【幕間】 昔話 前編 side透矢
『あいつら、動き出したぜ』
モニタールームにいる星志君からの連絡を受け、僕は端末の方に目を落とした。
端末の液晶画面には監視カメラの映像が映し出されている。
明人君達も色々と準備をしていたようだが、それは僕等だって同じこと。
その一つが、この端末というわけだ。
「次の狙いは君のようだね」
監視カメラの映像には、モニタールームへ向かう陽介君の姿が映し出されている。
『それとさっき合流させた若竹と竜胆もな』
星志君の言うとおり、明人君と彩羽君の二人が亮君と航君の元へ向かっていた。
まさか、二手に分かれてくるとは。
千昭君、奏太君、柊蔵君がやられた直後なだけに、僕としてはもう少し大人しくしていてもらいたかった。
彼らからすれば、だからこそ、なのだろうけど。
『それで、どうすれば良い?』
「そうだね。亮君と航君には迎撃態勢をとらせて、迎え撃ってもらおう。可能ならエレベーター前へ誘き出すように伝えてくれ」
『わかった。誘き出せなければ、できる限り逃げ回って時間を稼がせた方が良いか?』
「迎撃が難しそうならね」
『わかった。そう伝えておく。それで、俺は?』
「陽介君を脱落させてくれ。例え、自身を犠牲にしても。星志君を失った僕らの損失と陽介君を失った彼らの損失。どちらの損失が大きいか、考えるまでもないだろう?」
『ちっ……はっきり言いやがって。……オーケー、必ず脱落させてやるよ』
「それじゃあ、頼むよ」
星志君との通信を終え、窓から景色を眺める。
目に見える景色は全てがモノクロ。
今や、それが当たり前になってしまった。
モノクロ化当初の混乱はすでになく、何気ない日常に戻っている。
まるで、最初からこの世界はモノクロだったかのようだ。
僕はふと、これまでのことを思い出していた。
◇◇◆◇◇
僕は父を尊敬している。
どのくらい尊敬しているかと言うと、十二年前、父の研究所に大量の患者が押し寄せた時、当時はまだ遊び盛りな中学生だったにもかかわらず、自分から手伝うくらいには尊敬していた。
そんな偉大な父は世界中の人々を救い、六十を超えてなお新たな機械づくりに邁進している。
僕も父の背中を追いかけ、今まで努力を重ねてきた。
父の遺伝子を受け継いだからか、はたまた努力の結晶なのか、高校卒業時には既に研究者の間では名が売れ始めていた。
名のある研究者とコネクションを築くことも出来た。
自分の作った機械がほんのわずかな人にではあるが認められた。
何もかも上手くいっていた。まさに人生薔薇色といった感じだ。
だがある時、一つの噂を耳にした。
色波博士が戦争を引き起こすという、そんな荒唐無稽な噂だ。
僕はその噂を一笑に付そうとして、出来なかった。
無視できないデータがあったのだ。
それは地球の人口データだ。
父が新しい機械を発明していくたび、ほんの僅かであるが、人口推移が上昇していた。
人を救う機械をいくつも開発してきたのだ。当たり前の結果だろう。
そんな折、色波博士が体の異変を見つける機械を開発し始めたという話を聞いた。
これが完成すれば、死者はぐんと減り、人口はさらに増加をすることになるだろう。
そうなってくると色波博士が戦争を引き起こすという噂が真実味を帯びてきてしまう。
色波博士が人を助けることによって、死者が減って人口が増加し、土地や食料を巡って戦争が起きる。
ばかげた話だが決して無視できない可能性。
そんな未来を実現させないために、僕は一つのプロジェクトを立ち上げた。
『人類減少計画』
これはその名の通り、増えすぎた人口を減らしてしまおうという計画である。
これだけなら時間をかければやってやれないことはない。
例えば意図的に地震を起こすとか爆弾を落とすとか。
これなら何度も繰り返すことにより、人口を減らすことが可能だろう。
しかし、僕が目的とするのはただ人口を減らすのではなく、戦争を食い止めること。
――父の名前に傷を付けないことである。
つまりは土地や食料には何ら影響を与えず、色波博士にも防げないような、そんな方法を考えなくてはならないということだ。
土地や食料に影響を与えてしまえば、人口増加は防げたとしても結局土地や食料を巡って争いが起きる可能性は高いし、色波博士に防がれてしまえば人口増加が続いてしまうからだ。
それだけの制限がある中、都合よく良いアイデアが閃くなんてことはなかった。
それでも、出来ることはやろうということでイクシード研究所を作った。
最初は金がなく、実績がなく、人がいなかったため、だいぶ惨めな思いをしたりもした。
研究所を維持するために仕方がなく、小さな機械を作っては様々な企業に売っていた。
そんなある日、黄賀グループを名乗る者が訪ねてきた。これが星志君との出会いだった。
◇◇◆◇◇
「お前が色波透矢だな」
星志君は出会い頭にそう言った。
上からの物言いに正直イラッとした。
けれど、僕はもう大人だ。
「ああ、それが何か?」
その苛立ちを態度に出すことはなかった。
「俺のことは知ってるよな?」
「……黄賀グループの一人息子、黄賀星志だろう?」
「知っているなら話が早い。取引をしよう」
星志君の言葉に眉を顰める。
今まで黄賀グループにはいくつか機械を納品していたが、それ以上のことはなかった。
また、取引に代表ではなく、その息子が来たという事に腹を立てていたということもあった。
無論、態度が悪いのも苛立っている理由の一つである。
けれども、お得意様を邪険に出来ないという事もあり、僕は渋々話を聞くことにした。
「いったい僕に何を望むんだい?」
「俺と彩羽をこの研究所で雇ってほしい」
意味が分からなかった。
黄賀グループは大きなグループで、工学分野も取り扱っていたはずであった。
なのにわざわざ僕のところで雇ってほしいだなんておかしい。
それに彩羽という名前も気になる。
「何故だい? 自分のところで十分やれるだろう?」
「そうでもない。彩羽の要望に答えるためには、あんな低レベルな研究所じゃ駄目なんだ。その点、ここは色波虹希の息子である透矢がいる。技術的には問題ないだろう」
黄賀グループの研究所を駄目だと言い切るほどの要望。
その彩羽とやらは何を望んだんだ?
一人の研究者として、その難題に挑んで見たいと思った。
けれど、今は『人類減少計画』の方が優先的である。
「申し訳ないが――」
「もし引き受けてれるのなら、黄賀グループから出資をしてやろう。勿論、俺が動かせる程度の金額だが、透矢からすれば良い取引になると思うが?」
提示されたメリットに口を閉ざしてしまう。
『人類減少計画』。自分で言うのは癪だが、こんな計画に金を出してくれるところなどない。
だから自費で研究をしなければならなかったが、この取引を飲めば星志君が出資をしてくれると言う。
まさに渡りに舟であった。
「その出資の額は?」
「大体、五百万ほどだ。決して大きな額とは言えないが、透矢にとっては喉から手が出るほど欲しいんじゃないのか?」
まさか、僕の計画がバレているのか?
何かを感づいている様子の星志君を前に冷や汗が流れる。
「……黄賀グループはどこまで掴んでるんだ?」
「正確なところは何も。けど、透矢が何かをやろうとしていることくらいは分かっている。だから、彩羽の要望を叶えてくれた暁には、その計画を俺と彩羽が手伝い、さらに五百万を払うことを約束しよう」
「確かに魅力的な取引ではある。けれど、その彩羽という方はこの取引に了承しているのかい?」
「ああ。何なら、直接聞いてもらっても構わない」
ふむ。一度、確認はとってみたほうが良いだろう。
それに要望がどのようなものなのかも気になる。
「なら、話を聞いてから決めさせてもらってもいいかい? いくら僕が色波虹希博士の息子とはいえ、出来ないこともあるのでね」
「まあ、良いだろう。日時に関しては明日の十二時。白銀女学院の応接室でどうだ?」
白銀女学院?
なぜ学校で話をする必要が?
そう思ったが、それで特に問題があるわけではない。
準備は向こうがしてくれるみたいではあるし、特に断る理由もなかった。
「分かった。なら、また明日」
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