伝授 後編
……罪悪感は感じてくれているのか?
なら尚更、何故このタイミングなのかが引っかかる。
青井さんは白鳥さんを大切に想っている。
なればこそ、白鳥さんの邪魔になるようなことはしないはずなのだが……。
そこまで考えて、気付いた。
青井さんは小刻みに震えており、その両手はぎゅうっと握りしめられている。
「……」
きっと、青井さんの中では物凄い葛藤があったのだろう。
白鳥さんの恋を応援するのか、邪魔をするのか。
白鳥さんの幸せを考えて行動するのか、白鳥さんを独占しようと自分本位の行動をするのか。
どうやら、青井さんは前者らしい。
しかも俺と白鳥さんの仲立ちをしようと、こんなにも頑張って――勇気を出してこうして俺に会いに来ている。
やっぱり、青井さんは根は優しい女の子なんだよな。
そう考えると、青井さんを責めるのは筋違いな気がしてきた。
「けれど、まあ、丁度良かったのかもな」
「え……?」
「いや、これから決闘に行くことは知ってるだろう? 付け焼き刃でも良いからさ、何か剣道の技を教えてくれよ。俺なら、一度見れば技を再現できるんだろ?」
俺の言葉に、青井さんはあっけにとられているようだ。
まさかいきなり、剣道の技を教えてくれと頼まれるとは思っていなかったのだろう。
「今回の相手は運動能力はそこまで高くない奴らばかりだ。当然、剣道もやったことがないだろう。なら、青井さんの技なら通用するはずだ」
「……いいわ。今回の決闘に役立ちそうな技を1つだけ教えてあげる。ただし、1回しか見せないから目を見開いて見ることね」
青井さんは不敵な笑みを浮かべると、竹刀を手に取り構える。
その姿に、先程までの震えはない。完全にいつもの青井さんだ。
俺は邪魔にならないように青井さんから距離を取った。
「それじゃあ、いくわよ」
そう言った次の瞬間、青井さんは横薙ぎに竹刀を振るっていた。
「は、はえぇ……」
「剣道の基礎の一つ、胴打ちよ。これなら、貴方でも多対一で立ち回れるでしょう?」
青井さんは竹刀を肩に乗せながら、得意気に言ってくる。
「あ、ああ。剣道とは違って相手は防具をつけていないし、複数人同時に相手を倒せるかもしれないけれど……」
しかし、今の動きを再現出来るのか、少し不安になった。
「一度、試してみて良いか?」
「仕方ないわね」
青井さんから竹刀を借りて、見よう見まねで竹刀を振るった。
当然ながら、青井さんの速度とは比べものにならないくらいに遅い。
「なんか違う……」
「別にそんなことはないわよ。体の使い方は私と寸分違わない」
ただ、使い物になるかどうかは相手の実力次第といったところね、と付け足され、肩を落とす。
やっぱり、技をたった数分で取得しようなんて虫が良すぎたか……。
「けれど、貴方の飲み込みの早さを評価して、特別にもう少しだけ付き合ってあげる」
青井さんの好意に甘え、しばらくの間指導を受けた。
なんだかんだ言いつつも、青井さんは面倒見が良く、根気強く指導を続けてくれた。
その成果か、青井さんから合格点を貰えるくらいには技術を身に着けることができた。
しかし、そこで俺には武器がないことに気が付く。
「せっかく技を身に着けても、武器がないと意味がないわね」
そう言って青井さんは空き地の端に植えてある木の枝を折り、何度か素振りをしてから手渡してきた。
枝はそこそこ長く、指二本分の太さはあるので、武器にならないわけではないのだろうけど。
普通木の枝を折るか?
環境破壊をするくらいなら、竹刀を貸してくれても良かったじゃないか。
「あら、木の枝だからって馬鹿に出来ないわよ? 当たったら痛いもの」
「俺が気にしてるのはそこじゃねえよ。俺が気にしてるのはそこの木の枝を折ったことだ」
「それは今気にするべきことなのかしら? それよりも早く彩羽様達と合流した方が良いんじゃないかしら」
青井さんにそう言われ、家を出てから結構な時間が経っていることに気が付いた。
「完全に遅刻だな……」
この空き地のシンボルである木の枝を折ったことに関しては、この際、見なかったことにすることにして、急いで集合場所へ向かわねばならない。
木の枝は大きすぎて鞄に入らなかったが、それでも無理やりに突っ込んだ。
鞄の口から枝の先が出ており、もしも近所の人に見られたら噂になるのが確実な格好だが、仕方がないと割り切る。
「さて、それじゃあ行ってくる」
「勝手に行けばいいじゃない」
「ひどっ! 結構、仲良くなっていたと思ってたのに……」
「そうね。私も、友達くらいにはなれると思っていたわ」
けれど、と青井さんは続ける。
「彩羽様の心を奪っていった貴方とは、どうしても仲良く出来そうにないわ」
「何でだよ。もしも本当に白鳥さんが俺のことを好きなのだとしても、青井さんに向ける気持ちは変わらないだろう!」
「そんなの、わからないわよ。人の気持ちというのは常に変化し続けているのだから」
そう言う青井さんの表情は、とても哀しそうだった。
もしかしたら、白鳥さんが今まで相棒を務めてきた透矢を裏切って俺達の仲間になったことで、次は私が裏切られるとでも思っているのかもしれない。
実際には白鳥さんが透矢の味方をしていたのは……一応、俺のためなので、俺も透矢も裏切りだとは思っていないだろう。
しかし、青井さんは違う。
中途半端に事情を理解しているため、むしろ、俺のために相棒を裏切ったことが、青井さんの心に大きな傷を負わせてしまったのかもしれない。
もしかしたら白鳥さんは友情や信頼関係より、愛情をとるのではないのかと。
けれど、その心配は杞憂だ。
「ったく。青井さんって意外と馬鹿なんだな」
なぜなら──
「あ! ようやく見つけました!」
白鳥さんが青井さんの元へ、勢い良く駆けてくる。
白銀女学院の制服はロングスカートな上、日傘を持っていて走りにくいだろうに、そんなことはお構いなしのようだ。
「彩羽様!?」
青井さんは突然白鳥さんが現れたことに驚いている。
白鳥さんは青井さんの前で立ち止まると。
「あなたが、無事で、何より、です。けど、どうして、こんなところに、いるんですか? いつもなら学校にいる時間なので、心配しましたよ」
息も絶え絶えに安堵の言葉を漏らした。
「ど、どうして?」
「正直、美空さんなら駅まで来るかなと思っていましたが、いつまで経っても来ないので学校に連絡を入れたんですよ。そしたら学校にも来ていないと聞いて。それで、透矢さんが仕掛けてきたのかと……」
「その心配は杞憂だよ。青井さんは俺に技を伝授するために来てくれたんだ。この木の枝で放つ必殺技を、な」
鞄からはみ出ている木の枝を指差しながら、青井さんと白鳥さんの話に割って入る。
白鳥さんは俺に気が付くと、軽く目を見開いた。
「黒沢さんもいたのですね。気が付きませんでした」
「……」
これは、冗談だよな……?
この空き地は小さいから、入ってくる途中で気付くはずだよな!?
そんな焦る俺をよそに、青井さんは身体を震わせ必至に笑いを堪えていた。
「くく……確かに、私は馬鹿だったわね……くくく」
何故だろう。
青井さんに俺の言葉が届いたというのに、ちっとも嬉しくない。
白鳥さんは青井さんを不思議そうに見ていたが、さすがにこの場に留まり続けることはまずいと考えたのか、出口の方へ歩き出す。
「黒沢さん、行きましょう。美空さんには学校のことを任せますので、よろしくお願いします」
「お、おお」
白鳥さんに促され、俺も空き地を出ていこうとし、青井さんに鞄を掴まれた。
「なんだよ?」
振り向こうとすると、空いている手で顔を抑えられた。
「一度しか言わないから良く聞きなさい」
一体何を言われるのだろう?
そんな不安を抱えながら、背中越しに青井さんの言葉を待っていると。
「ありがとね」
聞こえてきたのは、お礼の言葉だった。
何に対してのお礼なのかは、正直わからない。お礼を言われそうなことにいくつか心当たりはあるが、青井さんがここまで素直になるほどのことをした覚えがないのだ。
けれども、聞こえてきたのは今まで聞いたことがない優しい声音。
顔こそ見えないが、きっと穏やかな表情を浮かべているに違いない。
今の言葉はそんな確信を抱かせた。
「黒沢さん」
白鳥さんの声で、我にかえる。
「ほら、行きますよ」
「うおっ……!」
右腕を引っ張られ、バランスを崩してつんのめってしまう。
そのまま白鳥さんを押し倒してしまい、右手から柔らかい感触が伝わってくる。
冷や汗をたらしながら右手に視線を向けると、白鳥さんの胸に触れているのが見えた。
「…………」
白鳥さんは目を瞑って体を縮こまらせており、どう考えても俺が襲っているようにしか見えない。
後ろに殺気を感じて恐る恐る、機械のように振り返ると。
青井さんは無言で怒気を放っており、思わず悲鳴をあげそうになった。
「覚悟は出来ているわよね」
指の関節を鳴らしながら近づいている様は、まさに死刑執行人と呼ぶにふさわしい雰囲気を身に纏っていた。
ああ、もう駄目だ。
絶望的な気持ちで青井さんを見上げ、そして――
気が付けば青井さんに蹴られ、宙を飛んでいた。
俺が落下した時に別の何かが落ちたような、そんな派手な音がしたのを意識を失う直前に聞いた――
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