奇術
陽介が誰かに電話をかけている間に料理が届き、それぞれに料理を食べ始める。
ただ、俺だけは陽介が戻ってくるのを待っていた。
「待たせたな」
やっと戻って来たのかと陽介の方に視線を向けると、陽介は様々なドリンクをお盆に乗せてきた。
電話にしては長いとは思っていたのだが、こんなことをしていたのか。
「せっかくドリンクバーがあるんだから、混ぜて遊ぼうぜ」
そう言って、机の上にドリンクを並べていく陽介。
バレたら元も子もないという理由から陽介の考えは聞いていないが、これも黄賀を引き離すのに必要な行為なのだろうか? だとしたら俺は陽介の味方をするべきだろう。
しかし、そんな陽介を咎めるような視線が二つ。白鳥さんと青井さんだ。
青井さんはともかく、白鳥さんから好意を引き出さなければならない身としては素直に陽介の味方をしても良いのかと考えてしまう。
「赤木さん。そういうのはあまり感心しません」
「そうよ。ドリンクバーで遊ぶだなんて子供なの?」
白鳥さんと青井さんから否定的な意見が出る。
それでも、陽介は諦めない。
「良い行いではないのは百も承知だ。だけど、学生だからこそこういうことをやっても許されると思うんだ」
白鳥さんと青井さんが顔を見合わせる。
どうやら、陽介の言葉に心揺り動かされているらしい。
「もちろん、飲み物を粗末にしてはいけないというのはわかる。だからこうしよう。混ぜたドリンクは皆で一口ずつ飲み、美味しければ勝った人が、不味ければ負けた人が飲むというゲーム性を取り入れよう。勝負方法は何でもいいけど、ファミレスというのを考えるとジャンケンになるかな」
「待ちなさい。まだやると決めたわけじゃ……」
「そうか。青井さんは参加しないんだな。わかった」
あっさりと引き下がった陽介に、青井さんは怪訝そうな視線を向ける。
こういうところは本当に上手いよな。押したいところで引いて相手の関心を得る。
押し続けるとこなのか、それとも引くのか、その判断が天才的だ。
「俺は参加する」
意外にも黄賀が真っ先に参加を表明し、白鳥さんと青井さんが困惑を深める。
そこで青井さんが何かに気が付いたように声を上げた。
「やっぱり私も参加するわ」
……この急な手のひら返し。いったい何を思いついたのだろう?
「えっと……参加したいのはやまやまなのですが、私は遠慮します。あまりジュースは飲まない方なので。すいません……」
リンちゃんが申し訳なさそうに辞退し、あと決めていないのは俺と白鳥さんだけとなった。
白鳥さんは口を噤ませ、リンちゃんの方を窺う。
だが、リンちゃんの辞退は自分があまりジュースを飲まないということが理由になっているだけで、遊び自体に反対しているわけではない。その為、協力を頼みにくいのだろう。
「黒沢さんは反対ですよね?」
白鳥さんが縋るような視線を向けてくる。
これはどうすれば良いんだ?
当然、白鳥さんに同意するが印象は良くなるだろうけど、そうすることで陽介の作戦が失敗してしまうかもしれない。
「俺は…………」
それでも、たった一人だけの味方というのは印象をとても良くするだろう。
どちらが正解なのだろう。正直俺にはわからない。
けれど、俺が白鳥さんの立場だとしたら――
「やるよ。やっぱりこいうのって、学生の内しか出来ないことだと思うから」
白鳥さんはショックだったらしく顔を俯かせる。しかし。
「だから、白鳥さんも一緒にやらないか?」
続く俺の言葉に、白鳥さんは顔を上げて目を見開いた。その言葉が意外だとでもいうように。
反対と言ってる人に言う言葉ではないのはわかっている。それでも、俺が逆の立場だとしたら反対だけど誘ってほしい、そんな我が侭な気持ちになると思うのだ。
何故なら、皆で遊ぶこと自体には反対ではない、むしろ皆と遊びたいという気持ちを持っているだろうから。
「仕方ありませんね。今回だけ認めてあげます」
白鳥さんが少し困ったようにそう言うと、隣に座っていた青井さんが抱き付く。
「彩羽様。ありがとうございます!」
「それでまずは誰から――」
「じゃあ、言い出しっぺの俺から」
陽介が黄賀の言葉を遮りながらメロンソーダとカルピスを混ぜる。
「んじゃ、自分のストローを突っ込んで少しずつ飲んでいってくれ」
その言葉に青井さんと黄賀がえっという表情を見せる。そして大きなため息をついた。
何をそんなにショックを受けているのだろう? まさか同じストローで飲んで間接キスなんて考えたわけじゃあるまいし。
そんなことを思いながらストローをさして、少し飲んでみる。
うん、鉄板って感じで普通にうまい。そんな感想を抱いていると、向かいから白鳥さんが恐る恐るといった感じでストローを差し込んでくる。
よほど緊張していて周りのものが目に入っていないのか、物凄く顔が近い。俺がそのまま動けないでいると、白鳥さんが少しだけジュースを飲み込む。
「結構おいしいですね……」
白鳥さんが頬を緩ませながら顔を上げると、バッチリと目が合った。
互いにみるみるうちに顔が真っ赤になっていき、どちらからともなく離れる。
「明人。なかなかやるな」
陽介がからかうように言ってくる。そんな陽介を軽く睨みながら、全員が飲み終えるのを待つ。
当初の予定ではこれから美味しさの議論をし、じゃんけんをしておいしければ勝った者が、おいしくなければ負けた者が残りを飲み干すルールだったが、流石に五人が同じコップで飲むには量が足りなかった。
五人全員が飲み終え、残った量はほんの僅か。結局、作った人が残りを飲み干すことになった。
それから順に飲みほどを混ぜ、新たなドリンクを開発していった。
黄賀と青井さんはどちらが白鳥さんと同時に飲むのか争っていたり、その事に身の危険を感じたのか白鳥さんは二人が争っている間に自分の分を飲んでいたり、参加しなかったリンちゃんが時折美味しくできたジュースを白鳥さんに分けてもらってその度に黄賀と青井さんが声をあげたりしていたが、結構盛り上がった。
それでも、二周したころには楽しさより辛さが優ってきて、そこでお開きとなったが。
ファミレスを出てしばらく街を散策していると、リンちゃん以外の様子がおかしいことに気が付いた。
みんな、そわそわしているのだ。
とはいえ、理由はわかっている。よくよく考えれば簡単なことだ。
実際、俺も感じている。
そう、尿意だ。そりゃあ、五人で二周、計十ものジュースを飲んでいれば自然とそうなる。
「ちょっと休憩にしないか?」
陽介の提案に反対するものはおらず、トイレ休憩をとることとなった。
そこらじゅうに大きな店があり、トイレを探すのに苦労はなかった。
ただ、人が多く男女で時間差が出来そうだったため、トイレを出てすぐの休憩スペースで再集合することに決めて、それぞれのトイレに入っていったのだが。
男子トイレに入った途端、陽介に個室に押し込まれた。
「お、おい。なんだよ。俺は変な趣味ねえぞ」
「馬鹿か! 俺にもないわ!」
そう言って、扉を閉められる。
俺はトイレの個室に閉じ込められることになった。
……いや、おかしいだろう? トイレの個室に閉じ込められるってなんだよ……。
そんなことを考えていると、扉越しに陽介の声が聞こえてくる。
「……じゃなくてだな。ここで十分ぐらい隠れていてくれ。トイレを出た時には二人きりかどうかはともかく、黄賀を引き離しといてやるよ」
……なんか陽介がマジシャンみたいなことを言い出した。
俺が陽介の発言にドン引きしていると。
「これ以上は黄賀に怪しまれそうだから、また後でな」
そう言い残して、足音が遠ざかっていく。
釈然としないものを感じながらも用を足した後、外の人に悪いと思いながらも十分ほど待ってからトイレを出ると。
休憩スペースには、先に出たはずの陽介はおろか、他に誰一人いなかった。
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