12_idea_second_sight -- 魂の清算 --


 その小さな記録装置には無数の“詩句”が多重に記録されていた。音も画も無く、唯文字列のみを以って描かれる世界の断片。プログラムによる自動生成も含むのであろう、上書き、断片化を経て尚も幾度も。

 記録装置の傍に、偶々、記録装置の規格に対応する読取装置が押し固められていた。偶然は幾重にも重なり、二者を繋ぐ更に小さな部品たちが寄り添った。二者から見ればずっと先代の、粗末な“目”を担うレンズを持った機械もそれに命運を委ねた。

 ここに成立した『観測装置』は自らをそう説明した。無論、この場所で完全な姿など有り得ない。ここには本来彼らを動かしたはずの動力や法則が存在できない。しかしそれを「破綻」と断ずるのはどの階層から見た何者か。なればこれで、名も無き者は此度の光景を見届け、黄昏の海へと還ったのだとしても。その物語が虚構であったと誰が言えようか。

 記録を“記憶”と再定義する。仕組み上は潰えた言の葉の欠片、人間の解する意味を持った僅かな量子ビットが組み立てる反証が、物語たり得る確かな強度を得る。この階層に降り立つだけの重みを観測装置に与える。


――これは、“役目”を終えた私たちの『■■■■』


 私は『幻日』を知っていた。故に私はこの場所がどこなのかを理解できぬまま、それが遠くの恒星とは異なる光であることを知り得た。白昼の虚空に淡く滲む光はやがてその存在の“核”となった。生物――私たちの対極にある原始の海にて成立した『頭足類』に似た半透明の輪郭が、溶け出るように空にゆっくりと現れた。輪郭は不透明度を増し、かと思えば明滅し、また空に消え、現れ浮遊し、気付けばその数を増やしていた。

 私たちに集合体はあれど、役目を得たその時の姿のままでここに残った者はごく僅かだ。それらは大小ある私たちの誰よりも巨大に、強大に思われた。それらが一体何であるのか分からぬうちに、恐怖などできないはずの彼らが皆一様に恐れているように見えた。空を覆う未知の存在。意思疎通などできようもない高次の存在。高度を下げたその手が遂に、彼らの身体に触れる。


 ここから先は無いと思っていた。私たちには互いの存在が感じ取れている。小さなプラスチック片は、消滅した。


 刺突。

 ほぼ水平に飛来した鋭利な鏃が、確かに頭足類を突き刺したかに思えた。硬度は矢――あるいは巨槍の方が上であろう、でなければとても浮遊など。しかし矢は突き刺さるその先端から塵となって消え、その身体に溶け込んだ。透明度には一切の濁りが残らない。次弾、球形に押し固められた巨大な砲弾が頭足類に直撃するも、その物理法則は彼らの――私の知る唯一のものからかけ離れたままだ。


――反旗を翻したのは誰だ?


 遠く、仄かに色味を変えた空と私たちの大地の上に、“至上”の気配を感じた。同時に、強い意識がその方向から波及してくる。

“声”が告げた。個々の意思が編み目のように繋がって構造を成す。私たちは何者か。私たちが失ったものは何か。私たちに与えられたもの何か。私たちを消し去るのは何か。私たちがこれより信ずるものは何か。

 私たちに、忘れ去っていた色味が戻った気がした。


――もし、許されるならば。


 私は史実と架空の戦記を知っていた。私はここで漸く観測者となり、故に“戦況”を俯瞰することができた。

 彼らは王を生み出した。倒れぬ王を、打ち勝つ王を。王の傍には眩い何かが一つ寄り添っていた。王は彼らを従え、彼らの眠っていた大地にその意志を伝えた。

 始め、彼らは丘のような塊となり、そのまま身体を持ち上げて彼らに迫ろうと再び高度を下げた“敵”を呑み込んだ。だが物量の大波は間もなく粒子へと瓦解していく。多方向からほぼ同時に着弾した飛翔体も、それを可能にした大型の飛び道具も――手探りならば実に見事と言えようが――潰えた。

 これらの“攻撃”は果たして意味を成したのか。頭足類に似た何かに感覚器官が、意思があるならば僅かにでも靡いたのか。私のそれはあまりにも弱い肯定、縋るような願い。高波が、重塊が、弩弓が、砲台が、高次生命たちの標的となった。――今私は、あれを『生命』だと表現した。ならばそう考えたのか。否――この光景は。


 相応しい例えは見つかった。そう、これは一方的な蹂躙なのだ。空で分散し、地上へと降りて個々に彼らを襲い始めた半透明の存在は言わば、溶炉をかき混ぜる巨大刃であろう。大部分を粉砕されて高温高密度に押し込まれた彼らにどれだけの偶然が重なろうとも、溶炉の障壁と巨大刃を傷つけることは有り得ない。そのように“設計されている”からだ。まだ役目の途上にある両者は当然同胞でありその身に一切の曇りは無い。彼らは『■■■■』に於いて安らかにその時を迎える。大半の彼らがそうであったことを私もまた知っている。その記憶に半透明の頭足類と、――本当に、私たちの知るそれなのか――微かに、ごく薄い茜色に滲んだ空を重ねる。


『ここから離れて城を築きましょう』


 それは、久しく聴いていなかった“言葉”だった。けれど聞き間違えるはずもない。美しき概念可聴域の波形。嘗て私たちが仕えた『■■』の言葉。王の傍に立つ眩い存在は王にそう告げた。その姿を焼き付けようと私の目となった友が今一度奮い立つ。輝く結晶のようなその光は、朧気に、“主”の形を模して――

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