再会
待機が言い渡されてから早三日。暦は九月に入り、パニック状態も次第に安定の兆しを見せていた。
信号は光る位置で判断するようになり、地下鉄の路線に関しては路線の案内をするバイトが雇われ、それぞれ落ち着きを見せている。
その他にも学校では、大切なところには線を引いたり記号を使って授業をしたり、彩色の授業がなくなって代わりにデッサンの授業が増えたり、学年を示すバッチの上から数字シールを貼って区分けしたり、ものすごい勢いで色がなくなっていった。
学校や社会が急激に変化を遂げる中、俺達の生活に変化はなかった。
朝起きて、朝食とって、学校行って、授業受けて、家に帰って、宿題して、趣味に時間を費やして、晩御飯を食べて、お風呂に入って、寝る。
そんな普通の日が続いていた。
「はぁ……。今日も進展なしか」
そんなことを呟きながら、自宅へ帰って来る。
家に入る前に、どうせDMはがきしか入ってないとわかっていながらもポストを覗く。
郵便物を回収するのは俺の役目だからだ。
家の中を歩きながら、DMはがきを一枚一枚確認していく。
「ん?」
その中に一枚、奇妙なものが入っていた。
はがきではなく封筒のようだが、『黒沢明人様』と書かれているだけで、住所はおろか、差出人の名前すら書かれていなかった。
俺の名前が書かれていることから俺宛なのだろうが、こんなことをする知り合いはいただろうか?
真っ先に浮かぶのは陽介だが、陽介とならハイホでいつでも連絡することが出来る。他に思い浮かぶのは紫垣さんや色波博士、クラスの友人だが、全員が俺の番号を知っているわけだし、こうして直接ポストに入れている意味が分からない。
「まあ、開ければわかるか」
難しく考えるのをやめ、DMはがきをリビングの机に放りだし、ペーパーナイフで封筒を開ける。中には手紙が一枚入っており、その文面は簡潔に一言だけ。
『明日の午後六時、色波博士の研究所で待っています』と書かれていた。
何だこの怪しさ満点の手紙は。
手紙をゴミ箱に入れようとして、逡巡する。
このまま陽介が犯人を特定するのを黙って待つか、それとも手紙の通りに行動するか。
「明日。明日も陽介が何も言ってこなければ行ってみよう」
そう言いながら俺は、封筒をそっと鞄の中に仕舞った。
翌日。
陽介から犯人についての情報はなく、昨日の手紙の通りに色波博士の研究所を訪れた。
現在の時刻は午後五時三十八分。時間に余裕を持って来たかいあって、時間的にはまだ余裕がある。
山の頂上では特にすることがないので、景色を眺めながらボーっとする。
こうして改まって山の頂上から景色を見渡すのは、十二年前の手術後以来だ。あの時はもっとキラキラ輝いて見えたのだが、今は時が止まったみたいに見える。
葉は生い茂っているし、沈みかけた太陽が顔を覗かせている。なのに、緑のグラデーションもなければ、夕日による橙もない。それを目の当たりにした瞬間、なんだか寂しい気持ちにさせられた。
「どうやら待たせてしまったようだね」
「お待たせしてすいません」
聞き覚えのない男女の声に、我を取り戻す。
声のした方を向くと、そこには黒い短髪に黒い瞳、どことなく色波博士に似た雰囲気を持つイケメン男性と、腰のあたりまで伸びた白髪に薄い灰色の瞳、透き通るような白い肌を持つ少女がいた。少女の方は――日差し除けの為だろう――傘をさしている。
その少女の姿を見た瞬間、記憶の奥底から思い出が溢れ出してきた。男性の方は全くの初対面だが、少女の方は知っている。
幾度となく夢に出て来た少女であり、手術を怖がる俺を励ましてくれた少女でもあり、俺がいーちゃんと呼んでいた少女だ。
確か名前は――
「……白鳥、彩羽」
俺が名前を言い当てたことに驚いたのか、目の前の少女は目を見開いた。隣の男性は面白そうにニヤニヤと俺と少女を見比べる。
陽介が口にしていた名前を言っただけだったので、正直不安だったのだが、合っているようで一安心だ。
「もしかして知り合いかい?」
「
透矢と呼ばれた男性は肩をすくめて、黙り込む。
「何故、私の名前を知っているんですか?」
白鳥さんはこちらを警戒するように一歩下がった。
その反応を見て俺のことを覚えていないと判断する。
十二年前に会っていることを伝えるべきだろうか?
いや、既に警戒されてしまっているし、何より俺自身が十二年前の全てを覚えているわけではない。
俺が忘れていることを質問でもされたら、それこそ嘘を吐いたとして余計に警戒されてしまうだろう。
呼び出したのは向こうで俺には何の非もないが、一応弁明はしておくか。
「えっと、あれだ。噂で聞いたんだよ」
白鳥さんの視線が厳しいものになる。
これ、完全に信用されませんね。呼び出しに応じたということで立場はこちらの方が上のはずなのだが、冷や汗が止まらない。
「どのような噂でしょうか?」
知らねえよ! だって噂なんて聞いたことないもの!
ついそう答えたくなるが、グッと堪える。とにかく噂になりそうなことをでっち上げれば何とかなるはずだ。
「えっと、ほら、綺麗な
思わず疑問形になってしまい、白鳥さんはますます怪しむような視線を向けてくる。
「透矢さんは聞いたことありますか?」
「いや、聞いたことないね。そもそも、本当に噂なんてあるのかい? もしかしたら噂なんて真っ赤な嘘で、本当は君の追っかけじゃないかな?」
おい黙れよクソイケメン!
透矢の立てた推測を聞いた白鳥さんは、両手で体を抱いて身をよじって半眼で睨んでくる。完全に変質者相手に行う行動である。
「……変態ストーカー」
白鳥さんがボソッと呟いた一言に、俺は心臓を矢で貫かれたような痛みを感じる。実際に矢で貫かれたことはないけれど、それくらいの大きなダメージだった。
思わず胸を抑えて後退してしまったほどだ。
「冗談です。さすがに協力をお願いしようとしている相手を変態ストーカーだなんて思いませんよ」
そう言って、白鳥さんはクスッと笑みを漏らす。
しかし、俺はその言葉を信用できなかった。
だって声のトーンがマジだったもの。
とはいえ、向こうから冗談だと言ってくるということは問題にするつもりはないのだろう。
ホッと安堵の息を漏らす。
ひとまず危機を脱したようだ。
「さて、そろそろ明人君の緊張も解けているだろうし、本題に入ろう」
透矢の言葉に「そうですね」と営業スマイルで返す。
内心ではようやく本題かという思いが強かったが。
この二人と話していると精神的に負担が大きい。
しかし、透矢はさっきとは打って変わり真面目な雰囲気を醸し出し、右手を差し出してくる。
「では改めて。イクシード研究所の色波透矢です。黒沢明人君、貴方をスカウトしに来ました」
「…………は?」
俺は思わず固まってしまう。別にスカウトの意味が分からなかったわけではない。俺は一応色波博士の研究所でバイトとはいえ働いているわけで、スカウトしたいというもの好きが現れても不思議ではない。
しかし、透矢は何と名乗った? 俺の聞き間違いでなければ色波透矢と聞こえたのだが。
「本名だよ」
透矢はそう言って、名刺を渡してくる。透矢の反応から、恐らく名前を名乗るたびに同じ反応をされているのであろうことは簡単に予想がつく。
名刺を受け取ると、そこには確かに『色波透矢』と書かれていた。
「えっと、つかぬことを伺いますが、もしかして色波という名字は……」
「ああ。そうだよ。君の想像している通りだ。僕は色波虹希博士の息子さ」
なるほど。道理で色波博士に似ているわけだ。きっと、色波博士が若い頃はこのようなイケメンだったのだろう。
じゃなくてだ!
本来なら色波博士のところでバイトしているので、断るの一択なのだろうが、俺は住所を知られている。ということは電話番号やら個人情報やら、何かしら知られてもおかしくないということである。最悪断ったら個人情報をばら撒くと脅されるかもしれない。
先ほどの白鳥彩羽の言葉ではないが、変態ストーカーなのはこの二人の方なのではないかと疑うくらいだ。
ここは、慎重に事を進めるべきだろう。
俺は方針を決めると、疑問点をぶつけるべく口を開いた。
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