突入 前編

「止まれ」


 陽介の合図で、俺は足を止める。

 ついに研究所を視界に捉えたためだ。


「……まだおぶってたのか?」


 陽介の指摘に、白鳥さんは恥ずかしそうに顔を真っ赤に染める。


「あの……降ろしてもらっていいですか?」

「ああ」


 俺はしゃがみ、白鳥さんを背から降ろす。


「見ろ。見張りが二人いる。やはりここから先は見つからずに進むことは無理だな」


 木陰に身を隠しながら、そう断言する陽介。

 ここまでは山道を選ばなかったお陰で、研究員を見かけることはあっても遭遇することはなかった。

 しかし、それもここで終わりのようだ。


「どうやって対処する?」

「まあ、待て。少し遅れが出ているが許容範囲内だ。見張りの様子を確認する。少し静かにしてくれ」


 その言葉に俺も白鳥さんも口を噤む。

 すると見張りの声が僅かだが聞こえてきた。


「あー食った食った。つーか、あいつらまだ食べてるんですかね?」

「だろうな。全く、ここが唯一の入り口だから多めに人数を配したというのに……」

「けど、あの三人が現れたって報告来てないですよね。なら、別に構わないじゃないですか」


「だからといってだらけていい理由にはならん。全く、ここの連中は俺以外やる気がないではないか!」

「そうは言っても、このモノクロの状態を守ってなんの意味があるんですかね? 正直、意味があるとは思えませんが」

「知るか! そんなもの透矢博士に聞け。全く、早く研究の続きがしたいものだ。こんな決闘、早く終わってくれないものか」


 陽介は指の動きだけで少し離れようと合図してきた。

 見張りの二人に話し声が聞かれたらマズいからだろう。

 俺達は頷き、こそっとその場を離れる。


「どうやら真面目に見張りをしているのは片方だけのようだ。しかも真面目にやっている方もかなり嫌気が差している」

「それに何人かが昼食に出ていて、人数が減っているようですね。突入するには今しかないと思います」

「そうだな。敵の中で研究所に入るためのカードを持っているのは透矢だけだから、外の連中は入ってこれない。俺も突入に賛成だ」


 全員の意見が一致し、続いてどのように突破するかの話に移る。


「手っ取り早いのは気絶させてしまうことだろう」


 陽介の言葉に俺と白鳥さんは頷く。

 気絶させてしまえば、俺達が扉を開けた時に研究所内に招き入れてしまうこともないし、透矢に伝わるのも僅かばかりだが遅れるからだ。


「それで、何か役に立ちそうなものは持っているか?」


 陽介はそう言いながら、鞄の中からスタンガンを取り出す。


「私は服と機械の設計図を持ってきたので、この場面で役に立つようなものはなにも……」


 白鳥さんは申し訳なさそうに首を横に振る。


「そうだな。俺もこの日の為に作った機械と、この木の枝くらいかな」


 俺は青井さんからもらった木の枝を鞄から抜き取る。


「なんでそんなもの持ってきてるんだよ……」

「けど、武器にはなりそうですよ」

「ん~わかった。なら、俺と明人で見張り二人を気絶させる。最悪、動けなくするだけでも構わない。俺が真面目そうな奴、明人はもう一人を相手にしてくれ。別に一撃で気絶させなければならないわけじゃないけど、透矢に連絡されるのだけは防いでくれ」


「わかった」

「なら、俺が石を投げて注意を引きつける。見張りが反対を向いた瞬間、突っ込むぞ」


 陽介は既に数個の小石を持っていた。

 俺は枝を構え、緊張の面持ちで頷く。


「ほい」


 陽介は軽く助走をつけて小石を投げる。

 小石はキレイに放物線を描いたが飛距離が足りず、反対側の茂みには届かなかった。しかしその手前、舗装されていたところに落ちる。


 カツーン!

 その音に見張り二人が反応する。

 その瞬間、俺達は走り出していた。


 勢いよく申し訳程度の柵を超え、見張りに向かって疾走する。

 さすがに勢いよく走っていた為、俺達の存在にすぐ気づかれたが、突然現れた俺達に二人共驚き動き出せないようでいた。


「うりゃあ!」


 陽介が真面目そうな奴にタックルをかまし、俺はもう一人に向かって木の枝を横なぎに振るって気絶させようとする。

 しかし、真面目そうな奴は尻もちをついただけで終わり、もう一人も横腹を抑えて苦しそうだが、意識を刈り取るには至っていない。


 陽介はすぐさま真面目そうな奴に駆け寄ると、スタンガンで行動不能にする。意識はあるようだが、動けない状態のようだ。

 そのまま、陽介は真面目そうな奴を引きずっていき、扉から離れていく。


 とりあえず、これで残り一人だ。

 俺は未だ苦しんでいる見張りの前に立ち、木の枝を思いっきり振り下ろした。

 さすがに頭はまずいかと思い、相手の右肩に叩きつける。


「うがぁ!」


 あまりの痛みのためか、その場を転げ回る見張りの人。

 これで良いのかと思案していると、陽介が戻ってきた。


「おお、上手くやったようだな。まあ、気絶させるのは無理だったけど……」

「あっちの真面目そうな奴は?」

「ああ、あっちの木にくくりつけておいた。そいつもくくりつけたら、中に入ろう」


 どうやら陽介はロープも持ってきていたらしい。

 準備をしっかりしているというか、当たり前のことをしているというか、陽介がいなかったらどうなってたんだろうな。

 そんなことを考えているうちに、陽介がもう一人も木にくくりつけていた。


「白鳥、もういいぞ」


 陽介の呼びかけに、白鳥さんが恐る恐る出てくる。

 そして、三人揃って入り口の前に立つ。

 この研究所に入るためにはパスワードと研究員に渡されるカードが必要となる。


「おい、研究所に入るにはこの色パネルを正しい順番に押さなきゃ駄目なんだろ? モノクロの状態でわかるのか?」

「おいおい、陽介忘れたのか? 俺は一度、モノクロの状態でこの扉を開けてるんだぜ」


 おお! と陽介と白鳥さんが頼もしそうにこちらを見てくるので、若干申し訳ない気持ちになる。


「ごめん。少し見栄を張った。実はこれ、色が判別できなくても大丈夫なんだよ」


 俺は縦に四、横に三並んだパネルの中から順番に、一列目の一番上、三列目の上から三番目、二列目の上から三番目、二列目の上から二番目を押した。

 その後スキャナーにカードを通すと、鍵が開く。


「「開いた……」」

「この入り口のセキュリティって、四桁の暗証番号を入力するやつを数字の代わりに色にしたってだけなんだ。だから位置で覚えれば良いんだよ。難しければ数字を割り振るって手もある。パネルの数が縦四の横三だからハイホのフリック入力と同じだし」


「……つまりあれか。パネルを押したところを見るに、『一九八五』で覚えておけば良いってことだよな? それじゃあ、色にした意味って……」


 陽介はそう言うが、色にした理由はちゃんとあるのだ。

 その理由とはずばり『遊び』である。


 そもそもの話、これが作られたのは色波虹希博士が有名になる以前のこと。そのため、特にセキュリティなどは必要なく、なんとなく作ってみた、というのが理由である。

 そのことを言うと、陽介にため息をつかれた。


「……やっぱ色にする意味ないじゃねえか」

「まあまあ。そこは触れないでおいてあげましょう。ね?」


 それってつまり、暗に色パネルにした意味がないって言ってるようなもんだよね。

 そんなことを考えてしまうが、ここから先はいわば敵地。


 俺が扉に手をかけると、陽介と白鳥さんは真面目な顔つきになった。このあたりのオンオフがきっちりしているので、決闘の最中でも息抜きに少しふざけることが出来ていたりする。

 中に敵がいても大丈夫なように陽介と白鳥さんは臨戦態勢になったのを確認してから、俺はゆっくりと扉を開いていく。


 しかし、入り口付近には誰もいなかった。

 そのことに拍子抜けしてしまうが、扉を開けた時点で俺達がやって来たことはバレていることだろう。


 何故なら、監視カメラが至るところに仕掛けられているからだ。

 当然、監視カメラの映像を映しているモニター室は敵に抑えられているだろう。


「わかってたことだけど、侵入する側から見る監視カメラって厄介だよな」

「そうですね。今回の決闘の場合、変装したところで意味ないですし」


 陽介と白鳥さんが面倒くさそうに監視カメラを睨みつけていた。

 けれど、ある意味これは予想通りと言える。

 そもそも、始めから監視カメラがあることは分かっていたのだ。


「だからって相手の行動が分かるのが自分達だけって思われちゃあ困るけど」

「おっ! 何か策でもあるのか?」


 陽介の問いかけに、俺はとある機械を取り出すことで答える。

 その機械はハイホに似ているが、少し違う。


 液晶画面に映っているのはこの研究所の地図と、丸い点だけ。

 画面の拡大縮小やスライドは出来るが、それ以外の機能は何もついていない。


「なんだこれ?」

「研究所内限定で使えるレーダー、みたいなものだ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る