改正

 俺達は黄賀を除いた五人でエレベーターに乗り、三階へと向かう。

 さすがに今度はエレベーターが止まることはなかった。


 一直線に、透矢の元へ。

 チン、と到着を告げる音が響く。

 扉が開くと、そこには透矢が仁王立ちをしている状態であった。

 黄賀の言う通り、俺達の行動は筒抜けだったわけだ。


「待っていたよ――明人君」


 そう言いながら、透矢は口元を歪めて笑みを浮かべる。

 その笑みを見て、透矢は俺達を反則者に仕立て上げるつもりだと分かった。


「さて、僕が何を言いたいかわかるね?」

「……ああ」


 当然、俺達の反則を指摘し、透矢の勝利でこの決闘を終わらせたいのだろう。

 だが、俺はもう、色波博士に自分の身柄を託したのだ。


「わかっているのなら言うまでもないことなんだろうけど、一応言っておくよ。君達はこの決闘でルール違反を犯した。君達のチームは三人だけだったにも関わらず、父と美空君と一緒に行動している。これは証拠として十分過ぎるだろう」


 透矢の言葉に、何も言い返せない。

 俺はチラリと色波博士の方を見る。

 すると、色波博士が数歩前に進んで俺の横に立った。


「透矢。お前はこんな勝ち方で良いのか?」

「父さん。良いも悪いもないさ。これがルールだ」


 まさしく取り付く島もないといった感じだ。

 しかし、色波博士は諦めることなく、透矢に話しかけ続ける。


「なるほど。だが、私は明人君達の味方をしたつもりは一切ない」

「けれど、明人君達をエレベーターの中から救ったのは事実だ。あれさえなければ、誰からも文句を言われない勝ちだった」

「そんな手に頼るとは、父として情けないな」


「説得が無理だから、煽りに来たのかい?」

「いや、本心だ。私の息子はそんな姑息な手段に頼るような弱い人間ではないと思っていたんだがな」


 色波博士と透矢の間に、激しい火花が散っているように見える。

 現在の戦況はやや透矢が押しているというところか。

 けれど、今まで交渉事なんてやったことがないはずの色波博士が透矢に食い下がっている。


 ……凄い。

 素直にそう思った。だが――


「父さん。あなたがどんなことを言おうとも、僕は結末を変えるつもりはない。この決闘は明人君達の反則負けだ」


 透矢は全く交渉に応じる気はないようである。

 それは仕方のないものなのかもしれない。

 勝ちが確定したのに、負けた側からチャンスをくれと慈悲を乞うてくるようなものなので、透矢が応じる気がないのはよく分かる。


「強情な……。なら、これならどうだろうか? 私は透矢がなぜ明人君をスカウトしたのか、その理由を知っている」


 ピクッと、透矢の眉が動いた。

 その後は黙りこくって何も言わない。

 口を開いたのは三十秒ほど後だった。


「……だから何かな? 別に隠すようなことでもない。父さんの研究所で見たり聞いたものを取り入れるためにスカウトをした。ただそれだけだ」

「そこじゃない。私が知っているのはその先、私の知識を使って何をしようとしていたかだ」


 今度は透矢はピクリとも表情を変えなかった。

 無表情。

 しかしそれはかえって動揺していると教えているようなものだ。


「図星だな。透矢、お前は昔から動揺した時は無表情になるからな」

「それは子供の頃の話だろう?」


 透矢は強がって誤魔化そうとしているみたいだが、色波博士は図星だと確信を持っているようだった。


「本当にそう思うかね?」


 透矢が苦々しく顔を歪める。

 透矢自身、色波博士を出し抜けないとわかっているからだろう。


「透矢。私にとって、お前は昔も今も大切な息子だと思っている。だからこそ、私のしてきたことの尻拭いを透矢にやらせるわけにはいかないのだ」


 一体何の話だろう……。

 話の内容は意味不明だが、透矢には効果覿面のようだった。

 透矢が数歩後ずさる。

 まるで色波博士に気圧されたような感じだ。


「だが、透矢にもここまで積み上げてきたものがあるのだろうし、それを私が壊してしまうのは忍びなく思う」

「おかしいな。まるで既に勝ったかのような口ぶりをするじゃないか」

「私が透矢の目的を知った以上、邪魔をする方法なんていくらでもあるんだ。この決闘に勝とうが負けようが、透矢の負けは確定している」


 透矢の表情が厳しいものになる。

 それはそうだ。

 透矢の側からすれば、負けが確定しているのならこの決闘は一体何なんだということになる。


 それに透矢の目的とは一体……? 世界征服ではなかったのだろうか?

 先程色波博士が言っていた尻拭いという言葉も気になる。


「本当に知っているのか疑わしいところだが、父さんのことだからきっと本当のことなのだろう」


 透矢は諦めたようにそう呟いた。

 そこにはある種、色波博士への尊敬のようなものを感じる。


「一番知られたくない人に知られたんだ。もう明人君達に隠す必要もないか……」


 そう言って、透矢は語りだす。これまでのこと全てを。

 その話を聞き終え、俺はなんとも言えない気持ちになる。

 確かに色波博士の名誉を守ろうとしたことは素晴らしいと思うし、その点については俺の目は節穴だったとしか言いようがないだろう。


 しかし、その解決法に人類を減らすだなんて発想が出てくるのはやはりおかしいと思うし、俺達が決闘を挑んだのも間違いでなかったと言い切れる。


 二つの感情が混ざり合い、透矢になんて声をかければいいのかわからなかった。

 陽介や白鳥さんも同じ気持ちなのだろう。

 誰もが口を閉ざし、言葉を探していた。

 だが、透矢に声をかける存在が一人。


「そういうことだったんだな」


 声の主は黄賀だった。

 エレベーターの扉に手をかけ、不敵に微笑んでいる。

 しかもその後ろには、二階を守っていた見張り二人がいた。

 縄で動けなくしていたのだが、黄賀に助けられたらしい。


「しまった! もう介抱を終わらせてきたのか!?」


 陽介が叫びながら、黄賀に向かって臨戦態勢を取った。

 まずいな。

 人の心や気持ちは読めても、その行動や行動にかかる時間までは読めない陽介の裏を書かれた形だ。

 たとえ色波博士の交渉が上手く行こうが、これで勝敗はわからくなった。


「どけよ」


 黄賀の低い声が陽介を威圧する。

 陽介が数歩下がり、黄賀は真っ直ぐ透矢の元へ向かった。


「透矢。まさか諦めたんじゃないだろうな?」

「星志君……」

「俺は黄賀グループの一人息子で、この場の誰よりも上の立場だと思っている。だが、俺は受けた恩を返さないほど恩知らずなやつじゃあない」


 黄賀は透矢の目の前で立ち止まると、拳を前に突き出した。


「透矢の負けが確定している? なら何故色波虹希はここにいる? 決まっているだろ。色波虹希の話には続きがあるんだ。ですよね? 色波虹希博士」


 振り返りながら問いかける黄賀の顔は、今まで見せていたどの顔とも違った。

 初めて見る顔だ。

 もしかするとこれが上流階級の顔なのかもしれない。


「……如何にも。私の話には続きがある」


 一方、色波博士の顔は苦渋に満ちていた。


「私がここまでの情報を集めることができたのは、明人君達のおかげなのだ。君達が透矢に決闘を申し込み、透矢の注意が君達に向いたときに一気に集めた。だからというわけではないが、私は君達を透矢から守らなければならない」

「それで?」


「そこでこの決闘に私と美空さんの参加を要求する。そうすれば明人君達の負けはなくなるだろう? 無論、私達が負ければ、透矢がどのようなことをしようとも協力すると誓おう」


 その宣言に色波博士と青井さん、それに黄賀を除いた全員が驚愕の表情を浮かべる。

 確かに色波博士がこちらの側で参戦するのなら、俺達のルール違反はルール違反でなくなる。


 何故なら味方に助けてもらうことはルール違反でないからだ。

 しかし負けたときのことを考えると……。


「色波博士! そんなことをすれば透矢は本気で人類を減らしますよ!」

「わかっている。だが、だからといって君達を透矢の元に縛り付けておくわけにはいかないのだ」


 その強い口調に俺は何も言えなくなる。

 だが、黄賀はそんな色波博士の覚悟を嘲笑う。


「はっ! そんな要求呑めるわけないじゃないですか。大体、色波虹希がいなくとも、黒沢達がいればいずれは成しえますよ。例えば、色波虹希の死後とか」


 黄賀は現実的なことを言っているに過ぎない。

 親子だから当たり前なのだが、透矢と色波博士では年齢が離れすぎている。


 このまま時が経てば、どうしたって先に亡くなってしまうのは色波博士だ。

 それはわかっているのだが、黄賀の無神経な発言にどうしてもイライラが止められない。


「黄賀。テメェ……」

「落ち着くんだ。ここで冷静さを失った方が負けるぞ」

「……はい」


 色波博士にたしなめられ、なんとか落ち着きを取り戻す。

 けれど、イライラが収まったわけではなかった。

 黄賀を睨みつけながら、色波博士と黄賀の交渉を黙って見つめる。


「それで私の死後だったかな? それは私が透矢に匹敵する後進を育てれば解決じゃないかね?」

「出来るんですか?」

「もちろん」


「根拠のない自信ですね」

「何を言う。ここにいる明人君こそが根拠じゃないか。実績と言い換えてもいい」

「黒沢はこちら側になるんですよ。他に弟子と言えそうな方はいなさそうですけどね」

「そこは認めよう。だが、私は世界有数の技術力の持ち主だ。技術を提供すると言えば人が集まる自信はあるつもりだ」


「今まで黒沢以外の人の心を折り続けてきたあなたがそれを言いますか?」

「今までは私の研究を手伝ってくれるものを募集していたからな。助手と教え子では立場が違う」


 交わされる言葉の応酬が一段落したのか、互いに黙って睨み合う。

 その間には火花が散っているかのような錯覚さえ見えた。


 ごくり。

 誰かのつばを飲む音が聞こえた。

 無言。

 互いに口を開かない。

 どれくらいの時間が経っただろうか、先に口を開いたのは黄賀だった。


「……わかりました。なら、すり合わせといきましょうか。俺が提案するのは色波虹希、あなたの参加は認めますが青井の参加は認めないというものです。そのかわりあなたが彼らを助けたことや、この研究所に来るまでにやってきたことは不問としましょう。これなら関係者のみで決着をつけられると思いますが、いかがでしょう?」

「良いだろう。だが、こちらからも一つ。勝利条件の変更を要求する。新しい勝利条件は明人君と透矢、先に大将を倒した方の勝ちというのはどうだろう?」


 色波博士の出した条件に、首を傾げる俺達。

 それは黄賀も例外ではなかった。


「何故ですか? もし時間制限が近づいているからという理由でそれを提案してきたのだとしたら、呑むわけにはいきませんけど」

「なら、時間制限についてはそのままで構わない」


 ますます意味がわからない。

 それじゃあこちらが不利になるだけでは?


「それなら構いませんが……構わないよな?」


 どうやら黄賀の方も困惑を隠せないようで、透矢に確認を取っていた。


「……ああ、問題ない」


 透矢は困惑しつつも特に問題はないと判断したようだった。

 透矢の了承が取れたことで、黄賀の意識は再び色波博士に向かう。


「それで、どうすれば相手を倒せるんですか?」

「正確には勝つ条件のようなものだが。降参させる、気絶などにより戦闘続行不可能に追い込む、相手から反則を引き出すといったところだ」

「反則? それはどういった?」

「ある程度の怪我は仕方ないにしても、命にかかわるような大怪我を負わせるようなことは駄目とか、負けた者が助言や手助けをしては駄目とか、あとは……負けた者への追撃はしてはならないとか」

「妥当なところですね。良いでしょう」


 これで双方の意見が通ったため、ルールが更新されたわけだ。


「それでは確認させていただきます。メンバーは明人君チームは色波博士を加えた四名、こちらは研究員全員ですが、この場にいるのは四名なのでこちらも四名」

「うむ」

「次に勝利条件がモノクロ化の機械を止めるから大将を倒すことに変更。ただし、時間制限は変えずに十七時まで。各チームの大将は透矢と黒沢」

「問題ない」


 確認作業を終え、互いに臨戦態勢を取る。

 ちなみにこの場の全員が武器を所有しており、透矢チーム四人と俺と白鳥さんが警棒、陽介はスタンガン、色波博士は玉を少しばかり強力にした特殊なエアガンだ。


 正直、工学に関わる人物がこれだけ集まっておきながら、持っている武器が既存品だなと思わなくもないが、突っ込むだけ野暮というものだろう。

 俺はチラッとハイホを覗き見る。


 現在の時刻は十六時二十二分。

 残り三十八分。決着は十分につけられる。


「それじゃあ、このコインが落ちたら決闘再開で構わないよな?」

「ああ。構わないとも」


 色波博士の同意を聞いて、黄賀は懐からコインを一枚取り出すとコイントスの要領でコインを構えた。


「いくぜ」


 黄賀がコインを打ち上げ、全員の視線がコインを追う。

 コインは空中で回転しながら、ある地点で上昇を止め、重力に従って落ちてきた。

 それを見ながら、警棒を持つ手に力を込める。


 最早、言い訳不可能の最終決戦。

 ここで負ければ誤魔化しや交渉は不可能。

 そんな重圧がのしかかる中、コインは地面に近づいていき――

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