決着後
動けない透矢に代わり、白鳥彩羽がモノクロ化の機械を止める作業を行っている。
その姿を見ていると、今更ながらに色波博士が勝利条件を変えた理由に思い当たった。
最初の勝利条件はモノクロ化の機械を止めることにあったわけだが、機械の操作を出来るのが白鳥彩羽しかいないことに気が付いたのだ。
つまり、透矢側からすれば白鳥彩羽一人に注視しているだけで良く、今回のように同数での対決では圧倒的に不利だったというわけだ。
しかし、色波博士が勝利条件を透矢を倒すこととしたため、透矢を倒すのは誰にでもできるということから、マークが分散された。
大ピンチのところを助けてもらったことや、交渉で色波博士自身の参加を認めさせたことと併せて、色波博士にはたくさん救われた。
今度、何かお礼をしなくちゃな。
そんなことを考えながら、あたりを見渡す。
この決闘のMVPであろう色波博士は陽介と談笑しており、美空さんも白鳥彩羽の作業を眺めている。
黄賀は他の研究員二人と話し合いを行っていて、何もしていないのは俺と透矢くらいのものだった。
俺が座り込んでみんなの様子を眺めていると、横にいた透矢が話しかけてくる。
「明人君は決闘に勝ったわけだけれど、僕を警察に突き出すのかい?」
その問いを、俺は一笑に付した。
「はあ? 警察に突き出すつもりなら、こんな決闘なんかやってねえよ」
「また何か企むかもしれないのにいいのかい?」
「俺は別に透矢の企みを潰してやろうと思って決闘を挑んだわけじゃない。だから勝手に企んでろって感じだな」
そう言ってから、これだけでは言葉足らずな気がして、それに、と付け加える。
「色波博士が放っておかねえから俺の仕事はもうねえってことだ」
俺の言葉に透矢は笑った。
「確かにね。それがわかっていたからこそ、父の参戦を認めたんだ。僕のもとに入るかはどうでもよくて、父に邪魔をされたくなかった」
そう語る透矢の横顔は晴々としていた。
肩の荷が下りたって感じだ。
「なあ、透矢。一つ聞いていいか?」
「ふむ。内容によるね」
「いーちゃんがモノクロ化はもういいって言ったときに、どうしてモノクロ化をやめなかったんだ? あれはいーちゃんの発案だろ? その時にやめていれば決闘なんてやらずに済んだのに」
「なんだ。そんなことか」
透矢は軽い口調でそう言った。
「僕らの努力を水の泡にしたくないというのもあったけれど、あそこでモノクロ化をやめていたら彩羽君に罪悪感を感じさせてしまっていただろう。モノクロ化を引き起こしたのは自分の我が侭であると。だが、僕がモノクロ化を計画の一部とする事で、その罪悪感を清算する機会が与えられると、そう思ったんだ」
……すごく立派な理由だ。
しかも、その理由を白鳥彩羽に話していないところが憎い。
透矢は白鳥彩羽を気遣っていたのだ。俺と違って。
「……なんか、透矢に負けた気分がする……」
「そう思うなら彩羽君を止めてくれないか?」
「それは無理」
俺の即答を受けて、透矢はだろうねと呟いた。
「十二年前、色が見えるようになった時の君の姿や、トラウマを必死に克服しようとしていた君の姿、義眼を隠しはしても決して義眼にしたことを後悔しなかった君の姿を見ていたら、君がどれだけ色のある世界を大切に思っていたのが良くわかる」
「な、なんでそれを知ってるんだよ!」
「十二年前は父の研究所で働いていたし、一年以上前から君に目をつけていたからね」
「このストーカーめ……」
「それは彩羽君のマネかい?」
「いや、本心から思ってるよ」
そう言って、互いに笑い合う。
わりと冗談ではなく本心を言い合っているのだが、不思議と険悪な雰囲気にはならない。
なんと言えばいいのだろうか、喧嘩の後の爽快感というのか、清々しい気持ちで満たされているのだ。
「あ、そうだ。透矢、これは知っていたか? 色を取り戻したかった理由、実はあと二つあるんだよ」
「それは初耳だ」
透矢は軽い驚きを含ませながら、その理由の内容を聞いてくる。
透矢の情報収集能力は高く、俺のことをほぼ知られてしまっているようだが、これは知らなかったらしい。
子供っぽいことは自覚しているが、透矢に一矢報いたことに得意げになる。
「一つは八つ当たり。モノクロ化で混乱に陥った皆を落ち着けるためのイベントで、腹立つことがあってさ。陽介達にその怒りを向けるのもなんだから、このモノクロ化を起こした奴らにぶつけてやろうと思ったわけさ」
あのイベントで、左眼に集まる奇異の視線を克服できたのだから悪いことばかりではなかったけれど、それでもあの辱めは未だ脳裏に焼き付いている。
もはやトラウマものだ。
まあ、その怒りは途中で霧散してしまい今は何とも思っていないのだが、理由の一つであったことは確かだ。
「……八つ当たりか。酷い話だ」
「……自分でもそう思う。けどさ、それを発端にここまで来たんだから、凄いと思わないか?」
「けど、それだけではないのだろう? ならば別に凄いとは思わないね」
「そこはお世辞でも凄いって言っとけよ」
けれど、別に褒めてもらうことを期待したわけではなかったので、そのまま二つ目の説明に入る。
「ニつ目は別に、なんてことはない。俺がこの左眼を克服してから、色のある世界を見たことがないんだよ。だから見たい。それだけ」
別に色のある世界を見たことがないとか、そんなことはなくて、ただ単純に気持ちの、あるいは気分の問題。
それを理解してくれる人がどれだけいるのかはわからないが、俺にはとても大切な問題だ。
「確かに、なんてことはない。……けれど、明人君らしい」
透矢は手を頭の後ろで組んで、背中を壁に預けた。
そして天井を見上げながら。
「なんだか、今の明人君は昔の父と雰囲気が似ているね。やっばり、明人君をスカウトできなかったのは痛かった」
そんな言葉を漏らした。
一応、俺は今もイクシード研究所の一員ということになっているのだが、透矢が言っているのはそういうことではないのだろう。
他の研究員達と同じように、同じ目標を持って機械を創っていきたい。
透矢は今、黒沢明人という人間を『イクシード研究所の研究員』にできなかったことを悔やんでいるのだ。
これはきっと俺自身を、俺の性格や能力、俺が持っているものを把握した上で言ってくれている。
そこに義眼でオッドアイだからとか色波博士のところで働いているからといったバイアスはかかっていない。
だったら俺は――
「透矢」
「なんだい?」
きょとんとする透矢に向かって、手を差し伸べた。
「次の企画が出来たら、俺にも手伝わせて欲しい。色波博士の所でのバイトや学校があるから、毎日や長時間は無理だけれど。透矢が俺を必要としてくれるなら、協力させてくれ」
目を丸くして差し出された手を見つめる透矢。
そして段々と言葉の意味が呑み込めたのだろう、目を見開いて俺の顔を見つめてきた。
「それは、ありがたい申し出だけれど……」
本当に良いのかと、目で問いかけられる。
透矢の認識では、俺がイクシード研究所で働いていたのはモノクロ化を何とかするためであり、もう働く意味はないと考えているのだろう。
実際、その認識は間違っていなかった。
けれど、本気で俺をスカウトしたいと思ってくれたのなら話は別で、今の透矢の元でなら働いても良いと思ったのだ。
「色々と雇用形態を変えてもらう必要もあるし、透矢が構わないというのならだけどな」
受験もあるし、色波博士の研究所のバイトだってある。
今までと比べて、イクシード研究所で働ける時間が圧倒的に少なくなることは間違いない。
それなのに働かせろというのは違うと思うし、断られても文句は言えない。むしろ断られて当たり前だとさえ思う。
でも、その上でなお、透矢が俺をスカウトしたいと言ってくれるなら、俺はそれに応えるだけだ。
「それでも、明人君が手伝ってくれるなら心強い。雇用形態に関しても、無理のない範囲ということにはなるだろうが、何とかしよう」
そう言って、透矢は俺の差し出した手を取り立ち上がった。
互いに右肩を痛めているので、左手での握手である。
「改めて。イクシード研究所は黒沢明人君、貴方をスカウトします。受けてくれますか?」
畏まった口調はイクシード研究所としてのトップとしての言葉だ。
だったら俺も、この場に相応しい口調で答えるべきだろう。
「はい。これからよろしくお願いします。透矢さん」
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