突入 後編
「へえ~。どういう仕組みなんですか?」
白鳥さんが目を輝かせながら、俺の持つ機械を覗き込む。
興味津々といった様子だ。
「元になってるのは色波虹希博士が考案した検査機なんだ。あれは検査機で取ったデータから正常な人間のデータとの違いを見つけ、病気を見つける機械だ」
「そうですね。そのおかげで、病名まではわからなくとも、体に異常があることはわかるようになりました」
「だけど、この機械は電波を送受信して得たデータから、人間のデータのみを抽出してこの機械に表示させてるんだ。この地図はただ、別口で読み込んで表示してるだけ。ただ、縮尺はきちんと合わせたからどこに誰がいるか分かるって寸法さ」
「研究所内限定というのは電波を送受信する必要があるため、電波を反射する屋内でしか使えないということですか?」
「んー、そうなのかな? 屋内限定ってわけじゃなくてどちらでも対応できるように創ったつもりだったんだけど、屋外だと上手くいかないんだよ。理由とか全然分かんねえし、お手上げって感じだ」
「へ~、どこが上手くいってないんですかね? 少し気になります」
白鳥さんが興味深そうに俺の持つ機械を様々な角度から見ていると。
パァン! と陽介が柏手を打って俺達を止めてくれた。
「はい、ストップ! 何人か近づいてきたぞ。急いで移動しないと」
「わ、悪い」
「すいません。つい熱中してしまって」
俺達は手早く近くの部屋に入り、回廊を通って別の部屋へ向かう。
「明人、相手のいる位置、どうなってる?」
「エントランスにさっき追ってきてた三人、エレベーター前に二人、モニタールームに一人、回廊に一人ずつ、今は北側と東側を歩いている。二階の廊下に二人、三階に一人、合計十一人」
「まあ、妥当な人数だな。この十一人には何を言っても説得は難しいだろう」
透矢を除いた十人が、透矢が裏切らないと判断した研究員。
その内、俺達を追ってくるのがたった三人。
やはり透矢は、俺達を自分に近づけさせないように研究員を配置している。
陽介もそれがわかっているらしく、難しい顔をしている。
「三階にいる奴は透矢で確定。それと、やっぱり監視カメラの映像を覗かれてるな」
「そうですね。私達を追ってきた三人、真っ直ぐこっちに向かってきましたからね。しかも、回廊に逃げることを想定されてるのでしょうね」
「ああ。回廊を歩いている二人。あいつらは恐らく俺達を追ってきてる三人を呼び寄せるための足止め役だろう」
「多分、俺達を追ってきてる三人が、俺達を捕まえることのできる奴らなんだろう。他はとにかく持ち場を死守ってことだろうな」
「多分、罠を使っての時間稼ぎ狙いってことですよね」
この研究所にある罠は非殺傷のものだが、動けなくなったり、研究所から放り出すタイプのものが多い。
例えば古典的であるが落とし穴。この落とし穴に落ちると、滑り台の要領で山道近くに放り出される。
こうなると、もう一度山登りをする必要があり、予想以上に時間を食う。
「どうしますか?」
「三階に行くにはエレベーターじゃないと駄目なんだろ? なら当然、エレベーターに乗らなきゃならないんだが……」
「エレベーターの見張りに二人、なら二階から乗ろうと考えても、こっちにも二人」
機械を使って敵の場所を確認しながら答える。
追手が近づいてきている。
「悪い。話は移動しながらにしよう」
別の部屋から中央廊下に出る。
エレベーターの前にいる見張り二人から丸見えになってしまうが、追ってくる気配はない。
「さっきの話の続きだけど、エレベーター前の二人か二階の二人を倒せれば良いんだろうけど、監視カメラの映像を見られてるから、三人の追手がすぐに来るだろう。そうなると五対三。これはさすがに分が悪い」
かといってこのまま逃げ続けるだけでは、いずれ時間切れになってしまう。
「なら、先に追手を倒してしまいませんか? それなら、一対一で戦えますし、勝率は高いと思うんですけど……」
「そうだな……けど、正面から戦うのは危険だ。俺達だって道具を使ってるんだ。奴らも何かしらの武器は持っていると考えたほうがいい。身体能力で負けてるとは思えないから、うまい具合に意表をつければいいんだが……けど俺達の行動は監視カメラで撮られているだろうし、どうするか……」
陽介は俺達と並走しながら、監視カメラのある場所を見る。
監視カメラがなければ、追手に俺達の位置があっさりバレるということにはならないのに。
「監視カメラか……」
確か、モニタールームにいたのは一人だけだったはず……。
「なあ陽介。先にモニタールームをなんとか出来ないか?」
「モニタールーム。いるのが一人だけってのが怪しいんだよなぁ」
「そうですね。それにあの部屋は中央廊下側にしか扉がありませんから、エレベーター前にいる見張り二人から丸見えですしね」
陽介と白鳥さんはどちらも難色を示している。
やっぱり、成功は難しいか。
けれど、どこかで勝負をかけないと駄目だ。
消極的なだけではこの決闘、絶対に勝てない。
「何か、何かないか?」
頭では打開策を考えながらも、パスワードを解除して保管庫に逃げ込む。
そして反対側の扉から回廊に出る。
追手はエントランスかエレベーター前を経由しなければこちらに来れないから、少しだけ時間が稼せた。
「あの、こちらも罠を利用させてもらえばいいのでは無いでしょうか? 罠の種類や位置は把握してますので、うまく罠を利用すれば意表をつけると思います」
「「それだ!」」
そうだ。何も罠を利用するのは敵の専売特許ではない。
むしろ、位置や種類を完璧に覚えているこちらの方が使いこなせるのではないだろうか。
「敵はエントランスの方に向かっている。二つ隣の部屋から中央廊下に出れば、あの罠を使うのに良い位置関係になるな」
「良し! なら急げ!」
回廊を通って二つ隣の部屋に入り、勢いよく中央廊下に飛び出す。
目の前に現れたにも関わらず、エレベーター前の二人は動く気配がない。
俺達をエレベーターに乗せないことだけに集中しているのもあるだろうが、恐らくエレベーター前から動けば罠を使用できなくなるからだろう。
きっとあの二人はエレベーター前周辺の罠しか把握していなのだ。
そんな予測を立てながら、エントラスから引き換えしてこちらに向かってくる三人の追手の姿を視界に入れる。
三人の追手は見た目は細く、運動はしてこなかったように見える。
しかし、その手には警棒が握られていた。
「やっぱり武器を持ってたな」
「無策で突撃しなくて本当に良かった……!」
「お二人共、準備はよろしいですか?」
壁に手をついた白鳥さんが、少し声を弾ませて問いかけてくる。
「「おう!」」
俺は木の枝を、陽介はスタンガンを構えながら返事を返す。
「それじゃあ、いきます!」
白鳥さんが強く壁を押す。
すると、ガコッっと一部分だけが押し込まれた。
軽い振動のあと、突如床が動き出す。
この罠は勝手に入り込んだ人達を入り口に送り返すというもので、重量センサーで重さを感知し続けるとどんどん速度が増すというものだ。
ちなみにどんどん速度が増すのは罠の上で走り続けて耐えることを防ぐためである。
「うおっ」
「わわっ」
「ぐぬっ」
追手三人は突如動き出した床に気を取られ、俺達のことを意識の外に追いやっている。
ここが好機! とばかりに動く床を利用して疾走する俺と陽介。
「いくぜ明人!」
「いつでも良いぞ!」
陽介はさらに加速すると、追手の一人に体当りする。
全体重を乗せた一撃に一人が倒れて意識を失い、それを避けた二人がバランスを崩した。
その隙を俺は逃さず、木の枝を下から振り上げた。
それが追手の一人の股間に直撃し、その場に倒れて悶絶する。
「おおおぉぉぉぉぉ!」
こいつはもう戦えないな。
悶絶している追手を一瞥し、そう判断する。
「ぐっ! 透矢さんの邪魔はさせん!」
残った一人が警棒を、近くにいた俺に振り下ろしてくる。
「ちっ!」
悶絶している追手に意識を向けていたため、反応が数瞬遅れた。
咄嗟に木の枝で防ぐが、木の枝が折れてしまう。
「くぅ!」
「明人! ニ撃目がくる。避けろ!」
倒れた追手の上から陽介が叫ぶが、折れた木の枝に意識が向いてしまい、避けることができない。
意識が警棒の方に向いた時には、既に手遅れの状態になっていた。
振り下ろされる警棒を、呆然と見つめる。
ああ、ここまでか。そんなことを思った次の瞬間。
「てやー!」
スイッチを押していたために一歩出遅れていた白鳥さんが、残った一人に飛び蹴りをかましていた。
その場に崩れ落ちる追手。キレイに着地を決める白鳥さん。
「お、おお……いーちゃんって、本当に運動神経良いんだな」
「助けてもらってそれが第一声ですか。そうですか」
白鳥さんはニッコリと微笑みながら、にじり寄ってきた。
何故だろう、この笑顔に恐怖を感じる。
「わ、悪かった。助けてくれて、ありがとう」
「よく言えまし――きゃっ!」
気づかぬうちに、ベルトコンベアに運ばれる運搬物のようにエントランスまで運ばれていた俺達は、突如動かない床に投げ出されたことによってバランスを崩した。
「危ない!」
俺は咄嗟に白鳥さんを抱きしめ、自分が下になるよう体の位置を入れ替えた。
そのまま床に叩きつけられ、背中に痛みが走る。
「ぐえっ!」
苦悶の声が漏れ出たが、特に怪我はしていない。
安堵の息を吐きつつ、腕の中の白鳥さんを見る。
白鳥さんは衝撃に備えてか、きゅっと目を瞑っていた。
しばらくして、痛みがないことに気がついたのだろう。ゆっくりと目を開けた。
「あ、あれ?」
白鳥さんは困惑したように視線を動かし。
俺と視線が合った。
しばしの沈黙の後。
「わ、私、あっくんに抱きしめられて……」
現状を認識した白鳥さんの顔が真っ赤に染まっていく。
正直、もう少しこのままでいたかったけれど、せっかく倒した追手三人がいつ復帰するとも限らない。
断腸の思いで白鳥さんに離れてもらうよう頼んだ。
「あっ、すいません……」
離れたあとも、白鳥さんは顔を真っ赤にしたまま俯いていた。
この様子では正常な状態になるまで、少し時間がかかるだろう。
俺は追手三人をロープで縛っていた陽介の手伝いを申し出る。
「助かる。正直、一人じゃ三人を運ぶのはつらかったんだよ」
「どこへ運べば良いんだ?」
「とりあえず、研究所の外へ運んでおこうと思ってな」
「なるほど。確かにこいつらは研究所内に入る手段を持ってないもんな」
俺と陽介はロープを引っ張り、追手三人を引きずって一度外に出た。ついでに折れてしまった木の枝を捨てておく。
そのまま追手三人を放置し、俺達は中に戻る。
「さて、これからどうする?」
「そうだな……。追手三人を倒して透矢の目論見を一つ破ったことだし、体制を整えられる前に畳み掛けたいところだな」
「となると、回廊を見回ってる奴を三人で囲むのが一番か?」
「けど、三人で行くのは効率が悪いというか、もったいない気がする」
確かに制限時間が設けられているから、効率よく行きたいところではある。
そのために現状を客観的に考える。
警棒を奪ってきたことで新しく武器を確保出来たし、白鳥さんの運動神経は抜群に良い。戦える力はある。
敵は回廊を見回っていた二人が合流し、立て直しをはかっている状態であるが、エレベーター前の二人とは合流するつもりがないようである。
恐らく、エレベーター付近に仕掛けられた罠を発動する時に巻き込んでしまう可能性があるからだと思われる。
現状、厄介なのが監視カメラによって位置を知られていることと罠があること。
そして、合流した二人がどのような動きをするのかが未知数なところである。
合流した二人と正面からぶつかりあえば勝てる可能性が高い。
だが、それは相手もわかっていることだろう。
だからこそ、サポートに動くのか、奇襲をかけてくるのかが読めない。
恐らく陽介も同じ考えに至っているのだろう。
けれど、ここで何かしらの策を思いつくのが陽介であり、俺とは違うところだ。
「なあ、明人。作戦を思いついた」
ほら、さすがは陽介だ。
「なんだ?」
俺はいつものように作戦の内容を尋ねた。
しかし、その返答はいつもの陽介と違っていた。
「それを言う前に一つ、聞きたいことがある」
真剣な表情に硬い声音。
たった一言に、いつもの陽介らしからぬ迫力があった。
「お前、仲間を見捨てる覚悟があるか?」
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