救援
エレベーターの外に出ると、告白のことなんて考えている余裕はなかった。
なぜなら、エレベーター前には行方がわからなかった色波博士、今朝学校に向かったはずの青井さん、それに何故か体中に草や葉を付けている陽介の三人がいたからだ。
いったい、何がどうなってこのような状況になったのだろう?
突然の事態に頭が追いつかない。
その中で理解できたのは目の前に三人がいる事実と、エレベーター前の見張りを任されていた二人が気絶した状態で倒れていることだけだった。
「あの……色波博士ですよね? 本物、ですよね?」
「ああ。今まで留守にしていてすまなかった」
その声、その見た目、喋り方、どれも記憶の中の色波博士と合致する。
目の前の人物は本物の色波博士だ。
「それにしても、どうしてここに?」
俺の質問に答えたのは青井さんだった。
「ここは色波虹希博士の研究所なんだから、どうしてもこうしてもないでしょ」
まあ、それはそうなのだが。
青井さんの正論に言葉を返すことができない。
色波博士の研究所に色波博士がいる。何もおかしなところはない。
けれど、今は決闘の最中であり、外にも見張りがいたことからここが決闘の舞台になっていることは色波博士達もわかっているはずである。
なのに、どうして来たのか?
決闘に際して決めたルールでは、俺と白鳥さんと陽介の三人チームだったはずなので、ここに色波博士と青井さんが来てしまってはルールに抵触してしまうのだ。
このままだと反則負けだ。
エレベーターに閉じ込められたところを助けてもらったので、すでに手遅れかもしれないが。
それでも、こんな負け方は納得できない。
しかし、助けてもらっておいて文句を言うのは間違いだと思うので、話を先に進めることにする。
「なら、美空さんが一緒なのは?」
「それはほら、これを返し損ねていたでしょう?」
青井さんが差し出したのは、俺のハイホである。
画面にひびが入っており、少し悲しくなった。
それを見た白鳥さんの顔が引きつる。
「あの、あっくん。その、このひび割れは、そのぉ、気が付かずに踏んでしまって……ごめんなさい」
そう謝罪する白鳥さんを見て、青井さんがハイホを手渡そうとしたときに白鳥さんの顔が引きつっていた理由に思い当たる。
何気に白鳥さんも臆病というか話下手だな。
俺達、意外と似た者同士なのかもしれない。
「別にいいよ」
白鳥さんの謝罪を笑って受け入れたあと、すぐに真面目な顔つきになって青井さんに話を聞く。
「それで美空さん。ハイホがどうしたんだ?」
「これに色波虹希博士からの連絡が入ったのよ。彩羽様からは学校を頼むと言われていたけれど、さすがに世界的有名人を無視できるわけはないわよね」
つまり、青井さんがいるのは色波博士に頼まれたからだと。
俺はハイホを受け取りながら、それならなんとかなるかなと安堵の息をつく。
この研究所の主は色波博士なのだから、そう言われればここに色波博士達がいることに透矢も文句は言えないだろう。
と思ったのだが。
「なるほど。で、陽介はなんでそんなにボロボロなんだ?」
「いや、黄賀と相討ちで研究所の外に放り出されてよ。どうしようかと悩んでいるところに、見張りをバッタバッタと倒していた青井さんと色波博士に出会って、連れてきてもらったというわけだ」
それは、完全にアウトでは?
陽介は意図的に青井さんと色波博士の協力を仰いだわけだからな。
せっかく、色波博士と青井さんがいることに関してなんとかなりそうだったのに……。
俺の不安をよそに、陽介はあっけからんとしている。
「けど、反則を心配する必要はない。連れてきてもらったのは黄賀も同じだ。つまり、色波博士達はまだ部外者、言いかえるなら第三勢力というやつだ」
なるほど。
色波博士達に俺達の側にだけでなく、透矢側にも協力してもらうことによって、反則ではなくしたのか。
それでも、グレーゾーンだとは思うけれど。
「なら、その黄賀はどうしたんだ?」
「ほら、あそこ。さっき倒した見張り二人の介抱をやっている」
陽介の指差す先には、せっせと介抱をしている黄賀の姿があった。
……結構いい奴じゃないか。
まあ、白鳥さんを巡って対立していただけで、黄賀自身のことをよく知っているわけではなく、これが本来の性格なのかもしれないが。
「それで明人。黄賀は見たとおり、こいつにやられた奴らの介抱のために動くことができない」
陽介がちらりと青井さんの方を見る。
青井さんは陽介を睨み返しつつも、やりすぎたことはわかっているのか、少しバツが悪そうだ。
「これで残るは透矢だけだ」
俺はゴクリとつばを飲む。
ついに、ここまで来た。
先程返してもらったハイホを見る。
時刻は十五時五十六分。
決闘終了まであと一時間。
時間に余裕があるわけではないけれど、勝てる可能性は十分にある。
「明人君」
「はい」
色波博士に名前を呼ばれ、それに応じる。
「決闘中なのは承知の上で頼む。私も連れて行ってはもらえないだろうか」
そう言って色波博士が頭を下げた。
「えっ? ちょっ! 頭を上げてください!」
俺は慌てて頭を上げるように言う。
しかし、色波博士は頭を下げることをやめなかった。
何が何でも連れて行ってもらいたい、そんな強い意志を感じる。
「彩羽様。私も連れて行ってはもらえませんか? 必ず役に立ってみせますから。どうか……!」
一方俺の隣では、白鳥さんが青井さんに連れて行ってくれと詰め寄られていた。
青井さんからも強い意志を感じるため、白鳥さんもなんと言えば良いのか迷っている様子だ。
俺と白鳥さんが困った表情で顔を見合わせる。
色波博士と青井さん。二人の希望通りに連れていきたいのはやまやまなのだが、反則負けだけは嫌なのだ。
そんなの、俺達にとっても透矢達にとっても消化不良になってしまう。
困り果てていた俺と白鳥さんに助け舟を出してくれたのは、なんと黄賀だった。
「別に連れていけばいいじゃないか。どうせ監視カメラの映像をジャックしている透矢さんにはバレてるんだろうし」
……違った。爆弾を落とされた。
え、ちょっと待って。今まで監視カメラを確認していたのは青井さんにやられた二人ではなく?
その確認を込めて、黄賀に恐る恐る尋ねる
「監視カメラの映像をジャックだって? てことは今のこの状態も?」
「ああ、見られてるだろうな」
終わった。
完全に終わった。
色波博士達が研究所に入ってきたことを知られるだけならまだ誤魔化しようがあった。
けれど、今のこの状況は完全に作戦会議と取られても仕方のない光景だ。
実際、似たようなことをしているわけではあるし。
俺達の間に、どんよりとした重い空気が流れ込む。
「まだだ。まだ、終わってなどいない。私が透矢を説得してみよう」
「色波博士?」
突然、透矢を説得すると言い出した色波博士を怪訝そうな表情で見つめる俺達。
説得してくれるのはありがたいのだが、色波博士は明らかに交渉向けの才能は持っていないし、経験もない。
加えて相手は透矢である。陽介ほどではないが、かなりの交渉術を持っているし、俺のスカウトや白鳥さんのスカウトなど、実績を持っている。
正直、成功するビジョンが見えない。それは色波博士自身が一番感じていることだろう。
「私では力不足なのは承知している。だが、私はそれでも透矢の父として、息子をこのまま放っておくわけには行かないのだ」
父として――息子を。
色波博士はそう言った。
もしかしなくても、今のこの状況に一番責任を感じているのは色波博士なのだろう。
息子の暴走を止めることができず、あまつさえ――俺達が勝手にやったとはいえ――俺達に透矢を止める役目を負わせてしまったのだから。
子供の不始末は親がつける。
透矢は既に二十歳を超えた成人であり、既に社会人となっているが、色波博士からすれば透矢はやはり子供なのだ。
大切な――息子なのだ。
そんな色波博士を誰が止められようか。
たとえ説得が失敗したとしても、俺は色波博士にすべてを託そうと思った。
「わかりました。透矢の――透矢博士の説得はお願いします。俺達はその後、説得がうまく行ったあとの決闘に備えます」
「……すまない。ありがとう」
色波博士が頭を下げた。
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