集会 前編


 午前九時。本来なら一時間目に当たる時間だが、陽介の発案による全校集会が開かれた。

 場所は体育館。ここに三学年合計六十クラス全員が集められた。その数なんと二千三百七十八人。


 そんな膨大な生徒達を舞台袖から眺める俺。その横にはニコニコと笑みを浮かべる陽介の姿がある。

 そして、その姿を見る度思うのだ。何故このような状況になっているのだ、と。


 事の起こりはほんの十五分前だ。

 陽介が教室に戻ってきたかと思うと、俺を体育館に連れてきたのだ。そこで全校集会を開くから協力して欲しいと言われた。

 俺は快く承諾し、全校生徒に舞台の声や様子が行き渡るよう、スピーカーやスクリーンの準備を行った。これは全校集会が行われる度に手伝っていたことなので、苦労はなかった。

 俺が準備をしている間、陽介は教師陣に全校集会を開く許可を取りに行ったのだ。全校生徒への呼びかけもかねて。


 ほんの十分ほどで教師陣を説得し、全校集会を開いた陽介の手腕もさることながら、生徒達を体育館に集めたその手段を褒め称えたい。

 もう本当、殴りたいくらいに。


『これは不安に揺れているであろう生徒諸君の元気を取り戻すためのイベントである! 命の危険性はないのだから、怯える必要はない! それでも不安が消えないのなら、楽しいことで不安を吹き飛ばそう! ということで、注目度ナンバーワン生徒の協力を得た! 黒沢明人の素顔を見たいものは体育館に集合せよ!』


 こんな、俺を晒し者にするかのような放送が何度も繰り返し流されるのを聞きながら、そう思った。

 俺は陽介に文句を言おうと詰め寄ったのが、上手く誘導されて俺は舞台袖に連れてこられた。さらに言えば、その時点で二割ほどの生徒は体育館に来ていたので、声を荒げさせることも出来なかった。

 俺に出来たのは、小声で文句を言いながら睨みつけることくらいだ。


「やってくれたな」

「明人が任せるって言ったんだろ? それに、明人は一つ勘違いをしてるぜ」

「勘違い?」


 陽介の意味のわからない言葉に、眉をひそめる。

 だが陽介は俺の反応を気にした風もなく受け流し、言葉を続けた。


「そもそも、色が見えなくなるというのは世界を揺るがしかねない――いや、既に世界規模の問題となっているから、世界を揺るがした大事件だ。そんな大事件が起きる中で全員を体育館に集められたのは、生徒会長である俺が呼びかけたこともあるが、一番は明人自身に人を集める力があったからだ。金色の左目なぞ、注目される要因の一つでしかない。皆がお前に惹かれ、これだけの人数が集まったんだ」


 それは違うだろう。俺にそんな力はない。

 だから、これだけ人が集まったのは陽介の人徳であり、陽介の功績だ。

 俺はただ、物珍しさから注目を集めているに過ぎない。

 俺はそう思うが、口には出さなかった。


「ま、今はわからなくても良い」


 陽介は柔らかな口調で、俺の心を見透かしたようなことを言う。


「だけど、俺と色波博士から信頼されるような奴が、何の力もないと思うなよ」


 陽介は強い口調でそう言うと、舞台脇から歩いて教壇の前に立つ。教壇の淵に手を置き、マイクに向けて喋り始めた。


『まずは皆、集まってくれてありがとう。こんな大変なときに不謹慎かもしれないけど、今は精一杯楽しもうぜ! まずはウチの副会長にして金庭高校の歌姫、紫垣菫しがきすみれの歌声で幕開けだ!』


 その宣言と共に、反対側の舞台袖から紫垣さんが飛び出し、生徒達が沸き上がった。

 紫垣さんは黒髪ツインテール、吊り上がった瞳などから、気の強い少女だと思われがちだが、そうではない。陽介のサポートを一生懸命にこなす、真面目な少女だ。

 陽介は舞台脇に引っ込み、俺の隣で紫垣さんのソロライブを眺めている。


「いつの間に……」

「メールで頼んだんだ。明人も紫垣とは面識があるだろう? だから、引き受けてくれることは予想できると思うけど」


 俺はたまに生徒会の仕事を手伝っている。これは陽介に頼まれて渋々といった感じだが、生徒会メンバーとの関係は良好で、誰がどんな性格をしているかは大体わかる。

 だから、紫垣さんが引き受けてくれたことに驚きはない。


「そうじゃなくてだな」


 俺が驚いているのは別の部分、陽介の手際の良さについてだ。

 陽介は交渉事には強いが、時間配分を考えたりなどは苦手だ。今回に限って言えば、一時間目終了までの約三十分をどう使うのかってことだな。

 だから、俺の疑問は正確に言えばこうだ。

 いつの間にこんなプログラムを考えたのか?


「ああ、勿論そこは人に頼んだぞ。俺は自分に出来ないことは他人に任せる主義だからな」


 今度は俺の質問が正確に伝わったらしく、陽介はちゃんと答えてくれた。


「なるほど……」


 俺が納得しているウチに、紫垣さんのソロライブが終わった。

 すると、紫垣さんと入れ替わるように、陽介が舞台上に出て行き、次のプログラムを発表している。

 俺は汗を拭いながら舞台袖にやってきた紫垣さんを迎え入れる。


「紫垣さん。お疲れさま」

「黒沢先輩……お疲れさまです」


 紫垣さんが律儀に頭を下げてくる。

 本当に、見た目に反して真面目な後輩だ。

 紫垣さんは顔を上げて、俺の顔を見つめたまま動きを止めた。


「あれ? 黒沢先輩、その左目はどうしたんですか?」


 身長差から、紫垣さんが上目遣いで俺を見上げる形になっているので、俺は思わずドキッとしてしまう。


「あ、ああ。俺、オッドアイなんだよ」


 俺は照れを隠すために、視線を逸らしながら答える。


「へー、黒沢先輩ってオッドアイだったんですね。知りませんでした」


 そこまで言って、紫垣さんは途中で何かに気が付いたように声を上げる。


「もしかして黒沢先輩の素顔って、オッドアイのお披露目ってことですか?」

「だと思う。正直、俺はあまり乗り気じゃないんだけど……」


 俺が陽介の方に視線を向けると、紫垣さんも釣られて陽介の方を見る。

 陽介は丁度舞台袖に戻ってきたところで、笑顔で左手を上げている。


「嫌がる黒沢先輩を赤木会長が……ちょっと良いかもです」

「えっと……紫垣、さん?」


 俺は恐る恐る紫垣さんの顔を覗き込む。

 紫垣さんの目は潤み、頬が紅潮していて、傍から見れば恋する乙女だろう。

 しかし、俺は知っている。紫垣さんには軽い妄想癖があることを。この表情は良からぬ妄想をしている時のものなのだ。


 この妄想癖が原因で周りの人から敬遠されていると聞く。もちろん妄想癖が出なければ敬遠されたりしないのだが、敬遠されるとわかっていても堂々として自分を曝け出している姿は正直羨ましい。

 俺もずっとこういう風にしたいと思っていって、結局出来なかった。


「けど、きっかけがあれば出来るんだよ。明人だって、今はその左目を晒しているじゃないか」


 俺が劣等感のような感情を抱いていることを見抜いたのか、横から陽介が話しかけてきた。


「晒しているだけだ。正直、今も怖い。この目を内心では嗤っているんじゃないのか、逆にこの目があるから仲良くしてくれているだけで、本当は仲良くしたくないんじゃないかってな」

「前々からわかっていたことだが、重症だな。良く見られていようと、悪く見られていようと、ネガティブな考えしか出来ないとは。けど、まだ口にしてくれる分だけ、俺はマシだと思うけどな」


 陽介は俺を慰めるようなことを言ってくれるが、それでもこんな考え方しか出来ない自分が嫌いだ。

 今まで何度も何とかしようとしては失敗して来た。色波博士には強気な事を言ったが、今回も三日ほどで断念してしまうのだろう。


「まあ、明人の事だから、その左目に関してはネガティブなことしか考えられないんだろうけど。だから、こうした特別な場を用意できたのは行幸だった。少し荒療治にはなるが、明人は一度生の声を聞いたほうが良い」


 陽介はそう言うと、俺の肩をポンッと叩いて、舞台上へ歩いていった。

 その様子を紫垣さんが興奮気味に見つめていたが、俺にそれを気にする余裕はなかった。ただ、陽介の荒療治という言葉が、俺に左目に対するネガティブな考えを吹き飛ばすくらいの恐怖を与えていた。

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