鳴音市

 鳴音市は日本最大の経済都市である。

 モノクロ化の影響の名残で多少休業中のお店があったとしても、全く気にならないほどの大量の店がある為、沢山の人が集まり都市全体が活気づいている。

 源光市や天見市とは街としての規模が違った。


「ただいまポテト三十パーセント引きです! どうぞお立ち寄りください!」

「最新家電が入荷しました! ご入用の方はぜひ当店で!」

「ただいま営業再開セールを行っています! なんと、全商品十パーセント引き。早い者勝ちですよ!」


 街中を歩いていると客引きと思われる沢山の人の声が聞こえてくる。

 鳴音市に来たことがないわけではないけれど、モノクロ化という世界規模の事件? が起こったにも関わらずこれだけ活気づいているのは凄いことだと思う。


「彩羽様。どのお店から行きましょう?」

「服やアクセサリーなどはどうかな?」

「まずは昼飯だろ。早いとこ食っちまわないと列が出来るぞ」


 青井さんと黄賀と陽介がどのお店に行くかで白鳥さんに伺いを立てる。

 何だか、白鳥さんが王様みたいになっている。いや、この場合は女王様か。


「え、えっと、私は工学の本が見たいのですが……」

「なら、まずは本屋ですね」

「本屋か。確かあっちにあったはず……」

「あれじゃないか?」

「あんなに大きな本屋さんは初めてですね。流石は鳴音市」


 どうやら、まずは本屋に行くことが決まったようだ。

 四人の後に続こうと歩こうとして、リンちゃんがフラフラとしていることに気が付いた。


「人……多い……」


 どうやら人ごみに酔ったらしい。


「大丈夫?」


 リンちゃんの肩を支えながら、四人の少し後をついていく。


「明くん、ごめんね……」

「謝る必要なんてねえよ。……ていうか、陽介は何やってるんだよ」

「え?」

「いや、何でもない」


 首を横に振って、慌てて誤魔化す。

 もう少しで陽介のことを感づかれるところだった。



 白鳥さんの希望で書店を訪れた俺達は、真っ先に工学の本が置いてある部分にやってきていた。

 その近くの休憩スペースでリンちゃんの介抱をしながら、陽介達の様子を見る。


「あ、これ良いですね。今度、勉強する時に使いましょう」

「少し難しいが、これなんかどうだろう?」

「彩羽様。これなんかどうですか?」

「そうですね……。ああ、でもこっちも捨てがたいです」


 白鳥さん、黄賀、青井さんの三人は楽し気に参考書を選んでいる。

 その後ろで陽介が「何かが違う」と呟いていたが、今回ばかりは同情の余地がある。男女で出かけておいて参考書選びで盛り上がるだなんて、予想できる方がおかしいだろう。

 ため息をつきながら視線を三人の方に向けていると、何を勘違いしたのかリンちゃんが。


「あの、明くん……。行きたかったら行ってもいいよ?」


 と言ってきた。


「何言ってんだ。リンちゃんが元気になってからじゃないと……」


 あの三人の会話についていけないだろという言葉はすんでのところで飲み込んだ。

 その様子を見ていた陽介が親指を立ててこちらに向けてくる。


 陽介からのメッセージとしてはよくぞ我慢した、といったところだろうか。黄賀に工学の話についていけないことがバレれば、これからの話題が工学中心になるだろうからな。


 しかしこのままでは白鳥さんとの仲を進展させるどころか、一言も喋れない可能性がある。

 何とかして場所を移さないと。


 しかし、どうしたものか。

 ここには白鳥さんの希望で来ているわけだから、別の場所に行こうと言い出すのは避けたいところだ。かといってこのままだと黄賀だけが白鳥さんと話をする羽目になる。

 何かいい案がないかと頭を悩ませていると。

 ぐー、とリンちゃんの腹の虫が鳴った。


「あうぅ……」


 リンちゃんは恥ずかしそうに俯いているが、これは超ファインプレーだ。

 リンちゃんの介抱をしていたご褒美か、俺に追い風が吹いた。


「少し早いけど、昼食にしないか? そろそろ店も混みだしている頃だろうし」

「あ、あの……私からもお願いします」


 俺の提案に、リンちゃんが賛成してくれる。


「そうですね。一度休憩を挟みましょうか」

「彩羽様がそう言うなら異論わないわ」

「仕方がないな」


 黄賀は上からの物言いだったが反対意見はないようで、俺達は書店を出て飲食店を探す。

 何を食べるのか特に何も考えていなかったため、書店を出て一番初めに見つけたファミレスに入ることになった。


 店内はそこそこ賑わっており、昼食時の少し前という時間帯を考えると繁盛している部類に入るだろう。

 男子と女子が向かい合うように座る。奥から黄賀と青井さん、陽介と白鳥さん、俺とリンちゃんだ。


 注文を済ませた後は、各々好きなことをして料理を待っていた。黄賀と青井さんは白鳥さんに話しかけ、リンちゃんはメニューを眺め、俺と陽介は作戦会議を行っていた。


「おい、どうするんだよ? せっかく白鳥さんと出かけることが出来たのに全然喋ってないじゃねえか」

「そんなこと言ったって。会話についていけないんだから仕方ないだろう」


 現状、白鳥さんに話しかけているのは青井さんと黄賀の二人である。

 青井さんは女子特有の話を振っており、明らかにアブノーマルな趣味全開の紫垣さんとあまり自分のことを話さないリンちゃんの二人しか女友達がいない俺としては話に入っていけない。


 黄賀の方は時折質問をしているが基本的には工学の話をしているので、まだ勉強を始めて一カ月の俺には難易度が高い。黄賀と白鳥さんが何を言っているのかわからなくなることが多々ある。

 よって、白鳥さんとまともに会話できていない状態なのだ。


「なら、自分から話題を作って話に行けよ」

「あの二人が常に白鳥さんの近くにいるのに?」

「うっ……」


 俺の返しに陽介が言葉を詰まらせる。

 さすがに陽介でもあの二人が張り付いている中で話に行けという無茶ぶりは出来ないらしい。もしくは俺では太刀打ちできないとでも考えているのかもしれない。


「けど、このままってのもなぁ……」


 陽介は困ったように頭をかきむしる。

 珍しく陽介にも打つ手がないらしい。

 いつもなら何かしらの策を思いついているのだが。


「せめて白鳥さんと2人きりの状態なら……」

「はぁ……贅沢言うなよ。そもそもこの親睦会を開くこと自体難しかったんだぞ」

「そこを何とか。頼むよ。他はともかく、星志がいるとやりづらくてしょうがない」

「確かにここまでは明人が入り込めないよう、話題を選んでいる感じはするけど……」


 陽介は腕を組んで唸り始めた。

 多分、陽介の悩みも黄賀なのだろう。なんとなくそんな感じがする。


 黄賀はとにかく白鳥さんから離れようとしないから、陽介であっても引き離すのは難しいのだろう。

 陽介の真骨頂は対話にこそあり、相手が確固たる意志を持って拒絶してきた場合、説得が非常に困難になる。というか、陽介にはどうしようもない。


 それは陽介よりもコミュニケーション能力で劣る俺にも当てはまる。

 透矢しかり黄賀しかり。


 せめて白鳥さんのように、こちらがつけ込める何かがあれば良いのだが。そもそも白鳥さんだって十二年前に仲良くなっていなかったら、つけ込める隙などなかっただろう。

 まあ、まだ友人の域に達しただけで、まだまだ問題は山積みだけどな。


「どうにかならないか? これだけ沢山の人がいるわけだし、はぐれさせることくらい出来そうなものだが……」

「そもそも、黄賀が白鳥さんの近くに居るから無理だって」


 それはつまり、裏を返せば黄賀が近くに居なければ何とかなるってことだよな?

 俺の知る限り陽介が失敗したことなんて一度もないから、そう解釈してしまうのだが……。


「本当に無理なのか? 囮とかも使えないのか?」

「囮? どう言うことだ?」

「要するに陽介は黄賀が白鳥さんにくっついているから、はぐれさせるのは無理だと言うんだろ? だったら、別の人物を白鳥さんだと錯覚させることが出来れば、黄賀は自分から離れていくんじゃないかって。例えば、青井さんと白鳥さんを入れ替えるとか」


 そこは青井さんと白鳥さんに協力をあおぐことになるだろうけど、結構良い案なのではないかと思う。

 この辺りは色んな物が売ってるから、変装道具を買うことも可能だろうし。


「…………」

「どうだ? 良い考えだと思わないか?」


 俺の問いかけには答えず、陽介は腕を組みながら難しい顔で唸っていた。

 しばらくして、ようやく口を開く。


「まず、白鳥さんと二人きりになることについて、どう説明する? まさか二人きりになりたかったからと本当のことを言うわけにも行かないだろう? 次に身長差だ。白鳥さんと青井さんとでは明らかに無理があるだろう。第三に変装道具を気づかれずに買うことが出来ると、本気で思ってるのか?」


 陽介から出てくる言葉は駄目出しばかり。

 確かに理由を聞けば納得は出来るし浅慮だったと反省するが、ならどうすれば良いんだよ、という話になってしまう。


 もちろん陽介が悪いというわけではない、むしろここまでお膳立てをしてもらって何も出来ない俺の方が悪いのだけれど、せっかく掴んだチャンスをみすみす逃すことをしたくないのだ。

 奥歯を噛みしめ俯いていると。


「けど、着想自体は悪くない」


 陽介がそんなことを言った。

 思わず顔を上げて陽介を見つめてしまう。

 陽介はニヤッと笑みを浮かべ。


「上手くいくかはわからないが、一つ思い付いたことがある。二人きりにしてやれる保証はないが、成功すれば必ず黄賀は引き離せる」


 言葉とは裏腹に自信満々そうに言った。

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