新聞部取材記録。

「……部長、取材に行ってきましたよ」

 

 夕暮れの新聞部部室内。部員である僕は、部長に今回のノルマ──所謂(いわゆる》記事にする為のネタを集めてきたのだ。

 今回のネタが詰まったビデオカメラ(一々メモを取るのが面倒なので、会話を丸ごと録画してしまおうという算段だ)を提出する為に部長へビデオカメラを渡した所、部長はビデオカメラを受け取ろうとした手を止め、目を細めてこう言った。

 

「もう終わったのかい?」

 

 まるで僕を疑っているかのようなその視線。心外である。

 

「はい、終わりました。放課後になってからもう一時間経ちますし、美少女一人に取材するならそんなに難しくはないですよ」

 

 僕は理路整然と、正直に答えた。実際、今回のノルマはそこまで難しいモノではなかった。メモも取らなくて良いし、美少女と面と向かって話す照れや気後れを乗り越えれば、すんなりと終わる。

 

「……なら信じようじゃないか。けど、念の為ビデオカメラの内容を確認しても良いかな?」

「それはもう、幾らでもどうぞ」

 

 部長が最後にビデオカメラに録画された会話(ネタ》を検査──そして添削しないと、記事にはならないのだ。つまり、部長の検査を突破しなければ僕の一時間は水の泡という事になる。

 

「今回、君に課したノルマが『本校で話題の美少女に取材をする』という内容だったんだけれど、取材をしてみてどうだったかな?身近で話をして、何か感じたかな?」

「そうですね……」

 

 部長からの問いに、僕は少し考え込んだ。彼女との取材の中での会話を思い出し、言葉を纏める。

 

「良い人でしたよ。外見が良い上に優しい性格となると、将来の旦那さんが羨ましいです」

「はっはっは、そうかそうか。じゃあ、ビデオを見させてもらうよ」

 

 僕の回答がそんなに面白かったのか、部長は目に涙を浮かべながら笑った。

 それから部長は、指の腹で涙を拭いてからテレビを点けた。ビデオカメラと接続し、大画面で録画の内容を見る為だ。大画面で取材相手の一挙手一投足を観察する事が、より良い記事に繋がるのだとか。正直、僕は新聞部としてはひよっこも良い所なので、ただ漠然と「すごいなぁ」と思うに止まってしまっている。

 部長は一度目を閉じ、それから画面に全意識を集中させ始めた。全てを見る事は時間的に不可能なので、部長が重要だと思った所を今見るのだ。全内容は、家でゆっくり見直すらしい。

 部長の凄い所は、ビデオカメラに録画された会話の内容を添削して、頭の中で大体の記事を作れる事だ。

 まぁ、僕自身、今回の取材に対しては自信があるので、取材を観終えた部長の『ご苦労様、今回の君の仕事は終わりだ』という言葉を待つだけ。暫しの間、オレンジ色の空を眺める事にした。取材の最初の方と最後の方の会話は、記事にはしない世間話だから飛ばす事が出来る。しかも要所要所しか聴かないので……。

 大体、時間にして三十分掛かるか掛からないか位か。

 多分帰るのは最終下校時刻ギリギリだろうなぁ。

 僕は少しげんなりとしつつも、ぼけーっと部長が観終わるのを待つ。

 

「ちょっと良いかな」

 

 観始めてから十分も経たない頃。部長が僕に話し掛けてきた。幾ら要所要所しか観ないとは言え、観終わったにしては流石に早過ぎる。

 僕は少々困惑しつつも、応えた。

 

「何ですか?」

「君が先程言った言葉を、もう一度言ってくれるかな」

「……部長、取材行ってきましたよ。ですか?」

「戻り過ぎ戻り過ぎ。もう少し後、君の美少女に対する感じた事について」

「あぁ、良い人でしたよ。外見が良い上に、優しい性格となると、将来の旦那さんが羨ましいです。……ですか?」

 

 僕は自分の言った言葉には責任を持つタイプだ。なので、ほんの数分前の会話ならスルリと思い出せる。

 嘘です。

 たまたま憶えていただけです。

 

「そうだ。それだよ」

「僕の発言がどうかしましたか?」

「……自覚が無いのなら、自分で見ると良い。ここの所」

 

 部長が指差した辺り、録画

取材

を始めて一分十八秒の辺りを部長の頭の横から覗き見る。 そこは、美少女への取材の冒頭の部分──つまりは序盤の序盤だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『今回取材を担当する、新聞部の平川です。よろしくお願いします』

『はい、よろしくお願いします。帰宅部の夢島(ゆめじま)です』

『ご丁寧にどうも。僕等新聞部は、取材した方々が不利になるような記事は絶対に書かないように会話を纏めるので、ここだけの話なら失言でも何でも大歓迎です。あっ、勿論、他言もしません』

『はい、分かりました』

『では、取材の方を始めさせていただきます。──まず最初に、今回こうして校内の美少女へ取材する三人の中に選ばれた訳ですが、それに対してどう思いましたか?』

『驚きましたけど、素直に嬉しかったです』

『いやはや、尊敬します。僕の人生では絶対に、自分の容姿が誰かから褒められるなんて経験ありませんし』

『そんな事無いと思いますよ?平川さんはとても格好良いです』

『ありがとうございます。校内でも指折りの美少女である夢島さんから褒められたのは、僕の残りの人生で誇りになりますね』

『……もう、本当ですのに』

『えっ、何か言いましたか?』

『何も言ってませんよ?』

『そうでしたか、失礼しました。……えー、夢島さんはとてもお美しいですが、付き合ってる人とかはいらっしゃるのですか?』

『いませんっ!」

「そ、そうですか。では、好きな人はいらっしゃいますか?』

『いますっ!』

『お元気ですね』

『だって、私の好きな人は平川さんですし……』

『えっ、すみません。聞き逃しました。もう一度お願いします』

『何でもありませんよ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「難聴か!!」

「びっくりしたぁ。何ですか、いきなり大声なんか出して」

「君は夢島さんのあの声が聞こえなかったのかい?」

「あの声ってどの声ですか?」

「……もう良いよ。次の問題のシーンへ移ろうか」

「はい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『それでは、早速取材の方へ移らせていただきます』

『何でも聞いて下さい』

『ありがとうございます。では──御趣味はなんですか?』

『……あの、取材ってそのような質問で良いのですか?それではまるで』

『そうですね。自分でも質問しててお見合いみたいだな〜とか思ってました』

『お、おみ!?』

『でも、新聞部の取材の教えとしては日常的な質問から徐々に本題に──どうかしましたか?』

『い、いえ。何でも。趣味は、わにちゃんのお散歩です』

『わにちゃんと言えば、確かペットのゴールデンレトリバーでしたよね』

『あら、ご存知なのですか?』

『えぇ。校内でも結構有名ですよ。美少女とゴールデンレトリバーは絵になる〜って』

『わにちゃん、可愛いですもんね』

『いや、多分校内の男子(うちら)は美少女の方に視線をやってるんだと思います』

『……平川さんも、私を見てるんですか?』

『見てますよ』

『っ!』

『ああ。勿論、ゴールデンレトリバーのわにちゃんの事もちゃんと見てますよ。歩幅の違いによって夢島さんの金髪とわにちゃんの金毛の揺れ方が違うのとか凄い好きです』

『す、すす、好きですか!?』

『はい』

『で、でしたら!今度一緒にわにちゃんの散歩に行きませんか!?』

『是非、と言いたい所なのですが。それって、夢島さんの立場的に誰かに見られたら拙くないですかね。色恋云々の噂なんて立てられたりしたら大変ですよ』

『私なら大丈夫です』

『噂って、一度広まったら正すのに相当の時間が』

『大丈夫です』

『……では、よろしくお願いします──って、どうしたんですか。そんなに身体を荒ぶらせて』

『い、いえ。何だか無性にこうしたくなりまして』

『体調が優れないのでしたら、取材は後日にでも』

『続けましょう!年が変わるまで!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……このように、夢島さんはとても取材に乗り気で、スムーズに取材を進める事が出来ました」

「君はいっぺん死んだ方が良いんじゃないかな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『夢島さん&わにちゃんとのお散歩の約束が決まった所で、次の質問に移りたいと思います』

『はいっ!』

『夢島さんは帰宅部との事ですが、理由はあったりするんですか?ほら、入学時なんか色々な部活から声を掛けられたんじゃないんですかね』

『はい、掛けられました。テニスとか弓道は興味があったんですけど……』

『けど?』

『勧誘があまりにもしつこくて、逆にやる気を無くしちゃったんです』

『あぁ』

『平川さんは、新聞部に入った理由とかあったりするんですか?』

『僕ですか?……うーん、切っ掛けは、部長に目を付けられた事なんですよね。君には新聞部の素質があるぅぅ!って。それからしつこく付きまとわれて、済し崩し的にいつの間にか新聞部に入ってました』

『……アイツ』

『?』

『失礼、持病の発作が』

『なら良いんですけど。一瞬鋭い眼光が見えたような気がして』

『ふふっ、平川さんったらもう。気のせいではないですか?』

『ははは、それもそうですね』

『でも、嫌なら私に言って下さいね?お手伝いしますから』

『お手伝い?何のですか?』

『それは勿論、あの部長を消sげふんげふん。そろそろ次の質問に移りましょうか』

『そうですね』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ!わざとだよね!?アレは流石に聞こえてない訳ないよね!?」

「何の話ですか。胸倉を掴まないで下さい。制服に皺が付いちゃいますから」

 

 録画を一時停止するや否や、僕に掴み掛かってくる部長。それに抵抗しながら備え付けの室内時計を確認。

 

「って、部長。もう十九時ですよ」

「何だって?──あぁ、本当だ。参ったなぁ」

「僕はそろそろ帰らなきゃなんですけど、部長はどうしますか?」

「うーん、そうだね。こっちもそろそろ終わるっぽいから、どうせだから最後まで観てから家に帰るとするよ」

 

 じゃないと、下校途中に内容が気になっちゃうからね。部長はニヤリと笑いながらそう言った。

 

「ご苦労様。今回の君の仕事は終わりだ」

 

 待ちわびていたその台詞も聞けたので、帰り仕度を始める事に。

 

「じゃあ、お言葉に甘えて。お先に失礼します」

「うん。また次の仕事の時に会おう」

「次の仕事って。どうせすぐじゃないですか」

「良いじゃないか。ムードがあって」

「ムードより休みを下さい」

「考えておくよ。それではな」

「えー……。まぁ、はい。さようなら」

 

 鞄を持ち、部室から廊下へ。外は真っ暗だけど、僕の心境は仕事を終えた事による充実感でとても明るかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 新聞部部長。

 一人だけ残った部室内。

 部室内に何故かあるテレビには、部員の平川が撮った取材の内容のラストシーンが流れていた。

 

『最後に、新聞を読む生徒の皆さんに向けて一言お願いします』

『……あの』

『何ですか』

『平川さんに聞かれるのは恥ずかしいので、一度部屋から出ていただいてもよろしいですか?私、ビデオカメラに向けて話しますので』

『分かりました。夢島さんの一言は、新聞が出来上がった時のお楽しみという事ですね。廊下にいますので、終わったら声を掛けて下さい』

『ありがとうございます。…………ふぅ』

 

 

 

『観てますか?新聞部の部長さん。あなた、平川さんを強引に勧誘したみたいですけれど……それって到底許されない事なのですよ?あなた如きが平川さんの時間を拘束し、労働を強いる等……有り得ません。死んで償って下さい』


 

『あなたさえ居なければ、平川さんは新聞部なんかに拘束される事もなくなり、私と一緒に過ごせる。あなたさえこの世から消えれば、私と平川さんが結ばれる。あなたがいるから、私と平川さんは──』

 

 

 

 

「……拙いなぁ。拙過ぎるよ。こんなイカれた一言、どうやって記事にしろって言うんだよ」

 

 意識を画面から自身に戻した今も尚、部長に対する夢島からの呪詛の言葉は延々と紡がれ、部長の胃を圧迫する。

 

「……と言っても、もう最終下校時刻ギリギリだ。続きは家に帰ってゆっくり考えるとしよう」

 

 立ち上がり、身支度。

 テレビからコードを抜き、データが入った大切なビデオカメラを鞄に入れる。

 途中。

 部室のドアのノック音。

 先程まで観ていた録画の内容だけに、驚いてしまう。

 先生が見回りに来たのだろうか。

 部長はそう考え、部室のドアを────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「部長、そう言えば昨日の取材の件なんですけど……あれ?」

 

 部長がどんなに僕に仕事を押し付けてきても、二日連続なんて事は無かったのだけど、たまたま聞きたい事があったので再び訪れた新聞部の部室。いつもなら向かっていたパソコンから来訪者である僕に身体の向きを変えて「やあ、よく来てくれたね」と気障(キザ)な台詞を吐く部長が居なかったのだ。

 今までは必ずと言って良い程、僕よりも部室に来るのが早かった部長の不在に驚く。

 しかし、居ないのならば仕方が無い。諦めて開けたドアを閉め直し、帰ろう。

 

「こんにちは」

 

 ドアを閉め、昇降口に向かおうと足を踏み出した一歩目。それと同時に背後から声を掛けられた。

 しかし、昨日聴いたばかりの馴染みのある声だったので、振り向きながら挨拶。

 

「こんにちは、夢島さん」

 

 取材の時のような仕事中ではないので、敬語ではなくフレンドリーに。

 夢島さんはニコリと笑った。

 話し掛けてきたというのに、何も言葉を発してこない夢島さん。ただの挨拶だったのだろうかと思い、別れようとしたのだが、ふと思い付きついでに問うてみた。

 

「そういえば、部長がどこにいるか知らない?」

 

 

 

 

「……さあ?〝私は知りません〟」

 

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