分で食事を作れるキッチンと、作った料理を食べられるテーブルがついているので、この部屋に泊まれば三食付きの宿泊料金よりも安く済む。しかもシングルの部屋を二つ借りるよりも部屋代自体が安いので、僕のお財布は無駄な出費を抑えまくっているのだ。まぁね。こういうところで節約すれば、その分のお金が必要になった時にどこかで使えるのだ。備えられる時は備えておこう。
という訳で、ルナが作ってくれた朝ご飯。テーブルに並べられた料理を口にする。夢の中とは違い、自分の手で食べられて、しっかりと味も感じられるご飯。自我だってしっかりしている。
一体、あの夢は何なのだろうか。
あの夢は僕に何かを伝えたいのだろうか。
僕は何故あんな夢を毎日見ているのだろうか。
そんな事を考えていたのがバレてしまったらしい。僕の頬がむにっと押された。
「こーら。食事の時くらいそんな事考えちゃダメ」
「ご、ごめん。ご馳走さま」
「あら、もう食べ終わったの?じゃあ、一休みしたら出かけよっか」
皿を空にすると、皿と一緒に使っていたフォークも粒子となって宙に上り、霧散した。これは食器類に限った話ではなく、武器や防具の耐久値がゼロになった時、それから花瓶や硝子などを破壊した際にも同等の現象が起こる。
モンスターや人間などの生き物は溶けて消える。
物は粒子となって散る。
こんな風に覚えよう。
宿屋の看板娘に外出の旨を伝え、街の外へ。
歩いて10分程の距離に、目当てのモンスターが出現するエリアがある。昨日よりも少し奥の方まで行ってみようか、と提案。ルナからの了承も得られたので、そこから更に約3分歩いてみる。
毛むくじゃらの大きな体。
腫れぼったい瞳。
長く鋭い鉤爪。
目当てのモンスターはすぐに見付かった。
「……ルナ、あれ」
「うん」
「どうしようか」
「私が魔法で注意を引くから、トシアキ君は回り込んで。挟み撃ちにしよう」
「分かった」
幸い、モンスターはまだこちらに気付いていない。僕は身を屈め、小走りで大きな円を描くようなコースで、モンスターを挟んでルナと向かい合うような位置まで移動する。僕が移動し終えたのを確認すると、ルナの手から雷が走った。1度目のスパークで注意を引き、2度目のスパークがモンスターの身体に触れた。パンッという破裂音と共にモンスターが仰け反った。
「今だよ!」
僕には背中を向けていたモンスターだが、その体を大きく仰け反らせた事により僕と目が合う。このまま放っておけば頭から地面に崩れ落ちるが、まだだ。まだ転倒させるのは早い。僕は剣を下から上に向かって振り上げ、モンスターの重たい頭に剣を食い込ませた。
剣の柄に肩を掛け、支える。ずっと支え続ける事は出来ないけれど、それでも数秒間、モンスターは僕の下からの力と自重が合わさり、結構の深さで頭に剣が食い込んでいる。その為、ブリッジに近い姿勢から抜け出す事が出来ない。頭の重さ+剣の食い込みにより、体勢を立て直す事も出来なければ、僕の支えによって倒れる事も出来ない。結果、不安定な姿勢のまま動けないでいる。
無防備。
モンスターを支え続けるのにも限界が訪れようとしていた頃、ルナの方の準備が出来たらしい。「後ろに跳んで!」との指示が聞こえてきた。剣はすぐには抜けない程にモンスターの頭に食い込んでしまっているので、剣を捨てて後方に思い切り跳ぶ。
モンスターによって遮られていたので、剣でモンスターを支えている間はルナの姿は見えていなかったのだが、後方に跳び退いた事により、ようやくその姿が目に映る。ルナの頭上には、大きな岩の集合体。周囲の、オブジェクトとしての役割を果たしていた岩を集めたらしい。指示までの時間が長いことから、これからルナが放つ魔法は想像を絶する威力なのかも知れない。
念の為、もう一回後ろに跳んでおこう。
ルナが指を鳴らす。棘の付いた円球のような形をした岩の集合体は空高く浮き上がり、モンスターの頭上で引力に従う。徐々にモンスターを覆う影が濃くなり──命中。内臓に響く重低音と共にモンスターの姿が消え、衝撃で拡散した岩の下からモンスターの血液が流れてきた。それから数秒後にその血液が溶けるように地面に吸い込まれていったので、モンスターは無事に絶命したようだ。
残ったのは大きな岩九つ程。素材はモンスターが死んだところにドロップするので、このままだと岩が邪魔で素材の確認が出来ない。
「……ねぇ、魔法で岩砕いてよ」
「さっきの魔法で力使い過ぎちゃってしんどいから無理かも」
「うっそでしょ」
けれども悲しい事に嘘ではなかったらしく、僕は泣く泣く一人で岩を退ける作業に入るのだった。
そして。
「ねぇ、この銀色に光り輝いてる素材って」
えっさほいさと岩を退けている僕の後ろで、ルナが他の岩と比べて一際大きな岩の下にそれを見付けた。
「もしかして……!」
ルナの言葉に希望を抱いた僕は、修行で鍛えた自身の力をフルに使い、大きな大きな岩を持ち上げる──事は叶わなかったので、数センチ横にズラす。それによってモンスターからドロップした素材が姿を現した。
「これだ!!」
手に取り、まじまじと観察。間違いない。これこそが僕達二人が探していたレア素材、モンスターの肋骨だ。
この街で素材を求めて戦い続けた5日目にして、ようやくのドロップ。あのモンスターとの戦い方ばかり慣れてきて、そもそも本当にドロップするのかとか疑問に思ったりもしたけど、努力は報われた。
「やったね、トシアキ君!」
「うん!これでようやく次の冒険に旅立てるよ!」
あのモンスターから取れる素材を元に防具を作ると、冒険する上でメッチャ役に立つぜ。
どこかの料理店にてオッサンがやけにオススメするもんだから、必須でもないのにこうして頑張っていた訳だけど。
今度あのオッサンと再会したら死ぬ程自慢してあげよう。そうしよう。
今日も夕方までモンスターと戦うつもりでいたのだが、まさかの今日一体目でドロップしてくれたので、まだ日没までは時間がある。
「今日は奮発だ。ルナ、君の食べたいものを食べに行こう」
「本当っ!?じゃあ──」
僕がそう声を掛けると、嬉しそうに頭を悩ませ始めるルナ。その笑顔を見て、僕はとても満ち足りた気持ちになるのだった。
「──起きて、敏明(トシアキ)君。ご飯の時間だよ」
「はい。手を引いてあげるから、右足から前出して、ゆっくり歩こうね。1、2、1、2。そうそう、上手だよ」
「じゃんっ、今日のご飯はシチューです!って、聞こえないよね」
「胃がびっくりしちゃうから、少しずつ食べようね。はい、あーん」
「美味しい?美味しいよね。沢山食べて、また沢山冒険しようね」
「ね、トシアキ君。……ふふっ」
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