09_守るべき価値


――廃材から立ち上がった兵士たちを率いた。空を覆う異形の存在。手を下す高次の存在。自分が抗う相手がいかなるものであるのかを理解しないまま。それでも王は消えてはならない。私が王を守らねばならない。王は、この世界の“声”だ。そして王は私に『価値がある』と、そう言ってくれた。


 私は人間ではなくアンドロイドなのだから、『目を覚ました』という表現は私には不適切で、『再起動した』にしておくべきだろう。しかし私はその時確かに目を覚ましたような気分になっていた。

 まず自動走行プログラムが最低限の『自分の定義』を確認した。それから記憶媒体の状態、主記憶へのアクセス権限、ネットワークへの接続、各種身体機能、型式、個体識別番号、……。結果は概ね良好というか、正常だった。自分が持つ機能が分かっているし、忘個――ヒューマン・ベースドAIの自我崩壊を防ぐゲートがあることも、その作動には至っていないことも理解できた。ただ、過去の記憶や現状の把握には些か懸念がある。私は誰に仕えた個体で、何故このような場所で再起動したのか。一切の外部情報に接続できないここは一体どこなのか。

 身体は水平に寝たまま、頭部を動かさずに空を見る。色味は……薄青色に差す夕刻の薄茜色。座標も基準時刻も取得できないので、予め内部メモリに与えられた情報をもとに時間帯や場所を推し量ろうとする。しかし……どうにも確度が低い。何が、――世界の有様が? 身体を横へ向けて、地面に指先を触れる。金属やセラミックなどの人工物……? 更なる情報を得ようと手をついて上半身を起こした。


「……」


 見渡す限りに廃材が広がっている。私は『箱』というか、蓋も底も無いので『枠』というか、それに仰向けに横たわる形で収まっていたようだ。言ってみれば古代文明が残した棺とミイラのような状態だろうか。はて、視界が開けて情報は増えたのに、物悲しい景色から確信に至るそれらしい回答は全く出てこない。有効なネットワークが存在せず、底板の無い棺の中で触れた地面――本来なら管理され処理されるべきであるはずの夥しい数の資材が地面に敷き詰められている。どこまでもどこまでも。国内外問わずこのような地形情報はインプットされていない。例えば秘密裏に稼働する処分場のような施設ならば電波が遮断されていても辻褄が合うが、ここは屋外だ。――いや、


「……」


 光学ズームと画像補完処理を最大まで駆使しても『NO』を得られない。例えばホログラムで覆われた空間、私の各種センサを欺く程度の偽装機構に思い至ったが……。あるいはそう、何らかの原因で私という個体が劣化防止処置をした上でどこかに放置されて膨大な時間が経過したとか、ともすれば地球外の惑星に――


「……夢?」


 声を出す機構が生きていたのは解析結果の通りだが、私は自分がそう呟いたことに少し困惑した。なんというか、妙に“人間らしい”というか。



* * * *



 当てもなく廃材の地を歩いた私は、また一つ説明のつかない事象を確認していた。端的に言えば“エネルギーが減らない”のだ。私のボディに備わる発電装置はそれなりの性能だが、この環境下では発電量が活動時の消費量を下回るはず。すると頭の中の回路は近くのエネルギー源(通常の環境ならば電力供給装置)を探し、現在の残量を計測し、そこに至るまでの時間なり移動可能な範囲なりをシミュレートする。エネルギー源が確実に確保できないならば黄色い警告が、更に時間が経過すれば赤い警告が踊る。ところが、いくら歩いてもエネルギーの残量が減らない。初めのうちは計器のエラーを疑ったがそれも確認できる範囲では正常で、もはや“今の私では理解できない物理法則”が働いているのだと無理やり納得するしかなくなってしまった。


 そうこうしているうちに私はようやく自分以外の“意味のありそうなもの”を見つけた。……と判断しようとしたが、念のためもう少し近付いて判断しよう。廃材が盛り上がって小高い丘のようになった場所に、廃材を“組み立てた”ような何かが在る。目測3メートルに迫る大きな塊。太いケーブルの束が何本も地面に向かって伸びており、何故か古い建設用重機らしき部品の一部を備えている。ここにいた誰かが残したサーバ機器かもしれない。


―― connecting ...


 私は自分に備わる近距離通信の機能をプロトコル――相手とやり取りする規格を、定義された年代の古いものから順に動作させた。そう、外部ネットワークが無くとも近距離通信ならば使用できる。相手がコンピューターなら、あるいはAIなら、必要な情報が……


「――応答なし、ですね……」


 そうとも、分かっていた。まず通信そのものが確立されていない。


『ギィ』


(……!)


 音、駆動音。間違いなく廃材の塊から。何らかのセンサーが作動して私を検知した?


「……え?」


 銅線束の先で、そう、『油圧ショベル』なる重機の『バケット』という名前らしい、土を掬う手のような黄色い部品が……まるで“その生き物が首を持ち上げてこちらを見たかのように”、私の方に向いた。バケット上部には旧年代の『信号機』が組み合わさっている。人間が三つの点を見て人間の顔だと認識する現象は私たちのAIにも組み込まれているのか。目と顎、私はその造形を大型恐竜の顔のようなものと感じた。すぐに自分の判断を自分で疑う。何故って――


『ギィ』


 口を……開いた? この生き物――否、装置で、機械であるはず。年代と推定機能、強度、性能――


『ガァギィィ』

――美しき存在


“声”が、届いた。


『ガァギィィ……ギィィ』


 何故、どこからどうやって? 通信ではない、意味を成す物理音でもない、こんな、


――美しき存在 最も価値のある存在


 否定を止める。私を縛る前提が崩れていく。その純粋な意思のみがAIの定義する“心”に届く。


――私の声が 聞こえるか


 それは……私のことを言っているのか。目の前の――廃材の塊だと思っていた、あなたは?


「聞こえます。聴こえています。けれど、どうすれば――」


 私はどうやって私の意思をあなたに伝えればいい?


『ガァガガ――』


 そのまま、ヒトの言葉で話せばいい。彼はそう私に伝えた。あなたの声も聞こえている、と。意思が届いていると。


 彼は“人間”を知っていた。彼は私が何者であるのかを理解していた。彼はきっと――

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