08_side_K→S_有事の際の交錯にて確かめ合うもの


「ハルカさん、一つ追加のご連絡です」


 浮遊する透明ダコを睨んだまま、どこか冷静にキサキさんがそう言った。


「廃材の死角からこちらへ近付いてくる者がいます」


 モノ? あの四角い廃材の陰に隠れるなら私たちのサイズ? もしかして。


「透明ダコのことじゃないよね。それは……人間?」


「いいえ。彼はライフル銃のような武器を持っています」


 ナツではない。人間大の……機械? でも“彼”って、


「敵……なんだよね?」


「彼は王を攻撃します。ですが、彼の武器では王にかすり傷を付ける程度しかできません。私のことは狙いませんが、私が撃たれたとしても私の装甲も無傷でしょう」


 それだけでは敵と見做せないのか、キサキさんは断言しない。


「けれどハルカさんへの反応は未知数です。そのまま私の後ろに隠れていてください。もし彼にあなたへの攻撃意思が見られた場合、攻撃を防いだ上で即座に機能停止させます」


「分かった、ありがとう」


 王は反撃しないのだろうか。それよりキサキさんの言い方がどこか引っかかる。


「――その“彼”は、もしかしてこれまで何度か攻撃してきているの?」


「仰る通りです」


「やっぱり……」


「私はそのような口振りでしたか」


 肯定。キサキさんはどこか“取るに足らない相手”のことを話している感じがした。つまり今優先すべきは透明ダコで、その“彼”が私を攻撃しない限り王にも被害は出ないから放っておけばよい、と。キサキさんは少し訂正をしたいと言ったが、状況とタイミングがそれを遮る。


「姿を見せました。あの位置です」


「見えた、あれだね」


 キサキさんが指差す先にそれは現れた。ガシャガシャと走る音が聞こえてきそうなアンドロイド――ヒト型ロボットがこちらへ向かってくる。“彼”は奇妙な外見をしていた。部品を寄せ集めた身体、まるで意志が先に在って形を成したような……いや、そうか、ヒトの形をしているからと無意識にキサキさんと比べてしまっていた。私の想像する構図が正しいなら、あれは王の――


「ハルカさん、下がってください! 透明ダコの方です!」


「了解!」


 いつの間にかまた横に並んでいた私は慌ててキサキさんの背後に退く。気付けばタコが緩やかに……じゃない、凄い速さでこちらへ向かってきている。墨を吐いて逃げるときの形。ただし流線形の弾丸は逃走ではなく突撃の意思。

 間もなくライフル銃を持ったロボットの荒い足音が届き、“彼”の声が届いた。――叫んだのだ。彼は人間の言葉を発した。


「そこの人間は撃たない!」


「承知しました。今は通しますが、この場を治めたらすぐに貴方を止めに向かいます」


 交錯する。直前、双眼鏡と丸ランプの目が私のことを一瞥したように見えた。読めない思考。見えない使命。あなたは――私たちは何者か。


――もう諦めてください


 不格好な背中を振り返らずに、キサキさんが小さな声で確かにそう言った。

 気付けば二体の巨人は左右に分かれて前進している。目を閉じたキサキさんがまた手を合わせた。


「キサキさんと兵士たちは、透明ダコに負けないよね」


 不意にそう聞いたのは他でもない私だ。キサキさんは目を開け、私を振り返る。


「負けません。王は私が守ります。ハルカさんのことは私と王が守ります」


「“彼”のことを見てきてもいい?」


 確認した私はさらに問う。回答の演算は一瞬だった。


「はい。城の中の方が安全です」


「ありがとう」


「彼がハルカさんを撃たないと言ったことは信じます。ですが、王を狙う彼を邪魔しないように。あなたに危険が及ぶとしたらその時です。彼では王を倒せません。私もすぐに向かいますので、どうか――」


「分かった、大丈夫。見守るだけにするよ。キサキさんも負けないでね」


「負けませんよ。負けられません。……お気を付けて」


 頷いた私は“彼”を追って元来た道を戻り始めた。

 一度だけ戦況を振り返る。廃材の巨人兵は大きな四角い廃材を掴んで地面から引き抜く勢いで持ち上げると、なんとそのまま透明ダコに向かって放り投げた。迫力の放物線。こちらへ向かって弾丸の如く空を直進していた存在は捲れるようにして急ブレーキをかける。それには飛翔する廃材の軌道も速度も見えていた。衝撃に備えて廃材を受け止めるように複数の触腕を前に伸ばす。


――音の無い衝突


 ぐにゃりと、その透明な輪郭が歪む。


(取り……込んだ?)


 思わず足を止めてしまっていた。圧倒的な密度と重量を誇るはずの廃材の塊が粉のようになって、透明ダコの触腕に溶けていく。銀・黒・茶色を基調としたその色味は緩やかに失われて、透明に……。もう一体の巨人兵を確認する。そちらは屈むようにして地面に何かをしていた。


「……っ」


 考えを振り払うように再び走り出す。今はキサキさんと兵士たちを信じよう。きっと何度も透明ダコを退けてきたはずだ。



* * * *



 廃材の巨人があっという間に二体になった。しかも一瞬こちらに気付いて迫ってくるように見えたので、思わずまた廃材の陰に隠れてしまった。


「わっ」


 アレを投げるのか……なんてスケール。


(……効いてない?)


 大きなもの同士が睨み合っているのだと分かった私は廃材の陰から飛び出ると、メイドロボットに気付かれることを承知で、というより正面から向かっていく気持ちで走っていた。ジュースケとメイドロボットが手を組んでることも一瞬考えたけどそれは違うと信じる。メイドロボットが私を止めないかどうかは分からない。ただ迂回している時間が惜しい。ハルカが私に気付く前にお城の方へと戻ってしまったから。ジュースケを追いかけたようにも見えた。

 メイドロボットは不思議なことに“お祈り”するポーズをして目を閉じている。主戦場は頭上の空。この距離、ジュースケの言う通りならもう私を検知しているはずだ。ハルカに危害を加えていないから、ハルカが私のことを話してくれていると思うから、だから――


「――ハルカさんの……ご友人ですね」


 目を開けた未来のメイドロボットさんはそう私に聞いた。滑らかな動き、綺麗な澄んだ声。まるで人間みたいな、私よりもずっと女性らしい振る舞い。


「えっと、そうです。その、」


「どうぞハルカさんを追ってください。それから、もしあなたに危険が及ばずにそれができるならば、武器を持った彼を止めてください」


「……分かり……ました」


 彼とはジュースケのことだよね。あなたや巨人がそれをしないのには何か理由があるんだね。ジュースケは“何度も失敗している”と言っていたっけ。


「あの、あなたには名前がありますか?」


 突然何を聞いているんだろう私は。


「ありますよ。『キサキ』と申します。ハルカさんが付けてくれた名前です」


 こんな時に思わず口元が緩む。そっか、ハルカが。


「キサキさん。ありがとう。透明ダコに負けないでね」


「ハルカさんも私にそう言ってくれました。ご安心を。私たちは負けません」


 後ろ姿を一度振り返る。芯の通った背中。キサキさんがお祈りをするのは兵士たちが透明ダコ負けないようにと、そう願っているのかな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る