彩羽 12 years ago
託児室生活十二日目。明人もようやく託児室での生活に慣れ、陽介のことも下の名前で呼び捨てに出来るくらいに親しくなっていた。
朝。いつものように朝食を食べて託児室に帰ってくると、新たな子供が入ってきていた。
その子供は髪も肌も白く、瞳の色は淡青色の少女だった。年齢は明人や陽介と変わらなかったが、何故か可愛いよりも美人という表現の方が正しいように思える。
この少女こそが、アルビノ少女、白鳥彩羽である。
彩羽は託児室生活一日目にも関わらず、まるで動じず、まるでずっとここに住んでいたかのような自然な動作で、本を読み始めた。
その様子を遠目から見ていた子供達は、彩羽に近づこうとさえしなかった。
彩羽はにこりとも笑わず、まるで感情がないかのように不愛想な表情を貼り付けていた。
いつものように遊んでいた明人と陽介は、そんな彩羽に視線を向けていた。
「ああいうの、俺、苦手だな」
陽介がふと零した言葉に、明人は意外感を覚える。陽介はその明るく陽気な性格で、誰とでも仲良くなるからだ。それは、陽介に歩み寄られた明人が一番よく知っていた。
そんな陽介が一言もしゃべらないうちに苦手と言うのは、普通なら考えられないことだった。
「珍しいね。陽介がそんなこと言うなんて」
「まあ、そうかもしれないけど、別に俺だって誰とでも仲良くなれるわけじゃないぞ。なんていうか、子供っぽくない奴が苦手なんだよ。全く動じてないっていうか、話が通じそうにない」
陽介の彩羽への評価に、明人は少し違和感を覚えた。それはとても小さな違和感だったけれど、明人は何故か、その違和感を見過ごすことが出来なかった。
陽介が別の友達と遊び始めたころ合いを見計らって、明人は彩羽に近づいた。
「その髪の毛、きれいだね」
背後からかけられた明人の声に、彩羽は怯えたようにビクッと肩を震わせた。そして恐る恐るといった様子で振り向く。
「な、何? いきなり」
明人を警戒する彩羽に、明人は苦笑いを浮かべる。
(失敗したかな。思いっきり警戒されている……。やっぱり、陽介のようにはいかないや)
明人は彩羽を驚かせたことを反省しつつも、自分の違和感が正しかったことを確信する。彩羽は堂々と行動しているように見えて、実は誰かに話しかけられないうちに何かしなければと、焦った末に視界に入った本を読もうとしていただけだったのだ。
彩羽という少女は、限りなく人と接するのが苦手なだけだ。
明人は彩羽を警戒させないように、両手を上げる。これが明人の自分は無害だという、精一杯のアピールだった。
「え、えっと、君の名前は?」
「……」
「じゃあ、好きな遊びとかは?」
「……」
「……僕と話すの、嫌?」
返事を返してくれない彩羽に、明人は思わず本音を漏らしてしまう。
「べ、別に、そんなこと、ない。ただ、人と話すことに、慣れてないから」
彩羽のゆっくりと紡ぎ出した言葉に、僕はクスッと思わず笑いが漏れてしまう。
「な、何かおかしかった?」
顔を真っ青にして慌てふためく彩羽。明人は手を横に振って、何もおかしくないと弁明する。
「別におかしなところはなかったよ。ただ、こんなに可愛いのに、皆、話しかけないからもったいないなぁと思って」
「か、可愛くないよ。ばかぁ」
今度は顔を真っ赤にして慌てふためく彩羽に、優しく微笑む明人。もしも、十八歳の明人がここにいれば俺は何て恥ずかしいことを、と悶えていただろうが、残念ながら? ここにいるのは六歳の明人であり、十八歳の明人ではなかった。
「はーい、皆さん。お夕飯ですよ」
初日に明人を託児室に連れてきてくれた、ナースの女性が晩御飯の知らせにやって来る。子供達は晩御飯に喜び、我先にと部屋を飛び出し、入院患者と共同の食堂へ向かう。
この食堂は時間制で決めており、十八時から十九時が託児室の子供達の時間で、十九時から二十ニ時が入院患者の時間帯である。
「おーい、明人。行こうぜ」
「あ、うん! 今行くよ!」
陽介に呼ばれ、明人は走りだそうとするが、その直前で振り返る。
「一緒に行こうよ」
「や、やめとく。他の人と話すのは、まだちょっと怖い」
「そっか。じゃあ、また後でね」
「うん」
明人は陽介の元へ駆け寄ると、ニ人で食堂へ歩き出した。
彩羽は数分待ってから、誰にも見つからない様に食堂へ歩を進めた。だが、その足取りはとても楽しそうで、彩羽の心情を如実に表しているのだった。
それから数日間、明人は陽介と遊んでいない時間は、彩羽と一緒にいるようになった。未だ互いに名前は知らないままだったが、少しずつニ人の距離は縮まっている。相変わらず、明人以外の人が彩羽に近づくようなことはなかったが、彩羽は幸せそうだった。
そして今日は陽介が託児室にいる最後の日だ。陽介は親の治療が済むまで託児室に預けられることになったのだが、その親の治療が昨日終了し、今日一日入院して明日の朝帰宅するそうだ。
その為、今日は陽介のお別れ会をすることになった。今までの人にはしてこなかったが、陽介が託児室にいるほとんどの人達と仲良くなり、皆がお別れ会を希望したからこそ行われることである。これは陽介がみんなから好かれていたからに他ならなかった。
とは言っても、料理もプレゼントも用意できないので、最後は皆でゲームをするという小規模のものになったが、陽介はとても嬉しそうだった。
「それじゃあ、陽介君は何がしたい?」
お別れ会の見守り役を任されたナースの女性は、しゃがんで陽介の目線に合わせて問いかける。
「皆で遊べる遊びって何がある?」
ナースの女性は陽介にため口を使われ少しイラッとしたようだったが、子供のすること、と自分を納得させた。
「そうね。伝言ゲームとか、クイズとか、トランプ大会なんてのもあるわよ」
ナースの女性の提案に、陽介は彩羽の方をチラッと覗き見た。
彩羽が誰かと一緒に何かをするところを見たことがなく、チームワークが必要な伝言ゲームは出来ない。となると、クイズかトランプ大会になるわけだが、トランプ大会も他人との駆け引きなどが必要になって来るので、消去法でクイズしかないと陽介は考えた。
子供が考えるにはかなり高度なことだったが、陽介は人間関係に聡い子供だった。
「じゃあ、クイズが良い」
「分かったわ。なら、問題を作って来るから、チームを組んで待っていてね」
ナースの女性はそう言うと、部屋を出ていった。
その直後から好きな子同士でチームを組み始めた。明人も陽介と組んで、うまい具合にニ人か三人のチームに分かれた。
しかし、彩羽は誰とも組まず、一人だけ浮いていた。そのことに皆気が付いていたが、誰も声をかけることはしなかった。
彩羽は既に出来上がったチームに入れてと言い出せず、誰にも迷惑がかからない様に端っこに移動する。
彩羽の本心がどうであれ、皆は彩羽に、誰とも仲良くしない変わり者という印象を抱いていたのだ。ただ一人を除いて。
「ねえ、陽介。誘ってもいい?」
明人は誰をとは言わなかったが、陽介にはちゃんと伝わっていた。
「まあ、仲間外れにするのは気持ちよくないからな」
陽介は苦い表情だったが、彩羽を誘うことに賛成する。陽介自身は彩羽のことを苦手だと思っていたが、それが仲間外れにする理由にならないことを理解していたからだ。
明人は陽介に礼を言うと、彩羽の元へ駆け寄った。
「あの、僕達とチームを組まない?」
「……いいの?」
彩羽は不安げに尋ねる。彩羽自身、自分が近寄りがたい雰囲気を出しているのを自覚していたし、いくら少し仲が良い明人が誘ってくれたと言っても、明人とチームを組んだ陽介が良い顔をしないとわかっていたからだ。
明人は彩羽が考えていることを理解していなかったが、それでも不安を感じていることは分かった。
だから明人は、精一杯の笑顔で元気よくこう言った。
「もちろんだよ!」
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