切替

 白鳥さんの手を握りしめながら、待ち合わせの駅に駆け込む。

 わずかばかりの距離ではあるのだが、全力疾走をしたために息がきれてしまっている。

 白鳥さんも少し苦しそうに息を整えていた。


「白鳥さん……大丈夫?」


 呼吸が落ち着いてから問いかけると、白鳥さんはぷいっと顔をそらした。


「…………」


 もしかして、今避けられた?

 いやいやいやそんなことないって、とポジティブな考え方で不安を抑え込もうと試みる。


 しかし、既に息は整っているはずなのに白鳥さんは一言も喋らない。

 凄く気まずい……。

 どうしようかと悩んでいると、肩を叩かれる。


「ん?」


 振り向くと、そこには鬼の形相をした陽介が立っていた。


「今、何時か知ってるか?」

「あ……えっと……」


 何か時間がわかるものがないかと視線を巡らせていると、陽介の肩越しに時計が見える。


「九時……です」

「随分とゆっくりだよなぁ? 明人は普段こんな遅くに学校を出るのかな?」

「いえ、出ません」

「だよなぁ」


 陽介の低い声に縮こまってしまう。

 俺がビクビクしていると、陽介は一瞬だけ俺から視線を外して白鳥さんの方に向けた。


「それで、白鳥はなんで明人と目を合わせようとしないんだ?」


 先ほどのやり取りを見られてたのだろう陽介の質問に、居心地の悪さを感じる。

 青井さんの見立てが確かなら、白鳥さんは俺と青井さんの距離が縮まったことにヤキモチを焼いて機嫌が悪くなった可能性が高いからだ。

 ヤキモチを焼かれただなんて自分から言うのは恥ずかしすぎる。


「何か心当たりがあるようだな。なら、さっさと言えよ」


 陽介にせかされ、消え入りそうな小さな声で答える。


「多分……俺が青井さんと仲良くなったことにヤキモチを焼いたから、だと思う」

「……タイミング最悪だな。なんでこんな時に青井の方と仲良くなるかな……。あと、ちょっとヤキモチを焼かれたからって調子のんなよ」

「うるせえよ。仲良くなっちゃったもんは仕方ないだろ。それに調子になんか乗ってねえよ」


 陽介と至近距離で睨み合う。

 あれ? おかしいな、陽介とも関係が悪化してないか?

 さすがにチーム崩壊はシャレにならない。

 俺はなんとか湧き上がりかけた怒りを無理矢理に抑え込む。


「……やっぱ今の発言を取り消す。……今回のことは俺が悪かった、ごめん」

「……俺も言い過ぎた。反省してる」


 俺と陽介の仲違いという最悪の展開を避けたところで、話は本題へと戻ってくる。


「とりあえず、俺がなんとか説得してみるけど、最終的には明人自身が解決しなきゃいけないことだからな」

「ああ。……わかっている」


 陽介は白鳥さんの元へ歩み寄ると、俺に聞こえない声で話し始めた。

 何を話しているのか気にならないわけではないが、ここは陽介を信じておとなしくしておく。

 話はほんの数分ほどで終了し、陽介に連れられて白鳥さんも近づいてきた。


「とりあえず口を利いてもらう事は了承してもらったが、透との決闘において僅かな不信感すら入れたくない。だから明人、これから透と対峙するまでに話くらいしておけよ」

「……ぜ、善処するよ」

「そこはしますと言い切って欲しかったです。美空さんとはあんなに親し気に話しているのに、私と話すのは嫌なんですか?」


 白鳥さんが頬を膨らませながら、そんなことを言ってくる。

 機嫌はあまり変わっておらず、本当に口を利いてもらえるようになっただけだった。

 俺は慌てて弁明の言葉を並べたてる。


「美空さんとは友達感覚で話せるから親し気に見えるだけだって。陽介と話すのと同じようなものだよ」

「ふ~ん。そうなんですか」


 白鳥さんは俺の言葉をまったく信用していないらしく、半眼で睨んでくる。

 言葉だけでは信用してもらえないなら、行動を伴って信じてもらうしかない。

 俺は決意を固めると、ごくりと喉を鳴らし、恐る恐る白鳥さんの頭に手を置いた。


「ひゃっ……」


 白鳥さんが可愛らしい悲鳴を上げる。


「いったい何を……?」


 白鳥さんの困惑の声を無視して、ゆっくりと手を動かす。

 モノクロの世界でも変わらない白髪はさらさらで、とても気持ちが良かった。

 戸惑いながらも頬を染め、少し嬉しそうな表情を浮かべる白鳥さんに、俺はできるだけ優しく語りかける。


「美空さんと親し気だというのはもう否定しない。だけど、白鳥さんと話すのが嫌なんて思っていない。それだけは信じてほしい。お願いだ」

「は、はい……」


 白鳥さんが恥ずかしそうに顔を伏せる。

 その姿を見て、俺まで恥ずかしくなってきた。

 互いに顔を赤くして硬直していると。


「はい、そこまで」


 陽介が手を鳴らして正気に戻してくれた。

 俺達は慌てて離れ、陽介の言葉を待つ。


「まずは言ってた服装に着替えるぞ」


 俺達は予定通り駅のトイレの個室を使わせてもらい、決闘用の服に着替える。

 俺は決闘用の服にジャージを選んだ。


 なぜジャージなのかといえば、陽介に汚れても構わない動きやすい服装を持ってきてくれと言われていたためだ。

 ちなみにジャージの下には体操服を着ている。


 トイレを出ると既に着替え終えた陽介が待っていた。

 陽介は捨てる予定だという長袖シャツと長ズボンという出で立ちだ。捨てる予定だという服装でも様になっているのが何だか少し悔しい。


「なかなかいいじゃないか。似合ってるぜ」

「はいはい。陽介もな」

「いやいや、マジで似合ってるって」


 明らかなお世辞を聞き流しながら白鳥さんが出てくるのを待っていると、白鳥さんが女子トイレの入口からひょこっと顔をのぞかせた。

 その顔は若干赤くなっており、視線も右往左往している。


「なんで恥ずかしがってるんだ? 早く出てこいよ」


 そう呼びかけると、おずおずと女子トイレから出てきた。

 白鳥さんの服装も陽介と同じで長袖シャツに長ズボンという格好だった。


 さすがに陽介の着ている服とはデザインが違うが、別に恥ずかしがるような格好でもない。

 むしろ非常によく似合っているとさえ思う。

 しかし、今はそんなことを言っている場合ではない。俺のせいなのだが、かなりの時間が無駄に消費されているのだ。


「全員着替え終わったみたいだし、そろそろ行こう」


 早口気味にそう言うと、色波虹希博士の研究所に向かおうと駅のホームに向かって歩き出す。

 その様子を見ていた陽介は、だからお前は駄目なんだよと言いたげな目で見つめてきていた。

 その目が気になって思わず足を止めて振り返ってしまう。


「な、なんだよ……」

「いや、なんでもない」


 そう言う割には、目にまったく変化がなかった。どう考えても俺が悪いと考えている目だ。

 陽介の視線から逃げるように白鳥さんの方を見ると、白鳥さんもこちらを見ていて視線が交差する。


「あは、あはは、あははは」


 白鳥さんの目は死んだ魚のような目をしており、時折不気味な笑い声が漏れてくる。

 あれは怒っているというより、落ち込んでいるのだろうか?

 ともあれ、どっちであろうと正直、めっちゃ怖い。


「ど、どうしたんだ? 怒ったり落ち込んだり、今までの白鳥さんと違うんだけど……」

「知らないですっ! 自分で考えてください!」


 白鳥さんは頬を膨らませながら、そっぽを向いてしまう。

 また気分を害してしまったらしい。俺はここまで駄目なやつだっただろうか。

 そのことにショックを受けていると、陽介が心配そうな表情で近づいてきた。


「おい明人、お前本当に大丈夫か? いつもならもう少し人の感情の機微を読み取れただろう」

「大丈夫、だと思いたいところではある。体調的に絶好調とまではいかなくても、それなりに良いと感じているんだ。けれどやっぱり、緊張で視野が狭くなってるのかもしれない」


「まあ無理もないか。今日の決闘で負ければ永遠にモノクロの世界だもんな。けど、何とか緊張を抑え込んでくれないと困るぜ。明人が本来の実力を発揮できなきゃ、俺たちは負けるんだからな」


 陽介は拳で俺の胸を軽く叩いた。

 さらにプレッシャーをかけられたような気がしないでもないが、陽介なりに俺の緊張をほぐそうとしてくれているのだろう。

 そう言い聞かせていると、白鳥さんが流し目でこちらを見ていることに気が付いた。


「……そうですよね。黒沢さんも緊張するですよね。それなのに私は……」


 パァン!!

 白鳥さんは両手で自分の頬を思い切り叩いた。


「な、何を……?」


 涙目になりながら赤くなった頬をさすっていた白鳥さんは、それでも力強く顔を上げると、俺に向かって頭を下げた。


「すいません。私、自分のことしか考えていませんでした。黒沢さんが遅れてたのだって、今日の決闘のために行動をしていたからですよね?」

「え、いや、俺がっていうよりかは青井さんが協力を申し出てくれたんだけど……」

「それでもです。私、美空さんが黒沢さんと仲良くしているのを見て嫉妬していたんです」


 それって美空さんが言っていたように……。

 陽介は既にそう解釈しているのか、少し離れた場所に移動してニヤニヤしていた。


「ですが、これより余計なことは一切考えないようにします。ですから、どうか私も微力ながらお手伝いさせてください」

「…………」

「あの、どうかしましたか?」


 返事がないことを訝しんだのか、白鳥さんが上目遣いで顔を覗き込んでくる。

 俺の顔が真っ赤になっているのを見て、自分が何を言ったかに気付いたらしく、白鳥さんの顔は耳まで真っ赤になっていた。


「あ、あの、あのあの、今のはですね、その、えっと、と、とりあえず行きましょう!」

「あっ、おい!」


 足早にホームへと向かおうとした白鳥さんの後ろを、陽介と共に追いかける。

 そして、白鳥さんに向かって大声を上げる。


「そっちは反対側のホームだぞ!」


 ピタッと立ち止まった白鳥さんは、恥ずかしそうに顔を伏せながら戻ってきた。

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