聴取

 初めに俺が疑問を抱いたのは、白鳥さんの「モノクロ化の原因は機密事項」という言葉だった。

 現在、政府が原因の解明と対策を最優先事項と設定しているのに、機密事項とするのはおかしいと思ったのだ。まあ、病気路線というまったく見当はずれの方向を調査しているようだが……。


 とにかく、そこから白鳥さんの選択を迫るような言動や自分の考えをまとめた結果、色波透矢と白鳥彩羽の二人がモノクロ化の犯人だという考えに行き当たった。

 物的証拠はない。だが、俺はもうあの二人が犯人だと確信していた。

 だから俺が一人で研究所に乗り込んで、透矢と白鳥さんを説得し、モノクロの世界に終止符を打つ。


「ということで、陽介。あとのことは頼んだぞ」


 透矢と白鳥さんとの邂逅の翌日。昨日のことを話し終えた俺は朝の教室で陽介に向かってそう言った。

 しかし、陽介は大きくため息をつくと、俺の額に思いっきりデコピンしてきた。


「痛ッ! 何すんだよ」

「はぁ、時間稼ぎをしようと考えるところまでは良かったのに。どうして最後の最後でこう、一人で突っ走るかな」


 俺の抗議に、陽介は呆れたように息を吐いた。

 この光景自体は何度も見たことがあるのだが、今回ばかりは俺も腹が立った。俺の作戦にケチをつけやがって。


「失敗した時の対処もしているし、作戦自体も無茶なものじゃない。何が悪いってんだ?」

「ほう。言っていいのか?」


 陽介が怪しく目を輝かせる。

 自分では完璧な作戦だと思ったのだが、どこか駄目なのだろうか。何だか段々と不安になってきた。


「えっと、お願いします」


 完全にさっきまでの勢いを失い、低姿勢で陽介に教えを乞う。


「考え方は間違っていない。むしろ、それしかないって感じだ」

「なら――」

「だが、まず何をもって失敗とする? 研究所をやめさせられた時か? 明人自身に何かあった時か? 説得に失敗した時か? 最後のはともかく、一つ目と二つ目は論外だ。そもそも研究所をやめることは出来ないって言われてるわけだし、明人に何かあるのは大問題だ」


 陽介の正論が俺にクリーンヒットする。

 精神が三割ほど削られた感覚がした。


「次に、明らかに説得に失敗した時は俺が何とかするとしても、そもそも引き際を見極められるのか? どうせ明人の事だから、何度拒絶されても説得を続けるんだろ?」


 陽介の正論が俺にクリティカルヒットする。

 もはや俺の精神はノックアウト寸前である。


「最後に、2人同時に説得なんて出来るのか? 出来ないのなら一人ずつになるが、二人が協力関係にあるから、速攻で説得完了させないとバレて終わりだぞ」


 陽介の正論が俺に止めを刺した。


「うぅ……なら、どうしろってんだ?」


 俺は机に突っ伏しながら問いかける。

 俺の考えた作戦がダメダメならもはや手は残されていない。


「だから、俺が協力してやるよ。二対二なら、何とかなる可能性もあるだろ?」

「はあ!?」


 陽介の提案に、思わず大声を上げてしまう。

 その大声に反応して、クラス中の視線が俺と陽介に集まる。


「やっべ……」


 俺は必死に言い訳を考えるが、何も思い浮かばない。


「だから、今日親いねえから俺ん家来いよ」


 しかし、陽介が発した言葉によって、皆興味を失ったように視線を外した。

 流石は陽介だな。都合の悪い噂すらも利用してしまうとは。


「な、俺がいた方が成功率は高いぞ?」


 陽介がドヤ顔で威張って来る。


「失敗した時はどうするんだよ?」

「そもそも、明人に折れるつもりがないなら失敗した時のことを考えても意味がない。だったら、もう作戦を成功させるしかないだろ」

「確かにそうかもしれないけど、そもそも陽介はスカウトされてないぞ?」


「そこは、多分大丈夫だと思う」

「……分かった。なら、二人でやろう」

「よし。なら、早速作戦会議だな。とはいっても、どんな風に研究するか知らないからな。とりあえず、白鳥さんに呼び出された白銀女学院の情報でも集めるか」


 陽介はそう言って席を立った。


「白銀女学院の情報ならネットで良くないか?」


 ハイホを取り出しながら言うと、机を思いっきり叩かれた。


「良いか? この学校にも、白銀女学院から転校してきた奴がいる。ネットの情報より、実際に通ってた奴に聞く方が正確だ」

「お、おお」


 陽介に押し切られて、俺も席を立つ。

 陽介の後についていき、一九組の教室に入る。陽介は教室内を見渡すと、元白銀女学院出身の生徒を見つけたのか、その生徒の元へ歩いていった。


「緑河。今、良いか?」


 緑河と呼ばれた少女はゆるふわのボブカットで、童顔、身長が低く、まるで小動物のようだった。

 緑河さんは自分の席に座っており、席の前に立つ陽介をチラッと見た。


「え……あの……はい」


 緑河さんは恥ずかしそうに俯き、小さく頷いた。

 なんというか、こういうコミュニケーションをとるのが苦手な子は、陽介の苦手なタイプだと思っていたので少し意外だ。

 陽介自身はもう苦手は克服したみたいなことを言っていたけれど、実際に目の当たりにすると驚きの方が大きいな。


 しかし、この緑河さん。どこかで会ったような気がするんだが、どこで会ったんだ?


「明人。紹介するよ。二年の時に白銀女学院から転校してきた緑河林華だ。俺の友人だ」

「よ、よろしく」


 頭を軽く下げ、挨拶する。


「で、こっちはこの前の全校集会で知っていると思うけど、黒沢明人。俺の友人だ」


 陽介の紹介に、緑河さんの視線がこちらに向いた。

 その目を見て、どこかで見たことがあるような気がした。

 もしかしたら子供の頃に会ったことがあるのかもしれない。


「あの……明くん……だよね?」


 緑河さんの口から飛び出した渾名に、脳が刺激されて記憶が蘇る。


「その呼び方……。まさかリンちゃん!?」


 俺達が知り合いだったことに驚いたのか、陽介が目を丸くしている。


「知り合いだったのか?」

「ああ。小学校の時、同じクラスだったんだよ。陽介は別のクラスだったから知らなかっただろうけどな。確か二年の時に転校していったから、もう十年も前になるのか。懐かしいな」


 あの時は確か、俺が金色の左目を理由にいじめられていた頃だったか。他人とうまく話せなくて一人ぼっちだったリンちゃんと仲良くなったのだ。

 リンちゃんも当時の様子を思い出しているのか、表情が柔らかく見える。


「小学生の時は他クラスにまで注目するのに時間がかかったからなぁ……」


 陽介が悔しさを滲ませた声を出した。

 陽介はクラス内での人間関係を把握したりするのに忙しく、基本的に他クラスに出向かなかったらしい。現に同じ小学校にもかかわらず、俺と陽介が再会したのは三年生の時に同じクラスになった時だった。


「あの……それで私に何か?」


 リンちゃんが遠慮がちに言うと、陽介は思い出したようにポンと手を打った。


「そうだった。緑河に白銀女学院の事を聞きたいと思ってさ。よかったら教えてくれないか?」


 陽介の質問に、リンちゃんは戸惑いを見せた。

 まあ、普通に考えて男子学生である俺達が女学院の事を聞くのはおかしな話だろう。

 陽介とアイコンタクトで意思疎通をはかり、陽介に説明を任せた。


「白鳥彩羽って知ってるか? 実は明人が白鳥に白銀女学院に来るように言われたらしいんだよ」

「明くんが……?」


 首を傾げるリンちゃんに、俺は陽介の言葉を肯定する。


「そうなんだ。ちょっと事情があって。だから白銀女学院の事だけじゃなくて、白鳥さんについても何か知っていたら教えてほしんだ」

「そういうことなら……」


 リンちゃんが承諾してくれ、陽介は小さくガッツポーズをしていた。

 陽介が行動で喜びを表現するのは珍しい。そう思ったが、今はリンちゃんの話に耳を傾ける。


「白銀女学院は三十年前に創設された学校で、現在は一クラス四十人の三クラスで一学年……です。鳴音市の南区にあって、ここからなら徒歩二十分ほどでつくと思います」

「…………」


「授業は月曜日から金曜日までが7時間授業で、土曜日が3時間授業となります。授業内容は金庭高校と変わりませんが、白銀女学院特有の授業で花嫁修業というものがあります。家事を中心として、礼儀作法や生け花、茶道など、女性として美しく振舞うための授業が行われます」

「…………」


「警備員さんを除く男性が校内に入れるのは文化祭の期間だけで、教師も女性ばかりです。ただし、例外的に学校側が許可すれば中に入れるみたいです。私が在籍していた時も、一、二回校内で男性を見たことがあります」

「…………」


「次に白鳥彩羽さんについてですが、今は私達と同じ高校三年生の十七歳です。文武両道、容姿端麗で校内では『お姉様』と呼ばれていました。私は女学院の入学式で白鳥さんのことを知ったのですが、その人気ぶりには驚かされました。中でも青井美空さんという方は白鳥さんを尊敬していて、白鳥さんに近づく男性を敵視していますので、白鳥さんと会うおつもりなら注意が必要です」


 リンちゃんは長い説明を終えたところで、ポカンとしている俺の姿が目に入ったのだろう。


「はうっ……!」


 ボンッという擬音が聞こえてきそうな勢いで顔を真っ赤にし、恥ずかしそうに俯いてしまった。


「すいません……」

「いやいや、参考になったよ」


 リンちゃんがここまで饒舌に話す姿は初めて見た。小学校の頃は互いに話す方でもなかったので気が付かなかったな。

 陽介の方は特に面食らわずに今の話を完璧に理解したようだった。なら、俺が理解できなかった部分は後で陽介に聞けばいいだろう。

 今はリンちゃんにしか聞けないことを聞くべきだと考えた。


「あのさ、白鳥……さんは、昔のことについて何か言ってなかった?」

「昔の事……そういえば、一度だけ教えてくれたことがあります。なんでも、小学校に上がる前のことらしいのですが、仲が良かった男の子がいたそうです。その男の子の子供の頃の写真を見せてもらったのですが、すぐに明くんのことなんだとわかりました。そこは覚えているんですけど、白鳥さんと話すことに緊張していて話した内容は覚えてないんです。……すいません」


 リンちゃんは申し訳なさそうに頭を下げる。


「あ、でも、変な説明をしちゃったかも……しれないです。……いきなり話しかけられて、焦っていた記憶は覚えているので」


 リンちゃんの姿が縮こまったのを見て、陽介が「大丈夫だよ、明人だし」とフォローを入れる。

 そんなやり取りを尻目に、俺は思わず目を見開いていた。


 白鳥さんが俺の子供の頃の写真を持っていた?

 それってつまり、俺のことを覚えているということでは?

 白鳥さんと別れてから大きく変わったことといえば、この金色の左目と、左目を隠すために髪を伸ばし始めたということくらいか。

 けど、リンちゃんは俺の金色の左目を当然知っていたし、そんな大きな特徴を白鳥さんに話していないとも思えない。


 では何故、昨日会った時には知らないふりをしていたのだろう? リンちゃんに俺のことを聞く辺り、嫌われてはいないのだろうけど。

 頭をめいいっぱい働かせて考えるが駄目だ。全くわからん。


 けれど、一つだけ分かったことがある。昔のことを話題にするのはマズいということだ。

 何故だか全くわからないが、白鳥さんは昔の話題を避けているのだろう。昨日の白鳥さんは俺のことを知っている素振りは一度も見せなかった。


 俺が無理矢理昔の話題を出すようなら、何をされるかわかったものじゃない。

 昨日は冗談で済んだが、本気でストーカーにされるかもしれない。白鳥さんが昔のことを話題に出すまで、こちらからは何もしないのが得策だろう。


 俺がそんなことを考えている間に、陽介とリンちゃんは別の話題で盛り上がっていた。

 いったい何の話題で盛り上がっているのだろうと思い耳を澄ませると、夏休みやら熱中症という単語が聞こえてくる。どうやら、陽介が夏休みに熱中症になって倒れかけたところをリンちゃんに助けられ、そのお礼を言っているらしい。


 けどこれって陽介の初恋のエピソードじゃ……と、ここまで考えて理解した。

 陽介の好きな人はリンちゃんのことだ。

 なるほどなるほど。これは俺も協力して差し上げるべきかな?

 そんな意地の悪い考えが浮かんできた。


「なあ、リンちゃん。よかったら今日の放課後、陽介を白銀女学院まで案内してくれないか? 俺は授業が終わったらすぐ行くつもりなんだけど、陽介は生徒会長の仕事があるから」

「明人!?」


 俺の提案に陽介は叫び声を上げる。

 陽介は珍しく照れているようで、頬が若干赤くなったように見える。モノクロだからわかんねえけど。


「どうかな?」


 リンちゃんに問いかけると、陽介の視線はリンちゃんの方に向く。その表情は緊張しており、唾液を飲み込む音がする。


「それは……構わない……けど。赤木君に迷惑じゃないかな?」


 そう言って、ちらりと陽介に視線を向けるリンちゃん。その時に目でも合ったのか、二人して恥ずかしそうにしている。

 何だろうこの気持ち。陽介が俺にお節介を焼きたがる気持ちがわかった気がする。


「それじゃあ、俺は授業が終わったらすぐに行って話をつけておくから、陽介はゆっくりしててもいいぞ」


 ニヤケ顔で俺がそう言うと、陽介は恨めしそうな表情を向けてきながらも、嬉しさを隠せないようである。

 人間関係のスペシャリスト、赤木陽介でも好きな人の前ではこうなるんだな。

 そんな新鮮な気持ちを味わっていたが、そのあとすぐに聞こえてきたチャイムで俺と陽介は大慌てで教室に戻ったのだった。

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