ハチャメチャに短いヤンデレ小話。

「今日から、両親居ないんだよね」

 

 下校中の道すがら、隣を歩く幼馴染はポツリと言い、

 

「だから、うち泊まっていかない?」

 

 最後にトンデモない一言で俺の寿命を縮めて来た。

 子を置いての旅行か、はたまた急な単身赴任が父母続けて重なったからか。兎に角、幼馴染の家には、両親が不在らしい。

 突然早まった心音に意識を三分の一程傾けながら、平静を装って問い返す。

 

「そ、それは……冗句の類いか?」

「本気の類いだよ?」

 

 本気の類いって少し面白いな。

 

「……マジ?」

「うん。あっ、えー君のお母さんがもう夕飯を準備しちゃってるかも知れないから、夕飯食べた後で良いよ」

「え、おい」

「じゃあ、待ってるから」

 

 もう少し真偽を見定めなければならないような気がしたのだが、幼馴染はえー君(俺)に手を振って走って行ってしまった。伸ばし掛けた右手が所在無さ気に浮いていたので、戻す。

 どうやら幼馴染は本気らしい。

 良い歳した男女を、同じ屋根の下──幼馴染の事だから、恐らくは同じ部屋の中で過ごす事に何の躊躇いも無いようだ。

 仕方無い。

 断り損ねた手前、すっぽかすのも気が引ける。

 アイツとはもう十年来の仲だ。間違いは起こらないだろう。

 で。

 

「おい。来たぞ」

 

 夕飯を食べ、風呂にも入って後は寝るだけの万全の態勢。

 夜だし、パジャマで出歩いても何の問題もあるまいと、翌日幼馴染の家から自宅に帰る時の着替えと、幼馴染に渡す菓子折りを持って玄関の扉を開け、五分程移動。慣れ親しんだ幼馴染の家のインターホンを押して、現在。

 

『はーい。開いてるから入って良いよ』

 

 入る。玄関には、ニコニコ顔の幼馴染が待ち構えていた。何となく警戒し、周りを見渡してしまう。

 

「何だよ。ドッキリでも仕掛けてんのか?」

「ただのお出迎えじゃん。そう警戒しないでよねー」

 

 それもそうか。玄関の鍵を締め、靴を脱いで三足並んだ靴の端に自分のを加え、リビングへ向かった。

 

「お風呂、入ってきたんだ」

「まあな」

「残念だなぁ。折角、デスソースを惜しみ無く混ぜたボディソープを用意してたのに」

「殺す気か馬鹿」

 

 有り得たかも知れない未来に身を震わせる。

 自分の家で風呂に入ってきて良かった。

 

「飲み物持ってくるから、テレビを観ろ」

「何で命令形なんだよ……」

 

 夜だからテンションが上がっているのか、幼馴染のボケが多い。

 テレビを点ける。金曜日の映画はもう始まってしまっていたが、チャンネルは変えず。何回か観た事があるので、もう入りも落ちも知っているからだ。

 

「あー、懐かしいねそれ」

 

 両手にコップを持った幼馴染が、後ろから声を掛けてくる。盆を使わないのがお前らしいなとどうでも良い感想を抱きながら、コップを片方受け取った。

 

「有名なヤツって何回も放送するからな。俺はもう四回目だ」

「私三回目。こういうのって、オチ知ってても何となく観ちゃうんだよね」

「だから何回も放送してるのかもな」

 

 一時間。

 二時間。

 テレビを観て、ペチャクチャと会話を交わす。眠気が訪れてきたのも相まって、姿勢も座から横に変わり、終いにはCM中にゴロゴロと左右に転がり始めた。

 幼馴染は深夜のバラエティ番組を観ながらずっとニコニコしている。

 

「ちょっとトイレ行ってくるわ」

「はーい」

 

 リビングを出て、左。廊下の右側がトイレだ。

 用が終わり、隣の洗面所で手を洗う。

 その途中、気付いた。

 

「……」

 

 半開きの浴室のドアに。

 普段なら気にもならない筈なのに、明るい空間に出来た一筋の暗闇に、俺は何となく嫌な感じがして、ドアを閉めようと手を伸ばした。

 そして。

 

「──うおぉッ!?」

 

 俺が数歩移動した事によって光の加減が変わり、浴室内がぼんやりと照らされた。それによって視認出来る、浴室内の何か。目を凝らした挙句にその正体に気付き、尻餅を付いた。その際に浴室のドアを蹴飛ばしてしまい、ドアが完全に開かれる。

 照らされる、赤い浴室。

 照らされる、赤い浴槽。

 浴槽内には人が二人。

 俯せのまま、ピクリとも動かない。

 寝惚けているのかと目を擦るが、浴室は赤く、浴槽の中の人は動かない。

 

「あーあ、気付いちゃったかぁ」

 

 安否を確かめようとした矢先、声がした。

 廊下には、冷たい瞳で俺を見る幼馴染が居た。

 視線を、幼馴染に。その後、もう一度浴室に。

 ……成る程。事前に報せてはいた訳だ。

 

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