【幕間】 誤算 side透矢

「まさか、彩羽君まで仲間につけるだなんて……」


 先ほどまで通話していた電話を睨みつけながら、椅子の背もたれに体を預ける。

 明人君と陽介君が勝負を挑んでくること自体は予想できていた。


 元々彼らは色波虹希博士の側の人間であるし、元々モノクロ化に反対していたから。

 それに向こう側から勝負を挑んでこなくとも、近々モノクロ化の解除を餌に勝負を挑むつもりであった。父を超えるためには彼らの自主的な協力が必要不可欠だからだ。


 こういうことを星志君に言うと「なら何故契約の時に項目に入れておかなかったんだ」と怒られそうなものだけれど、明人君と陽介君を仲間に入れるには隙を見せなければならなかったのだ。

 明人君達が自分達の手ではどうにもならないと判断して、警察を頼ったりするのが一番厄介だったからね。


 だけど、昨日の星志君の話では特に大きな変化はなかったはずだ。少しばかり彩羽君とはぐれた時間があったようだが、彩羽君の側にいたのは明人君だけでなく、青井美空もいたと聞いている。

 なら、いったい何が彩羽君の心を変えたのか。


 正直、わからない。

 まるで、真実を解き明かすにはまだピースが足りない、そんな感じがする。


「いったい、僕は何を見落としていたんだ?」


 自分自身に問いかけたが、答えは出なかった。

 ただ、いつまでも呆然としているわけにもいかない。


 勝負をすることは既に決まったことであり、これからルールを考えないといけない。

 陽介君から勝負のルールを決める権利を勝ち取れたのは、非常に幸運だった。

 まあ、勝ち取れたというよりかは譲って貰ったという感覚がないわけではないが、譲らざるを得ない状況に持って行けたと誇るべきだろう。


「さてと……」


 勝負に当たってまずしなければいけないのは場所の確保だ。

 イクシード研究所の付近には住宅街がある。

 もし勝負をしていることがバレれば、モノクロ化のこともバレるかもしれない。

 それは絶対に避けなければいけないことだ。


 これまでの苦労が全て水の泡になってしまう。

 そう考えると、勝負場所として思いつくのは一カ所だけだ。

 ──色波虹希博士の研究所。


 正直、父親の研究所を使いたくはない。

 だが、背に腹はかえられないし、セキュリティという面においてイクシード研究所よりも上をいっている。

 そして何よりこれが重要なのだが、僕には色波虹希博士の研究所に自由に出入り出来る権限を持っている。


 十二年前に手伝いを命じられたことで手に入れた物だが、今でも問題なく入れる。

 それは明人君をスカウトする前日に確認済みである。


「あとは時間制限、勝利条件、人数。あとはまあ、当たり前のことを幾つか、か」


 他にも必要事項をメールに打ち込み、送信する。

 次にするべきは人の確保だ。

 折角、人数を不平等にしたのだから、これを活かさない手はない。


 机の引き出しから履歴書を取り出し、順次研究員達に電話をかける。

 危ないことに関わりたくないと、断られることもあったが、八割くらいの人は一緒に戦ってくれることになった。

 まあ、正直僕に協力的かと聞かれると残念ながら僕の邪魔をしてやろうと考えている者もいるみたいである。


 まあ、どうせ僕に反抗的なメンバーは基本的に自チームの人数が多いように見せるための数合わせのようなものなので、決闘に影響にならないところに配置する予定であり問題はないが。

 けれどもあと一人、重要な人物がまだいるのだ。


 黄賀星志。

 彼は彩羽君に恋慕していて説得が難しそうに感じるが、彩羽君が明人君達の仲間になった時点で引き込む策は考えついている。

 あとは彼が来るのを待つだけだ。



 しばらく書類仕事を片付けながら時間を潰していると、星志君が出勤してきた。

 シフト通りの時間だ。

 早速、星志君を呼び出す。僕が星志君と友人関係にあることは研究所内のほとんどの人間が知っているので、おおっぴらに呼び出しても問題になることはない。

 ただ、いつもは星志君が自主的に僕の部屋を訪れるので、僕が星志君を呼び出したことに首を傾げた人も多かった。


「それで、何故俺を呼び出したんだ?」


 案の定、部屋に入って早々星志君が理由を聞いてきた。

 まあ、だからといってどうということもないのだが、偶にはこちらからコミュニケーションを取ろうか、そんなことを思った。

 だが、今はしなければならない大切な話がある。


「実は先ほど陽介君達から勝負の申し込みがあった」


 本題を切り出すと、星志君は納得したような表情になった。


「……ようやくか。それで、何があった? 勝負を申し込まれるのは始めから予想されていたことだろう。ならば、仕事が終わった後でも良かったんじゃないのか?」

「何故、今だと思う?」

「は?」


 突然話題を変えた僕に、星志君は訝しげに眉を顰める。


「だから、何故今になって陽介君達が勝負を申し込んできたと思う?」

「それは準備が整ったからじゃないのか?」

「では、準備とは何だい?」

「何が言いたい? 言いたいことがあるならハッキリと言え」


 星志君は苛立たしげに机に片手を叩きつける。

 ここからは慎重に事を運ばねばならない。

 唾を飲み込み、緊張した面持ちで告げる。


「陽介君達は、彩羽君を味方につけることに成功した」

「おい。どういうことだ? 話が違うじゃないか」


 星志君の指摘に、ぐうの音も出ない。

 僕の見立てでは、明人君と彩羽君が仲間になるなんてのはほとんど〇なはずだった。唯一の例外としては明人君と彩羽君が親密な関係になった場合だが、それは十二年前のことを思い出さない限りあり得ない。


 なぜなら彩羽君の好きな人は十二年前の男の子で、その男の子が明人君だと気づいていなかったからだ。

 明人君のことに気づかない限り、明人君と彩羽君が親密な関係になることはなかった。

 星志君にはこの話はしていて、だからチャンスはあると、そう言ってきた。


 しかし、彩羽君が十二年前のことを思い出すような出来事はなかったにも関わらず、彩羽君は明人君達の味方となった。

 僕の見立てが間違っていたと、認めざるを得ない。


「そのことについては済まないと思っている。その上でこんなことを頼むのは筋違いだと分かっている。それでも、星志君には我々の味方をしてもらいたいのだ」


 僕が頭を下げると、星志君がたじろぐ気配を感じた。

 さすがに頭を下げてくるとは予想できなかったのだろう。


「……理由は? 彩羽が向こうの味方についた理由が何なのか、わかっているのか?」

「いや。そこまでは……」

「なら、まずは理由を調べてからだ。もし、彩羽が向こうについた理由が透矢の言うとおりなのだとしたら、透矢の味方につこう。だが、もしそれ以外の理由なら、明人の方につかせてもらう。彩羽にアタック出来る可能性がありながら、彩羽の敵に回るような愚かなマネはしたくない」


 星志君が出したのは、あまりにも不利な条件。

 彩羽君が向こうに着いた理由は未だ判明しておらず、今の状況は僕にとって想定外の事態。ならばその理由も、僕が考えつかないようなものの可能性がある。

 それでも──


「いいだろう。僕は自分の出した結論が間違っているとは思ってない」

「そうか……。なら、仕事終わりの彩羽を呼び出して理由を聞き出せ。俺は少し前に来てそこのタンスの中にでも隠れておく」

「……わかった」

「……また後で」


 星志君はそれ以上は何も言わず、踵を返して部屋を出て行った。



 それから程なくして、陽介君から日程を知らせる連絡が来た。

 勝負の日時は三日後の金曜日。


 とりあえず、僅かばかりの猶予が出来た。

 荷物運びは暇な研究員にやらせるとして、僕自身は一応、彩羽君の説得に当たるとしよう。


 彩羽君は他人を裏切るような薄情な人ではない。そんな彩羽君が明人君達の仲間についたのだから、それ相応の理由があるはずだ。

 再び寝返らせることは恐らく不可能。もし成功すれば、それは宝くじに当たったような物だ。


 だから、メインとなるのは星志君との約束である、理由を聞き出すこと。

 それでも、駄目元で説得する価値はある。


 彩羽君が再度こちらの味方についてくれれば、一度陽介君達の側についた理由に関わらず、星志君はこちらの仲間となるからだ。


「ふう……。今は考えるより、行動するべきだな」


 思考の海に沈んでいきそうになるのを堪え、椅子から立ち上がる。

 部屋に備え付けてある電話で暇な研究員に荷物運びを依頼する。


 色波虹希博士の研究所に入るための鍵を持っているのは僕だけなので、天見山の麓にある病院の一室に置いておくよう指示を出す。

 あの病院は色波虹希博士が開発した最新の医療器機を保管するため、何部屋か色波虹希博士に貸し出されている。


 しかし、色波虹希博士は滅多に自身の研究所から出てくることはなく、器機の運び込みは代理の人が行っている場合が多い。

 なので、代理人のふりをすれば、荷物を置きに行くくらいは容易いことなのである。


 その後、彩羽君が仕事を終えるまで、書類仕事を片付ける。

 いくら対立しているからといって、僕と彩羽君との契約が切れるわけではない。もちろん、それは明人君と陽介君も同じだ。

 その為、彩羽君は通常通り出勤してきているのである。

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