最終決戦 後編
「はぁ……はぁ……はぁ……!」
肩で息をしながら、透矢を睨みつける。
「もういいだろう? 諦めたらどうだい?」
初めて、透矢が攻撃を躊躇した。
チャンスだ。立ち上がれ。
俺は体に力を込めて立ち上がろうとするがうまく行かない。
「あっくん!」
俺の名前が呼ばれた時には、白鳥さんが俺の手を自らの手で包み込んでいた。
いつの間に白鳥さんが来ていたのか。全く気づかなかった。
「いーちゃん……? どうしてここに? 色波博士は?」
「色波博士なら大丈夫です。一人でなんとか持ちこたえてくれてます」
見れば色波博士はエアガンを投げ捨て、無手で敵と組み合っていた。
ついでに陽介を見ると、相変わらず一進一退の攻防を続けていて決着が見えない。
「結局、俺が左目のコンプレックスを克服しきれなかったことが駄目だったんだろうな。その前に髪を切っておけば死角が出来ることもなかった……」
「そんなのただの結果論です。気にする必要はありません」
「わかってる。気にしないほうが良いって。けど、思っちゃうんだよ。もし、死角ができるようなことがなければ、もっと何とかなっていたんじゃないかって」
実際、まともに攻撃を食らったのが死角が出来てからだ。
それ以前は押されてはいたものの、対処はできていた。
「けどまあ、弱音ばっかり言ってられないよな」
俺は足に力を込めて立ち上がろうと試みる。
けれど、立ち上がれない。立ち上がることが出来ない。
膝に何か重りでも入っているんじゃないかってくらい、地面に吸い付いて離れない。
警棒を地面に押し付け杖代わりにして、ようやく立つことが出来た。
膝は震え、警棒を離せばすぐにこけてしまいそうなくらい不安定だが、立てた。
けれど、ここから透矢に勝てるビジョンが浮かばない。
勝ち目がないのではないかと、心が折れそうになる。
「はぁ~……」
大きく息を吐きだしながら目を瞑って、十二年前のことを思い出す。
あの時、いーちゃんが勇気をくれた、あの夢のことを。
自分を奮い立たせるために。
あの時、いーちゃんはなんて言ったのだったか。そう確か――
「あっくんなら、大丈夫だよ」
そうだ。そんな単純な言葉だった。
たったそれだけの言葉で不安が大きく和らいだのだ。
けれど、不安が心の片隅に残っていて。
いーちゃんはその不安を見抜いていたのだろう。
おまじないだと言って頬にキスをしてくれて、それで完全に不安が消え去ったのだ。
今は――不安がないとは言えないけれど、それでも勇気は貰ったつもりだ。
だから――戦えるはず。
自分にそう言い聞かせ、目を開けると。
白鳥さんの顔がどんどん近づいてきていて、白鳥さんの唇が俺の唇に重ねられる。
キス。
そのことを認識した瞬間、不安も痛みも全部吹っ飛んだ。
脳が情報を処理しきれなくなったためだ。
たっぷり五秒ほどキスした後、ようやく白鳥さんが離れた。
「これはおまじないです。昔、母がよくやってくれました」
白鳥さんは頬を少し赤くしながらも、キスの意味を説明する。
その姿は自然と十二年前の光景と重なった。
白鳥さんはそれから祈るようなポーズを取りながら微笑む。
「あっくんが勝てますように……」
その純粋な想いは、俺にしっかりと届いた。
それで身体的な何かが変わるわけではないが、気力は漲っている。
「ああ、勝つさ」
痛みは体中に響いているが、それを感じさせないよう不敵に笑う。
「何せ、十二年前よりご利益があるおまじないをしてもらったんだからな」
俺の台詞に、白鳥さんは恥ずかしそうに顔を赤らめた。
それを横目で見つつ、警棒は透矢の方に向ける。
すると、透矢が明らかにテンションが落ちた状態で話しかけてきた。
「全く、時と場所を考えてもらいたいね。他の皆なんてやる気をなくして戦いをやめてしまってるよ」
透矢の指摘を受けて周りを見渡すと、陽介も黄賀も色波博士も青井さんも敵の一人も、戦闘をやめてこっちを見ていた。
色波博士だけは体力の限界で戦闘をやめたっぽいけれど、他のみんなはげんなりした表情だった。
こういう時、真っ先に突っかかってきそうな青井さんでさえこうなのだから、余程のことだと思う。
「この決闘は明人君と彩羽君がいちゃいちゃするためのものじゃなく、色のある世界を取り戻すための決闘だろう?」
俺からしてみればおまじないによって気力を回復できたので、ただいちゃいちゃしていたと取られるのは不本意なのだが。
それでも決闘に相応しくない行いだったことは素直に認める。
「そうだな――悪かったよ」
心の底から詫て、臨戦態勢を取る。
透矢もようやくかといった雰囲気で、警棒を構えた。
「けど、ここからは本気だ」
そう言うと同時に透矢に向って走り出す。
走った勢いを利用して、上段から警棒を振り下ろす。
透矢は咄嗟に警棒を差し出して来たので、その上から警棒を押し込む。
「ぐっ……。勢いをつけた分、明人君の方が勝っているか」
透矢は倒れ込みながら転がって、距離を取った。
そして今度は透矢が居合抜きの要領で警棒を横薙に振るう。
俺は倒れ込みながら警棒を躱し、後転しながら立ち上がって、すぐに反撃に出る。
透矢の顔めがけて警棒を振るう。
「なっ――!?」
透矢は反射的に顔を庇うような仕草を見せた。
警棒は寸止めにし、がら空きとなった腹に蹴りを入れる。
透矢は派手に地面を転がった。
とはいえ、透矢はまだ余裕で戦えるだろう。
しかし、追撃はかけない。
俺の方も痛みを感じているため、無理はできないからだ。
「……なるほど。僕の覚悟は甘かった。未来の仲間を必要以上に傷つけないようにしていたのは間違いだった」
透矢がゆらりと立ちあがった。
痛みは感じているはずだが、何事もなかったかのように立っている。
「全力で戦っていたけれど、本気で戦っていたわけじゃなかった」
透矢が俺を見据える。
その眼光は今までに増して鋭かった。
「すまないね、明人君。僕は明人君の覚悟に本気で応えることを誓うよ」
透矢は警棒を構える。
さっきまでのテンションが下がっていた透矢はおらず、全力で俺を叩き潰そうとしている透矢が目の前にいた。
「これで最後だ。俺の全てを絞り出して、透矢に勝つ!」
「やってみろ!」
両者が同時に動く。
攻撃をしては防御、防御をしては攻撃。
俺と透矢の攻防は目まぐるしく攻守が入れ替わる。
一通りの攻防を終え、動きを止めて睨み合う。
「動きが良くなってるね? まだ力を隠していたのかい?」
「違うね。俺の身体は既にボロボロさ。力を隠す余裕なんてないよ!」
俺は上から打ち込み、透矢の拳を避け、蹴りを繰り出し、透矢の警棒を受け止める。
透矢は警棒で攻撃を受け止め、空いた左手で殴りかかり、蹴りを下がって避けて、警棒を振るう。
「なら何故だ!」
鍔迫り合いになるのを嫌ったのか、透矢は俺から距離を取りながら叫んだ。
「何故、動きが良くなるんだ!」
「それは錯覚だよ。動きが良くなっているように見えるだけ。実際は動きのバリエーションが増えただけさ!」
俺は透矢に追撃をかける。
透矢がやっていたような猛攻の数々。
「……! 僕の動きを模倣したのか!」
「正解だ!」
俺は居合抜きのように警棒を振るう。
警棒は確かに透矢の脇腹を捉えたが、ダメージ覚悟で透矢も警棒を振るっていて、俺の右肩を捉えていた。
「がっ!」
「ぐっ!」
俺は右肩を抑え、透矢は脇腹を抑えている。
ダメージ量は同じくらいに見えるが、攻撃された部位がまずかった。
警棒を持つ側の肩をやられたのはいたい。
「次で最後だね」
「だろうな。お互いにボロボロだ」
俺は両手で正面に警棒を構え、透矢は――鞘はないが――居合抜きのポーズで構える。
誰かの息を呑む音が聞こえる。
頬に汗が伝う。
感覚が研ぎ澄まされる。
かちゃ。
恐らく色波博士が持つエアガンだろう。
それが何かにあたったのか、音が鳴った瞬間、俺と透矢は動き出していた。
攻撃は俺の方が速い。
というよりかは先に打たせてもらった印象がある。
両手で振り降ろした警棒は透矢の右肩を直撃し――威力不足で倒すまでには至らなかった。
「残念! あと一歩足りなかったようだね!」
透矢の居合抜きは、攻撃を放った直後で無防備な俺の身体を捉えている。
右肩の痛みからか速さはないが、避けることは……無理そうだ。
来たる衝撃を少しでも和らげようと、左に跳んだ刹那。
パンッ!
と、左方向から銃声が響いた。
銃声が鳴った方を見ると、銃を構えた白鳥さんの姿があった。
恐らく俺が透矢と戦っている間に弾を回収し、エアガンを色波博士から借り受けたのだろう。
エアガンから放たれた弾丸は俺が認識する間もなく、前髪につけていたヘアピンが弾き、透矢の肩に命中した。
「ぐぬっ……!」
先程の俺が攻撃したところに当たったようで、激しい痛みに襲われたのだろう。
ヘアピンに弾かれたことで速度や威力は落ちてたと思うのだが、奇跡的な位置に当たった。
透矢の手から警棒が離れ、俺への攻撃は空振りに終わった。
これを狙ってやったのだとしたら凄かったが、バランスを崩してたたらを踏んでいる白鳥さんを見る限り、単純に撃った時の衝撃で弾道がズレただけのようだ。
それでも、小さなヘアピンに当てて跳弾させ、それを透矢の肩に当てるという神業をやってのけたのは事実だ。
もしかして、おまじないのご利益なのだろうか?
そんなことを考えながら、警棒を捨て、足に力を込める。
警棒が地面に落ちると同時に、俺は透矢に抱きつくようにタックルをしていた。
腰にしがみつき、全体重を透矢に乗せる。
透矢は俺を支えきれず、後ろに倒れた。
そのまま重力を利用して、床に叩きつける。
ダンッ! と大きな音が響いたあと、透矢が苦悶の声を上げた。
俺は体を起こして馬乗りになり、拳を構えて問う。
「どうする? 続けるか?」
透矢は熟考するように数秒黙り込み。
「いや。まいった……降参だ……」
悔しさを滲ませた声で、負けを認めた。
今度は誰も何も言わない。両者合意の決着。
この瞬間、俺達の勝ちが決まった。
疲労が全身を覆い、倒れたくなる気持ちを抑え、小さくガッツポーズを取った。
あとで第三者として戦いを見ていた青井さんから話を聞くと、決着が着いたのは十六時五十五分のことだったらしい。
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