検査 前編
陽介が開いた全校集会で、俺が持っていた左目へのコンプレックスはほぼなくなったと言っても良い。未だに左目が原因で相手に良く思われないのではないかと思うときもあるが、同じ学校の人達には全く思わなくなっていた。
その代償として、俺にとって、とても不名誉な人物像を創り上げられてしまったが。
その原因となった紫垣さんや陽介に関しては、後輩や友人ということで怒りをぶつけるわけにはいかず、ならばと遠因となった一夜にして世界がモノクロになった原因に、怒りをぶつけようと考えた。
俺はモノクロになった原因を取り除くべく、行動を開始した。
「――ということだ。てことで手伝え」
集会から一夜明けた日曜日の朝、俺は容赦なく照りつける太陽の光の中、陽介を呼び出し協力を要請した。
「なるほど。明人がどうしようもないと言ってたのに、やる気があるのはそういうことか」
俺の話を聞き終えた陽介は、シンプルなデザインの半袖半ズボンという少年みたいな格好で呆れたようにそう言った。
ちなみに俺も半袖半ズボンの少年スタイルだ。この暑さの中でデザインとかを気にしている場合ではない。
「まあ、事情は分かったし、俺が原因な部分もあるから手伝うことは吝かじゃない。だが、なぜ喫茶店とか、エアコンの効いた場所を待ち合わせ場所に指定しなかった?」
陽介は汗を拭いながら、険呑な声音で問いかけてくる。やはり陽介もこの暑さで精神を削り取られているらしい。
八月の終わりだというのに、気温は下がらず、蝉の鳴き声が木霊するのだから、それも仕方のないことなのかもしれない。
「そんなの決まってるだろう。今から俺達が行くのは、天見市だ。エアコンの効いた店なんかあるわけないだろう」
「天見市? そこにこのモノクロを何とかする方法があるのか?」
「何とかする方法はない。ただ、病気なのか、そうでないのかを判別する方法はある」
陽介はピンときていないようだったが、実物を見せた方が速いと判断して、移動を開始する。
最悪なことに昨夜のニュースで速報が入り、「信号の色が見分けられずに事故を起こした」「地下鉄の路線が分からず、迷子になった」「今まで見えていたものが見えなくなった違和感からくるストレスを感じる」等々様々な問題が挙げられ、世界中がパニックになったために電車は運転を見合わせており、移動は自転車で行う。
ペダルを漕ぎながらあたりを見渡すが、営業している店はほとんどなくシャッターが閉まっている。
外を出歩いている人はそこそこいるが、無気力状態の人が多い。何の目的もなく、ただ歩いているだけという感じだ。
「うわぁ。町はこんなひどい状態になってんのか」
「早急に手を打っておいて正解だな。あれは腹立つが、陽介や紫垣さんの功績が大きいのは纏めざるを得ない」
俺達は歩いている人を躱しながら、ペダルを漕ぎ続ける。途中の信号ではほとんどの人は見分けることが出来ていなかったが、俺のように光る位置などで信号を見分ける人がいた。まあ、車が一台も走っていないという異様な光景のせいで、信号の意味はほぼなかったが。
三時間ほど自転車で走り続けて、俺達は天見山のふもとへやって来る。
このふもとにそびえる特定機能病院は一部を除き、臨時休業となっていた。一部とはいえ、こんな時に働く医師達は素直に凄いと思う。
病院の駐輪所を借りて自転車を置き、山道の方へ歩き出す。
「お、おい。この病院に用があるんじゃないのか?」
山道の入り口で陽介は焦ったように俺の肩を掴む。
そう言えば、陽介にはどこに行くか説明していなかったな。
「今から行くのは色波博士の研究所だ。あそこなら、未だ世に出回っていない発明品があるからな」
俺がそう言いながら山道に入ると、陽介は納得したようについて来た。
昨日まで緑で溢れていた山道は灰色に染まっており、何とも味気ない。なくなって初めて価値がわかるとはよく言ったもので、俺はなくなって初めて色の大切さというものが分かった。
確かに日常生活や学校、職場などで少しばかり不自由するかもしれないが、基本的に色がなくても生きていくことは出来る。今まで通り豊かな生活が送れ、お金さえあれば食料に困ることはない。友達と遊ぶことだって普通に出来る。
だけど、そこに彩はない。
赤も青も黄も緑も紫もなければ橙も桃も茶も金も銀もない。あるのは黒と灰と白のモノクロームだけだ。
色というのは自分が思っている以上に精神的に影響を与えているようで、今まで片目でしか色を認識できなかった俺ですら、少なからず影響があるというのだから、普段から両の目で色を認識してきた人達は相当のストレスが溜まっていることだろう。
黙って俺について来てくれる陽介も、内心では動揺しているに違いない。
「あれか……」
陽介が小さく声を漏らす。
目の前には昨日となんら変わらない白を基調とした研究所があった。
もともとこの白というのは十二年前に研究所を病院代わりに開放した時の名残であり、多少汚れなどで黒ずんでいる部分もあるが、こういう変わらない研究所を見ていると心が落ち着く。
俺はパネルを操作し、中に入る。
色波博士の留守中に勝手に入っているわけなので、心の中で謝罪しながら奥へ進んでいく。
「色波博士の研究所があることは知っていたが、中に入ったのは初めてだな」
「言っておくが、勝手にその辺の扉とか開けるなよ? 結構、機密とか保管されてるんだから」
俺が後ろを振り向くと、陽介がビクッと肩を振るわせた後に手を引っ込めた。
「今、開けようとしてただろう?」
「してない」
陽介の言葉は俺にでもわかる嘘だったが、今回だけは見逃すことにする。
「まあ、機密を見るにはいくつものパスワードを入力していかないといけないんだが、陽介の場合、開けてしまいそうな危うさがあるからな」
「それは褒めてるのか? それとも貶してるのか?」
「うーん、半々くらいだな」
俺はさらに奥へ進んでいき、保管室No5と書かれたプレートが貼りつけられている扉を開ける。
この部屋はここ数年の間に開発された発明品や、息抜きに作ったというガラクタが仕舞われている。奥に一際大きな機械が置いてある。
これが今回の目的の品であり、俺もほんの少しだけ手伝った最新機器『カラーウェーブ7号機改良版No8』。これが一昨日のニュースでやっていたわずかな病気の兆候も逃さない検査機である。
陽介もそのニュースを見ていたらしく、一目見て検査機だと見破っていた。そもそも見た目からしてX線検査の機械と酷似しているし、話さえ聞いたことがあればわかるだろうけど。
一応この検査機は全国の病院に配置されているが、これは最新版というか、腕の欠損などの検査する前からわかっている異常を感知しない様に設定されたものである。
「なるほど。これで病気を発見するんだな」
「正確には少し違うけどな。この検査機は病気を発見するものではなく、インプットされた情報と違うところを見つけ出す機械なんだ」
「病気を発見する機械とどう違うんだ?」
陽介が首を傾げているのを見て、俺はこの機械の説明をすることにする。
「この機械は人間の正常時のデータをもとに、違うところを発見する。つまり、病原菌のような異物を発見し、該当する病気を教えてくれる。体の異変全てを発見することが出来るから、病気の前兆を見つけ出したり、新種の病気を発見したりできる。新種の病気の場合、既存のデータがないからエラー表示されるんだけどな」
「つまり今確認されている病気の発見にしてしまうと、新種の病気を見逃す可能性があるってことか。けどこれ、絶対色波博士の受け売りだろう」
「あーあー! 聞こえない!」
俺は耳を塞いで、聞こえないふりをする。
陽介は小さく息を吐くと、検査機に触れる。
「まさか、明人がこんな凄え物の開発に携わっちまうなんてな」
そう言う陽介の表情は、少し寂しそうだった。しかし、すぐにいつもの表情に戻ると、俺に軽い蹴りを入れてきた。
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