二章

【幕間】 交渉の裏側 side透矢

「透矢さん。どうして私に交渉を任せたんですか?」


 僕の隣を歩く彩羽君が、唐突に切り出した。


「どういうことかな?」

「黒沢さんとの交渉は最も慎重に進めるべきでした。なのに、今までと違って交渉事が苦手な私に任せるだなんて、何を考えているんですか?」


 そう言って、彩羽君は怒ったようにそっぽを向いた。

 ああ、これはあれか。


「交渉失敗の責任転嫁かな?」

「違います! ……黒沢さんは明日、必ず赤木陽介さんに相談しますよ? そうなれば、赤木さんの人脈を使われ、内部を探られます。黒沢さんは私達のことを疑っていたみたいですし、証拠が見つかれば私達はお終いです」

「まあ、感づかれたのは君の失言が原因だけどね」


 モノクロ化の原因を餌にするのは構わないけれど、機密事項だなんて言えば怪しまれるに決まっている。

 彩羽君も自分に非があることは理解しているようで、沈んだ表情を見せている。

 やれやれ、彩羽君に落ち込まれると、全体の士気に関わるんだけどね。


「けど、まあ、安心していいよ。明人君はこのスカウト、絶対に断らないから」

「どうしてそう言い切れるんですか?」

「それは調査の段階で判明しているだろう? 明人君が優しいからだよ。自分がお世話になった色波虹希の息子を犯罪者に出来ない」

「ですが……」


 なおも食い下がろうとする彩羽君の言いたいことはわかる。

 大方、お世話になった色波虹希の血縁者と言えど、初対面の人間ならば明人君は躊躇しないのではないかと考えているのだろう。

 もしくは陽介君の方を恐れているのかもしれない。陽介君は明人君が間違ったことをしようとしていれば必ず止めに入るだろうし、陽介君の友人には僕らを破滅させることのできる人材がゴロゴロいる。


 だけど、僕は確信している。明人君も陽介君も、僕らを止めることは出来ない。


「少なくとも、交渉事が苦手な彩羽君に絶対失敗できない場面で任せないさ。失敗しても良い場面だからこそ、苦手なことにチャレンジだよ。それに明人君との交渉は、僕らが明人君の前に姿を見せた瞬間に勝っていたんだよ」


 何故なら、彩羽君がいるから。と心の中で付け足す。

 彩羽君は知らないが、明人君は彩羽君を知っている。十二年前、色波虹希の研究所で出会っていることを、僅か一カ月ほどだが共に過ごしたことを。


 それは彩羽君のことを見た明人君が動揺を見せたことから、覚えていることは確実。

 彩羽君が大事だからこそ、明人君にはスカウトを受けるという選択肢しかない。彩羽君を犯罪者にせず、色のある世界を取り戻すには研究所の人間となるしかないのだから。そして、陽介君はそんな明人君を止められない。


 明人君の親友という立場にいるからこそ、明人君の本気の決断を止めることが出来ないのだ。

 それどころか明人君に協力するという可能性もゼロではない。


 もし上手くいけば明人君と陽介君という僕らを脅かす戦力を仲間内に入れることが出来る。

 彩羽君がいなければ出来なかった説得方法だ。


「……分かりました。透矢さんを信じます」


 彩羽君は本心から納得したようには見えないが、言葉の上では納得しているので良しとしよう。


「ありがとう」


 彩羽君にお礼を言いながら、僕はこれからのことを考える。

 本当の正念場は、明人君が研究所の一員となってからなのだから。

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