良くない。上

「貴様。どうやら死にたいらしいなァ……!」

「五月蝿ぇ!教師の目が届かないのを良い事に、毎日毎日体育館裏で一対多の無双ゲーみてぇな喧嘩しやがって!その後始末をしてるこっちの身にもなれよ馬鹿!」

「私がどこで何をしようと勝手だろう!私を止めるな!」

「止めるに決まってんだろ!(掃除が面倒だからな!)」

「巫山戯るな!何故私の邪魔をする!?」

「(体育館の壁に)傷でも付いたらどうするんだよ!取り返しの付かない事になるだろ!?」

「お、お前、……(私を)心配しているのか?」

「当たり前だ!」

「っ……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……誰。邪魔をするなら、容赦はしない」

「なぁ、その前に一つ聞かせてくれ。お前は、そんな事して楽しいのか?無抵抗の人間にそんな酷い事をして、楽しいのか?」

「……向こうから仕掛けてきた。これは楽苦以前の問題」

「だったら相手の生爪を剥いで、その指を万力で潰しても良いってのかよ」

「……再犯防止」

「もう、こんな事止めようぜ。これが終わっても、また違う人から恨みを買って──その繰り返しだろ?」

「……いつかは終わる」

「そんな途方も無い事の終わりを誰かに任せねぇで、自分で終わらせようぜ。な?」

「……私は終わらせる方法を知らない」

「知らないなら教えてやる。出来ないなら……(終わらせられるように)手伝ってやる。だから、もうこれっきりにしろ」

「っ……!」

「分かったな?」

「……分かった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら?あらあら?私の城へ、一般人が何の用かしら?見た所、喧嘩慣れしているという訳でもなさそうですけれど」

「知るかよ。俺はお前を止めに来たんだ」

「止めに?」

「あぁ。部下を従えて街中をデカい顔して歩きやがって。近隣住民が迷惑がっているってのが分からねぇのか?」

「迷惑?可笑しな事を仰いますのね。私がここ一帯の女王なのですから、歓迎こそされど、迷惑がられる事なんて有り得ませんことよ?」

「説得が聞かねぇんだったら、力付くで止めさせてもらうぞ。それがお前等のルールらしいしな」

「出来るモノならどうぞご勝手に。退屈のあまり眠ってしまわないように気を付けますわ」

「安心しやがれ。傷が痛過ぎて今日は眠れねぇぞ」

「っ……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この街には、不良がのさばっていた。

『量より質』という言葉があるが、この街はまさにそれ。頭のイカれた三人の不良がこの街を我が物顔で歩いているのである。

 しかも、男ではなく女。

 男なんぞ意にも介さず、その力を男女平等に振るっている。

 三人が三人、自らをトップだと自称して。

 潰し合いの毎日を過ごしている。

 そのお陰(所為)で、この街はネットでも結構有名な不良スポットと化してしまっているのが現状だ。

 奴等の配下や下っ端は、まだ良いのだ。いや、良くはない(まさに不良)なのだが、三人に比べたらマシ、という事。精々深夜のコンビニ前でたむろしたり、フードコートでデカい声で会話をしたりだとか、その程度。こちらが注意すれば渋々ながらもやめてくれるし、問題は然程無い。

 問題は、先程から言っている三人の不良。

 

 《赤髪》

 《青髪》

 《金髪》

 

 だ。

 一対多の戦闘を好み、喧嘩に明け暮れる《赤髪》。

 喧嘩には積極的ではないが、売られれば全力で返り討ちにする《青髪》。

 自らの手は極力汚さずに、下っ端などに命令して《赤髪》と《青髪》を潰そうと目論んでいる《金髪》。

 駄目だろう。

 いけないだろう。

 そんな不良漫画みたいな話を、俺が住むこの街でやられちゃ困るのだ。街のこれ以上のイメージダウンは本当に困るのだ。

 しかし、誰も止めようとはしない。警察でさえあまり動きたがらないのだから、この街の現状は相当なモノだと認識している。

 誰も止めようとしないのなら、俺が止めるしかない。

 てな感じで。

 トップクラスにヤベェ三人の不良を説得しに行き、迷惑行為または残虐行為──法に触れてしまうような行為をやめさせる為に活動をする事にした俺。

 血の滲むような──というか、血が噴き出るような努力の甲斐あってか、彼女等は大人しくなった。

 体育館裏で暴れなくなったし、他人様の爪も剥がさなくなったし、廃ビルを拠点代わりにもしなくなった。

 街に〝は〟平和が訪れたのだ。

 そして、現在。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 授業方法の改正だか何だかの理由によって、体育の授業で使われなくなった道具が処分されずにそのまま放置されている、通称『廃(体)育倉庫』。

 周囲の人の目が無さ過ぎるので、堂々とその入り口のドアを開く。兎に角古く、ドアの滑りが悪いので、ガタガタと喧しい音を立てながら強引に開ける。

 倉庫の中には──

 

「お疲れ様です!明也(あきや)殿!ここまでの長く険しい道のり、さぞかしお疲れになっている事でしょう!不肖、私めにマッサージをさせていただきたいのですが!」

「……今日は普段より到着が二分二十四秒遅かったので心配していた。明也、遅くなった訳を聞かせてほしい」

「明也様の好きな堅焼き煎餅を御用意させていただきました。ささ、どうぞ私のお隣へお座り下さいませ」


 ニコニコと笑いながら俺の背後に回ろうとする赤髪を躱し、距離を詰めようとする青髪の肩を掴んで制止し、金髪が差し出してきた堅焼き煎餅を一枚齧って「美味い」と呟いて三人から距離を取る。

 コイツ等デレやがった。

 

「……そ、そうだな。俺は少しやる事があるから、遠慮しておく。あんまし暴れんなよ」

 

 適当な理由を付けて、高く積まれた跳び箱の向こう──三人からは見えないようになっている倉庫内の一角に移動。そこに置かれた椅子に座った。四方を用具に囲まれた非常に狭い空間ではあるが、この倉庫内で唯一、三人からの視線を気にせずにいられるので、俺は重宝している。

 

「了解しました!」

「……分かった」

「ふふ、お待ちしておりますね?」

 

 従順。

 不満。

 誘惑。

 向こうから聞こえる、各々

おのおの

その二文字を彷彿とさせる言葉。

 嘘みたいだろ?コイツ等、あの三人なんだぜ。数日前までは俺に敵意剥き出しだった、あの三人なんだぜ。

 しかも細身の美少女。

 これが、レスリングやらボクシングやらを習っている、ガッチリとした女の子とかだったら、まぁアレだけ色々やってたのも納得出来るのだが。

 一体あの身体のどこから、大柄の男を千切っては投げ千切っては投げをし、男を拘束して爪を剥いだり、大勢の手下を従えて街を闊歩出来る程の力を出してると言うんだ。

 俺が街の治安改善の為に一人で挑んだ不良三人との戦い。まぁ、金髪の手下とも何人かとは戦ったが、あんなの数には入らん。

 赤髪とは夕暮れに。

 青髪とは夜中に。

 金髪とは草木も眠る深夜に。

 戦った。

 幸いだったのは、赤髪と青髪とは戦わずに説得で終えられた事。そのお陰で、体力を温存出来たお陰で、金髪に喧嘩で勝つ事も出来た。

 あの時はアドレナリンやらなんやらがドバドバ出ていたので勢いのままやってしまったが、今思うと、三人との戦いは非常に危ないモノだったのだと自覚する。

 もしも赤髪が、邂逅直後に俺を殴っていたら。

 もしも青髪が、俺の説得に応じなかったら。

 もしも金髪が、俺との喧嘩で慢心を見せていなかったら。

 どれか一つでも歯車が狂っていたのなら、俺はこの世にはいなかったかも知れない。

 それくらいの激闘。

 生きているって素晴らしい。

 三人と戦った翌朝。

 いつものように家を出ると、彼女達は玄関先に並んでおり、俺と目が合うや否や土下座をかましたのだ。

 

『各務原(かかみがはら)明也様。この度は誠に申し訳ありませんでした』

 

 綺麗に。

 美麗に。

 流麗な仕草で。

 ともすれば何か、日本舞踊の類いだと錯覚してしまいそうなくらいのソレ。

 ご近所さんからの視線を気にしながら何事かと聞いてみれば、

 

『貴方に対する数々の非礼を、心からお詫び申し上げます。これからは貴方の手となり足となり、忠誠を誓っていく所存であります』

『……ごめんなさいでした』

『長い物には巻かれろ──ではありませんけれど、わたくし、貴方の強さに惹かれましたわ。これからお側に居させていただいてもよろしいかしら』

 

 だ、そうだ。

 ……と言うか、何故俺の家の場所を知っているんだ。怖いわ。

 大体、一体、どういうつもりなんだお前等は。俺は『これからはあんまり悪い事すんなよ』って思いでやったってのに。

 何で俺に付き纏うんだよ!?

 ……兎にも角にも。

 こうなってしまったモノはもう取り返しが付かないから、嘆くのはやめにしよう。

 幸いにもコイツ等は『俺の命令は絶対』みたいだから、俺が上手く手綱を握っていれば然程問題は無い。

 筈だ。

 自信は無いが。

 誰も使わない、誰も訪れないのを良い事に、俺等が占拠してしまっている廃育倉庫。窓が無いのと暑い季節なのも相まって、普通ならばワンシーズン丸ごと暑さ我慢大会の会場になりそうなこの場所だが、赤髪が「明也殿にこんな不自由な思いはさせられません!」とブレーカーとエアコンを持ち込んで劇的ビフォーアフターさせたので、夏だけでなく冬も快適な空間になってしまった。

 暑いやら寒いやらの理由ですっぽかす事が出来なくなってしまったのが残念極まりない。

 本当に。

 

「……はぁ」

 

 溜め息を吐けば、向こうから「どうか致しましたか!?」と赤髪が問うてくる。五月蝿い。

 つーか。

 そもそも何で居るんだよ。

 

 テメェ等他校の生徒だろうが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 三人からの動機のよく分からないアプローチに戸惑いを感じながら毎日を過ごしている──そんな俺にも、運命の相手とも言うべき人がいる。

 この高校に入学し、一目惚れした女性が。ハートを射抜かれた挙句、奪われた相手がいる。

 

「満点おめでとう。頑張ったねっ」

 

 今こうして俺にテストを返却してくれている、本田先生。

 可愛いなー。

 肩まで伸ばした黒髪。

 子供のように純粋な笑顔。

 ぱたぱたといつも慌てているような仕草。

 だが、授業中は人が変わったかのように大人な女性になる。

 我が校の問題児等ともいつの間にか打ち解け、底辺だった成績を中の上くらいまで向上させているという謎の能力。

 もうね、可愛い。可愛いんだ。全てが。

 席に戻るのも忘れてニヤニヤしていると、本田先生が「そんなに嬉しい?」と笑顔で問うてくる。

 テストなんかどうでも良いんだ。

 アンタが可愛いんだよ!本田先生!

 しかし俺は、そんな事を授業中に──ましてや人前で叫べるような奇特な人間ではないので、「はい、メッチャ嬉しいです」と言って大人しく席に戻る。

 放課後。

 このまま帰る訳にも行かないので、止む無しに毎日訪れている廃育倉庫。そこに向かう途中で、誰かに声を掛けられた。

 振り返る。

 

「お、先生。こんにちは」

「こんにちは。テストの模範解答に誤りがあったから伝えにきたんだけど」

「……もしかして生徒一人一人に?」

「うん。もう帰っちゃった人には明日の授業の時に渡すけどね」

「そしたら、全員明日の授業の時で良いんじゃ?模範解答を貰っても、今ここでテストを見直す奴はいないと思いますし」

 

 俺がそう言うと、見る見るうちに先生が黙り込む。それから、

 

「まぁ、知ってたけどねっ」

 

 と、若干目を逸らしながらの見え見えの嘘を吐いてみせた。

 かーわーいーいー。

 

「笑わないでよー!もう!」

 

 俺が先生の可愛さにニヤニヤしているのが分かったようで、ぷりぷりと怒っている。

 何をしても可愛いってヤバいな。

 何はともあれ、用件は終わった。だが、このまますぐに別れの挨拶というのは少し物足りなかった(アイツ等に会うのだから、せめて先生で癒されてからじゃないと割に合わないと思った)ので、会話の内容は移行する。

 テストのここが難しかった。クラスの得点推移。etc……。

 話題はテストについてなのに、相手が本田先生だからかスラスラと流れるように言葉が出てくる。

 話し始めて四、五分程経過した頃、本田先生が思い出したように切り出した。

 

「あ、そうだ。前から気になってたんだけど、各務原君って部活とかやってたりする?」

「やってないですけど」

 

 アイツ等と放課後に色々やるのは部活じゃねぇし。

 俺がそう答えると、先生は「そうなんだ!」と嬉しそうに。

 

「各務原君、美術に興味は有る?」

 

 そう、問うてきた。

 遅れてそれが部活動の勧誘だと理解して、俺は驚きのあまり声を震わせた。

 

「び、美術?生憎ですけど、俺は美術についてはからっきしで。成績も五段階評価で二ですよ?」

「美術を始めるのに、絵の上手下手なんて関係無いの。良いから、一回やってみない?」

 

 いつもと違い、グイグイ来る先生。自分が顧問である美術が話中に上がっているからだろうか。

 下から見上げるように顔を近付けられ、うわー何だかキスする三秒前みたいだなーとか妄想していると、俺の口が知らない内に返答をしていた。

 

「是非お願いします」

「やったぁ!じゃあ早速、美術室に行こう!」

 

 手を引かれ、美術室へと連れて行かれる。誰かに見られたら教師として色々問題じゃないのかとか考えたが、先生が可愛いので良しとした。

 それから最終下校時刻まで、先生に付きっ切りで筆の種類について教えて貰ったり、絵描きを体験してみたり、授業では教わらなかった物体の影の描き方のコツ等……色々な事を学んだ(部員はいないらしい)。

 何より先生と二人っきり付きっ切りってのが良かった。所々手や肩が触れ合ったりして理性が飛びかけたが、寸での所で堪えて事無きを得た。

 

「また来てねっ。先生いつでも待ってるから」

 

 普段の何倍という時間を先生と過ごせたからか、俺の心はとても充実していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何故、今日は来てくれなかったのですか!?」

「……普段より三時間九分遅れている。普段より三時間九分遅れている。普段より三時間十分遅れている──」

「私、悲しいですわ。明也様と会えるのを楽しみにしていましたのに。……本当に悲しいですわ」

 

 帰り道。

 下校の途中。

 自宅まで後三分と掛からない所で、出会(でくわ)した。

 赤髪は、俺の制服を掴み、泣きながら前後に押引を繰り返し。

 青髪は、延々と〝普段なら俺が倉庫に到着している〟時間から何時間遅れているかを呟き。

 金髪は、俺の背後に回り、背中を何やら硬い物でグリグリと刺激して。

 三人に共通して言えるのは、どこかイカれた瞳をしているという事。普段も悪徳宗教に騙された信者のような瞳だったが、今の方が遥かにヤバい。関わっちゃいけないオーラ

身の危険を感じる雰囲気

がひしひしと──ビシビシと俺の身体に突き刺さる。

 やってしまった。

 まさか、本田先生とのひと時が楽し過ぎてコイツ等の事を忘れていただなんて。

 今更思い出したように後悔しても遅い。

 遅過ぎる。

 

「悪い。忘れてた」

「明也殿が私達との用事を忘れていた?そんな筈はありません!あの雌畜生が明也殿に非道い洗脳を施したのですね!?任せて下さい!明也殿の手足であるこの赤髪、貴方に害する雌畜生を完膚無きまでに痛め付け、地獄に落として御覧に見せます!」

「何かに没頭していたらいつの間にか……ってヤツだ。悪気は無かった」

「……明也が可笑しな事を言ってる明也が可笑しな事を言ってる明也が可笑しな事を言ってる明也が可笑しな事を言ってる」

「お、俺にも用事があったんだ」

「あの女と二人きりで良い雰囲気になる用事、ですか?ふふっ、明也さんったら面白い冗談を仰いますのね」

 

 駄目だ。

 話し合いは臨めそうにない。

 良い展開は望めそうにない。

 

「クソ──」

 

ならば力付くで振り切ろうと四肢に力を込めた矢先、三人はスッと俺から離れた。

 

「?」

「あらあら、何を驚いているのでしょう?明也さんが通る道を、私達が阻むなんてとてもとても……」

「金髪に同じであります」

「……うん。明也に危害を加えるつもりは全く無い」

 

 怪しい。

 怪し過ぎる。

 が、チャンスなのも確か。

 コイツ等の気が変わる前に、行動を起こさねば。

 微笑んで道を開けてみせた三人。先程の行動からくるりと手のひらを返すようなソレに、俺は首を傾げながらも、逃げるようにその場から立ち去るのだった。

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