11_退路に描く海図の端緒
「ほらこれ」
「本当だ……」
ナツの言った通り、通路の真ん中に大きな『×』印が立っていた。高さは私とナツの胸の辺り、地面から突き出て伸びた鉄の棒に材質の違う二本の細長い板がクロスして合わさって、『こっちは行き止まり』と訴えている。確かにそう見える。×を担う細板の一本は先端が折れ曲がっていた。
ナツと一緒にジュースケを引きずるように運んで王の間を離れた私たちは早速分かれ道に差し掛かった。ジュースケは来た道とは違う通路を指示。と、ここで私にある疑問が浮かんだ。城内の構造を知らないはずのナツはどうやって私たちのいる王の間へ辿り着けたのだろう。ナツの話からするとタイミング的に一直線、ほぼ迷いなくだったことになる。けれどもナツは私の姿を見て後を追ってきたのではないらしい。更に聞いてみると、「道案内の目印がいくつかあったよ」と驚きの答えが。私が下の階に降りて外に出ていく時にもジュースケを追って王の間に向かう時にもそんなものは無かった……はず。
「目で見た方が早い、ってね」
肩を貸したジュースケの顔をナツがちらりと見る。
「でもこれ、ハルカが言うように私がお城に入ってから作られ……出てきたってことなの?」
「そうなるね……そのはずだよ」
「ハルカは自信を持ちなさい。でもジュースケが出したんじゃないんでしょ?」
「俺ではない」
片脚の膝から先を折られた狙撃手――ジュースケは私たちに肩を借りたまま答えた。彼はナツが王の間に現れることを良しとしていなかったはず、これには納得するとして。
「多分、キサキさんがナツを導いてくれたんだと思う」
「キサキとは誰だ?」
「お城の入り口を守っていたメイドロボットさんだよ。ジュースケが敵って言っていた……ん?」
(敵……?)
「ハルカ、もしかして“キサキ”って、お妃さまのこと?」
「あー、えっとね」
これは少々情報の共有が必要そうだ。まずは私とナツの間で。私がキサキさんと出会って、ナツがジュースケと出会って、それぞれに見て、聞いて、感じたこと。それからジュースケが私たちの言うことをどう思うのか、私たちの“見え方”を抜きにして彼自身がどう見ているのかも知りたい。
「積もる話はあると思うが、ここで立ち止まっていていいのか」
「おっとそうだった。ハルカ、撤退再開!」
「――いや、ナツもハルカもここで肩を離してほしい。この立て札を使って俺の脚を直せるはずだ」
「……え?」
そう言うと、ジュースケは自由に曲がる右脚の膝を付いて私たちの身体を離れる。そのまま×印の案内標識の棒をロボットアームの手で掴むと、『ベキッ』と音を立てて引っこ抜いた。
「俺の背中に隠れてくれ。これを使う」
ライフル銃を? ということは例の跳弾注意か。ナツも私も大人しく従う。ナツはジュースケの背中に、私はナツの背中に隠れるようにして屈む。けれど二人ともこっそり覗き込み。切断した棒切れから二枚の細板を引き剥がし、ガムテープを巻くように握り潰して――
『バチッ』『ガッガガッ』
弾丸を連続で打ち込んだ。溶接……? なんて強引な。
「これでいい」
「ホントに!?」
私もそう聞きたくなったけれど、不格好に長さだけが揃った左右の足でジュースケは見事に一人で立ち上がってみせた。
「しばらくは問題ないだろう。では行くぞ。俺が先導する」
「りょーかい!」
「う、うん」
こうして私たちはジュースケの道案内で城の中を走る。何故か“走りながらでも”を嬉しそうに言うナツに気が緩みそうになったけれど――
「どうした?」
最後尾で足を止め、通路を振り返った私にジュースケが気付く。ナツも振り返らせてしまう。高い小窓から少し角度を付けて差す光、通路に並んだ細い光の柱を一瞬何かが順に遮って行った。もう方角も分からなくなってしまったが、私たちとは反対方向へ。――音は、振動は。城の外ではキサキさんが巨大な兵士と一緒に透明ダコと戦っている。
「ごめんちょっと外が気になって。進もう」
「ハルカも透明ダコとキサキさんと巨人を見たよね。まずはそこから話そうか」
――廃材の地面、薄茜色の空、王と“キサキ”、廃材の巨兵。そして、あの半透明なクジラと似通った姿で宙に漂うタコに似た存在。
ナツはまず、この場所で目が覚めた時のことを教えてくれた。大きなテント状の拠点、絶景と呼ぶべきかどうか悩んだ鮮烈な光景、私のまだ見ぬ遠くのアーチ橋。片腕にライフルを携え、本人の前では言いにくい第一印象でナツの前に現れた彼――ジュースケ。ナツがジュースケのことをあのWITHGRAVと比べて話したのは興味深かった。(この部分だけはジュースケに聞かれないように耳打ちで。)私はナツとジュースケに、自分が王の城の一室で目覚めたこと、廃材を統べる王について私が感じたこと、そしてキサキさんが恐らく“私たちと同じような存在”であることを素直に打ち明けた。
「最後のそれはどういう意味だ? お前たちは人間で、あれは機械だ」
「その通り。でも、あなたと王様と私たちとキサキさんの間に二本目の線を引いていいなら、どこに引く?」
ジュースケは一瞬沈黙した。彼が“自分のいる階層”のことを認識できるのかどうかは正直なところ分からない。ただ、彼がどう答えるかで分かることがある。
「なるほど、ハルカの言う通りだ。あれは――」
「“あれ”じゃなくて、キサキさん」
「……ナツは名前が好きなのか? キサキは王の傍にいるが、俺たちとは本質的に異なる。それは俺にも分かる」
「聞けて良かった。ありがとう」
ジュースケは多分この場所で生まれた存在だ。キサキさんは――私たちと同じ場所/時間かどうかはさておき――私たちと同じように他の場所からやってきたようだ。するとまず見極めなくてはならないことが一つ。透明ダコは“どちらを”狙っている?
「もう少しでお城の外に出そうだよ?」
ナツの言う通り、階段を上って下りてまた降りて通路を駆けて、オレンジの四角い光は見えないけれど外の気配が近い気がする。
「キサキさんの応援には行かないんだよね?」
「そうだ。キサキたちはまだ城を守れるだろう。まずは俺の脚を完全に直す」
(む)
「脚、万全じゃないのね。“しばらくは”って言ってたかそういえば。あのテントに戻るの?」
「戻らない。別の拠点に“仲間がいる”。そこへ行く」
「……へ?」
「ジュースケ以外に……この世界に、誰かがいるの?」
ナツが代わりに聞いてくれたと思ったら、ジュースケの口から予想外の言葉が。
「ナツはともかく、ハルカは見えているのか見えていないのか、知っているのか知らないのか読めないところがあるな」
「それは、どうも?」
「褒めてるのそれ」
確かに、私は何だか一人であれこれ分かったような気になっていたのかもしれない。それも頭の中だけで。思い描くことは大事だ。けれど、見て聞いて感じたことから一つずつ固めていくことも同じくらい大事。それにしても――
「ジュースケの仲間ってどんな人?」
「待って、ジュースケまだ言わないで」
「機械だ。城外へ出るぞ」
「あ、うん」
再び、廃材と淡い夕焼けの光景へ。
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