【幕間】 昔話 後編 side透矢
その翌日。
僕は白銀女学院を訪れた。
校内へは既に星志君の方から話は通っているらしく、入校許可証を受け取って校内へ入る。
その時に校内地図を渡された。どうやら、地図を見て勝手に行けということらしい。
急な訪問であるため、手の空いている人がいなかったのだろう。そう思うことにした。
十二時はまだ授業中であるのか、廊下は閑散としておりかなり静かだ。
それでも時折、授業の声が耳に届く。
地図を見ながらしばらく歩き、応接室にたどり着いた。
ノックをすると、中から星志君の声が聞こえてくる。
扉を開けると、そこには星志君しかいなかった。
「君だけかい?」
「ああ。彩羽は授業中だ」
「ならば、なぜこの時間に呼びつけたんだい? 僕だって忙しいのだけれど」
「悪い悪い。けど、これでも透矢に配慮はしてるんだぜ?」
「それはどういう――」
その直後、扉の向こう側から女子生徒達の姦しい話し声が聞こえてきた。
しかも次々にこの部屋の前を通り過ぎていく。
「な? 忙しいのなら尚更、見つかりたくはないだろう?」
星志君の言うとおりだった。
それにしても、ここまで星志君に主導権を握られていてどうにもやりづらい。
それを言えば、主導権を渡さなければならない状況ではあったのだけど。
とにかく、主導権を奪い取りたいところだ。
「その配慮には感謝するよ。けれど、それはつまり、人気がなくなるまでは待たなければならないということだろう?」
「それくらい我慢しろよ」
「別に我慢できないわけではない。ただ、退屈しのぎに話でもどうかなと思っただけさ」
「はぁ~、わかったよ」
星志君はあからさまに面倒くさそうにしながらも、話に付き合ってくれる様子だった。
「そうこなくてはね。それで、少し気になっていたんだけれど、君はこの学院のことをよく知っているようだね。何か、繋がりでもあるのかい?」
「ただ親父がここの理事ってだけだよ。黄賀グループはこの学院に強い影響力を持ってるんだ」
「へえ。てことは結構頻繁にこの学院を訪れたりするのかい?」
「まあ、色々と用事があるからな」
「なるほど。勉強になる」
感心した風を装いながら、内心でほくそ笑む。
いくら父が理事だと言っても、その息子が学院を訪れなければならないとは思わない。
つまり星志君から主導権を奪い取る鍵がこの学院に眠っている。
もう少し情報を得ようと星志君に話しかけようとしたその時、扉が開いて少女が一人、入ってくる。
「すいません。お待たせしました」
その少女は特徴的な白髪をしており、瞬時にその記憶が呼び覚まされる。
この少女は――十年前のあの少女だ。
「はじめまして。私、白銀女学院一年、白鳥彩羽といいます」
しかし、彩羽君の方は僕のことを覚えていないようであった。
僕の方は特に目立つ特徴もなかったので、覚えられてなくとも仕方がない。
「僕は色波透矢と言います。今日はお時間を頂き、ありがとうございます」
「いえ、こちらこそありがとうございます」
挨拶を交わしたあと、彩羽君はキッと星志君を睨みつけた。
「まさか本当に連れてくるだなんて思いませんでした」
「だから言っただろう。僕は君のためならなんでもやると」
今の会話だけでも、たくさんの情報が得られる。
ほぼ確実に星志君は彩羽君に好意を寄せている。
しかし彩羽君は特に星志君のことを何とも思っていない。
それどころか、星志君に無理難題を吹っかけて諦めさせようとしているように見える。
その無理難題の一つが、僕に雇ってもらうことか。
正確には違う内容なのだろうけど、星志君はそれが解決策と判断したみたいだ。
もう少し様子を見てもいいが、授業が始まり、出直すことになっても面倒だ。
ここは多少強引にでも。
「申し訳ありませんが、話を進めさせてもらってもよろしいだでしょうか?」
「あっ、すいません!」
彩羽君が僕の正面に腰を下ろし、話をする態勢になる。
ちなみに星志君は彩羽君の隣に座っていた。
「白鳥さんは何か叶えたい望みがあると、星志君から聞いていますが」
「あ、はい。実は……全色盲という病気を患ってる知り合いが、その、いじめにあっていたらしいのです」
「はあ。それで?」
「詳しくは教えてもらえなかったのですが、どうやら皆と違うことが原因でいじめられているらしくて」
僕は話を聞きながら、そこから導き出せる彩羽君の望みを推測してみる。
「つまり白鳥さんは全色盲をなんとかしたいということでしょうか? あなたなら知っているでしょうが、全色盲については父が既に対策を見つけていますが」
「ええ、わかっています。けれど、それで駄目だったから何とかしたいと望むのです」
それで駄目だったから。まるで父の治療を受けたことがあるかのような言い方だ。
だが、手術の失敗なんて話は聞いたことがなかった。
ただ、全色盲を治療する方法は今のところ義眼にするという方法しかなく、駄目というのはそういうところを言っているのかもしれない。
義眼で他の人とは違うからいじめられていた、なんて話も風の噂で聞いたことがある。
もしかしたら彩羽君の友人とやらは義眼にする事を拒んだのかもしれない。
治療法に納得できずに治療拒否された事は何度かあったことは覚えているので、すんなり納得する。
「なるほど。では、具体的には何を望みますか?」
「具体的と言われると難しいですが、そうですね。とりあえず一般の人々と全色盲の知り合いとの違いがなくなればいじめはなくなると思います」
それはつまり、取れる選択肢は二つだけということだね。
全色盲を完治させるか、ほか全員を全色盲にしてしまうか。
「それならば全色盲を完治させる方法を考えるしかないだろうね」
僕がそう言うと、彩羽君はピクッと肩を震わせながら目を逸らした。
「いえ、その、実は知り合いがどこにいるのか、わからないのです。直接あったのは子供の頃だけですし、又聞きで聞いたことですから」
「なら、その方に聞いてみたらどうですか?」
「いえ、それも。私が話を聞いた方も、小学生以来会っていないらしくて……」
今まで特に動揺することなく彩羽君の話を聞いていた僕だったが、さすがにこれにはニの句が継げなかった。
子供の頃の思い出のためにここまでやるだなんて。
この娘は頭がおかしいのではないかと思ったくらいだ。
「貴方の気持ちは理解できます。もういじめられていないかもしれない、向こうは私のことを忘れているのかもしれない、私がやろうとしていることは無駄なのかもしれない、もう二度と出会うことはないのかもしれない、出会っていたとしても私の記憶と一致しないくらいに変わっているのかもしれない――私にとって良いことなんかないかもしれない」
白鳥さんも同じことを一度は考えたのだろう。僕の思っていることを完璧に理解していた。
しかし、この目の前にいる年下の少女は。
僕が思ったことすべてを理解した上で尚。
「それでも、私にとっては大切な思い出で大切な人なんです!」
――茨の道へと進もうというのか。
彩羽君の心に触れ、彼女が生半可な覚悟ではないことを知る。
その瞬間、僕はこの二人と組むことを決めた。
その後、僕達は一年半の時をかけてモノクロ化の機械を開発することになる。
その間には様々なことがあったが、一番大きな出来事というのは明人君を見つけたことだろう。
父の研究所で働き父の技術を見てきた彼をスカウトすることは即決だった。
もちろん研究員達にはきちんと相談をしてあったし、彩羽君や星志君含め、全員が納得してのスカウトだった。
スカウトする時期はモノクロ化の機械が完成してからということだったが。
意外だったのは彩羽君が明人君の写真を見たときや名前を聞いたときに、知らない人に対する反応を見せていたことだった。
この時点で、彩羽君は明人君と幼少期に仲の良かった男の子と結び付けられていないことを確信する。
スカウト時期も考慮した上で、明人君がスカウトを断れないと考えた僕は、スカウトを彩羽君に任せることにした。
そして迎えたニ〇三ニ年九月二日――僕達は明人君と十二年ぶりの再会を果たすことになる。
◇◇◆◇◇
『――矢。透矢! 聞いているのか!?』
トランシーバーから聞こえる星志君の大声で、僕は我に返る。
「すまない。少し考えに没頭してしまっていた」
『ったく、決闘中にそういうのはやめてくれよ』
星志君の言葉にぐうの音も出ない。
『まあ、今のところ予定通りだから良いんだけどよ。けど、ここからはそうもいかねえぞ?』
「それはつまり……」
『ああ、さすがに赤木に勝つってのは無理だった。だが、エレベーター前の落とし穴に引きずり込むことは出来たからよ、つまるところ、相討ちってやつだ』
そう言う星志君の声は、どこか誇らしげだった。
確かに、あの三人の中で一番厄介なのは陽介君であるため、その陽介君を脱落させたのはとてつもなく大きい。
「良くやってくれた。それで、今はどこにいるんだい?」
『中腹ってところかな。中間地点の立て札が見える』
「そうか。あとは任せて休んでいてくれ」
『ああ……』
通信を終了させた後、監視カメラの映像につながっている端末に目を落とす。
明人君と彩羽君は回廊を見回っていた二人を倒し、エレベーター前の二人を無視して、二階へ上がっていた。
エレベーター前の罠は面倒くさいと判断したのだろう。勝負を避けるようだった。
「時間の短縮を考えるのなら、その選択は正解だ。だが……」
僕は端末を見ながら、ほくそ笑む。
二階は罠は一切なく回廊もないため、勝負は避けることができない。
明人君達は正面からの戦いを余儀なくされるわけだ。
僕が二階を任せたのは、運動能力はそこまでだが粘り強い二人である。
最終的には負けてしまうだろうが、かなりの時間は稼げるハズだ。
そんなことを考えている間に、明人君達と雅君達の戦いが始まっていた。
明人君達の戦い方は明人君が奪った警棒で雅君達を攻撃し、彩羽君から注意がそれたところで、彩羽君が奇襲をかけるといったところか。
一方で、雅君達は雅君が体を張って明人君の相手を努め、慎二君が彩羽君を牽制している守りに徹した戦い方だ。
武器ではなく、防具を渡した意味をきちんと理解している。
戦況としては押しているのは明人君達だが、押し切れていない。
現在の時刻は三時過ぎ。
そろそろ明人君達が焦り始める頃か。
と、思いきや、明人君達は一旦、雅君達から距離をとって何事かを相談している。
端末からでは声が聞こえないのが難点だ。
「まさか、何か策を思いついたとでも言うのか……?」
明人君達は相談が終わったらしく、雅君達の前に横並びになる。
今度は彩羽君も戦いに参加するようだった。
なるほど、一対一に持ち込めば余裕だとでも考えたのだろう。
だが、それは間違いだ。
雅君と慎二君の二人は粘り強く、中々倒れることはない。
案の定、明人君の方は押してはいるものの、決定打を見つけられていない。
彩羽君の方に至っては後退を始めている。
これでは明人君と彩羽君が連携を取れなくなってしまう。
「もしかすると、次の策を出す前に決着が着くかもしれないね」
どんどん明人君と彩羽君の距離が開いていく。
陽介君がいなければ、彼らの脅威は半減する。
あとは二時間、雅君達に頑張って耐えきってもらえば僕達の勝ちだ。
「だが、何だこの違和感は? 確かに彼らの連携は封じたはずで、このままいけば勝てるはずなのだが?」
端末を良く観察し、何か見落としがないかを考える。
相変わらず明人君は押しているが決定打がなく、彩羽君は後退を続けている。
何も見落としがないように見えるが、嫌な予感が消えてくれない。
何だ、何が気になっているんだ?
雅君達が連携を取れなくなることか?
いや、一対一で十分に戦えている。わざわざ連携を気にするほどではない。
いや、待てよ? もし、ここで明人君が反転して慎二君を背後から襲ったのなら?
そうか、明人君達の狙いはこれか!
「雅君! 明人君をその場から動かすなよ! 慎二君は一応、背後にも気を配っていてくれ!」
僕は咄嗟にトランシーバーに向かって、そう叫んでいた。
だが、これはミスだった。
今まで後退を続けていた彩羽君が一歩踏み出し、背後に気を取られていた慎二君を突き飛ばしたのだ。
慎二君は尻もちをついただけだったが、その間に彩羽君は隣をすり抜け、雅君の方へ走っていってしまった。
明人君と雅君の戦いは膠着していたが、彩羽が背後から足を蹴った。
雅君がバランスを崩して無防備になったところを、明人君が警棒を振り下ろす。
右腕を強打された雅君は右腕を抑えながら膝をつく。
その間に起き上がった慎二君も、二対一となってはなすすべがなかった。
最後は彩羽君が慎二君の足を止めている隙に、明人君が背後から右肩を強打した。
二人は痛みが残っている間に、二階の一室にロープで縛られて身動きが取れなくされた。
今回は明人君達の作戦勝ちだろう。
雅君と慎二君を離された時点で負けが確定してしまっていた。
まさかこんなに早く決着がついてしまうだなんて……。
これはいよいよ、あの策を使うときが来たか。
僕は端末を見ながら、エレベーター前の二人に支持を出す。
「和真君、陸君、例の策を使用する。準備をしてくれ」
明人君と彩羽君は二階から上矢印のボタンを押す。
すると、一階にいたエレベーターは二階へやってきて、扉を開く。
明人君と彩羽君はエレベーターに乗り込み、三階のボタンを押して扉を締めた。
このままではここまでたどり着いてしまう。
だが、僕に焦りはなく、ただ一言、トランシーバーに命令した。
「やれ」
次の瞬間、エレベーターが二階と三階の間で、その動きを止めた。
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