最終章
伝授 前編
決戦の朝。
いつも通りに目が覚める。
今日は世界中の色を取り戻せるのかどうかがかかった、大事な決闘の日。
決闘というのは良くも悪くもたった一戦で全てが決まる。そういうルールになっている。
だというのに、俺の心は平常心を保ったままだ。
身体を起こすと、カーテンの隙間から漏れてくる日の光が当たる。
太陽の光を浴びながら、ググッと伸びをする。
とっくに慣れたとは言え、モノクロの朝は味気ない。
着替えを済ませ、昨日の夜完成した発明品をカバンの中にしまう。
今日の予定は普段通りの時間帯に家を出て、陽介や白鳥さんと合流した後、色波虹希博士の研究所に向かうことになっている。
合流場所は以前決めたとおりに駅だ。
ちなみに服装は親の目を誤魔化すために集合時は制服で、駅のトイレで決闘用の服に着替える手筈だ。
今日の工程を確認し終え、朝食が用意された席に座る。
リモコンを操作し、テレビを眺めながら朝食を食べ始める。
テレビからは最近のニュースやプロ野球の昨日の試合結果が流れてきている。
特に気になるニュースはなかった。思ったことといえばそういえば学校でスポーツの話題が熱かったなくらいだ。
そんなどうでも良いことを考えているウチに、朝食を食べ終えた。
こうしていると、モノクロであること以外は平穏な日常だ。
「行ってきます」
集合時間のことを考え少し早めに、カバンを持って家を出る。
すると、俺が出てくるのを待ち構えていたかのように、青井さんが立っていた。
青井さんは白銀女学院の制服姿で、手には鞄、背中には竹刀を背負っていた。
如何にも登校前の格好である。
「遅いわよ」
そんな青井さんから、開口一番に文句が出てきた。
「なんでいるんだ?」
「あなたに会うために決まっているでしょ」
質問に即答で返され、戸惑いの表情を浮かべてしまう。
青井さんのことだから、白鳥さんの見送りの為に駅まではついてくると予想していたが、俺の家に一人で来るなんて予想外もいいところだ。
しかも、俺に用があるときた。
まあ、青井さんの性格からして、用もないのに俺の家を訪ねて来るわけがないので、別におかしな点はないのだけれど。
「それで、何のようだ? 俺が今から何処に行くかは知っているだろう。今じゃないと駄目なのか?」
「ええ。今じゃないといけないわ。これはとても大切なことだから」
青井さんの真剣な様子に、さすがに話を聞かずに集合場所に行くのは躊躇われた。
しかし、ここで話すのも憚れる。
通勤途中や通学途中の人がいないわけではないので、出来るだけ人の少ない場所に移動するべきだろう。
「なら、すぐそこに小さな空き地がある。何もないところだが、人は寄りつかないだろう。そこで話そう」
「わかったわ」
俺と青井さんはひとまず空き地に移動し、そこで再び向かい合う。
ちなみに荷物は唯一設置されている小さなベンチに置いてある。
「それで、青井さんの用って何なんだ?」
「私の用件は簡単よ。今日中に彩羽様に告白しなさい」
………………今のは聞き違いだろうか?
いや、そうだ。きっとそうに違いない。
「今、なんて?」
「だから、彩羽様に告白するのよ」
「誰が?」
「貴方が、よ」
……聞き間違いじゃなかった!
「な、なんでそんな急に!?」
「私にとっては最悪もいいところ、夢であったら良いのにと思うほどなのだけど、どうやら彩羽様は貴方に好意をもっているらしいのよね」
発した言葉とは裏腹に、青井さんはものすごく嫌そうな顔をしている。
その反応こそが、青井さんの言葉の信憑性を高めていると言ってもいいくらいだ。
しかし、白鳥さんは俺以外の誰かが好きだったんじゃないのか……?
「って、そうだよ! 白鳥さんには好きな人がいるだろ!」
しかも目の前で言われたのだ。
好きな人が俺である可能性は0に等しいだろう。
「はあ? 何言ってるの。大体、どこに好きな人以外の写真を机の目立つところに置いておく乙女がいるのかしら」
青井さんは呆れたように頭を振る。
写真……それって……。
「彩羽様の机に置いてあった写真、あれは子供の頃の貴方と彩羽様が写っていた写真だったわ」
俺の思考を先読みしたのか、質問する前に写真のことを教えてくれる。
なるほど。確かにそれなら、青井さんが白鳥さんの思い人を知ることは出来ただろう。
しかしだ。
「だとしたら、なんで白鳥さんは十二年前の話を持ち出さないんだ?」
これまで白鳥さんが昔の話をしたことは唯の一度もない。
確かに、敵だった時には馴れ合うわけにはいかなかっただろうから仕方がない。
けど、今は味方だ。
白鳥さんが十二年前のことは忘れていないことは確認済みであるし、思い出したくもない辛い記憶というわけではない。
なら、別に昔の話を持ち出しても良いのではないだろうか?
そして思い出話に花を咲かせつつ、距離を縮めても良いのではないだろうか?
俺の場合は味方になってからは好きな人がいると言われて、言い出せなかったけれど、別に俺に好きな人がいるわけでもないし、白鳥さんが言い出せなかったというのはないだろう。
そんなことを考えていると、青井さんに盛大にため息をつかれてしまう。
「貴方、色波虹希博士の助手をしていたから頭はいいのかと思っていたけれど、頭も残念なようね」
「頭もってなんだ。他にも残念なところがあるような言い方だな」
「あるでしょう、色々と」
冷たい視線を向けられ、思わずたじろいでしまう。
一度咳払いを挟んで話を元に戻す。
「それで、結局どういう理由なんだ? 青井さんは検討がついてるっぽいけど……」
「では貴方に一つ質問するわ。彩羽様は貴方の目が金色になったことを知る機会がいつあったのかしら?」
「は? そんなの十二年前に……それが無理でもリンちゃんが話したとか……」
「そうね。あなたの考えは外れたものではないわ。けれど、彼女は彩羽様にそのことを言わなかったのよ……」
「そんな……! いや、それでも、知るチャンスくらいは……」
反論しようとしたが、段々と勢いがなくなっていくのを感じる。
自分でも薄々分かっているのだ。
青井さんの言うことが正しくて、俺は今まで物凄い思い込みをしていたことを。
それでも何とか、気になる点を見つけ出した。
「けど、白鳥さんは俺の名前だって知っているはずだし……」
「もしも再会したときに貴方の名前を呼んでいたから知っている、と言うつもりなら考えを改めるべきね。彩羽様は貴方のことを″あっくん″という渾名しか覚えていなかったのよ」
「なんでそんなことわかるんだよ?」
「だって、私にも貴方のことを知っているか、と質問されたことがあるもの。『私があっくんと呼んでいた男の子のこと知らないですか?』とね。その時に貴方の幼少期の写真を見せられたわ。普通名前を知っているのなら、質問の時に名前を出すはずよ」
ああ、なるほど。
それは一理ある。
渾名というのは皆から同じように呼ばれることもあれば、人によって違う呼ばれ方をする場合もある。
あまり親しくない人だと、苗字で呼ぶのが基本だろう。
なら、人を探す場合には名前で、その人のことを知らないかと聞いた方が良い。
それに白鳥さんの場合、透矢から俺の名前を聞いていただろうから、知っていても不思議じゃなかった。
「確かに。名前を知らないなら、渾名で聞くしかない。けれど、その″あっくん″という渾名をつけることが出来そうな名前ならいくらでもあるから、絞り込む情報になり得ない……」
「でしょう? だから彩羽様は事実上、外見しか情報を持っていなかったのよ。しかも、幼少期の。それで、貴方をその男の子だと分かれって無茶苦茶よね。私と違って本人から写真を見せられたわけでもないのに」
青井さんの正論にぐうの音も出ない。
十二年前と今では、身長や顔つきだって違うし、瞳の色も変わってしまっている。
青井さんが今の俺と幼少期の俺を結び付けられたのは俺が写真を見せたからだし、リンちゃんに至っては義眼にしてから出会ったために白鳥さんとは前提条件が違う。
正直、自分が如何に甘い考えを抱いていたかを思い知らされた。
「けど、なんで今なんだよ? 気付いていたのなら、もっと早く教えてくれてたって良かったじゃないか」
「何故私がそこまで親切にしないといけないのかしら。大体、貴方にこのことを教えたのだって、彩羽様が貴方のことを好きなのだと自覚したからに他ならないのよ」
青井さんの言葉に衝撃を受ける。
白鳥さんが好きな人は……俺?
それを聞いた瞬間、何故か安堵と喜びがこみ上げてきた。
しかし、喜びと同じくらい怒りもあった。
「だからって……」
こんなに精神状態が乱れた中で勝負なんてしたら、十中八九負ける。
せめて、勝負が終わった後に話すとか、もう少し前に教えてくれるとか、色々とやりようはあっただろう。
少なくとも、このタイミングはやめて欲しかった。
思っていたことが表情に出てしまったのか、青井さんはバツの悪そうに視線を逸らした。
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