最終決戦 前編

 チャリーン!



 コインが落ちたその瞬間、透矢を除く相手三人が俺に向かって突っ込んできた。

 速攻で大将を倒す、それが奴らの作戦か。

 向かってくる三人を見ながらも、俺は非常に冷静だった。


 何故なら、俺には頼れる仲間がいるからだ。

 まず、色波博士がエアガンで三人の動きを鈍くした。

 その隙に白鳥さんが一人に飛び掛かり、一対一での戦いを始める。


 相手は一度戦ったことのある奴で、しかも今回は一対一という状況が確立されている。

 となれば白鳥さんの方は勝利は確実だろう。


 次に黄賀の相手を陽介が務める。

 先の戦いでは相討ちという結果に終わっているため、実力は拮抗していると考えられる。

 恐らく時間制限内に決着がつくかどうかも怪しい。


 最後に残った一人を色波博士が相手をしてくれている。

 色波博士の特殊エアガンは銃弾数に限りがあるため、かなり不利な状態だ。

 とはいえ逆に考えれば、銃弾を使い切るまでは別に不利でもなんでもなく、互角の実力と言えるだろう。


 そして俺はというと――大将同士、透矢と警棒を構えて相対していた。


「かかってこないのかい?」

「ああ。今はまだ、な」


 黄賀達と陽介達との戦いと比べて、派手さも激しさもなかったが、慎重さだけはあった。

 大将同士が相対する。それはつまり、俺達の戦いだけで全てが決する可能性があるということ。


 迂闊に飛び込んでやられたら目も当てられない。

 俺は透矢を視界に入れながらも、他の戦いの様子を見る。

 白鳥さんは押しており、陽介は完全な拮抗状態、色波博士は上手く銃弾を節約して戦局を膠着させているようだ。


「ふむ。他のところは総合的に見て互角というところか」


 透矢も他の戦いの方へ視線を移していた。

 恐らく俺を視界に収めてはいるのだろうし、俺が突っ込めばキッチリ対応してくるのだろう。

 しかし完全に警戒されているよりかは幾分マシだと、俺は警棒を構えて突撃した。


 やはりと言うべきか、透矢は俺の突撃に動揺することなく対処してくる。

 上段からの振り下ろしを受け止められたのだ。


「かかってこないんじゃなかったのかい?」

「今はまだ、と答えたはずだぜ」

「そうだったね!」


 透矢が警棒を押し込み、俺は後退して距離をとった。

 透矢との距離が開く。


「今度はこちらから行かせてもらうよ」


 透矢が体勢を低くして向かってきた。

 俺はさらに後退しながら、透矢の警棒に注視する。

 しかし透矢は警棒を使わず、空いていた左手で殴りかかってくる。


「このっ!」


 咄嗟に警棒を前に出し拳を受け止める。

 その衝撃が大きく、仰け反ってたたらを踏む。

 バランス崩したことにやばいと思ったが、透矢の方も警棒を直接殴ったことで左手にダメージがあったらしく、追撃はかけてこなかった。


「なかなかやるじゃないか?」

「そうみたいだな。俺の想像以上だ」


 今のところは互角の戦いができているが、俺の場合は青井さんに教えてもらった剣道の動きしかできない。

 時間をかければかけるほど、俺の方が不利になっていく。

 俺は一歩を踏み出そうとするが。


「くっ!」

「おりゃ!」


 俺と透矢の間を陽介と黄賀が通り過ぎていく。

 そこそこ広い部屋とはいえ、八人が一斉に戦っていてはこういうこともあるだろう。

 俺が二人に気を取られた隙に、透矢が再び向かってくる。


 今度は警棒で攻撃を仕掛けてきた。

 しっかりと警棒で防御し、鍔迫り合いに持ち込んだ。

 そこを近くで戦っていた色波博士のエアガンから放たれた銃弾に襲われる。


「うわっ!」


 互いに下がって、その間を銃弾が通過していった。


「ここ、かなり危なくないか……」


 俺がポツリと漏らした呟きは、誰にも聞かれることはなかった。

 けれど警戒心までは隠し通せなかったようだ。


 俺の動きが鈍いと見るやいなや、透矢が攻勢をかけてきた。

 激しく打ち込まれるところを、紙一重で躱し、警棒で受け流す。

 防戦一方だった。


「このバトルロワイヤル形式は明人君にとって不利な形式のようだねぇ!」

「――――ッ!」


 さらに激しさを増す透矢の攻撃は、剣道の動きや持ち前の反射神経で直撃こそ食らっていないが、次第に俺を押し込んでいった。

 どんどん後退していき、ドンッと背中に何かがぶつかった。

 最初は壁かと思ったが、どうやら違うようだ。


「なっ……」


 ぶつかったのは白鳥さんに追い詰められていた敵の一人だった。

 突然の事態に俺も敵の一人も動きを止めてしまう。


 その隙に前から俺を狙って透矢が、後ろから敵を狙って白鳥さんが向かってきていた。

 俺は敵の一人に視線が釘付けになっていたのだが。


「あっくん!」


 白鳥さんの叫び声で透矢がすくそこまで来ていたことに気づき、咄嗟に体を倒して避けた。

 この行動によって透矢の攻撃は空振りし、白鳥さんの攻撃は敵に直撃した。


 敵は苦しそうに脇腹を抑え、苦悶の表情を浮かべている。

 地面に蹲っていて、立ち上がれなさそうであった。


「これは戦闘続行不可能、ということでいいんだよな?」


 多くの人数が決闘に参加している割には中立に立つ審判がいないため、こういう時の判断に困る。

 まあ、その分敵味方双方からの同意で決められるため、後腐れはないわけだが。


「まあ、戦闘可能だと言いはることも出来るけれど、さすがにこれ以上慎二君に無理をさせるわけにはいかないか」


 透矢も戦闘不可能だということを認め、敵の一人――慎二とやらを壁に寄りかからせていた。


 これで一人脱落し、人数の上ではこちらが有利になった。

 しかし、人数が多ければ勝てるわけではない。あくまで有利になるだけだ。


「あっくん。手伝いましょうか?」

「……いや、いーちゃんは色波博士を手伝ってくれ。俺の方はまだ一対一でなんとかなりそうだし、先に色波博士の相手を倒してから三対一で戦いたい」


 勿論、二体一でも勝てる可能性はあるが、倒す前に色波博士が敗れて二対ニになるのはキツい。

 そうなるくらいなら俺の動きが通用する間に残りの敵を倒してもらって、三対一で戦う方が勝率は高いと考えた。

 陽介の方は決着がつきそうにないので、透矢を助けに来る人物はいなさそうだしな。


「わかりました。すぐに色波博士を連れて戻ってきます」


 白鳥さんはそう言いながら、色波博士の元へ走り去っていった。


「本当に行かせて良かったのかい?」

「ああ」

「やれやれ。僕も甘く見られたものだ」


 透矢は首を横に振ると、大きく息を吐きだした。

 その様子を見て身構える。


「今までは様子見を兼ねていて、全力ではなかったのだけどね!」


 透矢が振り降ろした警棒を受け止めるが、衝撃で腕が痺れた。

 俺に反撃をさせないつもりらしく、次々と打ち込んでくる。


 その一撃一撃が重く、全てを受け止めるには至らない。

 しかも動きが独特なため、タイミングが取りづらい。


「くっ……!」


 次第に攻撃がかすり始め、小さなダメージが蓄積していく。

 制限時間内に倒すこと以前の問題で、まずは倒されないようにするので精一杯だった。

 ならばと、一度距離を取ろうとしてもすぐに詰められる。


 どうにかこの状況を打開しようと模索するが、何も浮かんでは来なかった。

 当然のことながら、透矢は打開策が思い浮かぶまで待ってくれない。


「はあ!」


 透矢が突きを繰り出してきた。

 身体をひねって、かろうじて躱す。

 が、僅かにかすっていたようで前髪を止めていたピンが外れてしまった。

 前髪が降りて、左眼が隠されてしまう。おかげで左側がほとんど何も見えない。


 ただ、ピンの位置は確認出来ており、透矢の足元に転がっているのが見える。

 ピンを拾いに行きたいがそこを狙われて攻撃される可能性が高く、拾いに行かなければ死角になった左側から攻撃される可能性が高い。

 万事休すだ。


「全力の君を打ち負かせないのは残念だけれど、これも決闘のうちだ。恨まないでくれよ」


 さっきまで正面にいた透矢の姿が見えなくなる。

 俺は咄嗟に死角になっている左を見るが、透矢の姿はない。

 予想が外れ困惑する俺に、下から透矢のアッパーが炸裂した。


「死角が出来たからといって、死角を突いた攻撃をするとは限らないよ」


 透矢からの勝ち誇った言葉を聞きながら、膝から崩れ落ちる。

 懐に入り込んでの攻撃だったため警棒は使えなかったようだが、それでも大きなダメージだ。


 けれどまだ戦えるし、何よりこれはチャンスでもある。

 俺は前に倒れ込み、床に落ちていたピンをこっそりと右手に忍ばせた。


「これは戦闘不可能というやつではないのかな?」

「何を馬鹿なことを。俺はまだまだ戦えるぜ」


 俺は痛みをこらえながら、ゆっくりと立ち上がる。

「今の攻撃で俺を倒せないとは。透矢も身体能力はそこまで高くないようだな」

「言ってくれるね。これでも、体育の成績は良かったのだけど」


 透矢は再び猛攻を仕掛けてくる。

 全てを裁く体力は残っておらず、戦闘不可能になりそうな攻撃以外は全て受けた。

 打撲や打ち身で全身に痣が出来てるかもしれないな。


 そんなことを考えながら、臨戦態勢を取り続ける。

 そこには透矢に勝つんだという思いより、仲間が透矢を倒してくれるからそこまでは絶対に倒れないという思いのほうが強い。

 これは大将戦であり、透矢を倒すのは俺でなくとも良い。


 それこそ白鳥さんでも色波博士でも。

 良く言えば信頼、悪く言えば他人任せ。


「いい加減、倒れなよ」


 警棒の上から強く押し込まれ、俺は壁に激突する。

 背中に激痛が走り、膝をついてしまった。

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