【幕間】 裏側 side彩羽
私はかつての同級生、緑河林華さんと並んで歩いています。
緑河さんは口数が少なく、あまり話したことはありませんが、良い人です。
これから仲良くなれたらなんて思っていた矢先に緑河さんが転校したため、仲が良かったとは言えませんが、この再会は嬉しく思います。
「緑河さん。みんなといる時はあまり話せませんでしたが、お久しぶりですね」
「そう……ですね。お久しぶり、です」
こうして話すのは大体二年ぶりくらいでしょうか?
少し遠慮がちな喋り方は変わっていないようですね。
「金庭高校はどうですか? 楽しいですか?」
「楽しい、ですよ。みなさん良くしてくれますし」
緑河さんの表情は綻んでおり、本当に楽しいと思っているのが伝わってくる。
その表情につられ、私も笑みを浮かべます。
「そうですか。それは良かったです」
「あ、あの……白銀女学院の方はどうですか?」
「私の方は緑河さんがいた頃とあまり変わりありませんね。ただ、尊敬度が上がったのか、お姉様と呼ばれるようになりました」
「そ、その……えっと……ファイト、です」
緑河さんは一年の頃の私を知っているだけに、その苦労のほどをわかってくれているのでしょう。
そしてそれが卒業まで続くであろうことも。
「ありがとうございます。緑河さんのおかげで卒業まで頑張れそうですよ」
「そ、そんな……白鳥さんのお役に立てたなら、良かったです」
そんな健気な言葉に心を打たれます。
しかも私のことを名字呼び。
「私、緑河さんと友達になりたいです」
「ええっ……どうしたんですか、急に……」
「私は気軽に付き合える同性の友人が欲しかったんですけど、女学院生は基本お姉様呼びですし、バイト先の人達は年が離れすぎているといいますか……」
「なるほど……えっと、なら……私で、よければ」
「ありがとうございます」
あまりの嬉しさに緑河さんに抱きつきそうになりますが、すんでのところで堪えます。
ああ、私にもようやく気軽に付き合える友人が!
一人で感動に打ち震えていると、緑河さんは遠慮がちに話しかけてきた。
「あの……一つ聞いても、良いですか?」
「ええ、構いませんよ」
「今日の集まりは……私がいても良かったのでしょうか?」
緑河さんの質問に、首を傾げる。
どういう意図の質問なのかがよくわからなかったからだ。
「どういうことですか?」
「あの、赤木くんからは、バイト先の親睦会だと聞いていたので……赤木くんに説得されて来てしまいましたが、本当に良かったのかな……と」
「そのことなら気にする必要はありませんよ。美空さんだって部外者ですから」
「そ、そうなんですか?」
「ええ。ただ、美空さんにそれを言うと、私も働きますと言いかねないのでここだけの話にしてもらえると助かります」
美空さんは私と同じ職場で働きたがっていましたが、部活と家の都合があるでしょうと、だいぶ苦労して説得した過去がありますからね。
美空さんにはモノクロ化の片棒を担がせたくはないですし、働かせないようにしなければなりません。
「は、はい」
緑河さんはただならぬ何かを感じ取ったのでしょう、少し怯えながら頷きました。
私はそのことを申し訳なく思いつつも、これだけは譲れないと謝ることはしませんでした。
「おほん。それでですね、緑河さんを呼んだのは赤木さんと黒沢さんが私に配慮してくれたからなんですよ」
「配慮、ですか?」
「バイトの面子だけで親睦会をすると、女性は私だけになっていたのです。赤木さんと黒沢さんはそのことを良しとせず、美空さんと緑河さんを呼んだのです」
「そ、そんな理由が……」
「ええ。私も疑問に思っていましたので、お二人が来ることを聞いたときに問い詰めました」
緑河さんは自分が呼ばれた理由がしっかりしたもので安堵したらしく、ホッと息を吐いていた。
自分からついてきたわけではないのですから、理由なんて気にしなくてもいいと思うのですが。
けれど、そこを気にするのが緑河さんの美徳ですよね。
私が十二年前の男の子――あっくんのことを聞いたときも、彼が自分のことを知られたくないと思っているからと、詳しいことは教えてもらえませんでした。
その男の子は話の場におらず、たとえ話してしまったとしても誰からも咎められないはずなのに。
それでも頑張って聞き出した情報が、目がおかしいという理由でクラスメイトとうまくいってなかったということだけ。
緑河さんは言葉を濁していましたけど、十中八九全色盲が原因でいじめにあっていたのでしょう。
そのことを思い出すと今でも怒りが湧いてきますが、モノクロ化は既に達成されています。
これであっくんも過ごしやすくなっているといいな。
そんなことを思いながら緑河さんの横を歩きます。
「…………」
緑河さんは自分から話すタイプではないようで、私が黙ってしまうと会話が途切れてしまいます。
ただ無言のまま歩くのも悪くはありませんが、少し気まずく感じます。
いつもは美空さんが話しかけてくれ、場が賑やかになるからでしょうか。
「そういえば今日の親睦会は楽しかったですね」
「……はい。楽しかったです」
「途中、ハプニングがなかったとはいえませんが、親睦会を行って良かったと思います」
「そうですね。私も……今日はたくさんの人とお話できました」
緑河さんは幸せそうに微笑み、心なしか声も弾んでいるように聞こえます。
その反応だけで、緑河さんにとって今日一日が良きものになったことを教えてくれました。
「白鳥さんも……」
続く言葉も弾んだ声のまま、それが自分の幸せであるかのように嬉しそうに。
けれど、ただの世間話であるかのようにサラッと。
「明くんと……再会出来たみたいで、良かった、です」
告げられた言葉は私にとっては衝撃が大きく、思わずよろめいてしまいます。
「再会……?」
私の呟きが聞こえてしまったらしく、緑河さんは戸惑いながらも説明をしてくれました。
「えっと、白鳥さんが持っていた、写真の男の子って……明くんのこと、ですよね? だから明くんと話している、白鳥さんを見て、再会できたと思っていたのですが……」
そ、そんなはずはありません。
あっくんは他の人と目が違うという理由でいじめられていたはずです。
義眼なんて今では当たり前に使われている治療法で、いじめられる理由なんてどこにも――!
そこで、私は気が付きました、とんでもない勘違いをしていたことに。
しかしこれではただの推論です。確信を得るために緑河さんへ一つ質問をします。
「緑河さん。黒沢さんの義眼が片目だけの理由は何かご存知ですか?」
「えっ…………すいません、知らないです」
「では、質問を変えます。黒沢さんの義眼ではない方は色が見えないのではありませんか?」
「……そうです」
その肯定を受けて、私は確信を得ました。
私が勘違いをしていたことに。
義眼――確かに今では当たり前の治療法で、通常の目と何ら遜色ありません。
決して多くはありませんがおしゃれと称してわざと派手な色を使ったオッドアイにする方もいらっしゃると聞きます。
黒沢さんもその類だと思っていましたが。
しかし、十二年前は――!
開発されたばかりの治療法で、当たり前などではありません。思ったことを素直に口にする小学生低学年ならいじめが起きても仕方ありません。
また、当時は治療費が大きく、一般家庭では片目の治療で精一杯の金額でした。
そして何より、金目の義眼は義眼開発から初期の段階でのみ使われていた一号機と呼べる改良前のもの――使われていたのは十二年前のあの時だけのはずです。
「あああああ、どうしましょう!」
私があっくんのためと思ってやったことは全て無駄じゃないですか!
いえ、その過程で手に入れた技術を黒沢さんに教えられているわけですから、全くの無駄ではありませんけど……。
それでも、完全に嫌われました!
黒沢さんをこちら側に引き込めば友人になれそう、とか考えていた自分が恥ずかしいです。
といいますか、黒沢さんがあっくんなら、それ以上でも……。
けどまあ、私がモノクロ化を引き起こした時点で詰んでるんですけどね。
黒沢さんは徹底してモノクロ反対派を貫いていますから、モノクロ化を引き起こした私と仲良くできるはずもありません。
「し、白鳥、さん……? どうしたのですか? 大丈夫ですか?」
緑河さんは自分が何かマズイことを言ったのかとアタフタしているようです。
緑河さんの言葉が原因といえば原因なのですが、悪いのは私ですし、緑河さんが責任を感じることはないようにしなければいけません。
「いえ、多分黒沢さんに嫌われたなと思っただけです」
「どうして、そんなことを思いに……?」
緑河さんは心底わからないといった様子で首を傾げています。
そういえば緑河さんだけは私たちのことを知らないのでしたっけ。
「実はですね……」
私は、緑河さんに黒沢さんのことを教えてもらってから今日までのことを、何一つ包み隠さず話しました。もちろんモノクロ化を引き起こしたのが私であることも。
けれど、緑河さんはモノクロ化を引き起こした私に対して怒ることはしませんでした。
ただ、本当に真剣に話を聞いてくれただけ。
その対応に私は感謝しました。
「――とのことから、黒沢さんは私のことを許してくれないと思ったのです」
話をそう締めくくり、緑河さんの様子を窺います。
緑河さんは少し逡巡したものの、私の目を正面から見据えました。
「えっと、白鳥さんに一つ、言わせてもらいたいことがあります」
ここで緑河さんは一度言葉を切りました。
まるで、ここから先を聞く覚悟はできていますかと、そう問われているかのような感覚を覚えます。
私はつばを飲み込み、目だけで続きを促しました。
「あまり明くんをなめないでください」
いつもの緑河さんからは考えられない強い口調に、私は思わずすくみあがってしまいます。
「そんなことで明くんが白鳥さんを嫌いになるわけないじゃないですか……!」
緑河さんは悲しそうに顔を歪ませて叫びました。
その叫びは私の胸にズキリと、心がえぐられたような痛みを感じさせます。
確信を持った口調に、緑河さんの方が黒沢さんを信頼できている、より理解している、その差を見せつけられたからです。
「…………」
私に返す言葉はありませんでした。
顔を俯かせ、視線を地面に向けてしまいます。
そんな私の姿は緑河さんにどう映っているのでしょう?
幻滅されたでしょうか? それとも失望されたでしょうか?
どちらにしろ、よくは思われてないですよね。
自嘲気味にそんなことを考えていると、緑河さんに肩に優しく手を添えられました。
「白鳥さんは、明くんが白鳥さんを嫌いになったと、許してくれるわけがないと、本当に、そう思うのですか?」
先ほどとは一転して優しげな問いかけでした。
その言葉に顔を上げると、目の前には優しげな眼差しがありました。
私がなんと答えるのか、緑河さんには見抜かれてしまっているようです。
「……いいえ、思わないです。私の知ってる黒沢さんはとても優しい方で、昔とその優しさは変わってません」
「わかっているじゃ……ないですか……なのに……どうして……なんですか?」
緑河さんは少し眉を下げ、困ったような表情でこちらを見てきました。
「どうして……嫌われたなんて思うんですか……?」
「それは……」
私は言葉に詰まってしまいました。
私の思っていることは矛盾していたからです。
黒沢さんは私を嫌うことはないと思いつつも、嫌われたとも思っていました。
どうしてなのでしょうか?
いくら考えても、その答えは出ませんでした。
「……ごめんなさい。自分でも、よくわかりません」
「いえ、そんな……けど、もしかしたら、白鳥さんが嫌われたと思った理由、わかるかもしれません」
緑河さんは私の答えに怒るどころか、私に答えを示してくれると言います。
私は教えてくださいと緑河さんにお願いをしました。
「もしかしたら、白鳥さんは……怖がっているのかも、しれません」
「怖がって……いる?」
「はい。明くんが白鳥さんを嫌いにならない、そうわかっていても拒絶された時のことを考えてしまい、恐怖を感じているのかもしれません」
「それは、どういう……?」
「私は黒沢さんの考えと相反することをしているから嫌われる、嫌われているから拒絶されても仕方がない、そんな風に拒絶された時にダメージが少ないよう、自分を納得させようとしているのではないですか?」
そんなことはない、とは言い切れませんでした。
透矢さんからスカウトされた時も、断ってあっくんを探し続けることだって出来たはずなのです。
けれど私は探し出すのを諦め、勝手にあっくんの望みを決めつけ、モノクロ化を引き起こしました。
あっくんと再会した時に、私の知らないあっくんになっていることを恐れたのです。
それはつまり、私があっくんから逃げたことに他ならないのです。
「私は……」
「けど、それで良いと、私は思います」
私の言葉を遮って言われた言葉に、思わず目を瞬かせてしまいます。
緑河さんは夜空に浮かぶ月を見上げながら、話を続けました。
「私だって、いつも恐怖を感じています。他人に嫌われることは嫌ですから。それに、うまく行かなければ私が駄目だったからと、自分を納得させています。傷つくことも多いです」
それでも、と緑河さんは笑顔で続けます。
「勇気を持って進めば、後悔だけはしなくなります。だから私は、人付き合いで後悔したことはありません」
ここで緑河さんは顔をこちらに向けました。
普段の様子からは見られない、とても力強い表情でした。
「人と話すことが苦手な私ですが、そのことだけは誰に対しても誇ることが出来るんです」
緑河さんは人と話すことが苦手だと言いますが、決してそのようなことはないでしょう。
私より人と話すことが出来ていますし、何より強い心を持っています。
もし緑河さんが自分から友人を作りに行けば、たくさんの人と友達になれるであろうことを確信しました。
そして――
「私は緑河さんと友人になれたこと、心から感謝します」
「い、いえ。私なんてそんな……。…………うぅ、えっと、ありがとうございます」
緑河さんは照れているようで、顔を真っ赤にして俯いてしまいます。
しばらくして落ち着いたのか、恐る恐るといった感じで顔を上げました。
「それで、その……白鳥さんはどうするのですか?」
「私は……黒沢さんを追いかけようと思います。私にはもう、モノクロの世界は必要ないようですし、黒沢さんたちがやろうとしている作戦に協力するつもりです」
黒沢さんがモノクロ化をよく思っていないのもありますが、モノクロ化は私があっくんから逃げるために始めた負の象徴。
そんなものはぶち壊して、一からもう一度、黒沢さんと向き合う。
それが――私の新たな目標です。
透矢さんには……申し訳ないと思いますが。
「だから、私は来た道を戻ろうと思います。緑河さん、今日はありがとうございました」
私の深いお辞儀に緑河さんは慌てた様子を見せました。
そのことを微笑ましく思いつつも、私はもと来た道を引き返そうと振り返ります。
「えっ……! 今から話に行くつもりなのですか?」
「ええ、そのつもりですが……」
なにか問題でもあるのでしょうか?
顔だけを緑河さんの方に向けてきょとんとしている私に、緑河さんは驚きの表情を向けてきました。
「この時間帯に……女の子が一人というのは危ない気がするのですが……? この辺りは夜になると、治安が悪くなると聞きますし……」
「うぅ……そう、ですよねぇ……」
特に今はモノクロ化の影響により、この街に限らず治安が少し悪くなっていると聞きます。
外を出歩けない、というほどではありませんが、女性の独り歩きはやめた方が良いのは確かです。
私が肩を落として落ち込んでいると、緑河さんがお腹の前で手を組んで指をモジモジさせながら、上目遣いで見つめてきます。
「ですから、もし良かったら、その……私もついていきましょうか?」
「……良いのですか?」
「はい、もちろんです。友達、ですから」
緑河さんは照れくさそうにはにかみながら、笑顔を向けてくれました。
その後、私たち二人は走って黒沢さんを追いかけ、無事、合流することができのです。
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