女学院 後編
「ここは?」
「生徒会室です。役職上は生徒会長ということになっていますので」
そう言って、胸元に着けられたピンバッジを見せつけてくる。そのピンバッチが生徒会役員を示すものらしい。
恐らく色で役職を分けられていたであろうバッチには模様が一切なかった。
「それで、役職上とはどういうことだ?」
「この女学院での生徒会長選挙は立候補制ではなく、人気投票なのです。先生曰く、人の上に立つのは能力のある者ではなく、皆から慕われ能力ある者を正しく使える者だと。なので、他の役員が優秀過ぎて私の仕事はほぼなく、普段は研究所に入り浸っていますので、とても生徒会長とは……」
「そう言うものなのか」
金庭高校の生徒会長は立候補制で決められ、信任、もしくは重複した場合は選挙で決めることになる。逆に候補者がいなければ推薦となる。他の役員も生徒会長と同じように決められるので、選挙の度に生徒会の印象は変わる。
陽介の生徒会は適材適所で上手くやりくりしているなという印象を受けている。
学校ごとに生徒会長の決め方が違って、新鮮味を感じる。
「それで他の役員は?」
「全員帰りましたよ。片付けをしたり戸締りを確認したりしている最中に、黒沢さんが入ってきたんです」
つまり、俺が逃げ込むのがもう少し早くても遅くても、ジ・エンドだったわけか。
この奇跡のタイミングで逃げ込めたこの幸運に感謝しよう。
「さて、黒沢さん。ここまで来てくださったということは、昨日のスカウトを受けてくれるということですか?」
「ああ。だけど、一つお願いがある」
「何でしょう?」
「俺の友人も研究所で働きたいと言っているんだ。機械の知識はあまりないが、人を纏めたりするのは得意な奴だ。どうか、友人も雇ってはくれないか?」
頭を下げ、白鳥さんの様子を窺う。
白鳥さんは眉をピクッと吊り上げた。
やはりダメなのだろうか?
「一つ聞かせてください。その友人に昨日の話はしましたか?」
「ああ。した。もうすぐここに来ると思う。面接した後でも構わないから、陽介の採用を考えてくれないか?」
俺はもう一度頭を下げる。今度は顔色を窺うようなことはしていないので、白鳥さんがどんな顔をしているのかはわからない。
しばしの沈黙の後、白鳥さんが口を開いた。
「分かりました。あなたの友人も雇いましょう。ただし、研究所内のことは透矢さんに一任されています。同じ場所で働けるという期待はしないでください」
「分かった。ありがとう」
会話が途切れ、沈黙が場を支配する。
話は終わったのだが、陽介の採用も決まった以上、先に研究所に向かうわけにもいかない。
何か話題はないかと考え、一つ思いついた。
「そういえば、あの長身の少女はいったい何なんだ? どうしてああなった?」
「ああ。美空さんの事ですね。彼女の名前は
嘘だろ? お姉様を通り越して彩羽様とか呼んでる奴だぞ?
「まあ、信じられないのも無理はありません。しかし、二年に上がった直後、理事長の息子だという男性が美空さんを口説き始めたのです。周りの皆さんは理事長の息子ということで見てみぬふりをしていたのですが、私は助けに入りました。正直、理事長の息子として手に入れたお金と権力を振りかざすだけの人でしたから、助けるのは簡単だったのですが、何故かその一件以来美空さんは私に懐き、その理事長の息子さんまで私を口説くようになったのです」
つまり、リンちゃんが言っていた校内で見たことのある男性と言うのは理事長の息子で、長身の少女――青井さんが言ってた俺を雇っていた変態というのも理事長の息子であると。
理事長の息子、何してんだよ……。そして何してくれてんだよ。
青井さんに敵視される原因も、そもそも青井さんが白鳥さんを崇拝する理由も、全て理事長の息子じゃないか。
あれ、ちょっと待てよ?
俺が教師や警備員から逃げきって白鳥さんと2人きりでここにいるという事は、リンちゃんに案内してもらって校門前で待っているであろう陽介は……。
「ぎゃあああああああ! 助けて! 助けてくれぇ! 明人! 明人ぉ!」
聞き覚えのある叫び声が扉の前を通過していった。
陽介、ごめん。
心の中で詫びながら、扉に耳を当てて聞き耳を立てる。すると、警備員の話声が聞こえて来た。
「……くっそ…………さっきの……奴と……いい……なんて……逃げ足の……速さだ」
「入り口で見張ってれば……そのうち見つかるだろう……きっつ……」
どうやら、陽介を追いかけたが体力の限界で逃げられたという事らしい。
息が絶え絶えになっており、だいぶ無理をしたことが分かる。
「生徒に注意を呼び変える必要がありそうですね」
「部外者が二人も侵入するなんて、やはりモノクロ化が秩序を乱しているのでしょうか?」
「どちらにしても、大至急対処法を考えないといけませんね」
反対に教師達は余裕がある。
どうやら陽介を追うのは警備員に任せっきりだったらしい。
「それに…………警備員さん……だらしな…………ありま……か?」
「うる…………走っ……ない……あ……達に……言われ……は……ねえよ」
「……だ……それ…………年…………考…………い……だ」
警備員と教師の話し声が遠ざかっていく。
警備員には気の毒なことをしたなとは思うが、俺も騙されたんだ。悪く思わないでくれ。
危機を脱したことに安堵していると。
「全く、彩羽様に近づく輩を二人も取り逃がすだなんて……あの変態を唆してクビにしてもらおうかしら」
聞き覚えのある声が聞こえてくる。
その直後、ノブが回される音がする。
「あれ? 鍵がかかってる。彩羽様はもう帰ったのかしら?」
両手で口を押えて扉に背をくっつけ、極力音を出さないように注意する。
「いえ、まだいますよ」
しかし、白鳥さんが声を上げたことにより、ノブを回す音が大きくなった。
ジェスチャーで何しているんですかと伝えようとするが、白鳥さんは首を傾げるだけである。
「少し待っていてくださいね」
白鳥さんはこちらに歩いてくると、あっさりと鍵を開けた。
勢いよく開かれる扉。
「うわっ!」
支えを失ったためにバランスを崩し、廊下側に倒れ込んでしまう。
しかし、廊下の冷たい感覚はいつまでたってもやってこず、代わりに柔らかな感触がする。
この感触はまさか……。
慌てて飛び退くが、そこには眉間にしわを寄せ、竹刀を構える青井さんの姿があった。
「ここに触れて良いのは彩羽様だけなのー!」
振り下ろされる竹刀を真剣白羽取りで辛うじて防ぐ。
飛び退いて青井さんとの距離が出来ていたのが功を奏した。
「美空さん。竹刀をしまってください」
「は、はい」
青井さんは慌てた様子で竹刀をしまう。
白鳥さんの言う事なら、素直に従うんだな。
「それから、先ほどこの前を逃げていった方をここに連れてきてください。それは私のお客さんです」
「は、はい!」
青井さんは泣きそうな顔で陽介を探しに行った数秒後。
「うわっ! また追ってきたのか!」
近くにいたのか、陽介の声が聞こえて来た。
「おーい、陽介! もう大丈夫だ!」
部屋から顔を出して呼びかけると、安心した表情でこちらにやって来た。
白鳥さんに促され、扉から見て長机の左側に白鳥さんと青井さんが、その向かい側に俺と陽介が並んで座った。
ちなみに豪華な椅子には白鳥さんが座っている。
「まずは美空さんの粗相を謝罪します。黒沢さん、えっと……」
「赤木陽介だ」
「赤木さん。申し訳ありませんでした」
そう言いながら、白鳥さんは深々と頭を上げた。
「彩羽様!? なぜそのようなことをするのですか! 悪いのはこの二人でしょう!」
「この二人は私が呼んだ客人ですよ。美空さんも謝りなさい」
白鳥さんに窘められ、青井さんも頭を下げた。
いかにも納得していない感じではあったが。
「話を信じたふりをして、貴方方を騙してすいませんでした」
「良く謝れました。偉いですよ美空さん」
白鳥さんに褒められ、青井さんの表情がだらしなく緩む。
ちょっと、白鳥さん? 青井さんに甘すぎじゃなありませんかね?
「さて、それでは本題に入りましょう。念のためもう一度確認させていただきますが、お二人はイクシード研究所で働くという事でよろしいですか?」
俺と陽介が頷く。
「分かりました。それでしたら、こちらの注意事項を読み、契約者にサインをお願いします」
白鳥さんは鞄の中から冊子を二冊取り出すと、一冊ずつ俺達の前に置いた。
俺達は冊子を手に取り、中を確認する。
その内容を要約すると、以下の通りになる。
一つ、働くのは学校終わりの十七時から二十一時の四時間で週三日である。
二つ、土日は基本的に休みであるが、完成前など忙しい時期には出勤を命じることがある。
三つ、時給千円であるが、休日出勤などを行った場合手当てが出る。通勤手当などは第四項へ。
四つ、服装、頭髪は自由であるが、汚れても良いものを用意すること。
五つ、作業部屋の割り当てなどは代表である色波透矢に決定権がある。
六つ、研究所内の機密を漏らすことは禁ずる。機密を漏らした場合は第三項へ。
七つ、やむを得ず休む場合は誰かに連絡をすること。また、研究所内の人間の連絡先を最低三人は登録しておくこと。
八つ、今日は何をしたか、経費で何を買ったかの報告書を部署ごとに毎日提出すること。
九つ、高校、または大学卒業後はイクシード研究所に就職するものとする。これは機密漏洩を防ぐためである。正社員については第二項へ。進学は別途相談。
ということらしい。
その後第二項からいくつか項目があり、最後のページに契約書があった。
時間は山程あるとはいえ、あまり長引かせすぎるのも良くないだろう。
色を取り戻したことが原因でパニックを引き起こすのは限りなく減らしたい。
早く説得できればそれに越したことはないし、陽介が味方するのだからそんなに時間はかからないと思っている。それでも世の中絶対なんてないし、何が起こるかわからない。
俺はごくりと唾を飲み込むと、陽介の方に視線を向ける。
「陽介。やるぞ」
「分かってるさ。明人」
陽介と小声で互いの覚悟を確認し合った後、契約書にサインする。
色鮮やかな世界を取り戻すために。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます