卒業
あの決闘の日から約半年が経過し、高校卒業の日。
あれから白鳥彩羽と一度も会っていなかった。
白鳥彩羽と会っていなかったと言っても、死別したわけでもどちらかが引っ越したわけでもない。
ましてや喧嘩したわけでも。
単純に会えていない、それだけだ。
その理由としては受験に色波博士の研究所でのバイト、さらにはイクシード研究所でもバイトを続けることとなり、俺が自由に使える時間が極端に減ったことが挙げられる。
また、白鳥彩羽の事情は知らないが、イクシード研究所を辞めて接点がなくなったことも理由に挙げられるだろう。
そのことは透矢さんから聞いた。
結局、あの世界を混乱に陥れたモノクロ化の原因が特定されることはなく公表もされなかったため、透矢さんは今もイクシード研究所で働いている。
一方で、モノクロ化を解決したのは色波親子ということになっている。
透矢さんが引き起こしたことだとは公表できないので、俺達が解決したというのもおかしな話ではあるからだ。
その点、色波博士ならば流石の一言で片付けられるわけであるし、透矢さんの創り出したナノマシンを生み出す機械『セル』を世に出す好機でもあった。
『セル』を使ってモノクロ化を解決したことにすることによって、良いイメージで実用化に踏み切ることができる。
そう判断してのことだった。
実際『セル』が発表されて以降、連日治療希望者が訪れ、様々な病気の治療に役立っている。
その勢いは十二年前の色波博士を越えるほどだ。
俺も今まで全色盲のままだった右目を治療してもらった。ついに両目で色を見ることができるようになったわけだ。
だけど、どれだけ功績を上げたところで、モノクロ化が出した被害がなくなるわけではないし、その罪が消えることはない。
それは透矢さん自身が一番よくわかっているのだろう。自身が脚光を浴びることに本当に申し訳なさそうにしていた。
だけど、その罪が消えることはなくとも赦されることはあってもいいんじゃないかって、そう思っている。
だってさ、人を救ったという功も消えることはないんだから。
ただ、この一件で人口増加の問題が表面化するまで加速させることにもなってしまう。
一時は透矢さんに批判的な意見があったほどだ。お前のせいで俺たちの食べるものがなくなるとかなんとか。
国連が解決に乗り出すことによって次第に落ち着いていったが、問題が解決するまでこの手の批判はなくなることはないだろう。
それでも、透矢さんが一人で問題を背負う必要はなくなった。
国連はもちろん、色波博士の研究所と透矢さんのイクシード研究所が提携して問題に当たることになったのだ。
発表は来月に行われる予定だが、色波博士と透矢さん、両方と繋がっている俺だからこそ知り得た情報である。
とまあ、多少見栄ははったが、バイトという立場は変わらないものの、俺もプロジェクトに参加することになっているため先駆けて教えてもらえたのだ。
余談ではあるが、モノクロ化解決の発表に当たり、俺や美空さんの存在はふせられ、懸念されていたようなことは起こらなかった。
未成年の高校生だということで、色波親子が気を利かせてくれた形だ。
美空さんは少し残念に感じていたようだし、学校側も文句を言ってきていたが、これで良かったのだと俺は思う。
意識を現実に引き戻すと、卒業式は既に終盤に入っていた。
壇上では陽介の後継として、新生徒会長となった紫垣さんが送辞を読んでいる。
この後は卒業生代表として陽介が答辞を読み、退場して終わりだ。
長かったような、けれど短かったような高校生活。
そんな高校生活に別れを告げるのに寂しい気持ちはある。
けれど、大学生活に向けたワクワク感のほうが強い。
ぶっちゃけた話、卒業生の九割近くが地元の金代大学に進むわけで、この金庭高校と併せてすぐに遊びに行ける距離なのだ。
そもそも特に仲が良い陽介は同じ天見大学に進学。同じく仲の良いリンちゃんは金代大学に進学だが、陽介と付き合っており、いつでも連絡が取れる状況にある。
休日には二人でよくデートをしているらしいし、たまに俺も混ざって遊ぶこともある。大学に入ってもそれは変わることはないだろう。
もちろん高校にいたときよりかは会う頻度は減るだろうけど、全く会うことはないと確信しているので、別れの寂しさというものは全くない。
つまり俺が感じている寂しさというのは愛着を持って使っていた物を捨てるときに感じるような、そんな寂しさなのだ。
ほら、長く使っていた教室との別れは寂しい、みたいな。
『これより卒業生が退場します。皆様、拍手でお送り下さい』
長い長い卒業式が終わり、たくさんの拍手が鳴り響く中、退場の音楽と共に卒業生が退場していく。
俺もそれに習い、会場となっていた体育館から出ていく。
これで高校生活のすべてが終わり、あとは帰るなり写真を撮るなり自由に行動できる。
寂しさは全くないとはいえ、やはりいろいろとお世話になった紫垣さんには挨拶をしておくべきだろうということで、校庭に残ることにする。
しばらく辺りを見渡しながら歩き回っていると、陽介に突っかかっている紫垣さんの姿が見えた。
二人は俺のことに気がつくと、陽介の方が手を降って合図を送ってきた。
「おう、明人。卒業おめでとう」
「黒沢先輩、ご卒業おめでとうございます」
「陽介こそ、卒業おめでとう。それと紫垣さん、今までありがとうございました」
挨拶を交わしながら、会話の輪に加わる。
「それで二人はなんで卒業式の日まで言い合いをしてたんだ?」
俺の質問に、よくぞ聞いてくれたしたという表情で、紫垣さんが熱弁してくる。
「黒沢先輩聞いてくださいよ。赤木元会長が変なヘマするなよとか、そんなことばかり言って感謝の言葉一つないんですよ」
「だってそうだろう。俺が会長職退いたあとも度々助け求めに来てたじゃないか。それでどうして感謝しなきゃいけないんだよ」
「確かにそうかもしれないですけど、最後くらい感謝の言葉を言ってくれたっていいじゃないですか」
陽介と紫垣さんの睨み合いに、クスッと笑みが漏れる。
何か、卒業式でもいつも通りだな。
「二人とも落ち着いて。陽介はきっと、これで最後だなんて思ってないんだ。どうせ暇になったら遊びに来るつもりだったんだよ。だろ?」
「うっ……」
俺の指摘に陽介は少しバツが悪そうにそっぽを向く。
陽介は大事なところでは礼儀を欠かさない。
なのにいつもどおりの振る舞いをしているということは、これで最後ではないってことだ。
「そ、そうだったんですか。あの、ありがとうございます」
紫垣さんが照れて妙に空気が重くなる。
あれぇ? いつもなら紫垣さんが陽介をおちょくるようなことを言って、また場が騒がしくなるはずだったのに……。
「それでお二人は天見大学に進学するんでしたよね?」
「あ、ああ、学部は違うけどな」
陽介もいつもと違う紫垣さんに戸惑いを隠せないようだった。
「私も、たまに遊びに行ってもいいですか?」
その言葉に、俺と陽介は顔を見合わせる。
紫垣さんは俺達の卒業に寂しさを感じてくれているのだ。
だけど、そんな必要はない。そう伝えるために俺達は互いに頷き合うと、同じ答えを返した。
「「駄目だな!」」
俺達の返答に肩を落とす紫垣さん。
その目尻には涙が浮かんでいる。
少し悪いことをしたかなと思いつつも、続きの言葉を告げる。
「たまにじゃ足りない。もっと遊びに来いよ」
「そうそう。陽介なんて別の大学に進学する彼女にまで遊びに来いって言ってるんだ。高校生ならオープンキャンパスの一環になるし、決して無駄になることはないと思う。だから一緒に陽介を懲らしめてやろうぜ」
俺達の言葉に、感局極まったように瞳をうるませ、けれどそれを悟られたくないのか、無駄に声を張り上げて言った。
「……い、いいですよ! わかりました! 赤木元会長が困るくらい遊びに行ってあげますから、覚悟してください!」
強がる紫垣さんを見て、俺と陽介は思わず微笑んでいた。
「まあ、生徒会をおろそかにしない程度にな」
「それくらいわかってますっ! だから休日だけ、週に一日くらいですね」
「おまっ! それ完全に俺達のデートの邪魔しに来るつもりだろ!」
「いえいえ、黒沢先輩と赤木元会長のデートなら邪魔はしませんよ。むしろ応援させていただきます」
「じゃあ彼女とのデートは?」
「あ、それは全力で邪魔させていただきます。赤木元会長に一番お似合いなのは黒沢先輩ですから」
なんて可哀想な俺と陽介。
というか、今の言い方だと。
「えっ、なら俺もデートの邪魔をされたりするのか?」
「いえ、黒沢先輩にはそんなことしませんよ。それにそんなことしなくても、黒沢先輩の一番は赤木元会長でしょう?」
いや、でしょうと言われても。
なんで俺の一番は陽介みたいな言い方されてるんだろう。
あ、今彼女いないどころか好きな女の子と会うことすらできてない状態だからか。
……なんか泣けてくるんですけど。
白鳥彩羽と会えないことに軽く落ち込んでいると。
「あっ、陽介……さん」
リンちゃんが最悪と言っていいタイミングで陽介のことを見つけてしまったらしい。
卒業証書を手に持ちながら嬉しそうに駆けてくるリンちゃんの姿は可愛らしかったが、横にいる紫垣さんはリンちゃんに厳しい視線を向けていた。
「ほう、出ましたね。赤木元会長の彼女さん。確かに可愛いと思いますが、黒沢先輩には敵わない」
いや、やめてくんない。俺がリンちゃんより可愛いみたいに言うの。
「陽介さん、卒業おめでとうございます。大学は別々ですけど、絶対に遊びに行きますから」
「ああ、俺も遊びに行くし、休日にはデートしような」
「はい。楽しみにしてますね」
当のリンちゃんは紫垣さんには気が付かず、陽介と甘ったるい会話を繰り広げていた。
というか、リンちゃん俺のことにも気がついてないっぽいぞ。
完全に二人の世界に入っている陽介とリンちゃんの姿を見て、俺と紫垣さんの気持ちは完全に一致した。
俺は紫垣さんと目配せをすると。
「おらー! 陽介ー! 彼女のいない俺への当てつけか!」
「赤木元会長の隣に相応しいのは黒沢先輩でしょー!」
互いに叫び声を上げながら、二人のもとに突撃していった。
「お、お前ら邪魔すんなよ!」
「ふ、二人とも、どうしたんですか……?」
陽介が文句を言い、リンちゃんは戸惑いの声を上げる。
「全く、この幸せ者め!」
「赤木元会長と黒沢先輩の邪魔をする緑河先輩にはこうです!」
俺は陽介の髪をわしゃわしゃと乱暴に撫でたり、紫垣さんはリンちゃんの脇腹を突きまくっていた。
この後二人から反撃を食らったりと、四人でじゃれあいながら、高校生活最後の日が過ぎていった。
きっと、大学生になっても、こんな風にみんなで馬鹿騒ぎをしていくのだろう。
そう考えると、白鳥彩羽と会えない寂しさを、少しだけ忘れさせてくれた。
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