集合

 勉強会を始めて早一カ月。暦は十月の中旬となり、だんだんと気温が下がって来た。

 週三のバイトは既に慣れており研究所内でも友達が出来た。もちろんバイトがない日は白鳥さんの家で工学の勉強である。


 それから白鳥さんの打診により俺は大学進学を認められた。大丈夫だとは思っていたが、これで一安心だ。

 白鳥さんは大学に行かずイクシード研究所に就職するという形になるそうだ。

 その話を聞いたときのショックは大きかったが、そこはもう吹っ切った。


 あの時、白鳥さんは答えるまで時間を要した。もしかしたら就職というのは仮の進路なのかもしれない。

 そう、ポジティブに考えることにしたのだ。もしかしたら進学する未来もあるのかもしれないと。


 それは逃げの考えなのかもしれないが、今は落ち込んでなんかいられないのだ。

 ちなみに陽介は普通に大学進学するらしい。

 学科こそ違うものの、志望校は同じなので大学でも一緒に行動できそうである。


 そんなことを考えていると、肩を軽く叩かれた。

 隣を見ると、珍しくおしゃれをしている陽介の姿があった。

 因みに俺はポロシャツにチノパンというシンプルな格好である。


「おい、明人。せっかくのチャンスなんだからしっかりしろよ」


 陽介の言葉に「わかっている」と答えながら先ほどまでの考えを捨て、今日のことを考える。


 今日は俺、陽介、白鳥さん、青井さん、黄賀という5人で出かけることになっている。元々は黄賀が白鳥さんをデートに誘ったのがきっかけだったが、そこを陽介が持ち前の交渉術で同年代の親睦会に変えてしまったのだ。


「それにしても、いくら何でも早すぎないか? まだ集合時間の三十分前だぞ」

「アホか。集合時間より早く到着するってのは大事なんだよ。女性を待たせるなんて論外だし、今日のデートが楽しみなんだとアピールにもなる。相手にもよるが、やっていて損はない」


「デートじゃねえだろう。親睦会だろう」

「いーや、これはデートだ。俺と緑河、明人と白鳥、その他2人のトリプルデートさ」

「おい。なんでリンちゃんまでいるんだよ? 来るなんて聞いてないぞ」

「俺が呼んだのさ。緑河も久しぶりに旧友に会いたいだろうと思ってな」


 旧友……白鳥さんと青井さんのことか。

 確かにリンちゃんは元白銀女学院の生徒だから陽介の言っていることはもっともだと思うのだが、絶対私欲が混じっているだろう。

 まあ、陽介にはいろいろと助けられているので言わないでおくが。


「しかし、良く黄賀と白鳥さんが了承したな。黄賀ってあれだろう? 黄賀グループの一人息子。それに白鳥さんもあんまり和気藹々とするタイプでもないし」

「別に簡単だったよ。そもそも白鳥さんがデートに行きたくないって感じだったから、親睦会にすればと提案したんだ。白鳥さんが了承すれば芋づる式に黄賀、青井さん、緑河と参加者を増やすことに成功さ」


 陽介ってやっぱすげえな。いや、今回は白鳥さんが凄いのか。


「それで、今日の親睦会はどこに行くんだ? モノクロ化の影響も沈静化してきて、営業再開してる店が一気に増えただろ?」

「考えてない。というより、黄賀に自分が考えるからと押し切られた。だからどこに行くのか俺にも見当がつかん」


 陽介にしては神妙な顔つきで答える。

 正直、嫌な予感はするのは確かだ。黄賀はプライドが高いと聞くので、自分の財力や権力を見せびらかそうととんでもないプランを考えてきそうなんだよな。


「どうにかならないのか?」

「難しいな。今回の親睦会も白鳥さんが賛成したから仕方がなくという感じで、俺の提案事態に納得したわけではなさそうだったからな」

「そうか……」


 陽介の言葉に気落ちしていると、リンちゃんがやって来る。

 リンちゃんはシャツとロングスカートという大人しめの服装をしていて、リンちゃんらしいなと思ってしまう。


「えっと……遅れちゃった、かな?」


 リンちゃんは遅れたのかと不安そうにしている。

 俺がそんなことないと言おうとした矢先に陽介が割り込んできた。


「全然。まだ集合の十分前だし。むしろ俺達が早く来すぎただけ。白鳥さんも青井さんも来てないだろ?」


 陽介のフォローにリンちゃんはホッと息を吐いた。


「あら? 皆結構早いのね」

「おはようございます」


 続いて青井さんと白鳥さんがやって来た。

 青井さんはシャツに短パンというボーイッシュな格好で、白鳥さんは膝下まであるワンピースの上に丈の短いいジャケットといった可愛らしいという印象を持つ服装だった。


 白鳥さんは今までと同様に日傘をさしており、その姿はさながら深窓の令嬢といった雰囲気だ。

 それからしばらくして。


「やあ、彩羽。待たせたね」


 最後に、一応今回の親睦会の発案者にあたる黄賀がやってきた。恐らく金がかかっているであろうファッションに身を包んで。

 その黄賀は真っ先に白鳥さんの元へ向かい、挨拶を交わしている。まるで白鳥さんしか視界に写っていないように感じられるほどだ。


 黄賀の事は陽介や白鳥さん、青井さんなどから話を聞いていた。

 陽介からはプライドが高い最低な奴だと。白鳥さんからは今はそこまで悪い人ではないと。青井さんからは油断ならない人物だと。


 陽介や青井さんからの評価も参考になるが、白鳥さんの良い人、ではなく悪い人ではないという評価に、黄賀の本質が透けて見えるような気がする。

 三人の話からある程度、黄賀の性格について想像はしていた。


 それでも、直接会うのは今日が初めてである。

 しばらくしてようやく、黄賀は周りにいる人達に気が付いた。

 しかし、誰に挨拶するでもなく、俺の方へ一直線に歩み寄ってくる。


「君が黒沢明人だね。初めまして。黄賀星志です」


 黄賀がにこやかに微笑みながら手を差し出してくる。

 ものすごく丁寧なあいさつに思わず面食らってしまう。


 思っていたのと違うというか、事前に聞いていた話と全く違っていた。

 俺は軽く咳ばらいをしてその手を取り、握手を交わした。


「既に知ってもらえているようだが一応、黒沢明人だ。よろしく」


 なんだ、そこまで悪い人ではないじゃないか。安易にそう思いかけた瞬間――


「へえ。本当にオッドアイなんだ」


 値踏みするかのような黄賀の視線と言葉に、俺は思わず手を振りほどいてしまった。


「おいおい。いきなりどうしたんだい? そんなに怯えて?」


 黄賀は表面上は爽やかに言ってくる。だが、心の内では嘲笑っているのだろう。

 少なくとも、俺にはそう見えた。

 まるで、白鳥さんと釣り合わないと言いたげな、そんな感じの嘲笑だ。


「ああ、もしかして緊張しているのかい? 確かに俺は黄賀グループの御曹司で君達からすれば雲の上の存在だろうけど、気安く接してくれよ」


 俺の肩をポンポンと軽く叩く黄賀。

 何気に、気安く話しかけてくれているように聞こえるが、自分の方が格上なのだという本心がセリフの中に混じっている。


 そんな黄賀が良い人なのだとアピールしてくるのは、恐らく透矢の入れ知恵だな。

 ただ黄賀は優し気に振舞うのに慣れてなさそうで、付け込むならここしかないだろう。


「そうか。なら星志と下の名前で呼んでも良いか?」


 一瞬黄賀の顔が歪んだように見えたが、表面上はにこやかにもちろんだ、と言ってくる。

 それでも確実に黄賀の心を見出した確信を得る。


 しかし、正直なところ、俺の方が先に参ってしまいそうだった。

 例え演技だとしてもこいつは仲良くなりたくない。そう思ってしまったのだ。


「それで星志、これからどこに行くつもりなんだ? 陽介からは星志が考えると言っていたと聞いているんだが」

「とりあえずは鳴音市でショッピングをしようと思っているよ」


 普通、だな。

 施設を貸し切り状態にして遊ぼうとか言ってくるのではないかと予想をしていたんだが。


「へえ、いいじゃないか。とりあえず出発しようぜ」


 陽介が黄賀を促し、俺達は鳴音市に向かった。

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