白鳥家
歩くことニ十分ほど。
鳴音市にある高級住宅街の一軒家。それが白鳥さんの自宅だった。
新築のような綺麗な外見で、かなりでかい。
お金持ちの象徴としてイメージするような大豪邸ではなかったけれど、高級住宅街に住んでいる時点でかなりのお金持ちなのだと推察される。
そもそもの話、白銀女学院に通っていることこそがお金持ちの証であるのが世間の認識であり、そこに通う青井さんもお金持ちである可能性が高いという……。
なんか微妙に納得がいかない……。
「どうぞ」
白鳥さんに促され、家の中に上がる。
家の中も見た目通りの広さで、庭が普通にあったり、書斎があったり、高級そうなソファーが置かれていたり、すごく羨ましい生活をしているなと思う。
俺と青井さんは白鳥さんの部屋に案内された。
白鳥さんの部屋は綺麗に整理整頓されており、床にはカーペットが敷かれてある。壁際にベッドが置かれ、そこでいつも白鳥さんが寝ているのかと思うと、少しドキドキする。
さらにその反対の隅に勉強机が置かれ、机の上には伏せられている写真立てがあった。机の棚には教科書やノート、工学関係の資料などが仕舞われており、漫画や小説など、若者が読みそうな本が全くなかった。
「この部屋で少し待っていてください」
白鳥さんにそう言われ、青井さんと2人、部屋に取り残された。
すると、青井さんが話しかけてくる。
「ねえ、何故あの時、私の言葉を遮ったのかしら?」
遮ったというと、青井さんが十二年前の話題を出そうとしたときの事だろう。
「十二年前の話題を出してもらいたくなかったからだ」
「何故? 彩羽様に思い出してもらえれば一気に距離が縮まると思うのだけど」
「リンちゃん――緑河林華を知っているか?」
突然話題を変えた俺に、青井さんは訝しげに視線を向けてくる。
「何、急に? 元々白銀女学院に通っていたのだから知っているけれど、関係ない話だわ。話を逸らしたいだけなら、さっさと諦めることよ」
「別に話を逸らしたわけじゃない。リンちゃん曰く、白鳥さんは十二年前の記憶があるらしいんだ。直接俺の名前が出たわけではないけど、俺のことをぼやかしながら聞いてきたらしいからな。覚えている可能性は高いと思う。けれど、覚えているのなら俺に何も言ってこないというのはおかしな話だ。仮にも、十二年前は一番仲が良かったんだぞ」
「貴方が十二年前の男の子だと気づいていない可能性はないの?」
「ないな。影の薄い俺だから忘れられているかもと思ったことはあるが、金目の日本人なんて、見れば一発で分かるだろう」
そもそも、金目のオッドアイで日本人という条件に当てはまるのは俺ぐらいのものだろう。
例えいたとしても、その数は圧倒的に少ない。
「確かにそうね。それにしても、ついさっき、見た技を再現できるという才能が分かったばかりなのに、どうしてそうネガティブ発言が出来るのかわからないわ」
青井さんは説明には納得したが、ネガティブ思考の発言には異を唱えてきた。
異を唱えるというか、呆れた感じではあったのだけれど。
「これはもう性格なんだよ。例え、俺が陽介や白鳥さんと同じような才能を持っていたとしても、自分に才能はないとか言っちゃうんだよ」
「面倒くさい性格ね」
「青井さんには言われたくはない。どうせ、白鳥さんがイクシード研究所で働いていることを知っているんだろう? その上で、ワザと知らないふりをしている。違うか?」
「さあ、何の事かしら?」
青井さんはわざとらしくとぼけて見せる。
あくまで白を切るつもりのようだ。
しかし俺はそんなことはお構いなしに話を続ける。
「それどころか、このモノクロ化の原因が白鳥さんにあると感づいているんじゃないか?」
「そんな考え、どこから出てくるのかしら」
「簡単なことだ。俺と陽介の契約の時に青井さんがいただろう。白鳥さんが部外者を入れていたことについては置いておくとして、陽介曰く、あの時の君は白鳥さんから飛び出した研究所やら契約書という言葉に、まるで反応していなかったそうだ。まるで、初めから知っていたかのように」
青井さんは諦めたように大きく息を吐いた。
「あくまで白を切りとおすことは可能だけれど、良いわ、認めてあげる」
「じゃあ?」
「ええ。彩羽様がモノクロ化を引き起こしたと知っているわよ。けれど、どうやってかまでは知らないわ。ただ、彩羽様が話そうとしないのなら私は無理に聞かない。本当は教えてほしいけれど、誰しも秘密はあるものだわ」
大人な意見だな。そう思っていたのだが。
青井さんはけれど、と続けると。
「貴方の秘密なら、無理矢理聞いても問題ないわよね」
そう言って、青井さんが俺に跳びかかって来る。
「お、おい!」
押し倒され、青井さんにマウントポジションを取られる。
手首を押さえつけられているので、足をじたばたすることしかできない。
「さあ、彩羽様はどんなお仕事をしているのかしら?」
正直に答えようとして、ふと思いとどまる。
ここで話すと契約内容に引っかかるのではないだろうか?
透矢はもし研究所の機密情報を話した場合、クビにプラスして個人情報を流失させると言っていた。俺が今から話そうとしていることは、契約内容に引っかかる可能性がある。
その沈黙を答えないという意志表示だと受け取ったのか、青井さんは俺の両手を頭の上に持ってきて片手で手首を押えると、開いたもう一方の手で服の下に手を入れて来た。
「ふぁい!?」
「答えないと、貴方の体が大変なことになってしまうわよ」
大変なこと……。
「どうなるっていうんだよ?」
「私の口から言わせようだなんて、とんだ変態ね」
いや本当何されるの俺!?
きっとくすぐられるとかつねられるとか、そういうのを想像していたのだけど、青井さんの反応から楽観視が出来なくなってきた。
「おい、白鳥さんが戻ってきたら誤解されるぞ? それでもいいのか?」
俺の忠告にも、青井さんは不敵に笑うだけで。
俺はなんだか不安になってきて、思わず机の上を指さす。
「今なら机の上に置かれている写真を盗み見ることが出来るんじゃないか!? 俺、何も見ないから。青井さんが何をしていても全く関与しないから」
「…………」
しばらく黙っていた青井さんだが、誘惑に負けたらしい。
俺の上から降りると、机の写真をチラッと盗み見た。
「貴方なんて爆発すればいいのに」
なんで!?
俺と青井さんの醜い争いは飲み物を持った白鳥さんが戻ってくるまで続いた。
ちなみに白鳥さんの服装は女学院の制服ではなく、無地の清楚なワンピース姿だった。
結構時間かかっているなとは思っていたが、まさか着替えていたとは思いもよらなかった。青井さんなんか私服に見とれているのか着替えシーンを想像しているのかは知らないが、はた目からでもわかるほど顔を真っ赤にしている。
「それでは早速始めましょうか」
白鳥さんは机から教科書らしき本を数冊取り出すと、俺の前の床に置いた。
「……折り畳み式の机とかないのか?」
「すいません。家に私のお客様が来ることなんて、滅多にありませんから」
何だか悲しい過去を暴露された気がする。
白鳥さんは別段気にした様子はなく、話を続ける。
「そういえば黒沢さんは志望大学などは決めていますか? もし決めているのなら、受験対策などもお手伝いできるかと思いますので」
「ん? イクシード研究所って大学進学可能なのか?」
機密保持のため進学は難しいだろうなと思っていたのだが。
「全員が工学の基礎を学んでいるわけではありませんし、希望者は進学可能ですよ」
そうなのか。それでよく機密保持が保たれているな。
俺としては大学進学が認められるのは嬉しい限りなので、別に構わないんだけれど。
「一応、スカウトされる前は天見大学を第一志望にしていたけど……」
「何学科ですか?」
「あー、機械工学科かな……」
俺の答えに、白鳥さんは意外そうな顔をした。
「私はてっきり医療福祉工学の方に行くものだとばかり……」
白鳥さんの言いたいことはよくわかる。
色波虹希博士は様々な分野の知識を持っているが、その実、有名になったのは医療福祉工学についての知識のおかげだ。
だから色波虹希博士の研究所で働く俺が進学するのは、医療福祉工学の方向だと思われがちなのである。
「そっちの道を考えなかったわけじゃないけれど、俺は適当に好きなものをつくろうかなと」
「好きなもの、ですか?」
「ああ。例えば屋根付きの自転車とかコタツの反対版の冷机とか。そんなおもちゃみたいなのじゃなくて、何か大きなものを創ってみても良いし、医療機器の開発に携わるのも良い。そこはまあ、気分次第ってとこだ」
「そんないい加減な……」
白鳥さんや青井さんは非難めいた視線を向けてくるが、俺は一切動じない。
何故ならその生き方は──色波虹希博士の生き方そのものだから。
「いい加減でも良いのさ。何が自分の才能か、結局のところ自分にさえわからないんだから」
「あら、貴方にしては良いことを言うわね」
青井さんがからかうように言ってくる。
多分、俺の言葉でないことを理解しての発言だろう。
別段隠すことでもないので、正直に白状する。
「そりゃあ、俺の言葉じゃなくて色波虹希博士の言葉だからな。けど、この言葉は俺の理想でもあるんだよ」
「そう言う割にはあまり実践できていないようだけど?」
「そうですか? 結構、楽しんで生きていると思いますけど」
青井さんは茶化すように、白鳥さんは羨ましそうにそう言った。
青井さんと白鳥さんとでは俺に対する印象が違うらしい。
俺自身の考えは時と場合によりけりだけどな。
とそこで白鳥さんがあっと小さな声を上げた。
「随分と話が逸れていましたね。話を戻しましょう。黒沢さんの志望は天見大学の機械工学科で間違いありませんか?」
白鳥さんの確認に首肯する。
「分かりました。それでは合格を目指して頑張っていきましょう」
白鳥さんは胸の前で両手を握りしめて気合いを入れている。
その様子はとても可愛かったのだけれど、いつから大学合格が目的となってしまったのだろう。
そんなことを考えながら、俺は教科書を開いた。
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