確認
「はー、明人にしてはまともな作戦だ」
「なんだか赤木さんや透矢さんみたいですね」
「覚醒したっぽいな」
「したみたいですね」
「おほん!」
陽介と白鳥さんの評価に恥ずかしくなり、一つ咳払いを入れて、話を元に戻す。
「それで陽介には色波透矢との交渉をお願いしたい。この中で一番、交渉事に向いているのは陽介だからな」
「はいよ。何が何でも成功させて見せるぜ」
陽介の頼もしい返事に頷き、白鳥さんの方に向き直る。
「勝負方法はまだわからないけど、白鳥さんにはあの機械を止める役割を担ってほしい。その為に、出来る限りあの機械のことを勉強していてくれないか?」
「分かりました」
白鳥さんが頷く。
「さて、残るのは俺だけど。俺は勝負に役立ちそうな道具を作ってみるつもりだ。それくらいしか、やることがないからな」
我ながら情けない発言だと思うが、もし俺の発明品のおかげで色が取り戻せたらMVP級の活躍という事になる。
案外、鍵を握っているのは俺なのかもしれない。
そんなことを考えていると、陽介が電話をかけ始めた。
どこにかけたかは言うまでもないだろう。
色波透矢。色波虹希博士の息子で、モノクロ化を引き起こした張本人。
「……ああ。そうだ。…………決まりだな」
陽介が通話を終えると、不敵な笑みを浮かべながら親指を立ててくる。
どうやら、上手くいったようだ。
俺と白鳥さんが胸をなで下ろすと、陽介のハイホが鳴り出した。
「な、なんだ?」
「メールだよ。ただし、透矢が決めた勝負のルールが書かれた大切なメールだけど」
陽介の言葉に思わず唾を飲み込む。
「って、透矢がルール決めたのか!?」
陽介らしくもない。
確かに透矢も陽介ほどでないにしろ対人能力は高い。それでも陽介がそう簡単に譲歩するだなんて考えられない。
そんな思いが顔に出ていたのか、陽介が不満顔になる。
「勝負日程を早くに設定するためにはこちらが譲歩しなきゃどうにもならんだろう。そもそも断られたらお終いだしな」
「むう……」
確かに陽介の言う事も一理ある。
「な、なんて書いてあるんですか?」
白鳥さんは既に納得しているようで、緊張した表情でメールの内容を陽介に聞いていた。
「えっと、まず勝利条件だな。俺達の勝利条件は時間内にモノクロ化の機械を停止させることで、敗北条件は時間内にモノクロ化の機械を停止させられなかった時だな」
なるほど。非常にシンプルでわかりやすい。
「二つ目は時間制限だ。これは九時から十七時まで。日程については平日であるならいつでも良いらしい」
俺と白鳥さんが同時に表情を歪める。
九時から十七時。ちょうど八時間。これは良い。
だが、平日だと? それはつまり高校三年生の二学期の授業を一日休むという事だ。
それがどれだけ大きいことか。
透矢は学生の弱点を的確について来ている。
十七時までというのも、学校を終えてからでも勝利できる可能性を削り取るためだろう。
時間はあるようで意外とないものだ。
「三つ目。場所は色波虹希博士の研究所とすること。これは透矢から聞いたわけじゃないけど、余程この勝負を公にしたくないらしい」
「なるほど。透矢はホームであるイクシード研究所ではなく、アウェーである色波虹希博士の研究所を指定してきたってことは、都心ではなく山奥、つまりは人目につかない研究所で勝負したいってことか」
実際、山の上にあるので余程の物好きでなければ色波虹希博士の研究所に人が訪れることは殆どない。
以前は一攫千金を狙った泥棒が度々出たものだが、難攻不落のセキュリティに今や誰も近寄らなくなっていた。
色波透矢が勝負場所に選ぶのも頷ける。
「というか、透矢は研究所内に入れるのか?」
「入れる。十二年前に色波虹希博士の手伝いをしていた時の合い鍵があるからな」
「黒沢さんのスカウトの時ですら、研究所内には入らなかったのに。透矢博士は余程公にしたくないんですね……」
まあ、色波透矢も犯罪だという自覚がある証拠だろう。
「四つ目の人数で俺達のチームは俺、明人、白鳥さんの三人だけってことや、透矢のチームがイクシード研究所の研究員で構成されていることからも、公にしたくないのは明らかだろう。そして、その公にしたくないという気持ちこそが透矢の最大の弱点であり、唯一の勝機だ」
人数は多いとはいえ、学問の方に突出し運動はからっきしというのがイクシード研究所の研究員だ。
俺のように山登りで足腰を鍛えているわけでもなく、白鳥さんのように運動の才能があるわけでもない。体力面も俺達三人とも勝っているだろう。はっきり言って個人戦に持ち込めれば万に一つも負けはない。
もし、色波透矢がなりふり構わず護衛を雇っていたら勝ち目はなかった。
そう考えるとこの勝負、俺達にツキがある。
「透矢が考えたルールは以上か?」
「人を殺さないとか、当たり前のことを除けばあと一つ」
陽介はこれも当たり前なんだけど、と頭をかく。
「負けた方は相手の出した条件を守ること」
その言葉に、失敗は許されないのだと再認識する。
陽介が言葉に出したのも、俺達に危機感を与える為なのだろう。
「了解」
背もたれに身体を預け、天井を見上げる。
さて、勝負の舞台は整った。あとはこちらの作戦を決めて、勝負の日程を伝えるだけだ。
首だけを動かし、壁の時計を見る。
時刻は十七時を少し過ぎたところ。このまま、作戦を詰めていっても大丈夫そうだな。
「良し。このまま、作戦を考えていこうか」
「ああ、そうだな」
「ええ」
二人の了承を得られたところで、身体を起こす。
「とりあえず、何かいらない紙とペンを貸してくれ」
「紫垣。いらない紙とペンを取ってくれ」
俺の言葉を、陽介がそのまま紫垣さんに伝える。
生徒会の仕事をしていたところを中断させられ、不満顔の紫垣さんはそれでも何も文句は言わず、資料棚から紙と筆箱からシャーペンを取ってくれた。
「ほらよ」
陽介が紫垣さんから受け取った紙とペンを渡してくれる。
俺はそれらを受け取ると、紙に色波虹希博士の研究所の見取り図を書いていく。
色波虹希博士の研究所は入り口から入って、エントランスを通り、そこから一本の廊下だけでほとんどの部屋を行き来できる。
色波虹希博士の部屋と様々な機械が置かれているいくつかの保管庫には鍵がかけられており、中に入るにはパスワードが必要になる。
そのパスワードを知ってるのは俺と色波虹希博士の二人だけである。
十二年前に託児所や食堂、手術室の代わりに使っていた部屋たちだ。
これらの部屋を行き来しやすくするため、全部屋をグルッと囲むような廊下がある。
続いて二階。
二階に上がる方法としては中央廊下の奥にある大きめのエレベーター、色波虹希博士の部屋にある階段の二つがある。
二階は一階から周りを取り囲む廊下をなくした造りになっている。鍵が掛かっている部屋はなく、誰でも自由に入る事ができる。
しかし、現在二階は全く使われていない。
何故なら寝泊まりする従業員がいないからだ。
十二年前には患者が入院するための部屋として使われていた。
そして三階。
ここに行くには二階に行くためと同じエレベーターしかない。
一階に降りるだけなら避難用の滑り台という方法もあるが。
この三階、部屋は一つしかないが、その部屋がデカイ。
元々、研究所は二階建てだったのだが、十三年前に患者の受け入れが決まったときに増築したもので、現在は一階にある機械類が全て収納されていた部屋である。
「ん? なあ明人、この×印はなんだ?」
「罠。あと、○は監視カメラの位置な」
「罠!? 監視カメラはともかく、なんでそんなものが研究所にあるんだよ!」
「なんでって。あそこには売れば軽く億は超えてくるであろう機械が沢山あるんだぞ? 厳重に保管してはいるけど、念には念を入れてるんだよ」
もはや誰も近寄らないほど、強固なセキュリティがあるからあまり意味はないけどとは言わなかった。
そんなことを言えば俺が理不尽な罵倒を受けるであろうことは理解しているからだ。
「な、なな……」
陽介は開いた口が塞がらないといった様子で呆然としている。
普通に考えて罠がある建物なんて、ないから仕方ないのかもしれない。
「赤木さんは何故そこまで驚いているのですか? 罠を仕掛けるなんて当たり前じゃないですか。イクシード研究所にもありましたよ?」
白鳥さんの言葉を聞いて、イクシード研究所にも罠があったことが判明する。
あ、危ねえ……。イクシード研究所で勝負してたら確実に負けていた。
罠の種類がわかっているのとわかっていないの。どちらが俺達にとって有利か考えるまでもないだろう。
本当、色波透矢が秘密主義で助かった。
「けど、透矢さんが罠を動かすことなんて出来るんですか?」
「罠自体に特別なセキュリティがあるわけではないからな。モニタールームにあるスイッチをオンにすれば誰でも動かせる」
そして、そのモニタールームに入るための鍵は、特にない。
機械やデータの方にばかりセキュリティを充実させていたのが裏目に出た。
こんなことになるんだったら、モニタールームのセキュリティをしっかりしておけば良かった。
研究所に人が寄りつかないのを良いことに、放置しておいたのがマズかった。
しかも掃除などの手入れは欠かさず行っていたため、問題なく使えるからたちが悪い。
ああ、今は自分の真面目さが恨めしい。
「で、そのモニタールームとやらはどこにあるんだ?」
「一階の奥にある。ここで監視カメラの映像を見ることも出来るし、電気系統の管理もやってたな」
「なんで、そんな大事なところのセキュリティを疎かにするかな」
陽介はほとほと呆れたらしく、額に手を当てている。
何も言い返せないのがツライ。
「はぁ……前途多難だな……」
「ゼロだった勝率が三割近くまで増えたのですから、そこは良しとしておきましょう」
「まあな。とりあえず、この見取り図と罠と監視カメラの場所は暗記しておかないとな」
陽介の言葉に、俺と白鳥さんが頷く。
俺は既に暗記しているが、二人にも暗記して貰っていた方が安全だからな。
「それで作戦なのですが、可能ならば戦闘回避しながら最奥の部屋を目指し、やむなく戦闘になった場合には各個撃破でどうでしょうか?」
「まあ、それしかないだろうな。数の上では圧倒的不利なんだ。出来るだけ戦闘は避けたいところだな」
「わかった。なら、広い中央廊下を通るよりも、こっちの細い道を侵入ルートにするか?」
見取り図を指差しながら問いかける。
「そうだな。さすがに三階から監視カメラを見るなんてことは出来ないと思うし、迂回したほうが戦闘は少ないかな」
それに同意するのは陽介。
白鳥さんも異論はないようで、特に何も言わなかった。
「それじゃあ、あとは日程だけか。平日なら何時でも良いらしいけど、都合の良い日はあるか?」
「俺達、金庭の生徒は一日くらいは休めるだろう。生徒会のことも、紫垣に任せれば何とかなるだろうし」
「ええっ!」
紫垣さんが勢い良く立ち上がる。
まさか生徒会の業務を押し付けられるとは、思ってもみなかったのだろう。
「何言ってるんですか! 無茶を言わないでください!」
紫垣さんが机を両手で叩きつけた。
こんな紫垣さんは初めて見る。
「おいおい。そんな調子じゃ、先が思いやられるぞ。次期生徒会長」
「うっ……。けど、今赤木会長に休まれるのは……」
「別に長い期間じゃないんだ。お試しだよ、お試し。卒業はまだ先だけど、任期はもう二カ月ほどで終わる。一度、俺がいない生徒会を体験してみると良い」
「……わかりました。赤木会長の代わりを務めさせて頂きます」
紫垣さんはどことなく不安そうにしながらも、一日生徒会長を引き受けてくれた。
しかし、陽介の話術には舌を巻く。
初めは陽介が生徒会長の仕事を押しつけるだけだったのが、ものすごく説得力のある話にすり替わっている。
白鳥さんも感心したような視線を、陽介に向けていた。
「あとは白鳥さんか。どうだ? 都合の良い日はあるか?」
「私の方も何時でも構いません。生徒会につきましては美空さんが仕切ってくれますし、授業に関してもいつ休んでもダメージは同程度ですから」
大丈夫ではなく同程度と言う当たり、成績への影響は大きいのだろう。
ただ、それでも参戦を断るそぶりがないことから、成績にかなりの余裕があるようだ。
「了解。なら、明人。その道具とやらはいつ出来る?」
「どうせ俺の技能じゃ簡単な物しか作れないし、三日あればなんとか」
「となると、金曜日が妥当か……」
「そうだな。なら、金曜日の朝八時に駅に集合で良いか?」
俺の確認に、陽介と白鳥さんが頷く。
これで決めなければいけないことは全て決めた。あとは、各々がやるべきことをやるだけだ。
「それじゃあ、次に集うのは金曜日、決戦の日だな」
「そうですね。絶対に勝ちましょう」
白鳥さんの言葉に、俺と陽介は力強く頷く。
次の金曜日──十月二十二日。
決戦の日まで、あと僅か。
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