病んでるパーティ。下
「……じゃあ、白さんの所に行ってきます」
見せ付けるように深ぁぁく溜め息を吐いてから言ってみる。師匠め。この貸しはいつか絶対返してもらいますからね。
「流石はオレの弟子。よっ、世界一!」
「師匠ってば本当に屑ですね!?」
「こんにちは、白さん」
「あっ、こんにちは。久し振り!」
家の前の掃き掃除をしていた白さん。ワタシが声を掛けると、笑顔で近寄ってきた。
白さんの家は国内の最北端にある森の中にあって、小一時間程歩かないといけない。白さん曰く、自分で考えた魔法を試したりするのは人気の無い場所じゃないと難しいから。だそうです。
森の中。加えて人里離れた場所だからか、動物が多い。白さんの肩にも、栗鼠りすが一匹くつろいでいた。どこからか鳥の鳴き声も聞こえてくるし、空気も美味しく感じる。
「珍しいね、ボクの家まで来るなんて。どうかしたの?」
小首を傾げる白さん。同性のワタシからみても、その仕草は可愛らしく見える。
「いや、ちょっと気になる噂を耳にしたので」
もう耳にしましたか?と、こんな森の中に住んでいる白さん──そして、ワタシが流した噂など知る筈も無い白さんに向かって、師匠が生きているかも知れないという噂の話をした。
所々で相槌を打ちながらワタシの話を聞く白さん。話終わったあとでも、変わった様子は見られなかった。挙句には、
「それがどうしたの?」
と、(少々冷たい気もするが)冷静に返してきた。
良かった、白さんは正常だったらしい。ワタシは安堵の溜め息を吐きました。
「いえ、もし師匠が生きていたら、白さんはどうするのかなって気になっただけです」
「ボクは、その噂が本当でも嘘でもどっちでも良いよ」
言い換えれば、
生きていても死んでいてもどっちでも良い。
という事だ。
「と言うと?」
「結末は変わらないから」
「?」
「ゆーくんが魔王を倒してからずっとボクが考えて考えて考えて考えて考え続けてやっと編み出した究極の魔法。これさえあれば、ゆーくんの生死なんて関係無くなるんだ」
因ちなみに、ゆーくんとは師匠の事です。何故か師匠は本名を明かさないので、白さんは勇者の勇から取ってゆーくんと呼んでいるのです。
いや、語るべきは他にあり。か。白さんが口にした『究極の魔法』。ワタシはとても嫌な予感(例えるなら、姫さまと話していた時と同じような感覚)がした。
「究極の、魔法……?」
「うん。折角だから実演してみるよ」
無邪気な笑顔でそう言ってみせた白さん。徐おもむろに、肩に乗っている栗鼠を鷲掴みにして地面に叩き付ける。ワタシが驚いて硬直しているのを他所よそに、持っていた箒を振り上げて、地面で弱っている栗鼠に目掛けて振り下ろした。目を背けても聞こえてくる栗鼠の悲痛な鳴き声。絶命には至らなかったのか、栗鼠の鳴き声は止まない。聞こえてくる、何度も地面を叩く箒の音。やがて聞こえなくなる栗鼠の鳴き声。
「……な、何を」
ゆっくりと視線を白さんに戻して問う。今まで行動を共にしてきた白さんからは考えられない暴挙。白さんは笑顔のままです。
「あっ、勘違いしないでね?ボクはか弱い動物を殺す様を見せたかった訳じゃないから。本番はこれから。究極の魔法を見せてあげる」
箒を投げ捨て、懐から杖を取り出した白さん。そして、ワタシのような常人には聞き取れないどこかの言語を唱えだした。冒険の頃と違う点は、その圧倒的な詠唱時間の長さだろう。普段は二、三秒で終わる詠唱時間に対して、目の前のこれはとても長い。そろそろ三十秒が経ちそうな頃に、栗鼠の死骸の周りが青白く光りを放ち始めた。そして、白さんが杖を仕舞いながらこう言った。
「はい、これがボクの究極の魔法」
視線を下に移す。
驚愕。
死んだ筈の栗鼠が、この世の理を嘲笑うように、元気に動いているではないか。
「……?」
「びっくりさせちゃったよね。ごめんね?」
たはは、と笑いながらワタシを気遣う白さん。小動物のようなその笑顔はとても可愛いが。小動物を叩き殺した人と同一人物とはとても思えないが。
そんな事よりも。
「まさかこれを、師匠に使うつもりなんですか?」
「うん。魔王の城にもう一回行って、使うんだ」
「師匠の遺体が見付かりますかね」
「見付けるんだよ。何としても」
こちらを鋭い眼光で睨む。馬鹿な事を言うなという怒りと、強い決意が感じられた。
ほら、生きていても死んでいても同じでしょ?嬉々としてそう語る白さんは、どこか狂っているように見えて。
ワタシは只々笑って、適当に言葉を並べてその場から足早に立ち去る事しか出来なかった。
「……という感じだったんですけど」
「やっぱりなぁ……。白も、旅の頃から可笑しかったんだよ。オレが怪我したら、傷口を舐めてくるし」
「何の為の白魔術師ですか」
「回復魔法はひとしきり舐めた後だったな。傷口を舐める理由を聞いても有耶無耶にされた」
あとは、オレの食事にだけ変な液体入れようとしたりな。気付いた時には止めていたが、あの液体の中身は何だったんだろうか。血のように真っ赤な色をしていたのは憶えているが……。
首を掻きながら、弟子に言う。
「な?だからオレはアイツ等に会いたくなかったんだよ」
「悔しいけど納得します。ワタシも話していて怖かったですし」
二人してげんなりとする。
「ヤバいな。これからどうしようか。ここに居たらいつか見つかりかねないし」
「白さんは、そういう魔法とか作っちゃいそうですよね」
確かに。白魔術師がどんな魔法を使えるのかは知らないが。
「姫さまは……勘で見つけ出しそうです」
「そういう所あるからな、アイツ」
魔王の城に入ってから迷わずに魔王がいるフロアまで行けたのは、実は姫さんのお陰だったりする。姫さんの直感で右へ左へ進んで上っていたら、魔王の所まで行けたのだ。
帰りのルートをパーティのメンバーに探させたのは、まさか本当に魔王のフロアまで行けるとは思っていなかったので、行きのルートを憶えていなかったからだ。
「あぁー……マジでどうすりゃ良いんだよ」
頭を抱える。アイツ等に捕まったら最後(最期)、一生陽の光を見れる機会は無くなる気がする。考えただけで震えが止まんねぇ。
「女の子に優しくするからそうなるんですよ」
「男だったら当たり前だろ」
「師匠は優しくし過ぎです。姫さまも白さんも狂わせる程の事を師匠はしてしまったんですよ」
後悔してからでは遅過ぎる。もう取り返しはつかない。収拾もつかない。決着もつけられない。つけられるのは、ケジメだけか。
「頭下げたら許してもらえるかな」
「その頭を掴まれてどこかに連れて行かれるでしょうね」
「詰んでる、詰んでるよオレの人生……」
ヤバいヤバいヤバいヤバい。呟き続けるが、それに何の意味の無い事は分かっている。気休めというか、敢えて口にする事で事態が軽くなるような気がしたのだ。
「いっその事、今までの経歴やら土地やらを全部捨てて逃げ出してぇ……」
こういうのを蒸発と言うのだったか。下手をすれば──いや、しなくても実行するかもしれない独り言。弟子は、その言葉に対して。
「……逃げ出しちゃいます?」
「は?」
口を開けて驚く。まさか、弟子が止めないとは思わなかった。『逃げるなんて、それでもワタシの師匠ですか!?』とか言うと思っていたのだが。
「全く、師匠は本当にクズですね。女の子をその気にさせておいて、自分は逃げ出すだなんて」
腕を組んでそう言った弟子。何故かその口端は上がっていた。
「いや、もう仕様が無い気がするんだが。命は大事だよ。うん」
「……まぁ。クズですけど、なんだかんだワタシは嫌いじゃないですよ」
「そりゃどうも」
「行きましょう。一緒に、あの二人から逃げちゃいましょう」
思ってもみなかった、願ってもみなかった弟子からの甘い提案。一人より二人。隣に誰かが居てくれる心強さは、パーティを組んでいたオレが一番良く分かっている。
「いや、弟子が付いてきてくれるならこれ以上に心強い事は無いけどさ。……良いのか?」
「ワタシもあの二人の本心を知ってしまった以上、何らかの形で身の危険に晒されるかも知れませんし」
溜め息をしながらも嬉しそうなのは、多分オレの気のせいだろう。
「炊事洗濯掃除、その他諸々何でも出来るワタシを、逃避行に連れて行ってみてはどうでしょう」
「……うん。お願いします」
頭を下げる。弟子も、こちらこそと頭を下げた。
「師匠がどんな目に遭おうと、世間からどんな風に思われようと、ワタシが付いていますから。安心して下さい」
「あー、駄目だそれ。ウルッとくる」
「泣かないで下さいよ、もうっ」
片方は屈託の無い笑顔で、もう片方は涙を瞳に滲ませて、笑い合う。
これからどんな困難が待っているのかは分からない。姫さん率いる軍隊に追われるかも知れないし、白の奇天烈な魔法がオレと弟子の脅威になるかも知れない。だけど、弟子となら何とか乗り越えて行けそうな気がした。
「師匠、ワタシが付いていますから。いつもいつでもいつまでも、どんな奴等が表れようとも、ワタシが守ってあげます。ワタシが助けてあげます。だから師匠は、ワタシにもっと依存して下さいね♡心も身体も、ワタシ無しではイキラレナイヨウニ」
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