10_再会


 乾いた銃声が城内に響いた。本物を聞いたことはないはず、テレビか何かで作られたイメージのそれよりも重く低く、冷たく。急がなくては。“彼”がライフル銃を撃った。キサキさんほど高性能な脚を持っていない彼は、それでも驚異的な速さで城内を駆け、私はあっという間に引き離されてしまった。階段の踊り場で壁を蹴上がるような姿が一瞬だけ視界に映ったけれど、きっと城の構造は知り尽くしていて、強引に近道を作り出している。自分の機能以上に無理をしてでも。


(二発目……)


 階段を登り切ったところで『ズドン』ともう一発。銃口を向ける相手は王以外にいないはずだ。

 円筒形の大空間、王の間の扉はキサキさんと私が飛び出した時のまま部屋の外側に向かって空いていた。彼――狙撃手は私から見て奥側の片方に密着して左腕のライフル銃を構えている。右膝を曲げて腰を落とし、鉄パイプ束の左脚も器用に使って、僅かに傾いた上半身はしっかり固定されて動かない。この角度では見えないが双眼鏡の照準の先には王がいるはず。


――王を狙う彼を邪魔しないように


 キサキさんとの口約束。これ以上破るわけには……


「お前が“ナツ”の友人か?」


「……え?」


 今何て、まさか、


「俺はナツと一度会っている。ナツは無事だ。城から少し離れたところで待機させている」


 驚いて言葉を失って、でもすぐに浮かんだ“確認したいこと”を先に答えられてしまった。ロボットアームの指先は引き金に掛けたまま、照準も視線もターゲットに固定しているけれど、瞬時に私に移し替えることができるのだろう。


「その通り、私はナツの友だち。名前はハルカ。……近付くよ」


 ナツは私の名前を伝えたのかな。宣言し、慎重に一歩距離を詰める。……二歩。三歩。狙撃手は動かず。彼への警戒を解かないままそっと王の間を覗き込む。

 王は……いた。こちらを見ずに、スリットから差し込む光に信号機とショベルバケットの顔を向けている。あの方角は……キサキさんのいる方角? こちらに気付いたのか王がゆっくりと振り向いた。


「跳弾の可能性がある。ドアの陰に戻れ」


(……何故)


 今は従う。僅かに銃口が持ち上がり即座にライフル銃が閃く。


「やはりこれでは駄目か」


「何故王様を撃つの?」


 こう聞いてしまえば“彼を邪魔した”ことになるのかもしれない。それでも。


「“お前も”理由を聞くのか。俺がその使命を持って生まれたからだ」


 使命。


「その答えで、ナツは納得した?」


「どうだろうな。言葉を交わすだけで俺を止めようと考えているならやめておけ。射線を遮るようなこともするな」


「……っ」


「撃つぞ、退け」


 真実だ。私の言葉だけで彼を止めることはできない。かと言って無理に彼と王の間に立てば、彼が私を撃たないという保証は――恐らく彼自身から見ても――無い。

 銃声。ライフル弾が王の口元に当たった。狙いは口の中だ、王が僅かに顔を下げて着弾点をずらしたように見えた。鋼鉄の口元が凹んだかどうかはここからでは分からない。王はじっとこちらを見据えたまま反撃の素振りを見せない。………どうすればいい? どうすれば二人を、この場を、


「――」


 声、足音。そちらへ振り向く。


「――ルカ――、ハルカー!」


 懐かしい声、明るくて元気な、一番会いたかった声。駆け寄ってくるのは――


「……ナツ!」


「わぁああ」


 強く抱擁を交わす。私とあなたがここに存在していることを確かめ合う。深緑の肩掛け鞄も赤縁の伊達メガネもなくなって、二つ結びは解けたままで、でも芯は少し強くなって。手触り、体温、微かな匂い。あの空から落ちた私たち――その時のナツ。


「良かったあぁー……ちょっと泣きそうだよぉ」


「私もだよ。良かった、本当に」


 引き裂くように、幾度目かの発砲音。驚いたナツが小さく震えた。


「ジュースケ……」


 じゅ、ジュースケ? 私から離れたナツが真っ直ぐに狙撃手のもとへ向かっていく。一度立ち止まって、ライフル銃を睨んで、それから王の方に目を向けた。小さく口を開けたまま一歩後ずさり。


「あれが……王様だね?」


「そうだ。まだ合図は出していないはずだが」


「ごめん。“そのライフル銃じゃ勝てないんでしょ?” それでもまだ挑むの?」


「そうだ。ライフル銃は少し改良した。効いてはいないかもしれないが、撃ち続ければ、」


「どうすれば止めてくれる?」


 一瞬、狙撃手――ジュースケが言葉に詰まる。少ないやり取りでもすぐに分かった、ナツは私よりもずっと彼の近くにいる。ナツなら――


「分からない。だが、俺の前には立つな。ナツでもそれは同じだ」


 そんな……ナツでも届かないのか。ナツはジュースケの顔と、振り返って私の顔を交互に見た。口を『へ』の字に曲げている。


(む)


「ナツ、待った」


 射線を遮ろうと――ジュースケの前に立とうとしたナツの腕を慌てて掴んで引き戻す。


「危ない!」


「だって二人とも辛そうだから! それに、ジュースケは私を撃たない。そうだよね?」


 問われた狙撃手は“分からない”と繰り返した。一度目と声の抑揚は同じ。でも、ナツの言う通りだ。彼を縛っているもの。あるいは彼が背負っているもの。彼もまたナツが辛そうな顔をしていることを理解しているのではないのか。


『ガァァ』


「何?」


 王が咆哮した? と、廃材の床から何かが突き出た。サメの背びれが海面を切って進むように一直線にこちらに向かって……


「え、ハルカ? ちょっと、」


 ごめんナツ。今度は後ろから両脇に腕を差し込んで強引に引き寄せた。背びれの標的は狙撃手――ジュースケだ。不意に彼の足元に、関節を一つ持った細い棒状の部品が突き出た。手首から先を曲げるように折れた直後、高速で回転し始める。


「ぐっ」


「ジュースケ!」


 躱す間もない、精密な“攻撃”がジュースケの鉄パイプの左脚を正確に叩き折った。バランスを崩したジュースケが地面に崩れる。潜って消えた背びれは陽動? 王が……反撃した? ナツが「何故」を叫ぶ。でもジュースケも攻撃しているのだからと納得しようとして、それでも脚を折られたジュースケに蹲んで身を寄せる。そう、何故? どうして王は――


「……あ」


 そうか、そういうことか。


「ナツ聞いて! ジュースケも! 一度撤退して、体勢を立て直そう!」


 私は声を張ってそう提案した。今の王の攻撃でジュースケは身体を固定する力を失った。ライフル銃も十分な威力ではない。ナツと私でジュースケの両肩を支え、二人で引きずるようにしてジュースケを城の外に運び出す。そこまで“少々強引に”説明した。驚いた顔で聞いていたナツは、


「……OK。どう? ジュースケ」


 私の考えを分かって合わせてくれた。“多分”と付いてしまうけれど、王の機転でもある一手に。


「不服だが仕方ない。ハルカの言う通りだ」


「よし。私こっち、ハルカそっち。行こう!」


 思った通り王はこちらを見たまま沈黙してそれ以上の攻撃をしてこない。ナツと二人で機械の狙撃手を支えて起こす。誰かと同じ――部品を寄せ集めたその身体はひやりと冷たくて硬くて、けれど想像していたよりもずっと軽かった。まるで彼を成立させているものの何割かが目に見えない、質量の無いものであるかのように。


「と思ったけどハルカ、今お城の外に出て大丈夫なの? 透明ダコとキサキさんが……」


 しまった。そうだった。


「俺が道案内をしてもいいか。それに、俺は片脚でも歩けるかもしれない」


 肩を貸した双眼鏡と丸ランプの横顔の下でナツと目を合わせ、私たちは頷く。

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