検査 後編
「早くやっちまおうぜ」
「ああ。そうだな」
俺は検査機の隣に置いてあるパソコンの電源を入れる。この検査機はコンピューターと繋ぐことで、検査結果をモニター上に表示させることが出来るのだ。
「それで、俺はあの検査機に寝そべれば良いのか?」
「ああ。頼む」
陽介が検査機の寝台に横になったのを確認すると、俺は検査開始のボタンを押す。すると、陽介の乗った寝台が穴の開いた円筒状の検査機に吸い込まれていく。何度か往復し、陽介が出てくると、パソコンのモニター上に検査結果が出てくる。
「これは……」
「どうかしたのか?」
検査を終えた陽介が寝台から降り、俺の背中からモニターを覗き込む。
モニターには目に異常を示すマーク、病気の種類の欄にはエラーと出ている。
「おお、マジか……」
陽介は言葉少なに驚いた様子を見せた。
さすがの陽介も新種の病気かもしれない反応が出るとこうなってしまうのか……。
「なあ、明人――」
「俺も一応、検査するから操作を頼めるか?」
俺は陽介の言葉を遮ってそう言う。
俺がやっても同じ結果が出るのだけなのだろうが、同じ結果が出たという事実が陽介の不安を軽くしてくれると思うから。
「分かった。ここ押せばいいんだよな?」
「ああ」
陽介の質問に答えながらも、俺は寝台の上で横になる。
「いいぞ」
俺の合図とともに、寝台が動き出す。
検査機の中では白い光が身体データを読み取っていく。これを繰り返すことによって、正確なデータをはじき出す。
検査が終わり、陽介の背中越しにモニターを覗き込む。
陽介と同じように目の位置に異常を示すマークと共にエラー表示が出ていた。ただし両眼共にである。
俺の左目は義眼であり、機械である。そのため病気になる可能性はなく、何か故障があったとしてもエラー表示にはならない。
「明人。これ」
「何だ?」
陽介が指さす先を見ていると、義眼の材料の中に一カ所だけ英語で「アンノウン」と書かれている箇所があった。
「なんだこれ? 色波博士から何か聞いていないのか?」
「いや、そのそも義眼にしたのは十二年前、主体不明な物質なんて使っているわけがない」
俺はもう一度、画面を凝視する。しかし「アンノウン」の文字が消えるどころか、逆に異彩を放っているように見える。
「もしかしたら、これがモノクロになった原因じゃないのか?」
陽介の言葉に、脳に雷が落ちたかのような衝撃を受ける。
「なるほど。これが原因なら「アンノウン」の理由もわかる。けど、これが義眼の材料一覧のところに表示されているってことは……まさか……」
「モノクロになった原因は機械、つまり人為的に生み出されたってことだよな?」
俺達の出した結論に、背筋がゾッと寒くなる。
もしこのモノクロになったのが人為的なのだとしたら、いったいどれほどの天才が作り上げたのだろう?
その疑問と共に、俺はある一つの仮説を思いついてしまう。というより、人為的だとわかった瞬間に、ほとんどの人が同じ人物を思い浮かべるのではないだろうか?
『色波虹希博士』
日本が誇る天才。そして、世界中がパニックになる前日に実家に帰ると言い出し、現在行方不明。容疑の第一人者だろう。
「いや、嘘だろう? そんなはずは……」
俺は思いもよらない仮説に目眩がする。
「そうだ。とりあえずは警察に……。警察なら、俺達とは違う犯人を見つけ出してくれるかもしれない」
俺は最新型携帯電話『handy and internet phon(略称ハイホ)』を取り出して一一〇番しようとするが、陽介に腕を掴まれハイホを取り落としてしまう。
「陽介!」
俺は必死に腕を振りほどこうとするが、振りほどけない。
「安心しろ。色波博士が犯罪者になることはない。ただ、それが望ましいことなのかどうかはわからないがな」
陽介の真剣な声音に、俺は動きを止める。
どういうことかを問いかける前に、陽介がタブレットを差し出してくる。
「つい先ほど流れたものらしい。茶谷が動画を送ってくれた」
俺は会ったことはないが、茶谷というのはきっと陽介の友人の一人なのだろう。
その茶谷君? さん? が送ってくれた動画を陽介と一緒に見る。
『番組の途中ですが、ニュースをお送りします。先日から騒ぎになっているモノクロ化について、速報が入りました。日本全国で色波博士が開発した検査機で検査を行うと、全員に目に何らかの異常があることが確認されました。これにより政府は新種の病気と判断し、各医療機関に原因の解明と対策を最優先事項と設定しました。なお依然死亡者はおらず、命に危険性はないと見られています。以上ニュースでした。引き続き夏の甲子園二〇三二、名シーン珍プレー特集をお楽しみください』
動画が終わり、俺と陽介は顔を見合わせる。
「おい、どうするんだこれ? 新種の病気認定されたぞ」
「俺に聞くなよ。けど、これで警察に頼るのは無理というのが分かっただろう?」
確かに、陽介の言う通りである。
公式に新種の病気と公表したのだから、ここからは警察の出る幕ではない。暴動などが起きれば出動せざるを得ないだろうが、今更モノクロになったのは人為的なんだと言って、信じてもらえるわけがない。
世界にこれが人為的なものだと見破った人がどれくらいいるかわからないが、そう多くないだろう。というか、もしかしたら俺達以外いないかもしれない。
こうなった以上、俺達は個人的に動かなくてはいけないということだ。
政府すら見当違いな答えを出している現状、誰の助けも受けられない。
そんな状態で俺達に何が出来る? 何も出来ないんじゃないのか?
そんな迷いが頭をよぎったその時。
『色が見えると、世界が変わって見えるよ。世界が輝いて見えるの』
俺がいーちゃんと呼んでいた白髪の少女の言葉が頭の中を反芻する。それと同時に、手術をした直後の記憶も蘇ってきた。
目を開けると、今まで見た景色と違っていた。天井が柔らかい橙に染まっていた。それを見て、暖かな感じがした。後にそれは部屋の窓から差し込む太陽光だと知ったのだが、その時はなんだかわからなかった。
体を起こすと、赤い果実が目に入った。形から林檎だとわかったが、そんなことはどうでも良かった。
俺の目は吸い込まれるように窓の外へと向けられた。
窓の外には緑が広がっていた。薄い緑、濃い緑、青っぽい緑、少し黄色くなっているところもあった。緑の先にはクリーム色や白、黒、色々な色で塗装された住宅街があった。そしてその住宅街を取り囲むように広がる透き通ってるような青空。
その全てが綺麗だった。感動した。世界が一変したように感じた。
そして何よりーー世界が輝いて見えた。
その後いろいろあって他人に金色の左目を見せるのは嫌になったし、人の多い金庭高校を受験したことを後悔したけれど、手術を受けたことに後悔はしていない。色が見えるようになったことを後悔なんてしてない。
出来るかじゃない、やれるだけのことをやるんだ。
「陽介。俺達でやろう」
「へえ。てっきりもうやめようとか言いだすかと思ったんだが……」
陽介は意外そうな声を出した。
まあ、元来の俺ならここで諦めていただろう。原動力となった怒りももうないし。
「色が見えるようになった時の気持ちを思い出したんだ。そしたらどうしても色を取り戻したくなったんだ」
「珍しいこともあるもんだな。まあいいけどさ。それじゃあ、明日から行動開始だな」
「ああ! ……って何するんだ?」
俺の質問に陽介が肩を落とす。そして仕方ねえなとでも言いたげな微笑みを向けてくる。
「何だよ?」
「いや」
陽介は頭を振って、何でもないと言外に伝えてくる。しかしすぐに真剣な表情になると、これから何をすべきかを話し始めた。
「さて、これからしなければならないことだが、特にない。明人はしばらく待機な」
「やることないのかよ!」
人がやる気を出している中で、待機と言われるとは予想外だった。
「まあ、落ち着け。そもそも、今回の犯人捜しはそう難しくない。世界中にその効果を及ぼし、一見新種の病気にしか思えないことをやってのける人物。それが犯人の特徴だ。そんなの、世界にも数えるほどしかいないだろ?」
陽介の仮説を聞き、なるほどと納得する。
人為的なものだとわかった時点で色波博士のことを疑ってしまったのは間違いではなかったようだ。
もちろん色波博士が犯人というわけではないだろうが、それに準じる発想力、技術力、資金力を持つ人物なのは間違いない。世界中で天才と言われる色波博士に匹敵する人物が世界中に何人もいるとは思えないし、犯人はすぐにわかりそうだ。
「なら、俺は犯人が特定されるのを待っていればいいのか」
「そういうことだ。それに明人は切り札というべき存在だからな。勝手なことするなよ?」
「わ、分かってるって。けど、切り札は言い過ぎだろう……」
「いやいや、明人は紛れもなく切り札だよ。色波博士と最も近しい人物なんだからな」
陽介はそう言うと、そそくさと部屋を出ていってしまう。
「言っとくが、俺は色波博士のような技術とかないからな。せいぜいハッタリ程度にしか使えないからな。その辺、分かってんのかー!」
慌ててパソコンの電源を落としながら、俺は力の限り叫んだ。
それが陽介に届いたかは、定かではない。
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