06_side_S→K_序曲


 結局あれは何者だったのだろう。モノが浮かぶ空に現れた透明なクジラ。身体の真ん中で淡く光るコアが心臓代わりだとして、でもそう、尾びれが無い。どこか生き物らしき振る舞いを見せた彼らは最終的にWITHGRAVを縛っていた存在に向かっていったように思えた。その前にはオゥルくんとナレィを追いかけ回していたんだっけ。


「タコはどうして王様を襲うの?」


「俺には分からない。ただその辺の人工物よりも王の方が“価値”があるのだろう」


「価値……」


「奴らの行動原理は恐らく単純だ」


 走りながらロボットと私は『Q&A』を繰り返した。彼は走っていても全く息切れせずに話せるのでスラスラと情報が入ってくる。透明ダコ(がアレの名前だと教えてあげた)は不規則な周期でこの世界に現れて、この世界そのものをたくさんの触手で“攫って”いく。……吸盤もちゃんと付いているのかな。タコは初めのうちは塔や山のようになった“目立つ廃材の塊”を狙っていたが、やがて王様の築いたお城に目を付けた。私の言い間違いではなく、王様のお城は王様が自ら作り上げたという。王様が王になったその後に。


――攫われたものは空へと消える


 ロボットは表情一つ変え……変えられたとしても多分変えず、私にそう言った。


「いたっ」


「気を付けろ。ペースを落とすか?」


「大丈夫、どうも」


 均されているとは言え廃材の地面に時々足を引っかけて転びそうになる。今のは多分大きなトラックのドアの部分のフレーム? 地面から僅かに突き出していたけれど、その辺りの“ルール”が読めない。形の残るもの、地面から少しでも抜け出そうとしたもの。


「ナツ、そろそろ城が近い。タコがお前を狙うことはないと思うが念のため作戦を立てる。異議は無いか?」


「……うん」


 走りながら上下する双眼鏡と丸ランプの眼がお城を睨み、それから私の方を一瞥。

 彼の言う「作戦」はなんとも安全そうなものだった。特大鋼鉄カボチャ城の周りにはこれまた巨大な砂時計型の装置がお城を囲うように立っている。更にその外側には廃材を固めたキューブ――曰く“撒き餌”――が無数に作られている。私たちはお城になるべく近付いて、そのキューブの陰に隠れる。私は一旦そこで待機、ロボットは状況を見ながら先にお城に突入し、安全を確認できたタイミングで私に『付いてこい』の合図を出す。理由は分からないけれど城門は開いているとのことだ。


「合図はどんな感じ?」


「こう両手を上げる。振り返ることはしない」


 ロボットアームとライフル銃の腕。


「りょーかい」


 タコは彼を狙うのだろうか。


「ねぇロボットさん。あなたの名前をいくつか考えたんだけど、どれがいいか選んでくれる?」


「城は間もなくだぞ。何と何と何だ」


 三つか。それなら、


「ジョンと、ジュースケと、スナイパー」


「スナイパーは“役割”のことだろう。ナツの好きな名でいい」


「じゃあ……ジュースケ!」


「分かった。俺はジュースケだ」


 それが名前でなく役割だと知るあなたも何者なのかい、ジュースケ。



* * * *



 王に断りを入れた私は城の中を走っていた。私の身を案じてくれたキサキさんのお願いと『外へ行ってもいい』と意思表示をしない王。二人の思いに反するようで悩んだけれど、城の入り口から外の様子を見るくらいならばと自分に言い聞かせた。ナツを探せるかもしれないし、何よりこの事態を自分の目で見ておきたかったから。ドアを出たキサキさんが走っていった方向、王のいる部屋に向かう途中に想像した城の構造と、いくつかヒントはあれど――


「窓が……ない」


 何故か城内には私の覗ける高さの窓がどこにもない。おかけで(まだ見ぬ)外を見ながら城内における大体の位置を手掛かりにできないでいた。通路、階段、分かれ道がある度に一瞬足が止まる。部屋数が少ないことは幸い、のっぺりとした金属の壁に矢印でも描いてあれば……望みすぎかな。下り階段を前に今度こそ立ち止まる。


(もしかして出口は地下? あれ、そもそもここが一階かどうか……)


「下!」


 直感。キサキさんの慌てた様子、きっと有事の際まで残り時間は僅か。


「よし当たり」


 階段を降りると本当に戦車を数台は収納できそうな広い空間があった。その先に薄オレンジ色の四角い光。扉は空いている――外だ。足元は……色褪せた廃材のまま。鉄材の廊下も階段もあったけれど上の階にもこの階にも廃材の地面が続いていた。


(仮に、本当に四台の戦車が普段はあって、今は出払っているとしたら?)


 広い空間の真ん中で足を止めずに考える。この城には“装飾”を何一つ見つけられなかった。例えば煌びやかな金の装飾品、王家の紋章、赤い絨毯。食器でも剣や盾や鎧でも、人間の扱う道具に至ってはそれ自体がどこにもない。そしてもう一つ、まだ確信が持てないけれど、恐らく“自然の産物”も同じ。加工した後の鉱産物はある。けれど木々や動物の気配がない。寝かせてもらっていたベッドのことを思い出しながら頭の中で違和感の正体を見極めようとする。王と妃はたった二人の陣営? 物の浮かばぬ空は、廃材の地面は何を描いている? 私たちは何故、どこへ落ちて来た? そうしているうちに茜色の四角い光が解像度を上げていく。


――私では解釈できない何かを訴えてくるような、そんな色です。ハルカさんが何を感じたのか是非聞かせてください


 淡い光は夕焼へと向かう色をしていた。その光に包まれて、“廃材たちの支える地面”に立って、


「――どうして……」


 なんて寂しくて、哀しくて、けれど……怒りか後悔か憎しみか、ともすれば……希望? 私はこの景色が叫ぶ“訴え”を、あるいは意思が残した波形を、懸命に感じ取ろうとしていた。「どうして」と、無意識にそう口にしながら。

 キサキさんの言う通り廃材の地面はどこまでも続いている。城の方が床を敷かなかったと言えば話が早いか。そして空は薄いオレンジ色。どういうわけか私はこの色を朝焼けではなく夕焼けが染め始めた色だと感じた。キサキさんがそう言ったから? それとも“ある感情”が生じたから? その光は砂漠のような曲線を描く眺望に淡く染み込んでいる。誰が造ったのか、大きな立方体になった廃材の塊が複数、そして城よりも高く聳える細長い砂時計形の柱たち。麓から見上げる城は不思議な造形をしていた。ナツなら何て表現するだろう。覆い被せて中身を――王と妃を守るための形。


(キサキさんは……?)


 今のところ敵勢力の姿は見当たらない。先に外へ出たキサキさんから情報を得たい。いつの間にか城の外に出てしまったけれど、もう少し探――


「ん?」


 目の前の地面が……盛り上がった?


『ベキッ』


 突き出たのは『工』型の断面をした赤い鉄骨。同じだ、王が現れる時と。まさかここに?


『ベキベキ……ギギギギ』


 手、腕……右腕を地面に引っ掛けた“それ”は、胴体を引き上げ、


(違う、もっと……大きい)


 もう片方の足を掛け、ゆっくりと“二本の脚で”立ち上がった。


「な……」


 何と言いかけて口を噤み、城の出入口の位置と距離を確認する。この存在が敵なのか味方なのかまだ分からない。巨大な影は“ヒトの形”を模している。ただ、廃材の地面をそのまま押し固めたような身体には王と違って意匠――あるいは意思――が無い。傘を入れる細長いビニール袋に中身を詰めたように、なめらかに、従順に。城を振り返り見上げる。高さは頂点でも五階建てのビルくらいだろうか。役割の分からない巨大な砂時計の柱は城よりも高い。人型は5メートルくらい? 顔に裏表が無いならば足の爪先は城に対してどっちを向いて……横か。


『ギィ』


 ついに巨人は片脚を持ち上げた。迫力、恐怖。『ズシン』と城に沿うような一歩、音と地面が小さな私の身体を揺らす。進行方向の先には――


「……キサキさん!」


 王妃はじっと空を見上げている、ここからでは声は届かない。前を往く巨人に踏まれないように私は少し大回りで軌道を描いて走り出した。巨大な一歩が振り下ろされる度に振動で躓きそうになる。


『ベキキッ』


「うわっ」


 踏み込んだ足元が盛り上がり、巨人の頭がもう一つ突き出た。思わず横に退いて距離を取る。二体目……? 追い抜いた最初の一体を振り返る。私を認識している気配は無い。そのサイズ、大きく見えた王が可愛く思えてしまうほどの。何故、何のために。

 息の詰まりそうな感覚で何秒走ったのか、キサキさんがやっと私を認識してくれた。彼女には私も巨人たちの姿も見えているはず。やっぱり外に出てきてよかった。これから起こることはきっと、この世界にとって重要なこと。

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