病んでるパーティ。上

 オレは、世界を救った。

  三人の仲間と共に、魔王という名の世界の脅威を消す事に成功したのだ。

 

  オレという犠牲を引き換えに。

 

  ……だったらこの文を書いてるオレはどういう状態だ、とか。そんなツッコミに弁解をさせてもらうと、正確には『オレを犠牲に魔王を倒した』というのは嘘だ。確かに魔王は倒したが、オレは死んではいない。身体の各所に切り傷やら擦り傷はあるものの、オレは五体満足の状態で魔王が棲む城から国まで帰る事が出来ている。これはちょっとした手違い──勘違いだったのだ。

 

 

 

 

「……で?師匠はどのツラ下げてワタシの所に来たんですか?」

 

 怒りの絶頂。目の前で仁王立ちするコイツの状態を一言で表現するならば、この言葉しかあるまい。

 

「確かに、戦いの途中で『あとはオレに任せろ。何としても魔王を倒してやる』みたいな事言ったり、『泣くな、オレの命と引き換えに世界が救われるなら安いモノだろ』とか言ったのは謝る。だが、結局助かって、こうして話せてるんだから許してくれよ。何でそんなにプリプリしてるんだ」

「ワタシを含めて三人──更に言えば国中のみんなが、師匠が魔王との戦いで死んだと勘違いしてたんですよ!?ワタシがどんな思いで魔王の城から帰ったのか分かりますか!?パーティ全員が一言も話さずに俯きながら国へ帰る重苦しい空気が理解出来ますか!?」

「……何でオレは助かったのに怒鳴られてんだ」

 

 因(ちな)みに、今のオレの体勢は正座。コイツに挨拶をするなり正座を命令されたのだ。仮にも、オレはコイツの師匠なんだがなぁ。

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

「……まぁ確かに、こうして無事だった訳ですし、今回の所は許してあげます。でも、次は無いですからね!」

「何回もそう死にかけてたまるかっつうの……」

 

 可愛い可愛い弟子からのお説教も終わった訳だし、足を崩して正座から胡座(あぐら)に切り替える。止まっていた血液が足に渡るのを感じて、オレはあの戦いで生き残り、今も生きているんだなと改めて実感した。

 

「そういえば、ワタシ達を戦いから外した後にどんな事があったんですか?」

 

 そうだ。その説明をしなきゃいけないんだったな。

  魔王と剣を交えて、あの時のオレは確信した。人数が多いと逆に不利だと。魔王は力と速さを兼ね備えていて、こちらが一斉に掛かると自分の攻撃が味方に当たる──所謂(いわゆる)同士討ちの可能性が考えられたのだ。自分一人で勝てるとは思わなかったが、死体が増えるよかマシだと思った。

  だからオレはパーティの三人を戦闘から外して、帰る際──もしくは撤退の際に必要な城の外に出るルートを探すよう命じた。そちらも生死に関わる事なので、パーティの三人も渋々(しぶしぶ)了承してくれた。

  という訳で、パーティの三人はその後どんな戦いがあったのか知らないのだ。

 

「いや本当、ギリギリだったんだぜ?床に倒れたのも魔王と同じタイミング。疲れと痛みで脚が動かなくて、オレと魔王で二人して死を覚悟したから『お前みたいな強い奴は初めてだ』『もし生まれ変わる事が出来たら、次は友として貴様と出会いたいモノだな』とか変な友情芽生えてたしな」

 

 それで、なんだかんだオレだけ助かってるんだから、オレは相当のクズと言えるだろう。死んだら多分魔王に滅茶苦茶キレられるんだろうな。

  死んだ魔王に思いを馳せつつ、弟子であるコイツの家の中を見渡す。キッチンの壁に掛けられたフライパンが目に入り、『そう言えば腹減ったな』とか考えていると、目敏(めざと)く反応する者がいた。

 

「師匠、お腹減ってますよね?」

「まぁ、戦いの後から何も食ってないしな」

「本当にギリギリじゃないですか……。取り敢えず、ごはんにしましょう」

 

 ごはんという単語を聞いて、オレの腹が鳴る。弟子の作る飯はとても美味しいので、知らない内に胃袋が調教されていたのかもしれない。ほら、弟子が作る飯を考えただけで涎(よだれ)が垂れてくる。

 

 

* 

 


 「お願いします!」

「いくら師匠の頼みでも、それは嫌ですよ!」

「頼む!」

 

 あれから三十分と経とうとしていた頃、オレは弟子に土下座をブチかましていた。

 

「大体、何でワタシなんですか!師匠自身が行けば良いじゃないですか!」

「お、お前!オレが死んでも良いってのかよ!」

「何で!?」

「良いか?オレが下手にアイツ等の前に姿を現してみろ。最悪死ぬぞ……?」

「いや、全然意味分からないです。何で生存報告に行くのが駄目なんですか?」

「兎に角駄目なんだ!」

「えぇー?」

 

 

 弟子から振る舞われた豪勢な食事に舌鼓を打ち、食後にぼーっとしていると、弟子が話題を振ってきたのだ。

 

「ワタシだけじゃなく、パーティの残りの二人にも挨拶しに行ったらどうですか?」

 

 と。

 オレはその言葉を聞いた瞬間に、額を床に擦り付けていた。

  んで、今に至る……と。

 

「頼む。この通り!師匠からのお願い!」

「ここまで威厳の無い師匠も中々居ませんよね」

 

 オレの情けない態度にドン引きしつつも、靴を履き始める弟子。

 

「……分かりました。師匠の口から出た物騒な単語と面会拒否の理由も気になりますし、取り敢えず、『師匠が生きているかも知れない』っていう噂だけでも流してみます」

「それで、アイツ等の反応を確かめるって事か」

「はい。ワタシの目から見て異常が無さそうでしたら、師匠を連れて生存報告に行く──これで良いですね?」

「ありがとう!食器洗いは任せとけ!」

「アンタ本当に師匠ですか・・・」

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

「どうかしたの?わざわざ私(わたくし)の城まで来るなんて」

 

 ってな訳で、師匠が何故かパーティメンバーに会う事を頑(かたく)なに嫌がっていたので、ワタシが代わりにパーティメンバーの元まで出向く事に。……これで何とも無かったら、どうしてやりましょうか。

 

「姫さま、あの噂は耳にしましたか?」

「噂?」

 

 姫さまは、視線を数秒程宙に彷徨(さまよ)わせてから答えた。

 

「生憎、私の耳には何も入ってきていないわよ」

 

 当たり前だ。その噂はワタシがこの瞬間に初めて流すのだから。

 

「風の噂故、どこから流れてきたのかは分かりませんが──師匠が、生きているかも知れない。と」

 

 この国で二番目に権力のある姫さまに嘘を吐く事は抵抗があるが、仕方無い。師匠が生きているのは本当なんだし、ギリギリセーフですよね。

  ワタシの言葉を聞いてから、姫さまに劇的な変化があった。表情が柔らかな笑顔から一転無表情に変わり、ワタシに詰め寄ってきた。

 

「それは本当かしら……?」

 

 ワタシの視界いっぱいに映る鋭い眼光。そこに、国民から慕われる温厚柔和な姫の姿は無かった。

 

「お、落ち着いて下さい。あくまで噂ですから」

 

 それもそうね、と姫さまはあっさりとワタシから離れた。流石は姫さま。ちょっとやそっとの事では平静は揺るがないらしい。

  なんだ、やっぱり師匠の勘違いじゃないですか。安心したワタシは、世間話程度の感覚で姫さまに問うた。

 

「もし師匠が生きてたら、姫さまはどうしますか?」

「そうね……」

 

 オチとして姫さまの可愛い一言を頂戴から帰るとしましょう。それで、師匠を連れて来て死にものぐるいで土下座させましょう。

 

「二度と離さないわ」

 

 あらあら、やっぱり姫さまは純情ですねーー・・・純情?純情……純情ですね。

 

「二度と離さない?」

 

 少々引っかかるが、ワタシは言葉を反芻して自分に納得させた。うん。姫さまはどこも可笑しくなかった。帰ろう。

  姫さまに別れの挨拶をして立ち去ろうとしたワタシに、聞き捨てならない言葉が続いた。

 

「だって、私が目を離したから勇者様はこんなに危険な目に遭ったのでしょう?そしたら、もう二度とこんな事態にならない為にも私が一生側にいて支えないといけませんわ。いつでもどこでも、勇者様が危険に晒されないように……私のお城でずぅーっと」

 

 因(ちな)みに勇者様とは、師匠の事です。師匠は勇者です。師匠が勇者になったのか、勇者だった師匠がワタシを弟子に取ってくれたのかは分かりませんが、兎に角師匠は師匠であり勇者だったのです。──って、そんな事より。

 

「け、結婚するって事ですか?」

 

 生涯の伴侶として、側に居るという事だろうか。お城で二人、笑顔で過ごすという事だろうか。それだったら納得出来ます。一途な姫さまとして納得出来ます。

  しかし、姫さまはワタシを更に混乱させる言葉を放ちました。

 

「あらもう、何言ってるのよ」

 

 頬を染め、恥ずかしがる姫さま。

  え?もしかして、結婚せずともずっと側に居るつもりだったんですか?

 

「私と勇者様は、既に結婚してるじゃないの」

「は……?」

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

「〜〜〜〜〜師匠ぉ!!」

 

 ガチャ、バンッ!と自宅のドアを力強く開き、怒りに任せて閉じる。師匠との稽古によって鍛えられたワタシの力でドアやら壁やらが軋んだが、そんな事は気にしてられません。

 

「おう、おかえり。どうだった?」

 

 奥から師匠が顔を出しました。緊張感も何も無いその腑抜けた顔に、師匠直伝の翔び膝蹴りをお見舞いする。『跳』でも『飛』でもなく『翔』という漢字を使っている事から分かるように、この技は文字通り翔ぶ。コツは、跳躍と同時に両腕を後ろに振り抜く事。短距離走のフィニッシュのような格好で空を駆け、対象にそのまま膝蹴りを食らわせる──そんな技だ。

  ワタシの渾身の一撃は、師匠にいなされて呆気なく防がれてしまいましたが。

 

「あっぶねぇなお前……。いきなり何すんだよ」

「姫さまと結婚してるってどういう事ですか!見損ないましたよ!ワタシにも白さんにも散々フリーって言ってた癖に!!」

「え、ちょ、何の話だよ。理解が追い付かないんだが」

「この期に及んでシラを切るつもりですか!?最低ですよ!」

「落ち着け落ち着け!拳を下ろそう?な?幾ら師匠でも胸倉掴まれてたら流石に避けらんないって!待って!本当に待って!ぎゃああああああああああああああああああああ!!」

 

閑話休題。 

 

「──え、本当に結婚はしてない?」

「本当だ。第一、魔王を倒しに行くのにうかうか結婚してられるかよ。あれは姫さんの妄言だ」

「確かに、方や一国のお姫様。方や国を存亡を背負った勇者様ですもんね。戦いを前にそんな現(うつつ)を抜かしてられませんもんね」

 

 涙ながらという訳ではないけど、必死に語る師匠の説明に納得してきたので、師匠への攻撃を止めました。

 

「加えて、オレは国に帰って来てから姫さんには会っていない。理解してくれたか?」

「はははは、早とちりでしたね。すみませんでした。では気を取り直して、次は白さんの所に行って来ます!」

 

 とても良い笑顔でさり気なく家から飛び出そうとしたが、師匠に肩を掴まれて止められる。

 

「おい、逃げるな。師匠の顔を見てみろ。誰かさんのせいでボコボコだぞ」

「血も滴るいい男って言うじゃないですか」

「聞いた事ねぇよそんな言葉。てかオレの場合、滴るんじゃなくて痣になってんだよ。腫れ上がってんだよ」

「大丈夫です。この物語のジャンルはギャグなので、ワタシと数分話していれば師匠の怪我は跡形も無くなってますよ」

「滅多(メタ)な事言うんじゃねぇよ……」

「それにしても、姫さまがまさかあんな風になっていたなんて」

 

 ワタシが溜め息を吐くと、まるで追い打ちをかけるように師匠が続けました。

 

「実を言うとな、姫さんがあんな調子なのは今に始まった事じゃねぇんだよ」

「だから、会いたくなかったんですか?」

「まあな。野宿中、お前と白ちゃんが寝静まってる時に何度寝込みを襲われそうになった事か……。姫さんは魔法も使えないし、剣術に長けている訳でも無いのに、腕力だけだったらなぜか俺よりも強いからな。抵抗出来ねぇんだよ」

 

 絶対姫さんはステ振り間違えてる、とぼやく師匠を他所に、ワタシは考えた。師匠が恐れている事が真実だとしたら、ワタシはとても危ない役を任されているのではないですか……?

  白魔術師(白さん)は正常だと良いなぁ。






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