07_side_K→S_妃は歩兵を率い照準は敵を語り
合流する直前に一瞬、キサキさんが祈ったように見えた。顔の前で両手を合わせて、短く目を閉じて。
「ハルカさん……! 城の外は危険です!」
「ごめんなさい。えっと、その、後ろの、」
二体の巨人が――
「後ろの“兵”は大丈夫、“私たちの味方です”。彼らは私の指示に従います」
「そう……なの?」
「停止させますので見ていてください」
そう言ったキサキさんの精緻な多層レンズが薄く透けた瞳がそっと閉じられて、明るいグレーの細い指が交互に噛み合い手のひらが合わさる。間違いない。それが“指示”? 誰への、何への祈り? あるいは……願い? 振り返ると、あと数メートルに迫った一体、もう少し後ろの一体がピタリとその場で静止していた。
これを、どう解釈すればいいのか。
「いくつか聞かせて。あの大きな兵士たちは何者で、今キサキさんはどうやって指示を出したの? 私には何かに祈っているように見えた」
「先ずこの兵たちは王が生み出しています」
……道理で。
「次に指示の出し方ですが……ハルカさんは『コンソール』と言って何のことか分かりますか。コンピュータに機械の言葉を伝えるための真っ黒な画面のようなものです」
「うん、なんとなくイメージできるよ」
「よかった。では、私が言うのもおかしな話なのですが、頭の中にそのコンソールをイメージして、兵たちに伝えることを意識しながらそこに指示を書き出すのです。『進め』とか、『止まれ』とか、私たちが今話している言葉でです。もちろんこの場所に有効なネットワークは存在しません。私の頭の中はどこにも繋がっていないのです。けれど、これで兵たちは私の指示を聞いてくれるのです」
「なるほど……ね」
不思議なことに私は合点がいった。キサキさんがどのような存在なのか、彼女の声を聴いているのは誰なのか、それも含めて。
「このような説明で信じていただけるのでしょうか」
「信じるよ。あなたは嘘を付いていないと思う」
「ありがとうございます。それではハルカさん、ここは危ないのでお城に戻っていただきたいと言っても“そうもいかない”ようなので、どうか私の傍に、できれば私の後ろにいてください」
私は振り返って今一度兵士たちを見て、“後ろ”とはどちらなのかキサキさんに聞いた。キサキさんは城を背にして向き直った。それから次の指示を兵士たちへ出すために両手を合わせて目を閉じる。二体の巨兵は再びゆっくりと動き出し、廃材の地平線の遠く……ではなく、首の無い頭を曲げて空を……見上げた?
「最後に一つ。“有事の際”がこれから起こるんだね?」
「そうです」
「こんなに大きな兵士たちが必要な“敵”が現れるの?」
「その通りです。あの辺りの空を見ていてください。間もなくです」
やはり空から? それもずっと遠くの空ではない、キサキさんが指差したのは随分と急な角度、城の少し先の……何も無い空。薄茜色の虚空にピントを合わせようとした私の脳裏にあの『透明クジラ』の姿が浮かんだ。まさか――
「そのまさか、かな」
空に大きな亀裂が入ったように見えた。稲妻のように。亀裂はすぐに消えたが、光を透過する輪郭が徐々に屈折率を上げてその姿を描いていく。遠近感を歪める巨大なスケール、ぼんやりと揺らめく光のコア、うねうねと……たくさんの手を持った……
「違う、今度は……タコ?」
透明ダコ。ナツがここにいたならばすぐにそう叫んだはずだ。
「キサキさん、敵はあれだよね」
「あれです」
「キサキさんにはあれが何に見える?」
「私にも“タコのような形状の何か”に見えています」
確認し合った内容は文字だけ見るとどこか可愛らしいものなのに、キサキさんの声には緊張感が表れている。あれが透明クジラと同類・同格の存在であることはすぐに理解できた。だからこそ“それが明確な敵意を向けてくることの危険さ”を想像できた。キサキさんには重力操作も大砲も大きな黒い手も使えない。キサキさんの操る巨人兵士たちは必要な力だったのだ。城を、王を守るために。
(けれど……何故?)
輪郭を完全なものにした透明ダコは機を窺うように薄茜色の空に浮遊している。時折その透明度を揺らがせて、タコの触腕に似た何かを靡かせて。キサキさんはまた“主”に願った。こっちから先手を打つのだろうか。“言葉”を賜った二人の兵士たちに再び使命が灯る。
海の生物を模した空の存在――あなたたちは何に、何故動く。
* * * *
透明ダコの“明滅”を見たのは、私たちがタコとお城を目指して走り始めた直後のことだった。
「また消えた!?」
「現れたり消えたりはする」
「え? あ、お城に戻った……どういうこと?」
「俺たちに気付いて何か仕掛けたんじゃないと思いたいが、仮にそうであってもやることは変わらない」
「うん……。今のって瞬間移動ってやつ?」
「どうだかな。急ぐぞ」
お城の近くの空に浮いているように見えた透明ダコは体の色を変えて海底の砂に溶け込むようにして姿を消し、驚いたことに私たちの近くの空にまた現れた。それも一瞬で、別の個体なのかもしれないけど多分瞬間移動で。ジュースケ(この時はまだ“ロボットさん”)は透明ダコのその動きを警戒し、私たちはすぐに廃材の塊の陰に隠れた。そこからじっと様子を窺うこと数分、頭の向きも眼の向きも分からない海の……空のタコはゆっくりと触手を靡かせて、お城の方に意識を向けたままに思われた。……と、私が考えるや否や透明ダコは薄オレンジの空に溶けるように消え、元通りお城の近くの空に現れた。
(もし今のが『気付いているぞ』って意味ならどうしたものかな。……やることは変わらない、か。待っててねハルカ)
走って躓きかけてロボットに『ジュースケ』の名前が付いたりして、そうこうしているうちに私たちはお城に近付いた。そこで改めて実感する。お城も砂時計も“撒き餌”なる四角い廃材の塊も、それはもう随分と大きい。私たちが陰に隠れるときに屈む必要がないほどに。ではこの大きさは一体何のために? 多分……立ち向かうために。きっとそう、これら全てが透明ダコのスケールに立ち向かうためのものなのだ。近くで見た透明クジラは身が竦む迫力だった。ピンと触手を伸ばした透明ダコはそれよりも大きいかもしれない。問題は――
「ナツ、ここで待てるか」
「ん、いいけどまだちょっと遠くない?」
僅かに窪んだお城の周りの地形、廃材キューブの撒き餌たちが多く並べられた一帯にはまだ、んーと百メートル走のトラックを二、三回分くらい? 透明ダコがこちらに気付いていないと仮定して、気付かれないためには妥当な距離なのかな。
「大きく手を上げれば合図は見えるだろう」
「うーん見えると思うけど……」
「よし、それなら城の近くに立っている“モノ”が見えるか?」
「え?」
モノ? 言葉の音だけでは“者”なのか“物”なのか……まさか、ハルカ?
「どこ? どの辺り?」
高い建物に空、透明ダコ、私は上ばかり見ていた。
「あの入り口のところだ」
どうにか見えた。ジュースケのライフル銃口が指す先に……ロボット? 女性らしき形と佇まい、失礼だけどジュースケよりずっと未来のロボットらしいロボット。透明ダコを……睨んでる?
「あれは俺たちの“敵”だ」
「敵……」
その言葉の意味を呑み込む。
「あれの索敵……敵を捉える範囲はかなり広い。だからこれだけ距離を取った」
そういうことか。いや、距離の方は分かったけど……敵って、
「今このタイミングを逃したくない。作戦通りここで待っていてくれ」
「ちょっと、待っ」
届かない、手も声も。ジュースケは次の撒き餌キューブの陰を目指して駆けだしてしまった。
「敵って何なのさ……」
順当に考えれば王様の陣営ということ? それならあれは王様の従者ロボット……女性型だから騎士じゃなくてメイドロボット? キューブの陰に一度身を隠す。先に右手が触れた四角い廃材の塊から金属の温度と硬さが伝わってくる。あのメイドさんも戦うのだろうか。ジュースケよりも随分と高級で高機能に見えた。ジュースケのライフル銃では弾丸が弾かれてしまうかも。
――王は生物ですらない。機械を寄せ集めた塊だ
ジュースケはそう言っていた。彼の、生物の定義は。メイドさんであれならば王様はどれだけの姿なのだろう。今見えたのは一人でも、同じ姿のメイドロボットがたくさんいるとか、他にも何か機械の兵器があるとか……
「まずいかも、相手の兵力を聞いてなかったな」
そう呟きながらもう一度キューブから顔を出す。透明ダコ、ジュースケ、メイドさんの位置をそれぞれ――
「ん?」
まさか、
「ハルむぐっ」
慌てて口を噤む。叫びそうになった。相手は高性能メイドロボット、声で気付かれるかもしれない。でもともかく、ハルカだ。お城のすぐ下にハルカがいる。良かった無事だったんだ。ジュースケは……キューブで死角を取っているのか敵と言ったはずのメイドロボットの方へ向かっている? 合図はまだ……
(え? ……何?)
ハルカの足元の地面から何かが突き出た。
「な……」
怪……物? それだけじゃ、それどころじゃない。突き出た何かがそのまま立ち上がった。そんなサイズはアリなのか、廃材の化物、巨人? ダメだハルカが潰されてしまう。ジュースケには見えていない? そもそも誰の仲間? お城の近くに現れたのだから王様の兵器? ジュースケはこのことを……
「う~……ジュースケー……」
やはり合図はまだ。しかもジュースケは一直線にメイドロボットに迫っていく。捕捉されるんじゃなかったの? ハルカが動いた、透明ダコは静観。どうするつもり? 読めない戦況に混乱する頭、でも頭に浮かんだ行動は一つ。
――ハルカと合流する
だったら、
「待っていられるわけない!」
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