19。

「らっしゃーせぇー……」

 

 腑抜けた声で、来店したであろう客(入店音で判断したのだ)に、ノールックで挨拶をする。

 もしもこれが日中時のシフトだったなら、こうはいかなかった。あと三割増しの声量を出し、客の方を向いて頭を下げなければ、バイトリーダーやら店長やらからお小言をいただいていた筈だ。

 だが、今は大丈夫。

 夜勤だからな。

 下らねぇ事にちまちまとクレームを入れてくるこのコンビニではお馴染みのババァも、流石に日付が変わって数時間である現在は御来店出来ないらしく、今は平穏な時間を過ごしている。

 午前三時となれば客も疎らで、オレは殆ど突っ立っているだけ。

 暇だ。と愚痴を洩らすのは簡単だが、突っ立って時々挨拶してレジ打っているだけで金が貰えるのだから、オレは満足だ。

 齢三十にもなってコンビニでバイトしているのもどうかと思うが、仕方が無いのだ。

 大学受験で滑った。

 恐らくそこから、オレの人生は下へ下へと──底辺へと滑落していったのだと思う。

 滑ったならば、高卒でもどこか会社に入ってやろうと履歴書を書きまくるが、悉(ことごと)く不採用。

 一時期はそんな世間に対して不貞腐れて実家で引きこもっていたが、二十代の後半になった辺りから両親の老いの深刻化に気が付き、渋々近くのコンビニでのアルバイトを始め(させてもらっ)たのだ。

 履歴書を見た店長はオレを随分下に見たらしく(ついでに他のスタッフにも言いふらしたらしく)、コンビニ内でのオレの地位は何年経っても新人のソレであった。いや、愛想も悪いから新人より下かも知れん。

 それでもオレはめげずにバイトを続け、親の為に金を稼ぐのであった。

 ……勘違いしてほしくないのは、オレが親を大事に思っている訳ではないという点だ。

 親孝行じゃねぇぞ。両親の介護が面倒だから、いっそ老人ホームに入れちまえば良いじゃんという画策によるモノだ。

 一体全体幾ら必要になるのかは見当も付かないが、まぁ良い。食事は作って貰えている訳だし、オレはまだ両親が元気な内に、身体が壊れない程度に金を稼ぐだけだ。

 数字が増えていく預金残高を見るのがこれまた楽しいんだよな。

 そろそろ桁がまた一つ増えそうだとニヤニヤしていると、目が渇いた。店の制服のポケットから目薬を出して、両眼に一滴。垂らした。

 引きこもり時代に画面に向き合い過ぎたのがいけなかったのか、オレはいつの間にかドライアイになっていた。目に不快感を覚えるとイライラするので、目薬は常備していなければならないのだ。

 瞼を閉じたまま目玉をゴロゴロとさせ、爽快感を味わう。充分に染み渡ったのを確認してから目を開け、視線を上から正面へと戻す。

 

「……会計、おねがい」

 

 ──真っ白だった。

 服装から肌の色、髪や眉、睫毛の色まで。赤く主張するその双眸を除いて、真っ白だったのだ。

 その、少女は。

 

「……成る程、これが所謂(いわゆる)清楚系ってヤツか」

「は?」

「いや何でも。お預かり致します」

 

 心の中に留めておくつもりだった少女に対する印象が何故か口に出てしまっていたので、慌てて誤魔化す。ついでに少女から買い物カゴを受け取る。その際にオレの手と少女の手が同時に視界に映り、その白さに改めて驚き、感心する。オレだって家からコンビニの間でしか肌を日に当てていないから結構な白さなのだが、少女のはそれ以上だった。

 余程の引き篭もりと見受ける。

 その手は白塗りをしているかのように白く、言ってしまえば、人間味があまり感じられなかった。

 

「1368円になります」

「はい」

 

 金額を伝えると、すぐさま少女から万札が渡された。何だこのガキ。金持ちかよ。

 口にはせずに、(客からの評判はあまり良くない)スマイルで対応。

 

「お返しが8632円です。お買い上げありがとうございました。またのご来店をお待ちしております」

 

 軽く頭を下げながら、商品の入ったビニール袋を手渡す。ガk──少女は小さな声で「ありがとう」と言うと、足早に出て行った。

 

「まるでアニメのキャラみたいだな」

 

 少女が出て行った方を見ながらそう呟き、視線を正面に戻す。いつの間にかもう一人客がいたようで、怖い顔の黒スーツの男が立っていた。

 

「994円になります」

 

 黒スーツが出してきたのは万札。さっきの少女と言い黒スーツのオッサンと言い、何なんだ。いつからこのコンビニはセレブ御用達になったんだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数日後。

 深夜のコンビニ。

 渇いた目玉を潤していると、来店音がした。目薬をする時は口を開けてしまうオレは、口を開けたまま入り口の方を見てしまう。

 ドア付近には、いつぞやの清楚系少女。

 目が合う。

 逸らされた。

 そりゃそうだ。

 分かってはいたが、女に目を逸らされるというのは存外傷付くものだなと実感する。

 今まで引きこもりだったからな!女との接し方何て知らねぇもん!バーカバーカ!

 あー、コンビニのバイト中にゲームしていい法律とか出来ねぇかな。

 下らない事を心の中で呟きながら煮えているおでんに目を向けていると、

 

「……ねぇ」

 

 声を掛けられた。

 

「あ?」

 

 予期せぬ声掛けだったので、店員に有るまじき声で返事をしてしまう。声のした方──正面の斜め下方向に顔を向けると、そこには清楚系少女が立っていた。その手にはカゴ。受け取りながら、店員らしく対処する。

 

「どうか致しましたか」

「あ、敬語は良いよ」

 

 必要無いらしい。

 他ならぬ客からの申し付けなので、普段使っている言葉遣いに切り替えた。

 会計は749円。

 口にしようとしたが、それよりも早く少女が万札を渡してきたので僅かに眉を顰めて受け取る。

 レジのボタンをカタカタ押し鳴らし、お釣り。出してきた少女の右手のひらに乗せながら問う。

 

「……どうした」

「あのさ、バイトって何時から何時まで?」

「アルバイトは高校生からだ。数年後にまた来い」

「そういう意味じゃないから。あなたのシフトを教えてって意味」

「……はぁ?」

 

 何でオレのシフトが知りたいんだコイツは。

 目的は分からんが、いつの間にか少女の後ろに並んでいた黒服の男が「早くしろ」って感じの会話の終了を急かしているような威圧を放ってきやがったので、渋々教える。

 

「火、水、木、土、日曜日。土日は夜勤だ」

 

 伝えると、少女はパッと嬉しそうに笑った。

 

「そう!ありがとうっ!」

 

 そう言って嬉しそうにスキップを踏みながら退店。何だったんだあのガキは……。と思いがけない深夜の出会いにうんざりしていると、思い出した。

 

「あっ、おい!コレ忘れてんぞ!」

 

 台の上のビニール袋を指差すと、黒服の男が持って少女の後を着いて行った。あぁ、そういう関係だったのね。

 再び訪れた一人の時間。

 バイト終了まであと一時間と少しだ。

 ……てか、何でこんな時間に買い物に来てたんだ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれからそんなに日は経っていない金曜日の夜中。

 いつも通り人気(ひとけ)の無くなったコンビニ内でボーッとしていると、自動ドアが開いて愉快な入店音が店内に響いた。

 入ってきた客はズカズカと大股でレジに近付き、台越しにオレに詰め寄ってきた。しかし、オレとの身長差故か全然近寄れていない。

 客はオレの顔をビシッと指差すと、大声で

 

「何で嘘のシフト教えるのよ!!」

 

 と怒鳴った。

 それにオレは、鼻で笑いながら返す。

 

「あの場で気付かない方が悪い」

「気付くわけないじゃない!」

「それもそうか」

「……あなたさぁ。ひょっとして、私を馬鹿にしてる?」

「馬鹿にしてはいないぞ。ただ、ほんの少しお前で遊んでみただけで」

「それを馬鹿にしてるって言うの!」

「分かった。分かったっての。落ち着けって」

 

 いくら人気の無いこの時間帯とは言え、このコンビニが二十四時間営業である以上、この少女のようにいつ客が来店してくるか分からない。その客に嫌な誤解をされるのも癪なので、ぷりぷり怒る少女を宥める。それから一度奥に引っ込み、STAFF ONLYと書かれたドアを開け、中から紙を数枚持ってきて少女に渡した。

 

「ほらよ。一ヶ月先までのオレのシフトだ。写メ撮るなり覚えるなりしな」

 

 少女はオレからシフト表をふんだくると、舐めるように隅から隅まで、小さく口に出して読み上げ始めた。どうやら覚える気らしい。それから遅れて、「ありがと」と小さな声が聞こえた。少し遅れてシフト表も返される。

 

「あいよ」

 

 オレはそれを制服のポケットに捻じ込み、少女に問うた。

 

「んで?何でオレのシフトが知りたかったんだよ」

「んー。遊びに行く為だよ」

「来るなよ」

「おじさんの上司に言い付けちゃおうかな」

「やめろ!言い付けるのは勿論の事、オレをおじさんと言うのもやめろ!」

「だって、どこからどうみてもおじさんじゃん」

「まだ三十だ。おにいさんと呼べ」

「へぇ〜。おじさん三十歳なんだ。私よりも十九歳も年上なんだね」

 

 訂正を求めると、してやったりといった顔で少女(多分小学五年生)がにやけた。その顔がやけにムカつく。

 

 

「お前みたいな奴をクソガキって言うんだぞ」

「おじさんみたいな人を社会のゴミって言うんだよ」

「んだとクソガキィ!」

「手、出せるの?」

 

 そう言いながらガキが指差すのは、店内の各所に設置されている防犯カメラ。音声は記録されないとは言え、このガキに手を出したら店長にも警備会社にもバレてしまう。そうなればクビ所の話ではなくなる。

 歯噛みながら乗り出していた身体を引っ込め、営業スマイル。

 

「お探しでしたお出口はあちらになります」

「ちょっと!それだと私が店員に出口を聞く間抜けみたいじゃない!」

「どうせカメラには聞こえてねぇだろうが!良いだろ少しくらい馬鹿にしたってよ!」

「私に聞こえたらおしまいでしょ!」

 

 ガキが突っかかってくるせいで、またもや始まった口論。

 このままだと拉致があかないので、「オーケイ。一旦落ち着こう」とガキを手で制す。

 深呼吸。

 こんな子供に何をキレているんだ、と心の中で自身を罵倒。そうすると自然と冷静になってきて、ガキ──少女に対する怒りは収まった。

 会話を変える。

 

「そういえば、今日は黒スーツのオッサンはいねぇんだな」

「うん。ちょっとね」

 

 いつも自然に少女の数歩後ろを位置取っている黒スーツのオッサン。おそらくこの少女のSP的なアレだろう。コイツ金持ちっぽいし。

 オッサンがいないのは疑問だが、コイツみたいなクソガキの相手に疲れて有給でも取ったのかも知れない。

 

「……つーか、大人の同伴無しに深夜徘徊は普通にアウトだからな」

「大丈夫よ。たとえ警察に補導されても、お札を数枚握らせれば帰してもらえるし」

「嫌な小学生ですこと」

「嫌な大人に比べればマシじゃない?」

「テンメェ──って危ない危ない。喧嘩は同じレベルの相手としか成り立たないんだったな」

「うん。おじさんみたいな底辺と私じゃ喧嘩にはならないよね」

「ぶん殴ってやる!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あのガキがウザい。ウザ過ぎる。

 接触を避けようとも、オレのシフトは既にあのガキに知られてしまっているので、オレがバイトの日は必ず来るようになってしまった。来るなと言っても聞く訳がなく、オレには自宅のカレンダーのバイトの日付に『クソガキ警報!』と汚い字で記しておく事くらいしか出来ないのだった。

 あーあ、今日もアイツと会わなきゃいけねぇのか。

 溜め息を吐きながら、真夜中の住宅街を歩く。

 今日も今日とてバイトだ。

 まぁ、あのガキにからかわれるのも、裏を返せば面倒な客があのガキだけという事になる。あのガキさえ帰ってしまえば、後のシフトが終わるまでの時間は平穏そのものだ。

 手を出したら負けだぞ、と自分に言い聞かせながらコンビニの裏口のドアを開ける。

 

「ようやく来たか!」

 

 室内の明るさに目を細めながら入ると、この時間帯にはいない筈の店長がオレを睨んでいた。何事かと動きを止めていると、「来いッ!この犯罪者!!」と服の肩口を引かれた。

 え、ちょ。

 犯罪者?

 

「ちょっと待ってくれよ!な、何の話ですか!?」

「惚けるな!全てカメラに映ってるんだぞ!」

 

 一瞬、あのガキとの言い争いが問題に上がっているのかと思った。

 思っていたのだ。

 だが違った。

 店長が指差した画面の中のモノクロの映像に映っていたのは、コンビニ内をコソコソ歩き回り、手に取った商品を次々とバッグの中に入れている──店員の制服を着た、パッと見オレによく似た男の姿だった。

 だが、映像をよく見れば顔は映っていないし、よく見ればオレよりも背が高い。

 しかし、店長はそれに気付かなかったようだ。画面を指差し、唾を飛ばしながら大声を出す。

 

「あの時間帯、このコンビニにはお前しかいなかった!」

「違う!オレじゃない!第一、顔も映ってないのにオレだと決め付けるんですか!?」

「店員なら防犯カメラの位置を知っているだろう!顔を見せない事くらい簡単だ!」

「オレはずっとレジにいて、少女の相手をしていたんです!そっちの映像だって残っている筈だ!」

 

 店長を押し退け、機材を操作。数ある防犯カメラの中の一台、レジを映しているカメラの映像に切り替える。

 が。

 

「……何も、映っていないだと?」

 

 砂嵐。

 少女と言い争うオレの姿が映っていなければならないその映像には、〝何も映っていなかったのだ。〟

 

「お、可笑しい!何かが可笑しい!あまりにもオレにとって不利過ぎる……!誰かがオレを貶めようとしているようにしか見えない!」

 

 どうにかして己の無実を証明しようとするも、それに関する証拠は悉く存在しない。それでも尚、無実は証明せねばならない。

 待っているのは死。

 社会的な死、なのだから。

 

「諦めろ」

 

 証拠を探すオレの背中に、店長の冷たい言葉が突き刺さる。

 振り返る。

 

「いつか何かやらかすんじゃないかと思っていたが、まさか犯罪に手を染めていたとはな」

「ちょ、ちょっと待ってくれ!

「もう警察への通報は済んでいる。お前は終わりだ」

「待ってくれって──」

 

 震える手で店長の肩を掴む。具体的な案は無いが、どうにかしようと思ったからだ。

 しかし、この十年近くロクに運動もしていなかったオレの身体ではどうにもならず、店長に突き飛ばされて床を転がった。

 

「……犯罪者」

 

 最大限の侮蔑の眼差しを以ってして、オレを見下す店長。

 

「違う……!違う違う違う違う!オレじゃない!」

 

 ここにいたら警察に捕まる。

 オレはドアから飛び出し、背中に刺さる店長の怒声を無視して駆け出した。

 チクショウ。

 オレはやっていないのに。

 抵抗したい。

 弁解したい。

 証明したい。

 しかし、その機会はしばらく訪れない。

 次の機会は、恐らく取り調べ室。

 

「どうすりゃ良いんだよ!クソッ!」

 

 理不尽を前にして消し飛んだオレの気力は体幹にも影響を及ぼしているらしく、身体の重心が安定せずに走りながらも左右にフラつく。

 見えたのは一本の街灯。

 それに誘われる蛾のように、街灯の元に惹かれる。すぐ近くの塀に背中を預け、上を見上げた。

 白い光がスポットライトのようにオレを上から照らしている。気分はさながら、悲劇の主人公だ。

 

「……これから、どうするか」

 

 呟く。

 明かりのせいで視界のほとんどが真っ白な今現在とは対照的に、オレのお先は真っ暗だ。

 どうしたら良いのか、何をすれば良いのかが分からず、呟いたものの何か行動をするには至らなかった。

 

「おじさん?」

 

 そんな時。

 右の方から聞こえた、恐らくはオレの事を呼んでいるであろう声。声を発した主が誰だか分かったオレは、視線はそのままに返した。

 

「……んだよ」

「何してるの?今ってバイトの時間でしょ?」

「ッ、──どうでも良いだろうが」

 

 何も知らねぇ癖に!

 そう怒鳴りそうになったが、少女はこの件については何も悪くない。パッと浮き出た怒りを呑み込み、いつもの調子で返した。

 

「何か、あったんだ」

「何もねぇよ。たまたま早く上がっただけだ」

 

 適当に理由をでっち上げて少女からの追及を逃れる。

 逃れようとする。

 

「……ねぇ、こっち向いてよ」

 

 が、いつの間にか手を握られていて──その事に驚いて──少女の方を向いてしまった。

 白から白に、視線を移してしまった。

 

「ほら、何もなくない」

「お前っ、何すんだよいきなり」

 

 振り解こうとするが、オレと少女の腕が左右に揺れるだけで離れはしなかった。それさえの気力も無かったのか、それともオレが本気で振り解こうと思わなかったからなのか。

 依然、繋がれた手。

 気不味くて視線を逸らすと、「やっぱり何かあるんじゃん」と言われた。

 

「……」

「おじさんから見れば私は本当に子供だって事は分かってる。話聞くよ、なんて事は言わないよ。でもさ、私はおじさんが何か苦しんでいるなら、それを癒してあげたいの。何か悩んでいるなら、その悩みを払拭してあげたいの」

「……」

「自分では隠してるつもりかも知れないけど、おじさん今凄い怖い顔してるよ?ねぇ、いつものおじさんに戻ってよ。私、その為ならなんだってするよ?」

「……はぁ、降参だ。何だよお前その台詞。本当にガキの言う台詞かよ」

 

 悪態を吐きながら、ズルズルと塀に背を擦らせながら座り込む。知らない内に汗をかいていたのか、頬の辺りを水滴が流れた。

 少女がオレの頭を撫でる。生意気にも、干支一回り以上年下のコイツに撫でられているのだというのに、何故だか悪い気はしなかった。

 

「私ね、嬉しかったんだ」

「何がだよ」

「初めて会った時の事覚えてる?おじさん、私を見て清楚系って呟いたんだよ」

「聞こえてたのか」

「うん。それがすっごい嬉しかったの。ほら、私ってアルビノってやつらしくて、肌とか髪とか全部真っ白なんだよね。だから、初めて会う人は大体驚いたり、一歩引いたりするんだ。──だから、おじさんの言葉はなんか嬉しかったんだよね」

「そうか?オレはてっきり、部屋に引き篭ってるから白いのかと思ったんだが」

 

 アルビノ、か。

 特に調べた訳ではないので、それがどんなモノなのかは知らないが。そう言われて改めて少女を見ると、なんだかとても存在が儚げに見えた。

 白光に照らされる、白い少女。

 目を逸らす。

 

「何、どうしたの?」

「何でもない」

 

 言えない。

 こんな小学生の少女を見て、美しいと思ってしまっただなんて。

 違う案件で捕まってしまう。

 そうだ。

 今はこんな事をしている場合ではない。

 いつ目の前に現れるかも知れない警察から、一刻も早く逃げなければならないのだ。

 立ち上がる。それから、オレに合わせてしゃがんでいた少女に言う。

 

「……大事な用を思い出した。じゃあな」

「大丈夫?」

「大丈夫」

「そうは見えないけど」

 

 そう。

 少女の言う通りだ。

 立ち上がったは良いものの、オレはどこに向かえば良いのか分からず、中々一歩を踏み出せないでいたのだから。

 どこに行けば警察から逃げ切れるのか、分からなかったのだから。

 

「大丈夫?うち来る?」

「行く訳ないだろ」

「今ならお父さんお母さん、いないよ?」

「絶対行かねぇ!」

 

 違うシチュエーションでの誘い文句に聞こえ、全力でそっぽを向いた。

 

「っていうのは冗談で。本当に大丈夫?うち暖かいよ?」

 

 本音を言わせてもらえば、少女の家に行くというのは凄く有効な手だ。一体全体どういう訳か、コンビニの防犯カメラには少女の姿は映っておらず、オレと少女の関連性は誰にも知られていないからだ。上手く匿ってもらえれば、捕まらずに済むかも知れない。

 だが、オレの中の倫理観がそれを許さなかった。

 どうしたものかと頭を悩ませると同時に確かな焦りを感じていると、少女がオレの背にぴとりとくっ付いた。

 

「大丈夫だよ、私に任せて。何があったのかは知らないけど、おじさんは私が何とかするから」

 

 その、一言で。

 何も事情は知らないであろう少女のその一言で。

 オレは何故だか、胸中が軽くなった。

 気付けばオレは地面に膝をつき、みっともなく泣いていた。

 

「よしよし、大丈夫だよ。ほら、肩貸してあげる」

「し、身長差考えろよ……っ、馬鹿……!」

 

 嗚咽を堪えながら。涙を袖で必死に拭いながら、そう返す。

 少女は優しく微笑んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もしもし」

 

「私だよ」

 

「あの件、色々とありがとうね。あなたの協力のお陰で、おじさんを私のモノにする事が出来たんだから」

 

「前言った通り、ボーナスは弾ませておくから」

 

「うん。しばらく有給あげるから、家族サービスでもしてあげれば?」

 

「はいはい。それじゃあね」

 

 

 

「……ふふっ」

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