質問

「いくつか、質問しても良いですか?」

「ああ。構わないよ」

「では一つ目。何故俺をスカウトしようと思ったんですか?」


 透矢はふむと、顎に手を当てて考える。


「何故か。改めて聞かれると、答えにくいものだ。彩羽君はどう思うかね?」

「どう思うも何も、戦力になるからスカウトをするのでしょう。色波博士の研究所で働いているというのは、間違いなく即戦力になれる人材ですから」

「……期待には沿えないと思いますけどね。俺、雑用係ですし」


 透矢と白鳥さんは同時にため息をつく。何故か、とてもデジャヴを感じた。


「例え雑用係だとしても、色波博士の研究所で見たこと聞いたこと触れたこと、その全てが私達にとっては貴重な物なのです。黒沢さんはご自分のことを過小評価し過ぎではないですか?」

「そう、僕が言いたかったことはそういうことだ」


 今のやり取りだけでも、透矢が色波博士の血縁者だというのが良くわかる。

 良くも悪くも、色波博士は興味のあることにはとんでもない才能を発揮するが、それ以外の事には疎い。

 息子である透矢が興味のあることに才能を発揮するのかはわからないが、欠点と呼べそうなところはよく似ている。


「……俺をスカウトしたい理由は理解しました。では、二つ目。何故、この時期なのでしょうか? 今は世界が大変な時ですし、それがなくとも俺は大学受験があります」

「世界が大変な時だからこそ、スカウトしているのですが?」


 白鳥さんの至極まっとうな意見に、俺は言葉を詰まらせる。

 世界が大変な時だからこそ、優秀な人材を集めて状況を打破しようと考えているのだろう。だからと言って、簡単に受けるわけにはいかないが。


「では三つ目。俺にメリットはあるんですか? 自慢じゃないですけど、色波博士の手伝いは結構儲かるんですよ」

「もちろん、お給料という形で今以上のお金は入りますし、私達の研究所は源光市内です。海沿いなので、黒沢さんの自宅から離れていますが、それでもここよりかは距離が近いですよ」


 悪くない条件である。しかし、色波博士の研究所の人達には良くしてもらっているし、もとよりこのバイトをやめる気はない。

 相手に個人情報を握らているため、出来ることなら断るのに何か正当な理由が欲しかったが、仕方ない。

 ここは断っておいて、陽介に相談することにしよう。


「申し訳ありませんがーー」

「では、このモノクロ化の原因を教えるということでどうでしょうか?」

「――ッ!」


 俺の言葉を遮って、白鳥さんから提示されたメリットに言葉を失う。

 今のこの状況で、俺が最も欲しているもの。陽介からの連絡がない今、最も抗いがたい誘惑。

 目の前にぶら下げられた餌に食いつきそうになるが、すんでのところで自制する。


「本当に、知ってるんですか?」

「ええ。ただ、教えることが出来るのは研究員のみですから、スカウトを受けてもらわねば話すことは出来ません」


 理屈は分かるが、納得できないな。


「すいません。モノクロ化の原因については機密事項ですから、ご容赦ください」


 考えていたことが顔に出ていたのか、白鳥さんが頭を下げてくる。

 女の子に頭を下げさせるというのは居心地が悪く、ひとまず引き下がることにする。


「……分かりました。そのかわり質問を続けさせてもらいます」


 となると、まず聞いておくべきはこのことだろう。


「俺の個人情報をどうするつもりですか?」


 この二人は俺の名前や家の場所を知っていた。大方の個人情報は握られていると考えるのが自然だ。

 陽介に相談すれば何とかなると思っているけれど、研究員の一員になるのなら俺が研究所の身内になるわけだから陽介でもどうにもできない可能性が高まってしまう。


「どうもしません。断ったからと言って個人情報を流失させるようなことはしませんし、個人情報を盾にスカウトを強制するようなことも致しません」


 ただ、と白鳥さんは続ける。


「こちらの機密を知った後で研究所をやめる場合には、それ相応の覚悟はしていただきます」


 つまり機密を知った後に研究所をやめるならば個人情報の流出だけはすまされない可能性がある。つまりスカウトを受けたらもう戻れないということだ。

 進むか? 戻るか?

 正直、ここまでの話を整理する限りモノクロ化の原因を教えてもらるという条件は魅力的すぎる。今まで何の情報もなかったため、スカウトを受ける方が良策に思える。


 それに白鳥さんは気になることを言っていた。もし俺の推測が正しいのなら、この絶好のチャンスを逃すわけにはいかない。

 しかし、スカウトを受けたら戻れない。デメリットがでかすぎる。

 どうする? どうすればいい?


「どうしますか? スカウトを受けますか? それともスカウトを拒みますか?」


 白鳥さんが選択を迫ってくる。

 だけど、俺は決めきれていない。こんな中途半端じゃ、どちらを選んでも後悔する。


「……二、三日で構いませんので、時間をくれませんか? まだ決めきれていないので」

「駄目です。ここで決めてください」


 白鳥さんは強い口調で言葉を発してくる。

 くそっ、時間稼ぎすら出来ないのか。せめて陽介がいればもう少し違う結果になったのかもしれない。

 違う! 今はないものねだりをしている場合じゃない。考えろ。考えるんだ。最善を尽くせ俺。


 まず前提として、俺では交渉をうまく運べない。そういうのは陽介の得意分野である。

 ならば、陽介ならどうするかで考えてみよう。伊達に十年以上付き合ってるわけじゃない。完璧にとはいかなくても、真似事ならできるはずだ。

 陽介は相手の反応を見て、思考や感情を読み解く。ならば俺もそれに習うべきだろう。


 白鳥さんはどんな反応を返してきた? 即決を迫るような態度をとってきた。

 それは何故か? これは憶測だが、時間が経つと不都合が生じるからだ。

 ではその不都合とは何だろうか? 俺が誰かに相談することや、今までの会話の中で言いふらされると困ることがある、もしくは俺に気づかれたくないことがあるなどが挙げられるだろう。


 もし俺がスカウトする側で、先ほど上げた不都合の中でどれか一つでも当てはまるのなら、どんな手を使ってでも「うん」と言わせたい。それこそ、相手を脅してでも。

 そう考えると、もう一つ疑問が浮かび上がってくる。俺の個人情報を握っているのにも関わらず、脅そうとしてこないことだ。

 そうなると俺の考えが間違っているという結論になるが、ここはあえて俺の考えが合っていると考えるべきだろう。では何が何でも「うん」と言わせたい中で頑なに脅そうとしないその理由。


 もしかして警察の介入を恐れているのか?

 個人情報を盾に無理矢理うんと言わせると脅迫になるが、今の時点では脅迫となりえないはずであるし。

 ならなぜ警察の介入を恐れているのか? そんなもの不都合があるからに決まっている。


 ならその不都合とは? 今までの会話の中から不自然な点を見つけ出し、一つの答えを得る。

 俺の推測が合っていると仮定するのなら、十分にあり得る話になる。

 ここは一つ、鎌をかけてみるか。


「では最後の質問です。モノクロ化の原因の情報が流失する可能性はないですよね?」


 この質問で、白鳥さんと透矢の表情が変わった。

 その反応を見て、俺の推測が合っていることを確信した。

 即ち、この二人がモノクロの世界を作り上げた犯人であると。そしてそれがバレていることは二人にも伝わっただろう。


 個人情報を握られているのでこれでようやく五分のように思えるが、実際は少し違う。刺し違える覚悟さえあれば相手は詰むのだ。


 透矢と白鳥さんがモノクロ化の犯人であることが発覚すると警察に捕まり、計画もご破算だろう。

 対して俺は個人情報が流出させられても陽介や警察の力を借りることは出来るだろう。


 挽回が効く可能性があるのは俺で、挽回が効かないのは相手だ。どちらが優位かは一目瞭然である。


 しかし、俺としてはそんな方法を取りたくない。この二人は色波博士の血縁者と思い出の少女なのだ。何とか自発的に元の世界にもらいたい。

 そこまで考えて、俺はどちらを選ぶべきなのか決心がついた。というよりは、もとより選択肢は一つしかなかったのだ。


 スカウトを断って説得をしようとすると、スカウトを断ったくせにと悪印象を持たれ、説得はほぼ不可能に近くなる。

 だったら、俺はこのスカウトを受けるしかない。ただし俺が失敗した時の為に、陽介に次を託してから。

 ただまあ、時間稼ぎも悪印象に繋がりかねないので、優柔不断ぶりをアピールしておこうか。


「やっぱり、すぐには決められません。今のバイトも大切だし。だから、少しだけ時間をください」

「……分かりました。三日待ちましょう。もし、受ける気があるのなら、白銀しらがね女学院へいらしてください。研究所まで案内します」


 これ以上は無駄だと悟ったのか、白鳥さんは悔しそうに踵を返すと、そのまま下山していった。

 その姿を見て、うまく時間が稼げたことに安堵を息を吐く。


「それじゃあ、良い返事を期待しているよ」


 しかし透矢は余裕たっぷりの笑みでそう言うと、白鳥さんの後を追いかけていった。

 まるで俺が断るわけがないと見透かされているような。

 俺はその背を見送りながら、言い知れぬ不安を感じていた。

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